第210話 鈍いヤツは4年経っても鈍いようです

 必要に駆られての冒険者家業復活かと思われた雄一であったが、ソリを操りながら後ろで武具の再点検する3人に声をかける。


「ホーラとテツは薄々気付いてるかもしれんが、俺は手を出さないぞ?」

「はぁ、なんとなく、そんな気がしてたさ。昔のようにギリギリになれば手を貸してくれる?」


 雄一の言葉を聞いたテツが、「やってみせます!!」と、うぉぉぉ!! と雄叫びを上げている。


 雄叫び上げるテツの後ろにいたポプリが躊躇なく背中を蹴る。


「テツ君、煩い。話が聞こえない」


 蹴られたテツは。えっ? とキョトンとした顔をしたまま、ソリの外に飛ばされる。

 頭から砂に突っ込み、砂埃を起こしながら後方に消えていくのを目の端に雄一も捉えるが頷くだけに留めて、見なかった事にした。


「いや、昔のような甘い事はしない。自分達の限界を見定めて逃げる事も必要な事だ。だから、本当に息の音を止められる時まで放置だ」

「ねぇ、ホーラ。私の耳に聞こえた言葉は、骨は拾ってやる、より恐ろしいような気がするんだけど? ちなみに甘かったという昔はどんなだったの?」


 受け入れ難い事実が、解釈違いである事を祈るポプリが額に汗を滲ませながら、ホーラに問う。


 頭を掻くホーラは、ウンザリしたような顔を見せる。


「ユウがアタイ達のギリギリの相手を用意して、ぶっ倒れるまで戦わされる。大怪我になりそうな時は手を出してくれたけどね」


 ホーラは遠い目をしながら、「テツと一緒にさせられた初めての訓練はゴブリンの集落に放り込まれて逃げ帰るだったさ……」と、呟く。


 まだホーラ達がゴブリンを2~3回倒しただけ、しかもタイマン勝負で勝って、それだけで有頂天になってた頃の話であった。


 雄一曰く、逃げる事も兵法だ、だそうだ。


 ポプリは、ホーラ達の才覚が素晴らしいとは知っていたが、こんな鍛え方されていたら強くなる、いや、なるしかない。


 ホーラとテツと出会った頃のポプリが、キャリアが短いのに強く感じたのは、才能に胡坐に掻いてたのではなく、常に限界の一歩を越える実戦経験の賜物であった事を知る。


 それを知ったポプリは覚悟を決める。


 上手く逃げる事を!


「あ~、ポプリ。適当に手を抜いて逃げたら、折檻な? ホーラは分かってるよな?」


 諦めた顔をしたホーラが頷き、進退窮まったポプリは、ちょっとだけパラメキ国に戻ったほうが良かったかもと後悔が過る。


「まあ、そんなに固くなるな。ミラーが言ってたぞ? 肩慣らしだと」


 それを聞いたホーラとポプリが顔を歪めて嫌そうな顔をする。


 言った相手がミラーである事か、誰を基準に肩慣らしと言ったのだろうとの違いだろうか……



 ホーラとポプリが顔を見合わせて、重い息を吐き合う2人の視界の端に砂埃を上げてこちらにやってくる白髪の少年の姿が見える。


 ポプリに蹴落とされたテツであった。


 後、10mといったところで跳躍するテツは放物線を描いてソリの上に着地する。


 着地すると半泣きのテツがポプリを睨むようにして文句を言う。


「酷いですよ、ポプリさん。何もちょっと煩かっただけでソリから蹴落とさないでもいいでしょう? 口に砂が入ったじゃないですか!」


 怒られたポプリであったが、先程の雄一とのやり取りで疲弊して、些事に構ってられないとばかりに適当に詫びる。


 あしらわれるテツを横目で見つめる雄一は口の端を上げて笑う。


「思ったより、早く帰ってきたじゃないか? だいぶ形になってきたんじゃないか?」

「へっ? それはさすがに4年もひたすら走らされてますから足も速くなりますよ!」


 一瞬、雄一の言葉の意図が理解できずに額面通りに返事を返すテツ。


 それを見て、雄一は呆れたように肩を竦める。


「ユウ、僅かな可能性にかけただろうけど、現実は残酷さ?」

「えっ? テツ君、4年もかけて、まだ気付いてないの? いい加減、気付いても良さそうなものなのに、どうして……」


 呆れ過ぎて、饒舌になったポプリが説明を始めそうになった時、雄一に名前を呼ばれ、静かに見つめられる。


 その視線に見つめられたポプリは肩を震わせ、軽率な行動をしてる事に気付いてシュンとする。


「ご、ごめんなさい、ユウイチさん……」

「いや、いい。気付く事が大事だからな」


 やらかしそうになったポプリを見つめたホーラは嘆息した。


 3人を見つめていたテツが首を傾げながら聞いてくる。


「あのぉ、ユウイチさん。訓練で思い出したんですが、何時になったら僕は筋トレをする許可が下りるのでしょうか?」


 そう、テツは雄一の下にやってきてから、今日までずっと同じ訓練、走り込み、バランス、歩法、生活魔法の戦闘利用法、そして、模擬戦を繰り返しであった。


 事ある事に雄一に筋トレの解禁を望んでくるが、1度たりとも雄一が頷く事はなかった。


 『ひたすら走れ』


 であった。


 確かに、雄一の言う通りにしていて、確実に強くなっている結果があるから、普通よりは焦れずに耐えていられているようだが、最近は焦りのようなものがチラホラし始めていた。


 どうやら、テツは雄一のような豪快な一撃を放てる男になりたいと思っているようだ。


 それには雄一もこそばゆいものはあるが嬉しくは思っている。だが、これとそれは別物であった。


「俺がいい、と言う日までだ」


 そして、今日も雄一が答える答えは今日も同じでテツは悔しそうに唇を噛み締める。


 至らない自分が悔しそうだ。


 傍目から見ても、テツは自分の成長が雄一が求める高さに来ていない事を悔やんでるのが丸分かりだった。


 手のかかる馬鹿な弟を見つめるホーラは、悪態を吐きながら頭を掻き毟る。


「ああっ! 1度しか言わないさ。アンタに足りないのは才能、身体能力、まして、努力でもないさ」

「ほ、ホーラ姉さん、それはどういう意味で……」


 目を白黒させるテツはホーラに聞こうとするが、それを無視して、雄一に止められる前にと急ぐように口を動かす。


「いいかい? アンタが足りてないのは自分を知らなさ過ぎる事。ユウは決して、無駄な事をアンタにさせたりしてないさ」


 一息で言い切って、少し呼吸を荒らげるホーラを雄一は少し責めるような目で見つめる。


 雄一の視線から逃げるようにしたホーラは、「後は自分で考えな!」と言い捨てると腕を組んで目を瞑る。


 そう言われたテツは、珍しく顰めっ面をしながらソリの後部で胡坐を掻いて首を捻って必死にホーラに言われた事を考え始める。


 未だに責めた目を向ける雄一の視線に耐えるホーラであったが、なんだかんだ言いながら甘いお姉ちゃんであるホーラをからかう気のポプリがホーラの頬を突く。


「ほら、ユウイチさんからの御指名よ?」


 ウリウリとしつこく頬を突いているポプリの指を不意をついて噛みつく。


「い、いったーい!!」

「ふんっ!」


 噛まれた指に息を吹きかけるポプリに鼻を鳴らすホーラは立ち上がるとバツ悪そうな顔をして雄一の隣に立つ。


「その、なんだ、悪かったさ」

「本当にお前は……ここぞ、という時に厳しい姉で居られないヤツだな」


 どうでもいい時は厳しい姉なのにな? と言われて、グゥの音も出ないホーラ。


「いくらなんでも、これ以上はテツの為にならんぞ?」

「……分かってるさ。アタイもそこまで馬鹿じゃないさ」


 雄一に言わせれば、答え同然の事を言っておきながら、と苦笑しかでない。


 バツ悪い気持ちを誤魔化すようにホーラは話を逸らす。


「4年前の王都であった大会で、その片鱗に触れたはずなのにまったく気付いてないとか……普段も無意識でやってる時があるのに」


 ホーラは後ろで唸ってるテツに聞こえないように意識して雄一に話しかける。


 その言葉に片目を瞑った雄一に静かに拳骨を落とされる。


「本当に甘いお姉ちゃんだな?」


 もうホーラは顔を真っ赤にさせて俯くことしかできなかった。







 それから、しばらくして、目印がある辺りを探索するとバジリスクを3匹発見する。


 雄一は宣言通り、3人の行動を見守る立場を徹した。



 確かに、バジリスクは攻撃を貰うと面倒そうな相手であったが、あくまで当たればである。



 バジリスクはホーラ達に翻弄されて、あっさりと狩られる。




 損害情報



 テツ軽傷


 (ポプリによるフレンドリーファイア)




「ポプリさん、本当に狙ってませんよね? 背後から直撃ですよ!」

「知らない、知らない。テツ君がチンタラしてたから悪い!!」


 2人が、おでこを突き合わせて喧嘩するのを、雄一はバジリスクの血抜きをしながら見つめる。


 ほっといたら、しばらくかかるうえにテツが泣かされる未来視が見える気がした雄一はホーラに目を向ける。


「後は頼む」

「あいよ」


 ホーラに任せた事で、雄一はバジリスクの血抜き作業の続きをする為に背を向けた。


 腕捲りしたホーラが喧嘩する2人の頭に遠慮のない拳骨を入れていく。


「アンタ等、2人共悪いさ!」


 その叫びと共に、良い音を2つさせるとテツとポプリの悲鳴が雄一の耳を擽った。

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