第244話 最高の出発準備らしいです

 『精霊の揺り籠』に出発する前夜、雄一は店じまいの準備をするテーブル席で死んだ魚のような目をしたエルフと糸目の痩身痩躯の中年と向き合っていた。


「言い訳からスタートさせる情けない状況ですが、さすがに調べるのに時間が足りなかったですね」


 雄一が飲む紅茶と同じモノを注文していたミラーがグラスを両手で包みながら溜息を零す。


「そうですね、『精霊の揺り籠』に封じ込められているのが原住民達の言い伝えで、世界を滅ぼすモノ、ザガン周辺の砂漠化の理由という事と、それを封じる為に土の精霊とこの土地の下位の精霊達でかろうじて抑え込み、なんとか土の宝珠で地底深くで封じているらしいとぐらいしか……」


 ウォッカを水のように飲むエイビスは、「情けない」と、ぼやきながら項垂れる。


 そんな2人を半眼で見つめる雄一は呆れを隠さずに言ってのける。


「それ以上の情報だと、その世界を滅ぼすモノを一撃で倒せるアイテムの在り処ぐらいか? どうやって調べた、この変態共?」


 言え、と脅迫するように威圧をかける雄一に笑みを返す変態の2人。


 まったく堪えない変態に苛立った雄一が紅茶を煽るように飲むと、お代わりしにきてくれた宿の主人が一枚の紙を置いて去る。



『ザガンの夜という闇を舞うエルフと中年(♂)

 彼らが現れた所には何かが起こる!

 ザラバック家の当主の浮気相手との連絡メモが綺麗に整えられた状態で夫人の枕下に置かれて、ザラバック家に流血事件勃発

 ダウン商店の長男が想いを寄せる少女に出す勇気もなく書き続けたラブレターが何故かその少女の下に……

 おめでとう、3年越しの想い成就!

 彼らは誰だ? 分かっている事は金銭類だけでなく、盗まれたのは唯一、少年のラブレターを配達のみ!

 記者は彼らの正体を探るべく、今後も調査を続行。

 ザガンの街に阿鼻叫喚の嵐を巻き起こし、ほんのちょっとの良心を見せる2人の続報を待て!』



 それを変態の下にテーブルの上で滑らせるように飛ばした雄一は魂から漏れる溜息を零す。


「お前等、ザガンで何がしたいんだ?」

「「ふっふふふ」」


 楽しそうに笑う2人を半眼で見つめる雄一は肩を落として、脱力し過ぎて口許が締りがない状態なってしまう。


 この2人のペースに巻き込まれたら駄目だと気を引き締めるが黙ってられなくなり、「この趣味人が!」と言うと更に笑みを深められて逆効果で雄一の精神がガリガリと削られる。


 気を取り直した雄一がボヤキを洩らす。


「それはそうと土の精霊が絡んでるなら何故、アイナが知らないんだ? 俺がこっちに来るという時に言ってれば話が早かったのに」

「まあ、アイナ様ですからね」

「そうですね、大方、忘れてるのか、寝ていたせいでそういった事があった事すら知らなかったんじゃないですか?」


 ミラーとエイビスのアイナだからという言い分を雄一は反論できなかった。


 それに世界規模の災厄だっただろうに、アイナとエリーゼならともかく、リューリカとレンが気付いてない事すらおかしい。


 そこで考えられるのは早急に手が打たれ、他の精霊達に情報が漏れる前に封じる事に成功したのではないか、というぐらいしか思いつかないが、それだと疑問も残る。


「私もユウイチ殿のように同じ疑問に辿り着きましたよ」


 まるで雄一の心を読むかのように話しかけてくるエイビスに「やっぱり、この変態は手強いな」と読まれるなら言った分、すっきりすると割り切った雄一が言う。


 それを聞いたエイビスが身悶えるように喜び、ミラーが少し羨ましそうにしてるのを見た雄一は泣きたくなったがなんとか耐えた。


 エイビスの後を継ぐようにミラーが雄一に話しかける。


「多少、推測が混じりますが、おそらくこんな感じでしょう」


 ミラーは自分の考えを伝えてきた。


 その話はこんな感じであった。


 土に限らず、四大精霊には各自1個ずつ宝珠を持っていて、その宝珠に信仰心などを通す事でその属性の精霊が物、代表例では魔剣などを作れたりする。


 その宝珠が手元にないとなると信者の激減に繋がる恐れがあり、宝珠が手元にない事を他の精霊に知られると信者獲得に動かれる恐れがあったので伏せたのではないかとミラーは考えているようだ。


 世界を滅ぼすモノを封じる段階で他の精霊に助けを求めなかったのは、他の属性には影響が少なく、動かすまでに時間がかかり、その時間の分、土の力が疲弊するのを恐れたのではないかと言う推測を伝えてくる。


 それを聞いた雄一は、アクアの宝珠は見た事がないな、と思ったが使える信仰心などないから、きっと埃か苔に塗れてるのだろうと思うと頬に温かい水が流れる。


 雄一が知ってる精霊はアクアとアグートの2人だけだが、出会った頃のアグートの言動や行動を考えるとアクアを無視した形で3属性で駆け引きが行われていたというのは頷ける状況であった。


「そのせいで、土の精霊の管理下から外れたベへモスが野良化してたのでしょうね」


 信者に対するアピールと、世界を滅ぼすモノを封じる行動に一杯になって放置した精霊のベへモスの姿という事のようだ。


「信仰心を力に変換して世界を滅ぼすモノを封じてるか。ならノースランドの話に説得力が増したな」


 そういう雄一の言葉に2人は頷く。


 ノースランドがノンと別れる時の話で、宝珠の力で外に飛ばした事とその力を補う為にノンが精霊化する必要があった事であった。

 4属性を扱えるノンが精霊化したのだから、2人を飛ばす力を分けるのは造作もなかったであろう。


 考えに耽る雄一をミラーとエイビスが心配げに見つめて言ってくる。


「ユウイチ殿に限って単属性の精霊が封じられるようなモノに不覚を取るとは思いませんが……」

「ええ、2人の異世界人、そして、あの3人もなんだかんだ言って連れて行くのでしょう? 本音を言えば、身動きが取れなくなるまで叩きのめしても留守番にするのが正解だと言っておきます。守るモノが増えるだけ、ユウイチ様の負担が増え……」


 そう雄一に忠告、いや、親切心で伝えるが途中で言葉を止める2人。


 雄一が目を瞑り、苦悩するのを見て感じた為であった。


「ああ、お前達の言う通りだと俺も思う。だが、今のアイツ等を力で抑えつけたら、アイツ等の可能性の頭打ちになってしまう」


 手元にあるグラスにある紅茶で唇を湿らすように飲む雄一は溜息を吐きながらグラスの縁を指でなぞる。


「正直、あの異世界人に目を付けられたら3人は何もできずに死ぬ確率のほうが高いだろう。だが、あの3人はまだまだ強くなる、高く高く飛べる。俺の殺気が籠る攻撃でボコボコにされても3人は心を折らなかった。もう、俺が止めるべき言葉はない」

「そうですか、ユウイチ様がそこまで覚悟されておられるなら、私が口を挟むべき事は何もありませんね」


 雄一の覚悟を見取ったミラーとエイビスは席から立ち上がる。


 テーブルに代金を置くと出口へと歩いていったがすぐにエイビスが振り返ってくる。


「私達はまだ貴方で遊び足りてません。守るべきモノを完全に守り切り、世界を滅ぼすモノを瞬殺して帰ってきてください」

「俺は玩具じゃないんだがな! だが、俺もお前等に悔しそうな顔をさせるまでは死んでも死にきれないからな」

「ユウイチ様、誰にでも不可能な事はあるのですよ?」


 雄一の返答にミラーは楽しげな笑みを浮かべて言ってくるので、鼻を鳴らして返事とした。


 出て行く2人を見送った雄一は宿の主人に感謝の言葉と代金を置く。


 雄一も寝る為に歯を磨きに裏庭へと向かった。





 裏庭にやってきて、井戸の水を汲んで塩と指で歯を洗い顔を洗い終わると外に設置されたトイレの方から歩いてくる少女に気付いて声をかける。


「よぉ、レイア」


 雄一に声をかけられたレイアはビクッとすると逃げようとするが雄一が機先を削ぐように声を改めてかける。


「逃げないでくれ、アレ以降、話どころか顔も碌に合わせてないだろ?」


 バツ悪そうにするレイアにゆっくりと歩いて近寄る雄一は、勝手口の隣の壁に凭れるとレイアを手招きする。


「少しだけでいいから、お話をしよう?」


 迷うような仕草をするが、いつまでも逃げてる訳にはいかないと思ったらしく、おとなしく雄一の隣というと微妙な距離に腰をかける。


 そんなレイアに笑いかける雄一は話題探すように目を彷徨わせ、慌てて口にする。


「そのぉ、どうだ? 『試練の洞窟』だったか? 上手くいってるか」

「ああぁ、うん。40階層までは楽勝だった……でもないか、最後で大変だったしな。でも、今も攻略中だけど、行って本当に良かったと思ってる」


 レイアは雄一を見上げて言ってくる瞳に意思の力を感じて顔を綻ばせる。


「ホーラ姉、テツ兄に良く言われてた意味を身を持って知る事が沢山あった。それと……アンタ、オトウサンがアタシ達を鍛えてくれてる時、凄く考えてくれてるって感じた」


 雄一の件のあたりになると頬を朱に染めてそっぽ向くレイアに雄一は嬉しげに目を細める。


 誰だって、良かれと思ってする事は沢山ある。だが、それが本人に届く事などほんの僅か、氷山の一角のようなモノ。それでも、それが報われた時というのは教える側の最大の喜びである。


「楽しいか?」

「うん、友達もできたしな!」


 嬉しげにするレイアに雄一も楽しい気持ちにされる。


「可愛いなのか?」

「ああ、可愛い(男の)子だ!」


 そうか、と嬉しげに笑う雄一とレイア。


 2人がニアミスしている事をお互いに気付いていない。少なくても現状、気付いてない事は2人にとって幸せな事であった。


 楽しげに笑うレイアを見つめる雄一は、明日から始まる『精霊の揺り籠』攻略に気合い充填して貰い、また、こうやってレイアと話せるようにすると心で誓ったのであった。

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