第242話 それぞれの命懸けらしいです
「ひぃぃ!!」
「やっぱりモーニングスターは投擲武器として使えない」
モーニングスターがヒースの股ぐらを抜けて、ギリギリ無事だったらしく情けない悲鳴を上げる。
転がっていったモーニングスターを手に取るアリアは、必死に許しを請うヒースを無視して落胆に暮れる。
ヒースはグルグル巻きにされて木の枝に吊るされるようにされていた。足はギリギリ地面に届いているがジャンプしたり、走ろうというのは無理な体勢であった。
「最近思うの。盾って横にして上手く飛ばしたら殺傷力が凄まじいんじゃないかって!」
そう言うスゥは盾をフリスビーのようにすると何の迷いも見せずにヒースに向けて投げ放つ。
力一杯投げたが、鋼鉄製の重量が半端でなく、地面に叩きつけられ土煙が上がる。
上がる土煙を浴びるヒースは血の気が下がる。
「本当にごめんなさいっ! 僕が悪かったです! もうしません!!」
「うん、謝る事は大事。でも3回も後出しは注意が足りてない。パーティをする上でこれは致命傷。今回、最後は本当に危なかった」
うんうん、と頷くアリアだが、許す気はゼロのようで、ミュウを見つめるとガゥと元気良く返事される。
ミュウが掌にしまった小石を持ったまま、親指を撓らせているのを見たヒースの生存本能が警告音が鳴り響く。
本能の訴えに従い、格好なんて気にせずミノムシのように吊るされながら必死に身を捻る。
すると、背後のヒースを吊るす木に貫通してるような音、カス、カスっと軽い音がするのに気付いたヒースが横目で見つめると木に穴が空いているのを確認する。
「がぅぅ、弱々しい。ユーイみたいにできない」
「弱々しくないからね? 充分、人が死ねるレベルだからぁ!」
必死に助けを求めつつ、助かる術、逃走経路を模索するヒース。
人間、追い詰められると今まで出来なかった事ができるという見本のようにヒースが体の関節を外すと縛っている縄から脱出を計る。
自分がこんな事できたのか! と驚きつつも喜びに包まれそうになったヒースをどん底に落とす声が響く。
「そろそろ、ヒースが縄抜けを会得する頃なの。ズタ袋から頭だけの刑に移行」
そう言うスゥの言葉にテキパキとアリア達がヒースをズタ袋に梱包していく。
「ど、どうして分かったのっ!!」
絶叫するヒースを梱包しながらレイアが答える。
「同じ目に遭ったテツ兄が縄抜けを体得したから。テツ兄はもっと早かったらしいけど、スゥが多分、これぐらいだろうって」
見事に読み切られたヒースは口をパクパクさせる。
今のレイアの言葉で分かるが、これは本能で動くテツの魂に刻ませるのを目的にホーラとポプリの共同開発で生まれた、『魂に刻む教育プログラム』というらしい。
ちなみに別名、『新技実験マシン1号テツ』というらしいが、2号の出番がまだないのは僥倖であった。
ホーラ達の妙技は次世代に無事に引き継がれていた。
「次はアタシだな。気のコントロールが難しいんだよな。なんか飛ばせそうな気がするんだけど……」
そう言うレイアがヒースに掌を向けると同じ気を使うヒースには当たったらヤバいと分かり、必死に転がって逃げようとする。
フンッ! と放つレイアの気で出来た野球ボールサイズの玉は明後日の方向へと飛んでいく。
再び、コントロールして掌に気の玉を浮かべて唸るレイア。
「難しそうなの」
「掴む。投げる」
「それだっ!」
頬に手を当てて悩むスゥの横にいたミュウが思い付いた事を口にする。また、レイアも根拠もなく確信すると本当に掴み取ってしまう。
「おお、持てたっ!」
そう言うとレイアは振り被って気の玉を投擲してくる。
気の玉が生み出す加速力とレイアの力が合わさり、ヒースの動体視力を超える。
すると、バッシュゥ、という音が耳元でしたので横目で見るヒースの視界には気の玉サイズの穴ができて、底が見えない事実に震える。
「あああっ!!!」
悲鳴を上げて転がり続けるヒースの視界に真っ青な顔色のダンテが物影で中腰になって見つからないように隠れて見ているのを発見する。
「ダンテ! ダンテェ!!!! 本当に助けて、この4人、手加減知らな過ぎるのに手口が巧妙過ぎるぅ!!」
ヒースの救援要請を受けるダンテは首から頭が落ちるんじゃないのかと思わせる程、首を横に振る。
見捨てられた、と絶望に包まれるヒースにアリアが聖母のような笑みを浮かべて、そっと触れてくる。
「ヒース、パーティに一番必要な事は?」
「報告、連絡、相談……ホウレンソウ!!!」
優しげに頷くアリアが指を一本立てるのを見た、ヒースが腹の底から声を出し「ホウレンソウ!」と連呼する。
そんなヒースを見つめるアリア達が頷き合うとスゥが肩を竦めるようにして微笑を浮かべる。
「ラスト1周で許してあげるの」
「ぎゃあぁぁぁぁ!!!!」
限界を超えたようなヒースの悲鳴を聞くのを拒否するように両耳を塞ぐダンテは目を瞑ってしゃがみ込んだ。
どうやら、北川家に大型新人が入るかもしれないと噂が出回る下地は出来上がったようである。
▼
ヒースがアリア達の愛の指導を受けていた頃、街の外では、雄一を相手にホーラ達3人が対峙していた。
ホーラ達3人は、荒い息を吐きながら立ってるのがやっとという有様であったが、対面の雄一は困った顔をしていて、離れた岩場で腰かける巴は苛立ちげにキセルで煙草を吸っていた。
疲れを一切見せない雄一は、どうしたものかと顎に手を添えて考え込むのを見た巴が口を開く。
「このガキタレ共、訓練つければつける程に動きが悪くなっておるのじゃ。特にテツ、お前は酷いのじゃ。切れて本能で動いて可能性を見せた、あの後から落ちる一方なのじゃ」
まだ言い足りないとばかりに口を開こうとする巴の名を呼ぶ雄一に見つめられて口を閉ざす。
「確かにテツの酷さも目立つが、ホーラ、ポプリ、お前等2人の動きにも問題がある。コンビネーションは掛け算でないと駄目だ。今のお前達は良くて足し算だ」
雄一に暗に足を引っ張り合ってる事があると言われた事に気付いたホーラとポプリが悔しそうにする。
だが、言い返せない。2人には多かれ少なかれ自覚症状があったからであった。
「やっぱり、テツの自分の動きを理解して慣れるまでは、上手く繋がらないな。これなら余程、テツ1人の方が強いが、それだと異世界人の1人にも勝つのは難しい……」
一旦、口を閉ざす雄一に不穏な空気を感じるホーラ達。
「やはり、お前達を連れていけない。テツは自分の動きをモノにし切れてないし、ホーラ達は化ける事はできなかった。リスクが……」
話している最中の雄一の両足を抱くようにテツが四肢を使ってくる。
近寄ってきたテツが何をするのだろう、とは思っていた雄一であったが、まさかの行動に戸惑いと溜息が洩れる。
「何がしたいんだ、テツ?」
「もう僕は引っ込みがつきません! 例え、駄目と言っても行きます!」
呆れた雄一が左手で頭を掻こうとすると、その左手をポプリに抱き締められて封じられる。
「まだ1日あります。ネヴァーギブアップです!」
「あのな? 2日間で悪くなってるのに、ポジティブ過ぎるだろ?」
仕方がないので右手で頭を掻こうとするとホーラに右手を抱き締めるように封じられる。
「この際、はっきり言うさ。絶対に行くさ!」
「テツと同じレベルだと自覚してるか?」
3人に四肢を封じられた雄一は肺にある空気を全部吐き出すように溜息を吐く。
さて、どうしたものか、とぼやく雄一に巴が紫煙を吐きながら言ってくる。
「わっちがみるに、ガキタレ共は命懸けという事は正しく理解して本気だと思うのじゃ。なら、死んだら死んだ、好きにさせるのも一興」
「しかしだな、せざるえない状況ならともかく、ホーラ達の若さで命懸けをするのは俺は反対だ」
そんな雄一を見上げる巴が微笑を浮かべる。
「ご主人が父上と母上の残したモノを守る為に親族と裁判? で戦った時は命懸けではなかったのかの?」
「ば、馬鹿、それとこれとは別だろ? 本当に命の駆け引きが……」
思わぬ場所からの援護射撃に目を白黒させる雄一は苦虫を噛み締めるように顔を顰める。
確かに、命を取る取られるはないが、当時の雄一は、護る為であれば死ぬ事も厭わないと本気で思っていた。
普通に考えたら、雄一の心情など関係なく雄一は親族に預けられて両親の財産などは親族に預けられただろう。
だが、雄一はそれを乗り越えた。
それは、雄一の覚悟が裁判官などに通じたのか分からない。分かる事は、雄一の決死の想いが可能性を引き寄せた。
「わっちが見たご主人の記憶では、確か、そこのガキタレ共と同じ年じゃったと思ったがの~?」
今まで、言いたい事を途中で止めさせられた意趣返しかと問いたくなる程、イヤラシイ笑みを浮かべる巴。
巴の後押しを得て、口を真一文字にして一歩も退かないと目力を強める3人を見て諦めの溜息を吐く。
「好きにしろ……だがな? 後1日ちょっとある。その1日とちょっとで口を弾いた事を後悔するぐらいに鍛えてやるから覚悟しろ!」
獰猛な笑みを浮かべ、殺気が滲む雄一を見つめる3人は既にちょっと後悔が滲みだしてくるのを唾と共に飲み込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます