第212話 空回りを続けているらしいです
雄一は困惑していた。
昨日の夜、依頼から帰ってきた雄一達を出迎えるように、宿の厨房から良い匂いが漂ってきた。
宿の主人が良い魚、マグロに似た大物を調理して豪勢な食事が振る舞われた。
北川家の面子もその料理の数々に驚き、楽しみ舌鼓を打った。
のだが……
「はぁぁ、アタシ、食欲がないからいいや……」
ミュウに次いで食欲の権化と言っても過言でない人物、レイアからそんな言葉が漏れた。
レイアのそんな言葉を聞いて子供達以外は驚いたような顔をして見つめる。
中でも驚きが凄かったのが雄一であった。
思わず、フォークを手元から落とす程の驚愕の表情を見せた。
「レイア、どうした? 何か変わったモノでも食べたのか?」
飛び付くようにレイアの下に駆け寄った雄一が、レイアの額や喉元、脈を確認したり、魔法を駆使して確認するが、その全ての探査方法での解が『異常なし』であった。
驚き固まる雄一を弱々しく押しやるレイアはふらつきながら「寝る」と言うと食堂を後にする。
ホーラとポプリは、何やら納得した表情を見せる。
ホーラは、なるほどと肩を竦め、ポプリはどこか意地悪そうな笑みを浮かべる。
そして、少し心配そうなテツと真っ白になっている雄一が置き去りにされる形になってしまった。
心配から、やや、いつもより食事が少なめだったテツと、それから一切、口にしなかった雄一の2人以外は、何かを祝うように食事を楽しんだ。
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部屋に戻った雄一はベットの上で座禅を組む。
心配で堪らないが、どの探査法でも異常が見られなかったので雄一に打てる手などない。
だから、可能性を探る為に朝の時のレイアの様子を思い出すが、朝の挨拶、頭を撫でながらだったり、抱きついたりする子を抱き返したりしていった。
そして、距離を取りながら適当に挨拶するレイアに飛び付いて頬ずりしながら挨拶をする雄一の頬にレイアの拳が放たれる。
何ら変わらぬ、いつも通りのコミュニケーションだと雄一は判断する。
その朝もいつもの健啖ぶりを発揮する朝食の進み具合だった事も記憶していた。
出かける前までに何か変わった事はなかった。
つまり、依頼に出てから帰ってくるまでに何かあったと他ならない。
雄一は、必死に内なる己に問いかけ続ける。
そして、長い間そうしていて、日の出と共に鳥の鳴き声が聞こえる頃、開眼するようにカッと目を見開く。
「そうか、謎は全て解けた!」
キリッと表情をさせるがどこか苦悩の影を滲ませる雄一は、とっくに朝の訓練に出かけているホーラ達と合流する為に宿を後にした。
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ザガンに来てから、訓練に使ってる郊外にやってくるとレイア以外の皆が一通りのメニューを済ませて、体のケアをする為に柔軟などをやっている姿があった。
当然のようにレイアの姿がない事を見て、雄一は確信を深める。
その中にいるホーラとポプリを見つけると2人に近寄る。
「少しいいか? ちょっと聞きたい事がある」
そう言うと2人を連れて少し皆から距離を取る。
ホーラはヤレヤレと肩を竦め、ポプリはこれからの展開を楽しみにするようにイヤラシイ笑みを浮かべる。
「デリカシーがない事を承知で聞く。レイアは女の子特有のアレが来たのか? 俺の生まれた所だとそれを祝う食事があったりするが、こっちではどうするんだ!」
クワッ! と目力が凄い事になっている雄一に見つめられたホーラは呆れ全開で溜息を零し、ポプリは肩を震わせながらお腹を押さえつつ俯く。
「相変わらず、ユウは、あの子等が相手だと空回りするさ。確かにデリカシーはないけど、的外れだし、こっちではそれを祝う習慣はないから余計な事はするな」
自分の答えに自信があった雄一は驚愕の表情を見せる。
ポプリは、ホーラの肩をバンバンと叩きながら、
「ユウイチさんの普段とのギャップが可愛い!!」
「はぁ、ユウは子供達相手だと、これが通常さ……」
家に住んでる女の子が泣いて帰ってきたりした時も心配して聞いて、黙り込む女の子を見て、イジメられたと勘違いした怒り狂った雄一が原因を探る為に飛び出そうとした事があった。
真相を先に言うと女の子がお洩らしをしてしまったという話辛い事情があっただけという話。
飛び出す前に事情を察したその場にいたアリア達の機転で雄一が飛び出す事はなく穏便に済んだが、これほど大袈裟なのはないが、似たような事は時折見られた。
「つ、つまり、ホーラは何が原因か掴んでいるのか? 頼む、教えてくれ!」
「まあね、分かってるけど教えないさ。ちなみにユウが出来る事は皆無。余計な事をしたら間違いなくレイアに嫌われるさ。これにはアタイ達でもフォロー不能だから?」
ホーラは、雄一に何もするな、と言い含めてくる。
役立たずの烙印を押された雄一の落胆ぶりは凄まじいモノがあった。
しゃがみ込んだ雄一がホロリと涙を流すのを見て、さすがのホーラも呵責が生まれたようだ。
「まあ、時間が解決する問題というだから、ユウじゃなくても何もできないというだけさ? だから、見守る事がユウがすべき事」
優しく背中を叩いて、立ち上がらせると手を引いて歩き出す。
反対側の腕に抱き付くポプリは笑みを浮かべながら雄一を見つめる。
「私もホーラも通った道なんですよ? とても素晴らしい事で体だけでなく、心も成長していると雄一さんは喜んでいい事なんですから!」
「そうか……?」
相変わらず、事情は察してないが、ホーラとポプリの表情から判断すると自分が過剰反応しているようだと判断してもいいかもしれないと思い始める。
そのうえ、どうやら、良い傾向の話だと分かり、気持ちを切り替えて宿へと戻って行った。
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雄一達が依頼に出た頃、女の子の部屋では、レイアがいそいそと自分の長い髪に必死に櫛を通していた。
だが、慣れない行動なせいか、ぎこちない上に時折、髪が引っかかって痛そうにしていた。
そんなレイアの前に手を差し出す者がいた。
アリアがレイアの手にある櫛を奪うようにすると手慣れた動きで梳り始める。
多少、不満そうではあったが、うまくできない自分よりは今は任せた方が良いと判断しておとなしくするレイア。
そんなレイアを見つめて、切なげに頬に手を当てながら吐息を洩らすスゥ。
「ついにレイア……こなかったら、どうしようと思ってたけど良かったの。後はミュウだけなの」
残念な視線をビーフジャーキーを齧るミュウに向ける。
そのスゥの視線に首を傾げるミュウは爆弾を投下させる。
「ミュウ、もう恋しない。出会った時からユーイと番になると決めてる」
その言葉を聞いた3人が驚き過ぎて、一瞬、言葉を失う。
最初に立ち直ったスゥが問いかける。
「えっと、最初って何時の話?」
「森でユーイと会った時」
「あのアクアと出会った時の?」
ジッと見つめるアリアがミュウに問いかけると迷いもなく頷くミュウ。
余り表情が変わらないアリアが驚きの表情に固まる。
「ミュウ、嘘を言ってない!」
「本当かよ!」
驚き過ぎて、素のレイアが一時的に戻ってきた。
ミュウは疑われた事に唇を尖らせながら説明した。
ビーンズドック族の女は、番になると決めた相手と自分の父親以外には肩車されちゃ駄目らしい。
「ママ、そう言ってた」
胸を張るミュウを見つめた後、3人は顔を見合わせる。
「確か、リューリカさんも時折、ユウ様の肩によじ登って引きずり下ろされてたの」
2人も記憶を漁るとそんな光景を見た事を思い出す。
一目惚れというのは良く聞くが、そこを飛び越えて結婚まで考えるのは珍しいと思うが、本能の赴くままに行動するあたりが、とてもミュウらしくで納得する3人。
少し、呆けていたレイアであったが、我に返る。
「あっ、こんな時間!」
そう言うと慌てて身嗜みを整え出す。
一通り済ませるが、かなり不満そうだが、時間が押しているようでレイアは部屋を飛び出す。
その姿を見たアリアとスゥは肩を竦めるとミュウを連れて追いかける。
宿の出入り口でダンテを拾うとレイア達は冒険者ギルドを目指して出発する。
冒険者ギルドに着くと、そこから程近い豪邸の入口が見える物影に身を隠す。
「出てくるのが少し遅かったかな?」
そわそわしながら、入口を見つめるレイアが不安そうにする。
「まだ、時間に余裕がある」
そんな妹に嘆息するアリアが落ち着け、と肩に手を置く。
アリアの様子にも気が廻らないレイアは、ジッと入口を見つめ続けた。
1時間が経過した頃、入口から栗色の髪をした少年が出てくる。
それを見たレイアの背筋がピーンと伸びる。
だが、動き出そうとしないレイアの背中をスゥが叩く。
「早くいかないと置いて行かれるの」
「わ、分かってるよ!」
そう言うとガチガチになりながらも、栗色の髪の少年を追いかけて、近くに来ると声をかける。
「お、おはよう! いい天気だな、ヒース」
「あ、レイアさん、皆さん、おはようございます」
栗色の髪の少年、ヒースは柔らかい笑みをレイア達に向けて浮かべた。
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