第213話 シンパシーのようです
ヒースが家から出てきたところに声をかけて違和感なく合流したとレイアだけ思っていた。
アリアとスゥから見れば怪しさ爆発だが、ヒースは気にしてないように微笑む。
「ごめんね、できれば街を案内してあげたいんだけど、お父様に与えられた試験をクリアする時間がそれほど余裕がないから」
どことなく弱った顔をして呟く。
ヒースという少年を上から下へと見つめると栗色の髪にやや垂れ目のつぶらな瞳をしてるが、ちゃんと男の子と分かるが綺麗な顔つきはしている。
腰には片手の曲刀シミタ―を下げていて、身軽に動く事を重視しているような軽鎧を装着している。
見た目から、片手剣と両手剣の違いはあれどテツと似たタイプのようだ。
身嗜みも気にしているようで綺麗にしている。
だからこそ、凄く違和感を感じさせる部位がある。
手であった。
手の甲は傷だらけで、掌には剣タコでゴツゴツしているのが分かる。
レイア達から見てもそれなりに腕が立つのは分かるが、正直、自分達と比べると霞む実力だと思われた。
「いいって、昨日、事情は聞いたし、『試練の洞窟』だっけ? そこの最下層に10歳になるまでの後1年でいかないといけないんだったよな?」
両手を胸の前で慌てて振りながら、一生懸命弁護するレイアにヒースは申し訳なさそうに頷く。
「うん、それができないなら剣を握るのを辞めろと言われてるんだ。でも、僕はお父様のお力に少しでもなりたい。何より……ううん、お父様が悲願としている事を手伝いたいんだ」
弱々しく笑うヒースが言い淀んだ言葉が何かは分からなかったがレイアの胸を締め付ける。
良く分からないが、その部分はきっと自分と共感できる思いのように感じたようだ。
「もし良かったら、お父さんの悲願って何か聞いても構わないの?」
「悪くないんだけど、僕もそれほど教えて貰ってる訳じゃないんだ。ただ、死んだお母様との約束でやらないといけないとぐらいしか」
その言葉だけで、ヒースの父親との関係が上手くいっていない事が分かってしまう。
レイア以外の子供達は、可哀そうにと思うに留まるが、レイアは痛いほど、その気持ちが理解できた。
ヒースはきっと、父親に視野外にされているのだろう。だから、必死に自分を磨いて、「自分はここにいる、お父様、僕を見て!」と心で叫んでいる。
きっと、目的を完遂したら優しい父親になってくれると信じているのだと。
レイアもまた信じたいと思っている。
自分の父親が迎えに来てくれると。
ヒースを見つめるレイアを見ていたアリアが目を細める。
「レイア、貴方また馬鹿な事を考えてない?」
「何も考えてない!」
ムキになって否定するのが怪しいがこれ以上聞き出すとしても場所が悪いと思い、アリアが引く。
「でもさすが冒険者の国だよね。街の中にダンジョンがあるなんて?」
アリアとレイアが少し険悪になり、重い空気を嫌がるミュウが眉を寄せているのを見て、ダンテが流れを変えようと話を振る。
正直、スゥもどうしたものかと思ってたところのダンテの気遣いに、グッジョブとウィンクをして伝える。
ヒースもその辺りの空気を読んで、苦笑いをしてダンテの話に乗る。
「どうなのかな? 僕はここで生まれて育ったから、それが普通としか思えないんだけど、ダンテ君が住んでた所にはなかったの?」
「それはそうだよ。街中にダンジョンがあったら安心して寝る事もできないよ!」
「そうそう、ダンテの言葉で思ったんだけど、ダンジョンからモンスターが出てきたりしないの?」
スゥとダンテがヒースと会話のキャッチボールをするのを聞いてミュウは興味ありげに聞き耳を立てる。
アリアとレイアも気を使われているらしいと分かったようで、少し申し訳なさそうな顔をする。
「それはね? 理屈は分からないけど結界があるんだ」
ヒースが言うには10階層毎に結界があり、強さで選別しているようで、モンスターが一定の強さがあると先に進めないようになっているらしい。
上にいけば、行く程、結界の穴が小さくなっていくと言えば分かり易いだろうか?
なので、飛び出してくるモンスターと言えば、子供のゴブリンが稀に出てくる程度らしい。
子供のゴブリンなど、棒を持っていたら子供でも勝てる相手である。
「その話が本当なら、10階層毎の結界のところに人が集まるんじゃないの?」
「うん、みんな、そこをキャンプ地にして己を鍛えたり、攻略していってるよ」
「だよね、今の話だと結界まで逃げ帰ったら無事に済むよね」
スゥとヒースのやり取りを聞いていたダンテが答えに行き着く。
頷くヒースは、今の自分のキャンプ地は20階だと項垂れて言ってくる。
「大丈夫だって! ヒースならきっと最下層まで行ける!」
レイアの根拠のない激励を受けて、ヒースは柔らかい笑みを浮かべて「有難う」と告げる。
言われたレイアは顔を真っ赤にさせて明後日に顔を向けて、「良かった、良かった」と言うレイアを見て、アリアとスゥは、何が良かったかと追求したい欲求と戦っていた。
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それからしばらく歩いていると郊外の小高い丘にやってくる。
丘の麓にある穴をヒースが指差す。
「あれが『試練の洞窟』です」
レイア達がそちらを眺めて、へぇーと面白そうだと見つめる。
ミュウがキョロキョロしているのに気付いたアリアが声をかける。
「ミュウ、どうかした? 何が気になる?」
「入口もこの辺りも人一杯」
言われたアリア達も見渡すが、確かに自分達と変わらない子達がそれなりにいる。だが、街中と比べられない程、少人数でおそらく50名もいないだろう。
それなのにミュウが人が一杯というのが分からずにヒースも含めて首を傾げる。
「イマイチ、ミュウの言いたい事が分からねぇよ、どういう事だ?」
あっさりと降参したのは考えるのがミュウの次に駄目なレイアであった。
ミュウは何で分からないという顔をしながら呟く。
「あそこにいる人、ミュウ達みたいに一緒。でもヒースだけ、1人」
そう言われても、まだピンとこないが、ヒースが1人という単語を頭に入れて、もう一度見るとダンテが真っ先に気付いたようで声を上げる。
続いてスゥも気付いたようだが、どう言ったらいいか眉を寄せている。
理解できずに苛立ったレイアがダンテを揺すり出す。
「分かったんだろ? 教えてくれよ!」
「い、言うから揺らさないで!」
レイアに服を掴まれて揺らされ、軽く首が締まってしまい、咳払いをするとダンテは話し始める。
「あそこにいる人達は、パーティを組んでる人達ばかりなんだよ。良く見れば1人の人もいるけど、中に入らずに立ってる所を見て、仲間を待ってるんだと思う」
「私も同じ事を思ったの。ねぇ、ヒース。貴方の試練はパーティでも問題ないんでしょ? 何故、1人でやってるの? それともあそこ、もしくは、これからやってくるの?」
昨日、知り合ったばかりのヒースだが、これはレイアの為に突っ込まないといけないと判断したスゥは思いきって聞く。
ヒースは参ったな、という顔をして力なく笑う。
「うん、パーティでも問題ない。あそこにも、後からも僕の仲間は来ない。ソロだからね」
「なんでだよ! ソロに拘ってる訳じゃないんだろ? 目的を達成したかったら成功率を上げる為にパーティを組まないと駄目……」
「レイア、そんな事はヒースも分かってるはず。パーティが組みたくても組めない理由があるのでしょ?」
憤るレイアを押さえて、アリアがヒースに問いかける。
もう笑うしないとばかりに笑おうとするが溜息が洩れるヒースが頷く。
「うん、誰も僕と組みたがらないんだ。色々、頑張って声はかけたんだけどね」
「どうして?」
アリアに問い返されたヒースは言い難そうに口を開けて閉ざしてを繰り返すと意を決して話し始める。
「お父様はザガンで最大手と言われるコミュニティの代表なんだ。その息子である僕を怪我は勿論、死なせたら……と、皆が尻込みしちゃうみたいで」
父親は、自分が死んでもきっと責任を追及したりしない、勿論、報復もないと悲しげに話す。
それを見ていたアリア達は、仲間が作れない事か、自分の父親の関心が一切向いていないと分かっている事を悲しんでいるのか分からなかった。
一緒に暗くなりそうになったレイアは自分の頬を叩く。
「ヨシ! ヒースの仲間がいないなら、アタシ達がここにいる間だけでも手伝う!」
いきなり、そう宣言するレイアにヒースはビックリし過ぎて目を丸くする。
「えっ? でも……」
「でも、も、へちまもない!」
「実際にでもで合ってる。こちらにも問題がある。ユウさんに許可を貰う必要がある」
憤るレイアにアリアが冷静な突っ込みと手続きを話す。
「アイツの許可なんて貰う必要ない!」
「ユウ様だけじゃなく、ホーラさんの事忘れてますの」
「ミュウ、ホーラ怒らせるのイヤ」
スゥとミュウにそう言われたレイアは、恐怖に歪んだ顔をする。
唸りながら悩むレイアにヒースが言う。
「気持ちは嬉しいけど、ムリして手伝う事ないよ。本当に下に行けば行くほど強くなるから」
「僕達もそれなりに腕には覚えがあるから、その辺りは大丈夫かな? 僕も手伝うつもりがあるけど、事前に許可を貰わないといけないから」
ダンテは、「無駄に心配をかけたくない人がいる」と少し困った顔をした。
ホーラを怒らせる事とヒースへの思いでせめぎ合うらしく、唸るレイア。
そんなレイアにアリアは嘆息する。
「ちゃんとユウさんに頼んだら、きっと駄目とは言わないと思う。だから、依頼から帰った来たら、しっかりと相談しよう」
「そうだよな。黙ってやってばれたらダンガに帰るまで監視が付きそうだしな。今日は諦めるか」
項垂れるレイアだったが、ガバッと顔を上げてヒースを見つめる。
「すぐにアタシ達も合流するから、それまでは無茶をしないで!」
「えっ、あっ、うん」
レイアの気迫に飲まれたように頷かされたヒースは苦笑いを浮かべる。
頷いたヒースを満足そうに見つめ、目が合ってる事に気付き、また顔を赤くさせるレイアは宿の方に顔を向けて、拳を突き上げる。
「じゃ、急いで帰ろう。アイツが戻ってるかもしれないからな!」
そう言うと飛び出すレイアを見て、スゥが声を上げる。
「いくらなんでも、ユウ様が戻ってる訳ないの!」
許可さえ貰ったら、すぐにも潜ろうと考えているのが丸見えなレイアの行動に呆れるアリアとスゥ。
ダンテは苦笑いをし、ミュウは面白がってレイアを追って走り去る。
「多分、明日には一緒できると思う。だから、レイアの言葉通り、無茶しないで。貴方の望みは生きてるからこそのモノ。生き急ぐと全てを失いかねない」
アリアにそう言われたヒースは驚いた顔をして見つめ返す。
「今まで、そんな事を言って貰えた事ありません。凄く嬉しかった。有難うございます」
目尻に涙を浮かべて、アリアを見つめるヒースの視線に熱が帯びる。
その時には既に背を向けていたアリアであったが、それを目撃したスゥは頬に冷たい汗を流す。
同じように見ていたダンテが言葉を小声で洩らす。
「えっと、僕の勘違いかもしれないけど、これって危ない?」
「嵐が来るかもしれないの」
2人は顔を見合わせているとアリアはレイアを追いかけるように駆け出していた。
スゥとダンテも涙ぐみながらアリアを見送るヒースに「またね?」と挨拶すると宿を目指して走り出した。
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