第261話 神剣『巴』らしいです

 震えるダンテに視線を向ける巴は、胸糞悪そうに問いかける。


「神を名乗る馬鹿者はどこにおるのじゃ?」

「あ、あちらになります!」


 巴の機嫌を損ねるのを恐れたダンテが、一切躊躇なく『ホウライ』の気配がある方向を指差す。


 そちらを半眼で見つめる巴が鼻を鳴らすと話しかける。


「おい、クサレ、今すぐ土下座をするなら半殺しで勘弁してやるのじゃ?」


 本気で言ってないのは、ダンテ達にははっきりと分かるほど、巴の表情は鬼そのモノで『ホウライ』もはっきりと分かった。


 その鬼の表情を見て、アリア達は怖いと思って震えるが、これをアンナ達が見れば、持ち主とそっくりと苦笑いをしたであろう。


 パパラッチに捕えられていた時に現れた雄一の表情とそっくりだった為である。


「たかが魔剣の分際で大きい口を叩く。叩き潰してやろうか?」

「かっかか、できるものならやってみるのじゃ。生きた伝説の鍛冶師、ミチルダ最高傑作のわっちを潰せるならのぉ?」


 獰猛な笑みを浮かべてキセルを咥える巴は犬歯を剥き出しにする。


 巴が吐く紫煙が鬼気迫る闘気のように見える。


 その闘気を纏うように紫色のオーラが陽炎のようになり、徐々に大きくなり、巴の身長の5倍はあろうかという大きさになる。


 ダンテは、そんな巴を恐れると同時に足りない1手が目の前にあると確信して勇気を振り絞って近寄って耳元で話しかける。


「巴さん、以前、ユウイチさんがジャスミンさんにしたような繋がりを断つ事を巴さん単体でできますか?」

「ダンテか、わっちは今、頭に来ておって、この馬鹿たれをどう料理してやろうかと……」


 話しかけてくるダンテを煩わしそうにして、グダグダ言ってくるなら、お前も潰すぞ? と鬼気を感じさせる視線を向けられる。


 それに震えるが耐え、負けずに話しかける。


「そ、その相手の鼻を明かす方法があると言ったら聞いてくれますか?」

「ほう、交渉の仕方は生意気に覚えたようじゃな? じゃが、下らない事なら……分かっておるじゃろうな?」


 頷くダンテは、巴が来るまでに得た情報を伝え始める。


 それを聞きながら『ホウライ』がいる方向を睨みながら犬歯を剥き出しにして口許に笑みを浮かべる。


「それは本当か?」


 巴の確認に頷いたダンテは続ける。


「あの人は、女の人の力を利用した攻撃しかしてきてません。つまり、どういう理屈か分かりませんが、これ以上の力の行使は無理なんだと思います。僕達との戦闘をこれ以上引き延ばす理由がないのに……」

「道理じゃな。おそらくは今回打った手でこちらで使える力は空なんじゃろうな?」


 かっかか、と楽しげに笑う巴は視えない『ホウライ』を見つめて鼻を鳴らす。


「せこせこと準備して挑んでイレギュラーの土の邪精霊獣の後押しがあっても尚、咄嗟に動いたご主人に防がれる……憐れじゃのぉ?」

「言っていろ。ここを押さえれば私の勝ちだ」


 声に悔しさが滲むのを隠せなかった『ホウライ』に巴は笑みを深める。


「ダンテ、先程の答えじゃ。できる、じゃが、ご主人やダンテのように繋がりが見えんから動かれると空ぶるのじゃ」

「動きは一瞬止める方法があります。方向とおおよその距離は言えますが高さを正しく伝えられるか分かりません」


 それを失念していたと悔しげにするダンテに自信ありげな笑みを浮かべる。


「高さだけじゃな?」

「ええっと、はい、高さが分からないとどうにもならないですよね?」


 どうして巴が自信ありげに笑みを浮かべるか分からないダンテは首を傾げながら困った顔をする。


 美味そうにキセルを咥えて紫煙を吐き出す。


「お前の口ぶりじゃと、わっちの仕事は斬る事だけで良いのじゃろ?」


 それに頷くダンテを見た巴はキセルの火種を捨てると袖の下にキセルを片付ける。


 片付けた反対側の袖下から扇子を取り出すと大きく開くと笑みが浮かぶ口許を隠すようにする。


 すると、巴は舞を舞い始める。



 シャンシャン、シャシャシャン



 神楽鈴が鳴るような音が辺りに響き、静謐な空間が形成される。



「我、巴。一振りの刃、神匠、ミチルダが打ちし神剣なり。我が刃の主の力を模倣せん、かしこみかしこみ申す、我は只の刃、主の力を宿さん」



 舞う巴は神秘性に溢れ、幽玄な世界が生まれる。


 舞ながら謡う巴は、先程までの怒りの形相が嘘のように透明さを感じさせる遠くを見つめるような視線をさせていた。


 体から溢れ、怒髪天のように伸びていたオーラが収束して巴の内側に内包される。


 舞い終えると残心のようにしばらく動きを止めていた巴が再び動き出し、獰猛な笑みを隠すように扇子で口許を隠す。


「ダンテ、いつでもいいのじゃ。その瞬間がきたら、方向と距離を告げるのじゃ」

「えっ? でも高さが……」


 扇子から見える巴に目を細められたダンテは背筋に氷を入れられたような感覚に襲われ、「はいぃぃ!」と返事するとアリア達に手早く作戦の概要を伝える。


「えっ? そんな事、本当にできるの?」

「そうだぜ! あのネェちゃんを……」

「問答は後廻しにした方がいいみたい。こちらを見る巴さんの目が危ない……」


 ダンテの説明を受けたスゥとレイアが噛みつくようにして詳しい説明を受けようとするが巴の様子に気付いたヒースが脂汗を流しながら一番危険な存在の状況を説明してくる。


 ヒースの言葉を受けた普段は聞き分けが悪い少女達は細かい事は飲み込んだようだ。


「じゃ、作戦開始!」


 早速とばかりに声を上げるダンテの言葉に反応したアリア達は、アリアを先頭にスゥ、ヒース、ミュウ、レイアの順番で一列縦隊で恵を目指して走る。


 それを見た馬鹿にしたような声音で嘲笑う『ホウライ』。


「馬鹿め、横から攻撃されたら終わりだろう?」


 その言葉通りに横から攻撃を加えようとする。


「ヒース、ミュウ!」


 ダンテの言葉を受けた5人はアリア、スゥ、ヒースは加速し、ミュウ、レイアは減速するとその間に生まれた空間に見えない攻撃が通過する。


「なっ!」


 先程、巴に高さが分からない事をネックだとダンテが思ったように1つ分からないと運頼りになる。


 だが、逆に縦の動きを封じると取れる手段が1個減っただけだが、今のアリア達のような動きをする限り、今のように誰と誰の間に攻撃が来ると伝えるだけで避けるのは容易である。


 勿論、範囲攻撃ができるなら使えない手だが、使えるならもっと前から使っていただろう。


 それを読み切ったダンテの手であった。


 最初の場所から動かず、巴に守られるような形で立っていたダンテは目を瞑りながら叫ぶ。


「いくよ、みんな!!」


 アリア達はダンテの声と共に更に加速して恵の方向へと走る。


 そして、ダンテの体から噴き出す魔力が上空に集まりだすと形あるモノを形成し出す。


 そこに城門のような形の窓サイズのモノが現れる。


 ダンテが苦痛に歪む顔で下唇を噛み締めながら叫ぶ。


「精霊の門、開門!!!!」


 城門、いや、精霊の門がゆっくりと開き出す。


 それに慌てた声を洩らす『ホウライ』。


「なんだと! くっ、私が生み出した門と干渉して反発が起き始める!」


 以前、火の精霊神殿で雄一とホーエンの戦いでアグートが言っていたセリフでもあった事だが、本来、神と精霊の力は反発し合い融和する事がない。


 雄一の存在がイレギュラーだっただけで、これが本来の現象。


「いでよ、水の精霊、ウィンディーネ!!」


 精霊の門から飛び出してくる水で形成された水の妖精のような姿のウィンディーネが現れるがすぐに吹き飛ばされるように消える。


 『ホウライ』が生み出した門との反発現象で掻き消されたのである。


 ウィンディーネが掻き消された反動がダンテに来たように仰向けに倒れて、慌てて上体を起こす。


「今だ! 押し切って!!」

「おおぅ!!!」


 『ホウライ』との繋がりが一時的に切れたらしい恵が空中でふらつき滑降するように降りてくるのを見つめたアリア達は加速しながら、ミュウがヒースの肩に飛び乗ると前に倒れるようにする。


 それをスゥが空中でミュウを支えるようにする。


 空中で盾で防ぐ要領を使って踏み止まらずに滑るようにして支えるミュウとヒースは滑走路のようになる。


 最後尾にいたレイアが加速を緩めずにヒースとミュウの背中を駆け上がると落ちてくる恵を目掛けて飛びながら拳に赤いオーラを纏わせながら振り被る。


 動きがなかった恵がピクリと動いたのを見たダンテが切れた繋がりが戻ったと確信する。


「巴さん、西南西、10m!」


 まだ立ててないダンテが指差す方向を見つめる巴が笑みを隠す為に持っていた扇子をそちらに広げた状態で向けて半身立ちする。


「ダンテ、なかなか楽しい趣向じゃったぞ?」


 開いていた扇子を閉じると同時に巴が短く叫ぶ。



『斬』



 パシッ! という音と共に西南西、10mの場所にある目に映る場所、地面は勿論、上空高くにある雲もバッサリと斬り裂かれているのをダンテは口を大きく開けて呆ける。


 それと同時にレイアが恵の鳩尾に意識を刈り取るオーラを込めた拳を放った瞬間だった。


「神である私をよくもぉ!!!」

「かっかか、これで『ホウライ』。お前は只の傍観者じゃ」


 怒り狂う『ホウライ』の声を聞いて、楽しげに笑う巴は扇子を仕舞うと再びキセルを取り出して火種を入れ、一仕事終えた一服を楽しんだ。

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