第218話 溢れるオモイと受け止めるオモイ、そしてオトウサンらしいです

 雄一とレイアは堤防に腰掛けて、並んでリンゴを齧り出す。


 心ここに非ずといった雄一が地平線を見つめてるようで見てないように感じる視線を向けながら、リンゴを豪快に齧りつく。


 引き換え、レイアは雄一と比べたら、リスがリンゴを齧るように小さな口でシャリシャリと食べながら、隣で雄一を見上げる。


 普段の雄一であれば、やたらと気を使うように、


「レイア、皮剥いてやろうか? ウサギさんがいいか?」


 だとか、


「堤防で座るの痛くないか? 膝を貸すぞ」


 などと、鬱陶しいと押し退ける絵がいつもの風景だが、それがない。


 確かにレイアは頭を使う事を得手としてないが、雄一がこんな状況になっている理由は理解できていた。


 そうレイア、レイア達が雄一の期待に応えられなかった事が原因であった。


 巴の言葉からでも分かるように、


「まったく、ご主人が甘やかすから、逆らって良い相手と駄目な相手が分からんようになるのじゃ」


 確かに甘やかされていたと、巴に嫌という程、身を持って教えられた。


 これが自分だけなら、単純に自分が巴に怯えてそう思わされただけかとも思うが、アリア達は今の自分よりも酷い状態で、その可能性を否定してくる。


 少なくともアリア達はレイアより、まともな思考をしていたとレイアは思う。


 甘やかされてたと感じていたのは巴だけではなかった。


 そう、姉と慕うホーラも事ある毎にレイア達に雄一は甘いとお小言を言う姿を見かけていた。


 ホーラが言ってる姿を見る度に、あんな訓練を課してくる雄一が甘い? と首を傾げていた。


 だが、甘かった。


 甘かったのは、良く言う、心技体と呼ばれる最初の心にあった。


 確かに、そこを鍛えられてはなかったが、レイアは思う。


 きっと、レイア達であれば、乗り越えられる、乗り越えられるように心の成長を待ってくれる気だったのじゃないだろうかと普段から嫌う為に必死に荒探ししていたレイアだから気付けた。


 本当に今更の話ではあったが……



 そんな雄一をチラチラ見つめていたレイアの視線の先では数口でリンゴの芯まで食べきり、ヘタを紙袋に仕舞うのを見て、悪態を吐いてしまう。


「芯まで食べるなよ! 動物かよ……」

「お、おう、すまん」


 少し、驚いたような顔をした雄一は紙袋から新しいリンゴを取り出すと再び、齧り出す。


 雄一の齧った跡の大きさと自分のを見比べて、なんとなくお父さん、という感覚に襲われる。


 やはり否定しきれないと思ったレイアは、雄一に話す覚悟を決める。


 ずっと誰かに聞いて貰いたいと思った、本当の父親の事について……




「なぁ、初めてスネ湖に行った帰りの馬車で話した事、覚えてる?」


 レイアが横目で雄一に話しかける。


 雄一はレイアが一緒におとなしくリンゴを一緒に食べてる事ですら珍しいとは思ってはいたが、まさか話があったとは、と驚く。


 クロと出会うキッカケになった帰りに話をした事と言われて、リンゴを食べる手を止める。


「ああ、アリアの失語症と……レイア達の父親の話だな?」


 それに頷いて見せ、俯くレイア。


 雄一はレイアにプレッシャーを与えないように海を眺めながら、話し出すのを静かに待つ。


 堤防に打ちつける波の数を心で数え、10回ほどした頃だろうか、俯いてた顔を上げる。



「……お父さんは、お母さんが死んだ次の日に私達を捨てた。たった一言、「ティアの残りカスはいらん」という言葉を残して」


 雄一と同じように海を見つめるレイアに気付かれないように、組んだ指に力が籠る。


「お母さんが生きてた時は温かった家から出て行こうとするお父さんにアリアと泣きながら縋った。でも、振り払われて、アタシ達は取り残された」


 その当時を思い出しているのか、レイアは肩を震わせて膝を抱えて小さくなる。


 レイアを包みこんでやり、辛いなら話さなくていい、と言ってやりたい衝動と雄一は戦う。

 と、同時に自分から向き合おうとするレイアの邪魔をしてはいけないという思いがあるからだ。


「それから1週間、家に残ってたモノで、ひもじい思いをしていたアタシ達の前にお母さんのお兄さん、おじさんがやってきた」


 どこか思い出すだけでもシンドイという空気を漂わせるレイアは続ける。


「お母さんと仲が良くないのは知ってた。でも、アタシはおじさんが助けに来てくれたと思い、喜ぼうとした時、アリアが言ったんだ」


 レイア、おじさんに捕まったら危ない、そう叫んだアリアがレイアの腕を掴むと逃げようとしたらしい。


 一瞬、呆けたレイアのせいで、あっさり捕まったが、咄嗟に動けても数秒の違いではあっただろうと、レイアは自嘲の笑みを浮かべる。


 アリアはシホーヌに能力を制限されるまでは、読もうと思ったら、かなり細かい所まで読む事ができたらしい。


「捕まえたアタシ達を地下牢に放り込んだ、おじさんは言ったよ」



「過酷な状況で生き残った方を生贄に捧げれば、私達は救われる。ティアの血を引くお前達にしかできないのだよ」



「なんで、そんな事をする必要があるのか、未だに分からない。アリアは分かってるはずだけど、今も教えてくれない。ただ、苛立った酔っ払ったおじさんがアタシ達を蹴る殴るした時に言ってた」



「お前達の父親が禁忌を犯したせいで世界が半分消えた!」



 と言っていたとレイアは呟く。


 実は、この辺りの事情はゼペット爺さんの言葉で覚悟が決まった雄一がシホーヌとアクアから聞き出した情報で知っていた。


 レイア達の父親は、嫁であるティアを蘇らせる為に禁忌を犯したらしい。その代償が世界そのものだったようだが、それを止める為にレイア達を生贄にして禁忌に禁忌で対抗しようとした。


 シホーヌが属する神界では、レイア達の父親がした事で起きた世界崩壊の進行を止める術があった。止める為に動きだしている間にレイア達の伯父が暴走して禁忌を中途半端とはいえ、発動させた。


 こうなると神とはいえ、どうする事もできなかったらしく、その止める為の禁忌が発動すると、その世界だけでなく他の世界まで巻き込んだ世界崩壊の連鎖が始まる所だったらしい。


「日に日に暴行が酷くなり、まともに動く事ままならなくなった頃、お父さんが地下牢に現れた」


 遠い目をするレイアがその時の事を呟くように言う。





 レイアの瞳に懐かしいと感じる顔のはずなのに、知らない人のように感じる父親の姿がそこにあった。


 その父親はモノを見るような目でレイア達を見つめるとアリアに手を差し出す。


「アリア、お前に使い道ができた。着いてこい」

「……」


 アリアは緩慢な動きではあったが、拒絶の意思を示して首を横に振る。


 父親の声を聞いて、本人だと信じたようで、嬉しそうに顔を綻ばせる。


「お父さん、アタシ達を迎えに来てくれたの?」


 この地獄のような状況から救いに来てくれたと疑いもしなかったようだ。


 アリアにはいくらか感情、必要という思いが瞳に宿らせていたが、レイアを見つめる父親の瞳に震えたらしい。


 まるで道端に転がるゴミを見るようだったと……


「お前はいらん、私が必要なのは切り裂く剣、鞘のお前に用はない」





 その父親のセリフを聞いた雄一は、思わず、「剣、鞘?」と呟いてしまう。


 雄一の言葉を拾ったレイアは、首を横に振る。


「アタシも何の事か分からなかったし、アリアも分かってないみたい」


 それを聞いた雄一は、シホーヌ達がまだ雄一に開示してない情報がありそうだと心のメモ帳に書き記す。


「そして、アリアを連れて行こうとする、お父さんの前に現れたのがシホーヌ。アタシ達はシホーヌに連れられて、良く分からない場所で治療を受けた後、眠くなって目を覚ましたら、トトランタに連れてこられて、アンタと会った」


 そこまで口にすると、呼吸を整えるようにレイアは吐息を吐く。


「アタシは、大人の男を嫌悪してた。おじさん、その周りの男の人に酷い目に遭わされてきた。そして、お父さんには2度も見捨てられた。そんななか、アタシに手を差し出すアンタがどうしても信用できなかった」


 雄一は出会った時のレイアに蹴る殴るされてマウントを取られた事を鮮明に思い出せる。


 レイアが傷ついているから、信じる事ができないから、と薄々気付いていたが、想像以上に根が深いものだったな、と溜息を吐く。


「そんなアタシがどんなに邪険に扱おうが、アンタは頭を撫で、抱き締め、何より微笑んで見つめてくれてた。でも、それでも信じたくなかった。なのに、アリアはあっさりとアンタに懐いた。警戒心も強く、人の心も読めるアリアが……」


 雄一を見つめるレイアが皮肉交じりの笑みを浮かべながら、「アンタには残念だろうけど、懐いた理由が父親としてじゃない事だろうけどね」と肩を竦める。


 それには雄一も苦笑いを浮かべるしかできない。


「認めたくなかった。日に日に、アンタが良い人で気付けば、本当にお父さんと思い始める自分を。でも、それでもいいのかも、と思い始めた時に気付いたんだ!」


 レイアの中から溢れ出るような感情が声に変換される。


「お母さんは死んで、アリアは親である事ですら否定した、お父さんには誰も残らない。アタシがアンタを父親と認めたら、1人ぼっちだ……」


 涙を流すレイアが雄一を見つめる。


「ねぇ、教えてよ。お父さんはお母さんがいないと子供を愛せないの? お母さんがいなくなったら子供は用済みなの?」


 雄一はレイアの両肩を掴んで真正面から見つめ、力強く否定する。


「そんな事はない! 父親は母親と子供を愛してると胸を張っていい存在だ。母親が亡くなったら、子供に母親の分も愛情を注いでいいんだ、いや、注ぎたいと思うモノなんだぞ、レイア!」

「だったら、アタシは出て行こうとするお父さんにどうしたら良かったの?」


 嗚咽混じりで聞き逃しそうになるが、雄一は全神経を集中して一言たりとも聞き逃さない。


 雄一は逞しい拳をレイアに見せつけると、いつもの獰猛な笑みを浮かべる。


「そんな情けない親父はブン殴ってやればいいんだ! そして、お母さんの分もアタシ達が愛してやる! と怒鳴ってやればいい」

「でも、お父さんはそんな事を求めてないかもしれない。理不尽かもしれない」


 声を震わせながら、止まる事がない涙を零すレイアに、いつもの調子を取り戻した雄一が口の端を上げて言う。


「子供の理不尽な要求をどうやったら叶うかと頭を捻るのが父親の最高に楽しいお仕事なんだぜ?」


 そんな雄一にキョトンとした表情を浮かべて涙が止まり、目尻に残る涙を腕で拭うレイアが問う。


「理不尽だと理解しながら、殴ってでも伝えていいの?」

「ああ、当然だ。羨ましいぐらいだ」


 肩を竦める雄一を見つめるレイアが立ち上がる。


 立ち上がったレイアは座る雄一を見下ろすようにすると迷いも見せずに、雄一の左頬を打ち抜くように殴る。


 殴られた左頬を押さえる雄一は目を白黒させる。


「さっきのリンゴ食ってる時のあの面は何なんだよ!! あんな情けないアンタなんか見たくない!」


 戸惑う雄一を見つめながら、次の言葉を口にするのを戸惑うようにしながら、顔を真っ赤にさせるレイア。


「そうさ、アタシ達がアンタの期待に添えなかった。間違いないよ! でも、いつものアンタなら、それでも、なんとでもしてやると自信に溢れた笑みを浮かべてるのが、アタシの、アタシの……オトウサン、ダロウガ」

「悪い、最後、なんて言ったか、もう一度!」


 ワクテカした表情の雄一が、耳に手を添えてレイアに向ける。


 これ以上、顔を真っ赤にできないというレベルで汗だくなレイアは全力の拳を雄一の鼻っ面に叩きいれる。


「い、いいか! アタシがアンタが間違ってないと証明してみせるからな!!」


 鼻っ面に拳を入れられた堤防の上でもがき苦しむ雄一に指を突き付けたレイアは捨て台詞を残して、脱兎の如く街の方へと逃亡する。


 涙目で鼻っ面を押さえてながら寝転ぶ雄一は、走りゆくレイアを見送り笑みを浮かべる。


「おう、信じてるぞ」


 そう呟いた後、鼻っ面を痛そうに撫でながら嬉しそうに呟く。


「最高に気持ちいい痛いだ。幸せだ」


 大きめの波が堤防にぶつかって降りかかる塩水を浴びながら、雄一は笑い続けた。







 街を駆けるレイアは、寝泊まりしている宿に戻り、女の子部屋の扉を乱暴に開ける。


 その音にアリア達はビクつき、その場にいたホーラ、ポプリ、テツの3名はレイアが帰ってきた気配に気付いていたので驚いた様子は見せなかった。


 この程度でビクつくアリア達を見つめ、辛そうにする。


 テツが来るまで自分も似たようなモノだったかと思うと恥ずかしくなってくる。


 それを押し殺して、レイアは勢いのままに叫ぶ。


「アタシは巴に再戦を申し込む!」


 レイアの言葉にアリア達は目を剥きだして驚く。


 ホーラとポプリはハイタッチすると傍にいるテツの頭を景気良く叩く。


「でかした、テツ!」

「ご褒美にパラメキ国でいつでもこき使ってあげます!」

「ポプリさん、それは罰ゲームですよ」


 そう言って苦笑するテツはレイアにサムズアップして見せる。


 テツのサムズアップにレイアは、慣れない表情、引き攣りながらもテツとレイアが大好きな人がするような口の端を上げる笑みを浮かべた。

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