第260話 優しい呪いのようです
「レイア、しゃがんで!」
ダンテの声に反応したレイアがしゃがむと隣にあった岩が破壊される。
それに舌打ちしながらも空中に浮く恵に向かって空を蹴って接敵するが空間を渡られて逃げられる。
砕かれた岩を見つめてスゥが苦々しく口にする。
「盾役なのに攻撃が見えないと受けようがないの!」
そう、戦闘が始まって以降、スゥは碌に動けていない。
何せ、スゥは体ができた盾役ではないので、しっかり攻撃を捉えてタイミングを合わせて抑え込んだり、流す事を選択しなくてはならないので何も視えないと何もできないのである。
その攻撃が視えているのはダンテのみで動きでかく乱させるタイプのレイア、ミュウ、ヒースの3人が攻め込むが、今さっきのレイアの接敵が一番近づいた行動なほどままなっていなかった。
アリアもそういう意味ではスゥと同じ立場でダンテの傍で悔しそうな顔をしていた。
「ダンテ、何か手はない?」
「一瞬だけなら、神を名乗る人とあの女の人の繋がりを邪魔する事ができると思う。その一瞬であの女の人を仕留めるだけではなく、体を粉砕する程、破壊するか、繋がりを断てれば……」
「そんな事できるの?」
アリアの問いかけに可能性を語るダンテだったが、その難しさにスゥが振り向いて聞いてくる。
当のダンテは難しい顔をして首を横に振る。
「現実的に無理だ。女の人を殺すだけでいいならレイア達ならできると思う。だけど、相手はダテに神を名乗ってないから死人でも使えると思ったほうがいい。使えたら痛みも感じないから怯む事すらなくなる、まさに打つ手なしだよ」
「繋がりを断つのはもっと無理……ユウさんでもないと」
アリアの声を聞きながらダンテは辺りを見渡す。
戦闘が始まる前に結界に覆われたのに気付いたが、すぐに無くなった。おそらく雄一が何かしてくれたのだろうとダンテは判断していたが、その判断には間違いはない。
正直、ここまで打つ手なしの状態と考えてなかったダンテは逃げる事を視野に入れてどうすれば逃げれるか考える。
しかし、恵の時空魔法の万能ぶりを見せられると逃げれるビジョンがみえない。
まだ、ここに来て雄一に逃げろと言われた時ならば意識が分散していたので逃げれた可能性があった。
つまり、完全に逃げるタイミングを手放してしまっていた。
だが、ダンテはこれを口にする訳にはいかないと肝に銘じていた。
現状、みんな、八方ふさがりを感じ始め、中には雄一の言う事を聞いて逃げれば良かった、と頭に過り出してる時に逃げる術すらないという現実は足を止めてしまう。
「ほう、あの少年はこの状況を正しく理解しているのに絶望してない。しかも、こちらの視えないはずの攻撃を視る。厄介だな」
そう『ホウライ』が呟いたのを聞き逃さなかったダンテが上空に目を向けると自分を見つめられている感覚に襲われる。
「スゥ、僕の正面に攻撃がくる!」
「くっ!」
スゥが盾を構えてダンテとの間に飛び込んで視えない攻撃を受け止めるが、タイミングが合わずにたたら踏む。
『ホウライ』の標的が逃げ続ければ敵にならないレイア達ではなく、司令塔であり、目であるダンテを標的にした。
「僕から潰す気だ」
「駄目、今、ダンテが倒れたら避ける事もできなくなる」
アリアがそういうとスゥとアリアがダンテを挟むようにして守りに入る。
「アリアの前方右から視えない攻撃!」
ダンテがそういうとアリアが飛び出して、魔法でシールドを生み出しながらモーニングスターを構える。
すると、アリアにぶつかる前に攻撃は消える。
アリアは、ダンテにどういう事? と聞きたげな視線を向けてくる。
「分からない。アリアのシールドに当たる直前に掻き消したみたい」
ダンテはこれが気持ち悪く感じ、それと同時に打開策になる予感を感じていて思考を加速させ始めた。
▼
目を瞑るようにして土の邪精霊獣の攻撃を耐えていた雄一は顔を顰める。
「ご主人のその様子じゃとガキタレの状況は最悪のようじゃな?」
「ああ、予想通りと言えばそれまでだが……あの時に逃げて欲しかったが今更だな」
雄一は何か手がないかと必死に考えを巡らせる。
恵の力に干渉してなんとか5割に抑える事には成功しているが、それでも子供達を相手にするにはお釣りが大きい。
おまけに『ホウライ』も一緒という嫌なセット販売であった。
なんとかしてアリア達を助ける、せめて、援護をしたい雄一だが、先程の結界を破壊した力で雄一には自前の体力以外残っていなかった。
その悔しさを手に握る巴を力強く握る。
握る事で巴を再確認した雄一は手に握る巴を見つめた後、足下にいる巴に視線を向ける。
「なんじゃ? 急に黙ったと思ったら、わっちを往復して見る……待て、ご主人、分かっておると思うが、今、こうやって話せてるのは、わっちの力があってこそじゃ。分かっておるのぉ? さっき、わっちにご主人が助けてくれと言ったばかりじゃろ?」
巴はひどく狼狽しながら手をパタパタさせながら必死に思い留まらせようとする顔は青褪めて、普段、そんな顔をしている巴を雄一が見れば酷く心配したのは間違いない。
雄一もそれを見て、胸が苛まされるがそれを押し殺してニッコリと笑ってみせる。
「巴の主人は言った言葉を都合良く忘れるゲスなんだ」
「ご主人! ご主人が歩く王道をここで終わらせる訳にはいかんのじゃ!」
涙ながら訴えてくる巴に被り振る雄一は土の邪精霊獣の攻撃など感じてないように笑みを浮かべる。
「巴、俺は英雄なんかじゃない。英雄でありたいと思ったことすらな? もし、俺に王道があるとすれば、子を全力で守る事に躊躇しない事だ」
「ご主人……」
巴は知っていた。
雄一はきっと何を言っても止まらない事を。
雄一と主従の契約を成した時、巴は雄一の過去を共有していた。
それが雄一という男の根幹、雄一が両親から引き継いだモノ。
「親の愛は、返すモノじゃない、引き継ぐモノよ」
母親に言われたその言葉を実践し続ける。
そんな純粋さが雄一の魂を輝かして、男女問わず、魅了してきた。勿論、巴も同じである。
だが、今日、この時ばかりは巴はこう感じた。
これは優しい呪いだと
下唇を噛み締め耐える巴は雄一が返す言葉を分かっていながらも聞く。
「思い、思い留まってはくれんか?」
「すまない、巴。勝手を言ってるのは重々、理解してるつもりだ。それでも、だ」
巴への申し訳なささと罪悪感を隠す為に浮かべていた笑みが剥がれると今にも泣いてしまいそうな雄一の悲しい笑みが浮かぶ。
雄一は土の邪精霊獣の攻撃を意にも返さないで、巴を地面から抜くと天井を見つめて構える。
「巴、俺を恨んでくれていい。蔑んでくれていい。だが、アリア達を守ってやってくれ。巴、お前ならできる!」
槍投げをするように雄一は弓となり、巴を矢に見立てて天井を睨む。
「貫けっ!!」
雄一から放たれた巴は音速を超え、天井にぶち当たると紙を切り裂くように飛んでいく。
それを見送る雄一の足下にいる精神体の巴はラグが走るようにブレる。
ブレる巴は顔をクシャクシャにし、涙を流しながら見上げていた。
「ぜ、絶対、キッツイ説教をするのじゃ。これは絶対なのじゃ。じゃから、じゃから、ご主人……」
「ああ、楽しみにしてる」
消えゆく巴に本当の笑みを浮かべる雄一は巴と約束をした。
巴の姿が消えると同時に巴が覆っていた力の喪失を感じて、雄一は両手をクロスにして頭を庇うようにして土の邪精霊獣の攻撃を凌ぎ始める。
体を打つ鈍い音を耳にしながら雄一はぼやく。
「おいおい、想像以上にキツイな、こりゃ」
ズリ、ズリズリ
雄一の足下から音がする。
足下に視線を向けている雄一は自嘲的な笑みを浮かべる。
「これはどういう冗談だ? 笑えないんだがな」
土柱による攻撃を受けているのに何故か土の邪精霊獣のほうへと引きずられている雄一。
「さて、どうするか……」
頬に汗を流す雄一は、気持ちで負けるかといつもの獰猛な笑みを浮かべた。
▼
「後、一手あれば……」
「そろそろ諦めたらどうだ? 怖かろう? 恐ろしかろう? 楽になるといい」
悔しげに虚空を見つめるダンテに、恵の声を使って『ホウライ』が話しかけてくる。
あれから、ダンテの指示があるとはいえ、ワンクッションを置いてからしか動けないレイア達は徐々にダメージを蓄積していった。
それでも、これでも持ったほうである。
途中でダンテが気付いた、何故かアリアに対する攻撃はキャンセルされる事に気付いた運用で引き延ばしていた。
しかし、その機転で持たせた現状は崩れる兆候が見え始めている。
「怖くなんかねぇ! まだ諦めるか!」
だが、レイアはその状況下で吠えた。
「がぅ、ミュウに怖いモノない!」
「ここで恐れる? そんな馬鹿な話はないの!」
「今まで話さなかったのに話し出した。怖くなってきてるのは貴方」
レイアに続くようにアリア達も恵を見つめて啖呵を切る。
恵を睨みつけるように構えるヒースが目を細める。
「楽になりたいのはそちらでしょう? 僕が用があるのは、お父さんです。貴方じゃない。退場願いたいのですが?」
「今の僕達に恐怖を感じさせるモノなどありません!!」
ダンテがヒースに頷きかけるとそれを見たアリア達も頷く。
それを見つめていた『ホウライ』が苛立たしげに舌打ちする。
「もう良い。黙って……」
『ホウライ』がそう言いかけた瞬間、アリア達と恵の間の地面から青竜刀が飛び出してくる。
飛び出した青竜刀に遅れて土煙が起き、辺りを包むと土煙の中で光輝くのが見える。
余りのタイミングの良さに『ホウライ』もその光を見つめる。
その土煙の中から声が響く。
「まったくご主人が逃げろ、と言ったのにも関わらず、戦い出すこの馬鹿たれのクソガキ共」
その声が響いた瞬間、アリア達の背筋が伸び、顔中から汗が滲み出す。
「ダンテがしっかりその言葉を皆に告げたはずなのじゃ。それなのに、余計に逃げる訳にはいけませんじゃと? そんな言葉を吐くのは1000年早い!」
その言葉と同時にヒースの足下から震えが始まり全身に行き渡る。
まるでそれが伝染するようにアリア達に移りだし、子供達の震えが止まらなくなる。
土煙が収まり、そこに現れたのは黒い着物を着た幼女、花魁姿の銀髪のキツネの獣人が現れる。
とても雄一にお見せできる類の顔じゃなく、額に青筋を浮かせ、鬼女かくや、犬歯が輝く様はホーラ達が見ても引け腰になるのは受け合いである。
そんな顔を向けられた子供達は皆で固まり抱き合う。
「今のわっちはドタマにキテおる。ガキタレ共、ここを片付けたら半殺しで済ませて貰えると思うなよ?」
「がぅぅ、それ死んでるぅ!」
子供達の恐怖の権化、巴の登場に涙するアリア達であったが、この状況下で突っ込むミュウを勇者と称え、ミュウの最後かもしれない姿を心に焼き付けた。
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