第211話 知らないままが良いことらしいです
ザガンにやってきて1週間が過ぎた。
「どっせえいい!!!」
「こら、馬鹿テツ!!」
テツは、崖を駆け登り、鎌首を持ち上げている蛇、体長20mはあろうかという大蛇に飛びかかる。
それを見つめる雄一は、どう見てもアレを蛇と思うのは難しいと苦悩する。
あの大きさで蛇と言われたら雄一にすれば、詐欺であった。
「あんなの龍だろ?」
ぼやくような言葉を吐く雄一は、龍と蛇の境はどうなってるのだろうと唸る視線の先では、考えなしに斬りかかったテツが尻尾に弾かれて、崖に叩きつけられていた。
叩きつけられたテツであったが、元気良く飛び出して大上段からの一撃を脳天に叩きつける。
テツのツーハンデッドソードを脳天に受けた大蛇は、地面に叩きつけられて体を暴れさせる。
体は痙攣させているが、動けないらしく脳震盪のようだ。
飛び退いたテツが、ホーラとポプリの間で正眼でツーハンデッドソードを構えると安堵の溜息を吐いて汗を一滴流す。
「もうちょっとでイイのを貰うところでした!」
「これ以上はないというほど、クリーンヒットしてたさ!!」
「丈夫なのは良い事だけど、今のはちょっとぐらい怪我してた方が可愛げがあるよ?」
ホーラに足元に落ちていた石で殴られ、ポプリには杖の硬い所で殴打されるテツ。
殴られたテツは「痛いっ!」と抗議するがたいして痛そうにはしていなかった。
「酷いですよ。無事を喜ぶなら、まだしも、叩かれるとか分かりませんよ。僕が丈夫なのはユウイチさんの訓練のおかげです」
テツが誇らしげに胸を張るのを横目で見ていた雄一が、残念そうに言ってくる。
「それは違うと思うぞ? お前が丈夫な理由はホーラとポプリが原因じゃないか?」
首を傾げる3人を見て、本当に自覚症状がないと判断した雄一がキーワードを告げる。
「例えば、魔法や新技の実験だとか……」
そう言われたホーラとポプリは、迷いも見せずに大蛇が動き出さないか警戒に当たる為に雄一達の視線から逃れる。
「依頼などで酷い目や、ポプリさんに滝に落とされた事もありました……」
依頼で一番辛かった思い出、ある海域の主を釣り上げるという依頼で2人に腰に縄付けられて、海に放り込まれた。
釣り上げるまで船には上げないと言われて、延々と泳ぎ続けたそうだ。
なかなかヒットしない状況に飽きたホーラ達が居眠りを始めた頃、テツは主に飲み込まれていた。
その為、2人が気付いたのは、縄が限界まで引っ張られて、船が揺れた事で目を覚ましたホーラ達が慌てて引き揚げたそうだ。
引き上げられたテツは下半身を大魚に飲み込まれていて、その姿を見たホーラ達に爆笑され、心に傷を付けて帰ってきた。
辛い過去を思い出してしまったテツは声を殺して泣き始める。
「本当は一回、全身飲み込まれたんですけどね……」
そう言うテツを見て、必死に口を開けている姿を想像してしまい、雄一は泣きそうになるのを耐える。
「お喋りはそこまでさ! 大蛇がそろそろ動き出すさ」
「テツ君、突っ込んで援護は私達に任せて!」
大蛇はまだ脳が揺れてるらしく、起き上がって倒れるを繰り返していた。
まだ余裕はありそうだが、どうやら、自分達にとって風向きが悪くなると判断して言い出したようだ。
その2人の言動が白々しいと気付けたようでジト目で見つめるテツ。
雄一は、そんなテツの背中を叩いてやる。
「まあ、終わってからでもいいだろ?」
「そうですね!」
ニパッと笑うテツは、大蛇に視線を向ける。
「じゃ、行きますよ! ホーラ姉さん、ポプリさん」
「あいよ、ばっちりフォロー入れるさ」
「後ろは私達に任せてね!」
2人の言葉に頷いたテツは、大蛇に駆け寄る。
駆け寄るテツを横目にホーラは上空に掴めるだけの投げナイフを放り投げて待機させる。
接近するテツを警戒した大蛇がまともに動けないので、無差別に暴れ出す。
ポプリが無数の火球を生み出すとテツが駆け上がった崖に放つ。放たれた火球により崖が崩れて大蛇の行動範囲を縮める。
すかさず、その反対側に上空に待機させていた投げナイフを大蛇の移動先に放ち、それに気付いた大蛇が動きを止める。
完全に動きを止めた大蛇を見つめたホーラとポプリが叫ぶ。
「「今っ!!」」
「うおおぉ!!」
大蛇の下に駆け寄ったテツが飛び上がる。
テツは大蛇が反応する前に頭と胴体を切り離す。
決まったとガッツポーズするテツを見つめるホーラとポプリが叫ぶ。
「「これでトドメ!」」
この言葉が響いた時、テツは、えっ? という間抜け顔を晒し、雄一も首を傾げる。
雄一とテツの頭にあった言葉は同じ言葉であった。
『もう決着ついてるぞ?』
であった。
ホーラは魔法銃を取り出し、ポプリは先程、崖に放った火球よりも大きいのを生み出すと迷いも打ち放つ。
大蛇から逸れて、その後方にいたテツに被弾する。
「ぎゃあああぁ!!」
「ああっ! テツ、無事??」
「また手元が狂っちゃったわ」
炎に包まれたテツがバーニング!! と叫んで仰向けに倒れる場所へ駆け寄るホーラとポプリの言葉がどうしても白々しく聞こえる雄一は後を追う。
煙を上げながらも、まだ意識のあるテツは震える指をホーラ達に突き付ける。
「ほ、ホーラ姉さん……また、うやむやにしようと……」
「あっ、まだ意識がある、しぶとーい」
そう言うとポプリは躊躇せずに杖の先でテツの鳩尾を突く。
さすがのテツもこれ以上は無理だったようで白目を剥いて気絶する。
「まったく不幸な事故だったさ……」
「いや、今のさすがに無理がないか……?」
そう言う雄一を2人が感情が希薄な瞳でジッと見つめてくる。
見つめられた雄一は、冷や汗を流しながら昔に聞いた話を思い出していた。
女性を白鳥と例える人がいた。
水辺に浮かぶ白鳥が美しいと言われるのは大抵の人は知っているだろう。バレエでも代表的な題材にされるほど美を謳うモノと言っても過言ではない。
だが、それはあくまで水の上に出ている部分だけを見た場合の話である。
水の中では必死に足をばたつかせている白鳥だったりする。
そこは意識するとせっかくの美がパロディのように見えてしまう。
だから、知らない方がいい事だという。
つまり、何を言いたいかというと女性の大半も同じだという事だ、代表的な事が化粧。
自分を良く見せる為に色々、ひた隠しにする。
世の男性陣の多い割合で、ナチュラルメイクをスッピンと勘違いして「ありのままの君が1番だ」みたいな事を言った事でスッピンで現れた彼女を見て、愛が冷めたという話を聞いた事があるはずだ。
女性がひた隠しにするモノは暴いてはいけないのだ。
それでも暴く時は地雷原を歩く覚悟をしてから、と戒めよ、と中学の担任の先生が体育の男だけのプールの時間に涙ながらに語っていた。
雄一は今になって、その先生に感謝した。
だから、雄一は毅然とした態度で行動した。
「悪いが、テツをソリに載せてきてくれ。俺は大蛇の牙を取ってくる」
「任せておくさ。出来の悪い弟の面倒をみるのも姉の務めさ」
満面の笑みを浮かべるホーラとポプリの顔を直視できない雄一は曖昧に頷くと剥ぎ取りをする為に大蛇の頭の所に向かった。
雄一は男として正しい選択をしたようだ。
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載せるべきモノは載せた雄一達はザガンに帰る為にソリを走らせていた。
無駄にデカイ大蛇の牙を見つめているポプリが雄一に声をかける。
「牙だけでも大きいですけど、ユウイチさんなら、あの大蛇を運ぶ術はあったんじゃないんですか? それなのに、わざわざ解体屋に頼まないといけないのは色々、無駄な気がします」
「それか、俺もそう思わなくはないが、そこを蔑ろにすると後々、面倒に巻き込まれるかもしれないとエイビスに言われてるからな」
ダンガだったら解体屋などありはしない。
以前、雄一がやらかしたドラゴンを初級魔法で首チョンパした時は、ダンガの冒険者が総出で解体にあたった。
だが、あんな事は稀な話であった。
しかし、ザガンでは大型のモンスターはそれほど珍しくもなく、倒せても持ち帰れないという話が頻発した。
そこで生まれたのが解体屋。
解体と配送を生業にする者達が生まれた。
だから、ザガンでは討伐部位だけ持ち帰り、解体屋に任せるのが一般的になっていた。
そんななか、頼まずに自分で済ますようなヤツが現れたらどうなるだろうか?
解体屋にだって生活がかかっている。そんな事を見逃していたら、解体は解体屋に任せるという構図が崩れる要因になりかねない。
そうなるとその原因になるかもしれない相手にちょっかいを出してくる者が現れる。
直接的な事をしてくれば対処は簡単であるが、噂などの悪評をばら撒くという手を使われると今の雄一達には大きな痛手を被る未来がある。
いくら猶予が1年あるとは言っても1年もかける気などない。
最短コースを目指す雄一達は、そんな小競り合いに関わる時間などないのだ。
「と言う事だ」
「面倒ですわね……」
「まあ、ブローカーですら、エイビスが壁になっててもすり抜けて、『小口でもいいので……』と言ってくる輩が後が立たないさ。解体屋もアタイ達が狩った獲物を手ぐすね引いて待ってるだろうしね」
期待が反転して失望すると必要以上に恨まれる、と肩を竦めるホーラ。
「まあ、そう言う事でなるべく敵を作らずに目的を完遂しよう、というのが今回の行動指針だ」
「しょうがありませんね。では、少しでも早く終わらせるように頑張りましょう」
納得してくれたようで、ホッと胸を撫で下ろす。
ポプリは女王業をしている時はいくらか我慢を覚えたようだが、それを脇に置いた地の性格は、そのままで我儘な面を覗かせる。
「それに、そろそろ、レイア達も街での観光に飽きてくるだろうから、言い付けを破りそうで心配だしな」
「確かにありそうな話さ」
そう言うと3人は笑い合う。
楽しげに笑う雄一達であったが、当然のように気付いていなかった。
雄一に迫る、いずれ遭遇する事が定められた試練の時が近づいていた。
▼
ザガンの市場を退屈そうに歩くレイア達がいた。
シャーロットは、メリーのお昼寝に付き合って宿に残っていた。
「ああっ! 退屈だ。さすがに1週間もいたら大体の場所は見終えたしな……」
「まあ、しょうがないの。でも冒険者が狩ってきた獲物は目新しいモノは多いの」
ぼやくレイアにスゥは慰めるように言うが納得いっていないようだ。
困ったスゥがアリア達を見つめるが、ミュウは骨付き肉の骨だけになったものを齧る事にご執心だし、ダンテはこういう時には役立たずと溜息を零す。
「ほっとけばいい。レイアだって、今の私達が勝手に街から出たら死んでしまう可能性が高い事は分かってる」
市場にあるモノを眺めながらアリアが、切り捨てるように言い放つ。
それを悔しそうに唇を尖らせるレイアは黙り込む所がアリアの言う通りだと教えていた。
1週間、市場を歩き回って話を聞いて回ったが、街が見える範囲で街道を逸れるとゴブリンキング並のモンスターとそれなりに遭遇するらしい事を聞いていた。
いくら1体であれば勝つビジョンがあると言っても、そんな相手を暇潰しにしたいと思うほどレイアも馬鹿でなかった。
「退屈だ、退屈だ、もうっ!」
癇癪を起こしたように退屈を連呼するレイアにアリアが呆れるように嘆息していると後ろから声をかけられる。
「あの、財布を落とされてませんか?」
声をかけられたレイア達が振り返った先には同じ年頃の栗色の髪をした少年がレイアの財布を掌に載せて微笑みかけていた。
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