第217話 テレとアクマ、そして、リンゴのようです
「良かったよ、ほんの少しだけ違ったらどうしようと思っていたから」
そう苦笑するテツはレイアを抱き寄せて、胸を貸してやる。
レイアはカマをかけられた事を知るが、最後の後押し程度でテツは本当は疑いもしてなかっただろうと感じた。
テツの胸で涙を流しながら、レイアはテツに問いかける。
「何で分かったの、テツ兄?……アリアにすら気付かせなかったのに……」
テツは楽しげに笑い、優しくレイアの髪を梳く。
「レイアも知ってると思うけど、僕はユウイチさんの事が大好きだ、先生としても、師匠としても……何より、お父さんとして大好きだから」
テツは、何かを思い出すように遠い目をしながら、言葉を紡ぎ続ける。
「学校が出来る前から要るメンバーで、ユウイチさんの事を『お父さん』として大好きなのが、僕と……レイアだけだったからね?」
だから、分かった、とテツは笑う。
レイアは、それだけでは、テツがレイアが雄一の事が父親として大好きなのかどうか分かったにしてはカン頼り過ぎて、確信を抱いた事が信じられなかった。
「おかしいよ、テツ兄! テツ兄がアイツの事が好きなだけで、アタシもそうだと思えるのが……」
「うん、他にもあるよ。レイア、君は事ある毎にユウイチさんと本当のお父さんを比べてたよね?」
思わず、「嘘……」呟いてしまい、テツの言葉を肯定してしまう。
テツは、もう疑いを持ってなかったので特別、表情の変化を見せずにレイアの頭を抱き抱える。
「僕もよく本当のお父さんとユウイチさんを見比べるから、レイアの視線で気付いてたよ」
そう言った後、テツは悲しそうな瞳をして目を伏せる。
「僕は良かった。本当のお父さんもユウイチさんも大好きで、どちらにも良い所も悪い所もあった。両方を大好きでいられた。でも、レイアは……」
テツの言葉にレイアは肩を震わせる。
大丈夫と伝えるように少し強めに抱き締めるテツは、「レイアは薄情じゃないよ?」と言って続ける。
「見比べれば、見比べる程、ユウイチさんと本当のお父さんとの格差が広がっていった。これが本当のお父さんの方に傾けるなら、演技でなくユウイチさんを嫌いでいれたのにね」
レイアはテツの胸元の服をギュッと握り締める。
アリアは明らかに父親を既に親として見ていなくて、レイアは見捨てるに見捨てられずにいた。
だから、心苦しかった。
例え、雄一がそれを理解しようがしまいが、本当の父親の最後の理解者である為に惜しまずにレイアに愛を注いでくれてる雄一を嫌悪するフリをする事を……
そして、その呵責を飲み込む為に本当に雄一が嫌いだと思い込む努力をした。
その結果、シホーヌに能力が限定されているとはいえ、心を読む事ができるアリアを騙す事に成功した。
アリアも自分のその能力に過信していたから生まれた偶然であった。
呼吸が荒くなってきてるレイアを落ち着かせるように背中を一定のリズムで叩いてやる。
「どんどん、ユウイチさんの事が好きになっていく自分を認めると本当のお父さんのレイアの中に居場所が無くなる事を恐れた」
レイアの髪に顔を埋めるように優しく抱くテツは、「やっぱりレイアは優しいよ?」と言い含めてやる。
「テツ兄、アタシはどうしたら良かったというの?」
涙に濡れる瞳でテツを見上げるレイアに、迷いを感じさせない笑みを浮かべてテツは言葉を贈る。
「レイア、大好きは一杯あってもいいんだよ?」
そう言われたレイアは、驚いた顔で固まる。
レイアの常識では、それは良くない事だと思い込んでいたからだ。
「それは良くない事じゃ……?」
そう言うレイアにテツは質問はぶつける。
「レイアは、アリアの事は好きかい?」
「それは当然、大好きだ!」
その返事に頷くテツが立て続けに質問する。
「じゃ、ミュウは? スゥは? ダンテはどうなんだい?」
そう言われたレイアは絶句する。
レイアにも大好きが一杯あった事を気付かされる。
「レイアが勘違いしてるのは、アレクサンダーさんのような大好きだろうね。あれは少ないほうがいいね」
そう言われたレイアは商人ギルドにいる、くたびれた40半ばのオッサンを思い出して噴き出す。
笑みを浮かべるレイアの両肩に手を置くとテツは微笑み返す。
「もうどうしたらいいか分かっただろ? レイアが冒険者になりたいと思ったのは、僕と同じように追いかけたい背中があり、『よくできたな?』褒めて欲しいと思ったからだ。レイアの芯になってる人の下へ行っておいで?」
レイアが求める答えはそこにしかない、とテツに言われたレイアは頷くと見張り台から飛び出すと街中を目指して走り出した。
駆けていくレイアを見送ったテツは、少し恥ずかしそうする。
「嘘は言ってないけど、大好きという言葉を口にするのは、やっぱり照れる……レイア、もう言わせないでね?」
こういう事に照れを感じ始めるテツ14歳の夏であった。
▼
テツの下から飛び出したレイアは街中を走り回った。
まずは冒険者ギルドに向かい、ミラーに会いに行くとエイビスと談笑してる所に出くわす。
まずは情報収集を、と思い、2人に話しかけようとするとミラーに微笑み返される。
「良い顔になってやってきましたね。ついに素直になると腹を括られましたか?」
レイアが口を開く前にそう言ってくるミラーを驚いた顔で見つめる。
何をとは言われてないが、凄く見透かされている感がレイアを襲う。
背筋に嫌な汗を自覚するレイアは声が震えないように意識してミラーに問い返す。
「何の話?」
「シラを切るという事は、私が思ってるほど覚悟は決まっていないようですね」
レイアはテツに言われて、全部ぶつけるつもりでやってきたのに、咄嗟に出た言葉が逃げようとしてる自分を自覚させる。
自分を戒めるように平手で両頬を勢いよく叩く。
良い音が響き渡り、周りの視線を一瞬集めるが気にも留めないでレイアはミラーに答え直す。
「アイツを捜してる。どこにいるか知らない?」
まだ、ぼかし気味の言葉を言う事にじれったいと眉を寄せるミラーにエイビスが苦笑いしてみせる。
「友、ミラー。私も少々、残念には思いますが、以前から貴方から聞いていて胸を痛めていた案件が動こうとしているのです。彼女は8歳、その生きてきた半分の時間を費やしていた事を振り払おうとしている。年長である私達が折れてあげるべきでは?」
それを聞いて、確実にばれている事を知る。
テツにばれてた事も驚きだったが、ミラーにすら気付かれていた事には信じられない思いであった。
そんなレイアの心情を読んだミラーが嘆息をする。
「ダテに長生きはしてませんよ。確かに、このまま、やり込んだとしても私がスッキリするだけで、ユウイチ様は勿論、誰も幸せになりませんしね」
ミラー相手でも、おもいきっていない自分に苛立ちを感じる。
これが本人を前にしたら、と思うと堪らなく悔しくなったレイアはミラーを睨むように見つめるとカウンターに身を乗り出して聞く。
「あ、ううん! ゆ、ユウイチの居場所を捜してるんだ。知ってたら教えてください!」
レイアはカウンターに額を打ち付けるように下げる。
それに少し驚いた顔をするミラーとニヤニヤと笑みを浮かべるエイビスがレイアを見つめていた。
「私はきっと、友、エイビスの言葉に甘えると思ってましたよ?」
「こうもストレートに頼まれたら、これ以上の話の引き延ばしは紳士ではありませんよ、ミラー?」
肩を竦めて、溜息を零すミラーは「これでは私1人が悪者ではありませんか?」と愚痴ながらレイアを見つめる。
「ユウイチ様の行き先は港ですよ」
「港……?」
レイアは来た時以来、近寄ってない場所を思い出すが、船があれだけ泊められる港で、港と一言で言われても捜すのが困難だとミラーに食らいつく。
「広い! もう少し絞って分かってたりしない?」
「まず、ここにいるでしょうという場所をですか? 私を何だと思ってるんですか?」
レイアは思わず、ストーカーと言いかけるがグッと堪える。
シレっとした顔を見せるミラーが続けて口を開く。
「まあ、知ってますが?」
「やっぱり、アンタ、ストーカーだろ!」
絶妙の間で言われて、一度は堪えた言葉が噴き出す。
思わず、突っ込んでしまったレイアを見つめる悪魔2人は意地の悪い笑みを浮かべて楽しそうにしながら、エイビスが口を開く。
「ユウイチ殿とて、完全無欠という訳ではありません。思い悩んだりする事もあります」
「えっ、どういう事?」
エイビスが言っている意味は分かるが、それが雄一の居場所に繋がるのか分からないレイアは必死に問いかける。
「レイア、貴方が1人で考え事をしたいと思った場合、どうしますか? 今の貴方なら分かるのでは?」
ミラーにそう言われて、何か分かった気がしたレイアは、表情を明るくする。
「なんか分かった気がした! 有難う!」
そう言うとミラーとエイビスに手を振って冒険者ギルドを飛び出していった。
レイアを手を振って見送ったミラーとエイビスが本物の悪魔にイヤラシイと言われそうな笑みを浮かべる。
「まだまだですね、レイア。分かった気がした、では、分かったと大きな溝があるのに、それで納得する辺り、お嬢ちゃんですね」
「ええ、チョロイですね」
2人はなんやかんや言いながら、レイアは、きっと雄一の下に辿り着くと確信していた。
人の縁を数々見てきた2人だから分かる経験則というものではあったが……
しかし、それはそれと、2人は、ほくそ笑む。
雄一、テツに続き、第3の玩具の誕生を悪魔2人は祝った。
▼
冒険者ギルドを飛び出したはいいが、どうやって捜したらいいかと悩み始める。
分かったつもりで飛び出して、やらかした事に気付く。だが、今から戻るとあの2人に笑われる未来しか思いつかないが、恥が後1つ2つ増えた所で、と踏ん切りつけようとした時、思わず呟く。
「そういや、テツ兄がアタシを見つけた時、なんて言ってたっけ?」
テツの言葉を思い出したレイアは、辺りを見渡すと時計台を見つけ、ひっかかりを頼りに駆け上がる。
天辺に辿り着いたレイアは港の方に視線を向ける。
細かい所は分からないが、やはり港だけあって人の出入りが激しく、1人になれそうな所が見当たらない。
地道に下から捜すしかないかと覚悟を決めようとした時、目の端に映る建物に気付く。
「灯台だっけ?」
港の外れにある灯台を見つめると、まだ昼にもなっていないせいか、灯台周辺には人気がなかった。
レイアは1つ頷くと背中を押されるようにして、時計台を駆け降りると迷いも見せずに灯台を目指して走り出した。
灯台に着き、灯台周りを一周するが誰も居らず、辺りを見渡しても、こんな拓けた場所で見逃す訳ないかと項垂れる。
「やっぱりテツ兄のようには……」
すると、レイアの背後に突然、気配が生まれ、影がレイアを包む。
咄嗟に前に飛び出して振り返ると、長髪を無造作に縛り、黒いカンフー服を身に着ける偉丈夫が紙袋を片手に見下ろしていた。
雄一であった。
「あ、アンタ、どこから出てきた!?」
雄一は空いてる右手で上を指差す。
「灯台の光を灯すところからだ」
レイアなりに、雄一に出会ったら、何から話そうかと色々考えていたが、こんな現れ方されて段取りもへったくれもなくなり、内心焦り出す。
雄一もレイアが何やら困っているとは分かるが原因が分からないので、とりあえず、紙袋に手を突っ込み取り出したリンゴをレイアに手渡す。
「リンゴ食うか?」
今まで色んな雄一を見てきたが、こんな弱々しい笑みを浮かべる姿を本当にどうしたらいいか分からなくなり、黙ってレイアは雄一からリンゴを受け取った
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