第243話 啓太と恵のようです

 雄一達は、『精霊の揺り籠』に突入の準備に追われ、アリア達は今までのように簡単にはいかない40階層以降も苦戦しながらも全フロア踏破を着々と進めていた頃、ソードダンスコミュニティでも準備に追われていた。


 そんな中、ある一室に啓太と恵は呼び出されやってきた。


 呼び出したのは2人の雇い主であるノースランドの息子のゼッツとガラントであった。


 啓太と恵がソファー座るのを確認すると、横柄な態度のゼッツが眉を顰めながら話し始めた。


「呼び出した理由は説明しなくても分かってるかもしれないが、『精霊の揺り籠』の攻略と父が呼んだ男を出し抜けるかについてだ」


 そう話すゼッツは癒えたはずの頬に手を添える。雄一の話をした瞬間、目を覚ました時の激痛と自分の常識という定規では計れない事に恐怖した気持ちが蘇る。


「分かってますよ。『精霊の揺り籠』の攻略は勿論、あの男の対策にも手を打ってますって」

「そうそう、ケータはちゃんとお仕事してまーす」


 苛立ちげに顔を顰める啓太は肩を竦めながら答える。


 当初は自分達が得たチートの絶大ぶりに酔い、与えた者に言われていた要注意人物である雄一を甘く見ていた。いや、甘く見過ぎていたというより、他の誰かを適当に評価してたような見当違いな結果に打ちのめされた。


 はっきり言って、正面から挑んで勝ち目などない。


 2人の感覚では、腹を空かせたライオンの群れに縫い針を片手に挑むような無謀さだと感じていた。


「本当なのだろうな? もうお父様の前であれほど恥をかかされた相手に打てる手があるのか?」


 疑心暗鬼に囚われているガラントが2人に食い付く。


 そんなガラントを見つめる啓太の腹では、その後、一発で気を失ってたお前等が言うなよ、と毒吐きたい衝動に駆られるが、もうしばらくの我慢と飲み込む。


「力押しが無理って分かってるのに馬鹿正直な手は打ってませんよ。まあ、見ててくださいよ」

「しかしだな! もうこれ以上俺達は恥を……」

「ねえねえ、アタシは難しい事分からないんだけどさぁ? アタシとケータがやーめたしてアンタ達に打てる手があるの?」


 しつこく食い下がるゼッツに話がループする雰囲気が漂い出したのを察知したのか啓太とゼッツの話に恵が食い込んだ。


 ゼッツ達からしても考える事には期待できないと思っていたノーマークだった恵からの一言に沈黙させられる。

 恵の言うように打てる手が思い付かなかったからであった。


 これが啓太が言っていれば、難癖ぐらい付けて終わった後の報酬の話で有利に進める布石と考えていた2人だったが、予定を崩されて困ったように兄弟は目を交わし合う。


 アドリブもできない兄弟であった。


 ファインプレーをした恵に啓太がこっそりとウィンクする。それに気付き、嬉しそうにする恵から視線を外して、再び、雇い主であるゼッツ達に視線を戻す。


「まあ、俺達が無様を晒したから心配なのは分かりますが、それを踏まえて打てる手がなかったら、ここにいないというのは分かって貰えます?」

「むぅ、うむぅ……」


 渋々といった様子であったが頷くゼッツを確認した啓太が口を開く。


「あの相手をする為に色々、準備に追われてますので、準備に戻りたいのですが?」

「そ、そうか、しっかりと頼むぞ?」


 とりあえず格好だけは纏めようとしたゼッツに呆れるが、適当に頭を下げる2人は部屋を出て行く。


 出て、廊下を歩き始めると恵がブツブツと文句を垂れ流す。


「もう、信じられない。愚痴を言う為に呼び出すなんてアリエナイ!」

「だよな、ウザい奴等だけと扱いやすい点で下に付いてただけだから、もうちょっとの我慢だよ、メグ」


 ニッコリと顔立ちだけは良い顔で笑いかけると恵は分かり易い程、薄らと頬を染めて嬉しげにする。


 などと恵を励ましたモノの啓太もあの2人が鬱陶しいと感じて、こっそりと肩を竦める。


「それはそうとケータ。あの長髪の大男の対策をアイツに相談するって……」

「メグっ! その話はここではマズイよ。場所を変えよう」


 少し慌てた啓太に止められた恵は、しまった、と口に手を当てて辺りを見渡すが誰もいない様子にホッとすると啓太の腕に抱きつく。


「ごめん、ケータ」

「ううん、誰にも聞かれなかったみたいだし気にしないで」


 啓太が怒ってないと分かって露骨に安堵の様子を見せる恵は、すぐに時空魔法を発動させた。


 一瞬の暗転を感じて目を開いた啓太の視界には一面、砂だらけの場所にいた。


 周りには何もなく聞き耳を立てる者などが隠れる場所がないと頷く。


「ここならいい?」

「うん、問題ないよ」


 抱きついてくる恵を抱き返す啓太は少し照れたらしく咳払いをすると、すぐに恵を離れさせる。


 一瞬、不満顔になった恵であったが照れてる啓太に気付いて満足したのか笑みを浮かべて先程の話を始めた。


「それでアイツはなんて言ってきたの?」

「あの化け物に有効な手段があるのか不安だけど、アイツはいくつか手は打ったと言ってたよ。そのいくつか俺達にやれ、と言ってきてる内容があるんだけど……」


 嫌そうな顔をしている啓太の話を聞いた恵も露骨に嫌そうな顔をする。


「イヤッ! そんなダサい事したくないよぉ! でも……ケータがどうしてもしろって言うなら……」

「ううん、俺もやりたくない。情けない話だけどメグが迷わず、そう言ってくれてホッとしてるよ」


 本当に安堵の様子を見せる啓太。


 そんな啓太を見つめる瞳を潤ませた恵がソッと抱きついてくる。


 抱き返す啓太が恵の耳元で話し始める。


「もし、アイツが打った手であの化け物を止める事すらできなかったら……逃げようか?」

「えっ?」


 啓太の胸に頬を当ててた恵が慌てた様子で離して顔を上げる。


 それに微笑み返す啓太は続ける。


「当初、夢見た楽しい異世界生活とはいかないかもしれないけど、俺達の力があれば、それなりに楽しいと思うんだ。あの化け物にも言ったけど、俺達は悪さをしてないから、この世界の住人に追われる理由ないしね?」


 そう言う啓太は鼻を頭を掻き、覚悟を決めたような顔をして今度は啓太から恵を抱き寄せる。


 恵の頬に自分の頬を当てるようにする啓太。


「巡り合わせたのがアイツというのが気持ち悪いけど、でも、メグと出会わせてくれた事だけは感謝してる。メグが嫌じゃなかったら、俺と一緒にこの異世界で暮らさないか?」

「ケータ、ケータ。一緒にいようよぉ!」


 恵は啓太の肩で顔を伏せながら肩を震わせる。


 そんな恵の頭を撫でながら、有難う、と告げる啓太の顔には安堵の表情が広がる。


 だが、すぐに苦虫噛み締めたような顔をする。


 啓太と恵にチートを与えた者との会話を思い出したからであった。





「あの者、ユウイチと言ったか? そいつが大事だと思う者達を何人か殺してしまえ」

「待ってくれ! アンタとの約束はそのユウイチという男を始末するのに協力するだったはずだ。関係ないヤツらを殺せ、という約束はしてない!」


 啓太は顔を青くして叫び、無駄な人殺しは嫌だと訴える。


 啓太にしても恵にしても元の緩い世界の住人だけあって、人殺しには忌避感がつき纏っていた。


 軽い感じを装ってるから命の重さを考えないタイプに見えるが実はそういう事に過敏に反応してしまう性質であった。


 啓太は親の期待、父親の後を継ぐ後継者として医者になるべく束縛された生活を嫌った。

 違う世界に行きたいと熱望した啓太は、そんな時コイツに出会い、条件を飲めば、チートを与え異世界へと連れて行ってくれるという話になった。


 その条件というのがユウイチの始末の手伝い。


 いくら、親の期待の後継者になるのが嫌だからと言っても、短い間であれ、医者を志した啓太には命を奪う事に抵抗があった。だが、行き先の世界観を聞く限り、命の価値が元の世界と比べて圧倒的に軽いので慣れないと自分を騙す事にした。


 異世界で生きる為の切符、必要であれば殺せる気概を持つ為の人を殺す童貞を捨てる相手と割り切る事にした。


「私は何も約束を違えてはいない。ユウイチを殺す為に必要な事を指示してるに過ぎない」

「だが、俺は人を殺すのが嫌だ、ユウイチ以外を殺す指示は受けないとも言ったはずだ、『ホウライ』!」


 啓太は契約する時に約款を頭からケツまで読むように事細かく質問した。自分を扱い辛いとは思っても使える男という評価が得れるように考えて聞き出し、それについて答えた内容に啓太が言うような事が含まれていた。


 姿を見せない『ホウライ』は、短い沈黙の後、溜息を隠さずに話しかけてくる。


「では、どうやってユウイチと戦うという。勿論、私の方でも手を打つが、最善を尽くすのは契約者としての義務だろう?」

「ああ、その通りだ。俺が許す限りの最善を尽くして契約を守る」


 見えない『ホウライ』を睨むようにする啓太に『ホウライ』は溜息を零す。


「好きにするがいい。だが、お前も充分分かってるはず、あのユウイチという者と己の実力差を身を持って知ったはずだ。あの者に対抗するうえで、私が言う方法以上に効果的な方法はない。死なせたくはなかろう? なんて言ったか、あの娘の名は?」


 『ホウライ』が恵の名前を思い出し、愉しそうに笑うのを聞きながら奥歯を噛み締め、指が白くなるほど拳を握り締める。


 その笑い声と共に『ホウライ』の存在が希薄になりかけた時、最後に話しかけてくる。


「そうそう、あの者が大事にする者の中に双子の娘がいる。そいつらを使って脅迫するぐらいはいいが決して死なすな。必要なのは片割れだが間違って殺されたら目も当てられないのでな」

「だから、その手は使わないと言っている!!」


 『ホウライ』へと叫ばれた啓太の声は届かずに虚しく響いた。





 啓太は恵をギュッと抱きしめて誓う。


 雄一を


 『ホウライ』を


 出し抜いて、恵との未来を勝ち取ってやると胸に秘め、前に進む覚悟を完了させた。

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