第241話 決着、そして、ヒースは新たな戦場へのようです

 自分の中にある処理しきれない気持ちを吐き出した事で、いち早く立ち直ったのはダンテとミュウであった。


 ゴブリンキングへと突進するように飛び出すミュウの背にダンテが叫ぶ。


「倒そうとは間違っても思わないで! 動きを制限するつもりで!」

「がぅ、任せろ」


 ダンテの言葉を受けて、ゴブリンキングの視界に飛び込んで、注意を集めるミュウ。


 ゴブリンキングはミュウに任せて、ゴブリンクィーンの対処の指示を出す。


「スゥ、ヒース、ゴブリンキングの前にゴブリンクィーンを倒すつもりだから、2匹を引き離しにかかって」

「ヒース、行くの!」

「はい!」


 ゴブリンクィーンに駆け寄る2人を見つめたレイアがダンテに聞く。


「アタシ等は?」

「僕達は邪魔になる残りのゴブリンの排除。戦ってる最中にうろちょろされるのも鬱陶しいけど、連携されたら厄介だからね」


 ダンテの言葉に頷いた双子は、目で会話するように合わせただけで、自分達の司令官であるゴブリンキング、ゴブリンクィーンの援護に向かうゴブリンを不意打ちしていく。


 アリアとレイアのゴブリン殲滅速度は先程とは比較にならず、双子ならではの阿吽の呼吸でゴブリンを狩っていく。


 残っていた70弱はいたゴブリンは、ダンテの援護を受けながらではあったが、5分とかからずと殲滅する。


 意思疎通ができてると能力の何倍の事もできるという良い見本であった。


 ヨシ! と気合いが入る双子にダンテは指示を出す。


「達成感味わってる場合じゃないよ! 次はスゥ達を手伝ってゴブリンクィーンの退治だ!」

「分かってるよ!」


 舌打ちをしそうになるレイアであったが、ゴブリンクィーンの相手をしているスゥとヒースの形勢が芳しくないのに、気付くと口を閉ざして走り出す。


「もしかして、想像以上に強い?」

「うん、何発かに1発はスゥが盾で凌ぎきれないようで押される姿があった。気のせいじゃないと思うけど、押される頻度が増えてきてる気がする。アリア、スイッチしてスゥに呼吸を整える時間を」


 ダンテの言葉にコクリと頷いて答えるアリアはモーニングスターを握り締める。


「アリア、決して無理はしないでね! 君だけが癒し手なんだからね?」

「そんな事、言わなくてもアリアは分かってる! アタシはアリアの負担が減るように牽制に廻る」


 駆け寄るアリアはスゥとスイッチして盾役を変わる。レイアはアリアと挟むような立ち位置で牽制し、アリアへの意識の分散に成功していた。


 それと同時にその脇を掠めるようにヒースが確実にダメージを蓄積させていった。


 スイッチしたスゥがダンテの隣に来ると必死に息を整えようとする。


「スゥ、慌てずに万全に戻して。予定変更だ。スゥはもうゴブリンクィーンの戦線には立たせない」

「ど、どうしてなの? 私はまだ戦えるの!」


 噛みつくスゥを悲しげに見つめるダンテは被り振る。


 そして、宙に浮く砂の量が3割程度になっている砂時計を指差す。


「思ったより、時間がかかってる。ゴブリンクィーンは、今のメンバーだけで倒して貰う。ここで持久戦に持ち込まれたら、本番のゴブリンキング戦でスゥ、君が使い物にならなくなる」


 スゥに答えたダンテは水球を作り出して、放ち続けるが効果の程は実感はない。


 ヒースは滑るように低い体勢からゴブリンクィーンに襲いかかるが、効果的な攻撃が入っていない。


 既に考える力があるようには見えないゴブリンクィーンだが、執拗にアリアを集中して攻撃してくる。


「やっぱり、おかしいとは思ったの。私が戦ってる時も注意を引いているつもりはあったけど、露骨に私しか攻撃してこなかったの」


 どういうカラクリかは分からないが、盾役を潰せば、ダンテ達が瓦解すると分かって行動しているようだ。


「くそぉ! 殴りたい放題させてくれるのかと思わせて、急所だけはしっかりカバーしてきやがる」


 毒吐くレイアの言葉通り、レイアとヒースの攻撃は基本、打たせたいだけ打たせて致命傷になりえる攻撃だけはしっかりとガードしてくる。


 ダンテの魔法も同じ方針のようで、アリアに援護らしい援護ができてない。


 徐々に傷ついていくアリアを見てられなくなったスゥがダンテに食い付く。


「もう見てられないの、私も出るの!」

「待って、今、スゥが出たら勝機はなくなる。後、1つ、ゴブリンクィーンの意識を拡散できれば隙が生まれると思うんだけど!」


 悔しげに下唇を噛み締めるダンテの耳に力のある声が響く。



 『ウォンッ!』



 その遠吠えがゴブリンクィーンに直撃すると一瞬の硬直時間が生まれる。


 音の発生源をダンテは目で追うとミュウがゴブリンキングに背を向けて、遠吠えを飛ばしているのが見える。


「ヒース、いっくぜぇ!!!」

「うんっ!」


 レイアは一瞬で赤いオーラを纏い、ゴブリンクィーンの懐に入ると右拳を鳩尾に叩きつけて体をくの字にする。


 飛び上がったヒースは剣に白いオーラを纏わせて、くの字になって首を突き出す形になっているゴブリンクィーンの首を一刀両断してしまう。


 ゴブリンクィーンを討ち取ったレイアとヒースは喜びの声を上げる。


 それを見て、最大の功労者をダンテが見る。


「ミュウ、有難う! あっ、ミュウ、後ろっ!」


 無理な体勢から遠吠えしたせいで動きが緩慢になっているミュウにゴブリンキングの拳が迫る。


 なんとかゴブリンキングに向き合うのに間に合ったミュウが短剣をクロスして拳を受け止めるが、その力に吹っ飛ばされて壁に叩きつけられる。


 叩きつけられたミュウは落ちる事で床に叩きつけられるが、ゆっくりと立ち上がる。口の端から血が流れていた。


「ミュウ!」

「大丈夫、口の中、切っただけ」


 失われていない目力を感じさせるミュウがゴブリンキングに構えてみせる。


 それにホッとしたダンテであったが、すぐに気持ちを切り替えて隣にいるスゥにお待たせ、と伝える。


「スゥ、勝負を決めに行くよ?」

「もう、ずっと待ってたのっ!」


 そう言うと待てないとばかりにスゥがゴブリンキングに飛び付くように盾を叩きつけると抑えにかかる。


 それを見送りながらダンテは魔力を練りながら叫ぶ。


「一気にいくよ、ヒース、お願い!」


 ダンテがそう言うと迷いもなくオーラを纏った剣でゴブリンキングの脇腹を切り裂こうとするが致命傷になると判断して避けようとした。


 だが、目の前にいる盾役は本職のスゥ、そんなチャンスを見逃さない。


「バランスをずらした状態で私と拮抗できると思うのは馬鹿にし過ぎなの!」


 ゴブリンキングが避ける動作のタイミングも読み切り、それに合わせて盾を力強く押し切ってくる。


 その絶妙なタイミングで押されたゴブリンキングがバランスを崩して、たたら踏む。


「グッジョブ、スゥ!」


 スゥを称えると同時にダンテが、ゴブリンキングの足元から氷柱を生み出す。


 生み出された鋭利な氷柱がゴブリンキングの左足に突き刺さり、動きを封じる。


「みんな、今がチャンスだっ!」


 その言葉が起因になってか、それとも声を発する前から動き始めていたか分からないが、アリア達5人による波状攻撃が始める。


 1度、攻撃が入るとゴブリンキングはサンドバックのように殴り、斬られ続ける。


 そして、最後にミュウの2本の短剣がゴブリンキングの喉元に突き刺さると吐血と共に大きな体が仰向けで倒れて行く。


 ゴブリンキングの生存を確かめようとした時、空中に、



 『ミッションクリア』



 と表示され、ダンテの目の前にキャッシュカードサイズの金属板が現れる。


 それをダンテが受け取ると同時に目の前にあったゴブリンキングとゴブリンクィーンの死体が消える。


 ちなみにゴブリンは倒した時点で消えていた。


 死体が消えて何もない部屋になった瞬間、誰からとなく、その場で倒れて行く。


 荒い息を吐くダンテは、動かすのも億劫な体にムチを打って半身だけ起き上がる。


「死にそうな人や、骨が折れてる人いる?」


 そう聞くダンテに返事をする者はいない。ただ、整えられない荒い呼吸だけが聞こえてくる。


 ダンテの見立てでも誰もいないと思ってはいたが、念の確認のつもりであった。


「な、なんとか勝てたね?」

「本当なの。何度かダメか、と考えてしまったの。あっ、ミュウ、ナイス遠吠えだったの!」

「がぅがぅ!」


 スゥに褒められて、嬉しげにするミュウは大の字になりながら破顔させる。


 そんな様子を双子はお互いに目を交わし合って笑みを浮かべる。


「戦ってる最中に後悔したまま死にたくないと頑張ったかいがありました!」


 そう言うヒースの言葉に引っかかりを覚えたダンテが首を傾げる。


「何を後悔してたんだい?」

「この事を書いてる一文に、一旦、40階層に行ってゴブリンキングなどと戦って場馴れしてから挑むのが賢いと書かれていたのを言うのを忘れたのが原因で死ねない! と思ってたんで……」


 アハハハ、と笑うヒースが、照れ臭そうに頭を掻くが目の前のダンテの顔には汗が滝のように流れていた。


 決して、先程の戦いの汗が今もそんな勢い良く流れている訳ではない。


 ダンテは背後からくる凄まじいプレッシャーを感じて、ゆっくりと移動し始めて、そのプレッシャー範囲外に逃げ切る。


 ヒースはダンテの行動を首を傾げながら見送るとレイアに声をかけられ、そちらに目をやるとビクッと身を震わせて仰け反る。


 そこには、起き上がった4人の少女達がヒースを見つめていた。それも、とてもとても熱い剣呑な視線で……


「ヒース、それは駄目だよな? いくらアタシが広い心の持ち主と言っても、限界はあるんだぜぇ?」

「この後、外に出たら反省会を開催する。ヒース? 貴方の拒否権はない。当然、参加」


 アリアとレイアの双子ならではのコンビネーションで完全に逃げ道を塞がれたヒースは、本能が生命の危機を訴えてくるがどうしようもなかった。


 なので、これ以上、心証が悪くならないように素直に参加すると頷く。


 4人の少女に引きずられるように連れて行かれるのを見送ったダンテはガタガタと震えながら、また明日、ヒースと語り合える事を神に祈った。

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