第209話 ザガンにやってきた2日目の朝らしいです
あの後、夕飯時にエイビスがミラーを連れて雄一が泊る宿へと来た。
シーサーペントの売り先が決まったという報せと、冒険者ギルドで得る情報上での冒険者ランクとは別の貢献度ランクについての説明が漏れたと言ってやってきた。
どことなく意図的な気がする雄一達であったが知らないと困る事になりそうなので素直に聞く事にした。
まずは、シーサーペントの件だが、モンスターと土地神信仰の権威の学者に格安で売る事にしたらしい。
いくら情報を手に入れても理解できなかったり、場所が特定できなかったら話にならないという事でその手の分野に強い人物のコネ作りで選んだそうだ。
それでも金貨300枚というのだから、適正金額ならいくらかは正直聞きたくないというのが雄一の感想であった。
いつも、あそこで買えば銅貨何枚安いなどと頭の家計簿と睨めっこしながらする主夫には考えられないようだ。
次に貢献度についてであるが、冒険者のランクは依頼の難度を数字化したものを加算していき、一定の数字に達すると昇格するのだが、貢献度というのは依頼人の満足度を100点満点で計算して、それを加算していく方針のようだ。
つまり、冒険者ランクは冒険者ギルドが決め、貢献度は依頼人が決める。依頼人の満足を沢山集める者へと優遇処置として、冒険者ギルドの施設などの利用が許されるシステムのようだ。
「例えば、ドラゴンの鱗が欲しいという依頼を受けて持ち帰って、鱗に傷が多いと買い取り査定がマイナスになるように、依頼人の評価も落ちるという事か?」
「それもありますが、運搬方法や、量が少ないのであれば、布などで包んで傷つかないように気を使う心配りが評価対象になります。要するにアピールも必要ということですね」
ミラーの説明を聞いて、面倒な、と思わなくはないが、雄一は元の世界の事を思い出すと最終的にはそうなるかと納得する。
物の売買となると、突き詰めたら、値段で納得するか、サービスで納得するしかない。
勿論、アイディア勝負という手もあるだろうが、それは有限であり、創出が毎回できるとは限らない。
結局、その2つに落ち着く。
「なるほど、だいたいは理解した。他に新しい話は?」
「後は、明日、伝えるつもりだった依頼をお持ちしました」
肩慣らしにどうぞ、と言いながら小脇に挟んでいた書類を差し出してくる。
そう言うミラーから雄一は依頼書と地図を受け取る。
『 バジリスク捕獲
なるべく傷の少ない状態での捕獲を頼みたい。
生きてる状態は困るので、理想は首を一刀両断が望ましい。
特に内蔵に傷はつけるとマイナス査定
報酬 金貨10枚
備考 : 血抜きをして運んできてください
依頼人 ヨルズ教 教会神父 』
読んだ早々、叫びそうになった雄一であったが、事情を聞くと安堵の溜息を吐く。
雄一の元の世界の読み物などでは、バジリスクは、見る者を石化し、体に触れただけで猛毒に犯す、という凶悪なモンスターであったが、どうやらこちらのバジリスクはクチバシとカギ爪だけに注意すれば問題ないらしい。
クチバシやカギ爪に付いている毒が皮膚を硬質化させる毒で全身に廻ると死に至るらしいが、只の毒なので解毒薬や魔法による解毒でも治るそうだ。
そのバジリスクの内臓が、この土地特有の病気、幼い子にごく稀にかかる特効薬になるらしい。
今回の依頼はそのストックを作る為のバジリスク捕獲依頼のようだ。
「これは少し多めに狩って来て、少し分けて貰わないとな!」
「ユウ、気持ちは分かるけど、この土地の子ですら、ごく稀なんだから、そう心配する事もないさ?」
顔を強張らして唸る雄一に嘆息するホーラがミラーとエイビスに「そこのとこ、どうなのさ?」と問いかける。
「ええ、ユウイチ殿の魔法でも治癒できると思いますよ?」
「そんな不確定要素を信じられるか! 確実に効果があった方法を使う!」
相変わらず、アリア達には過保護の雄一であった。
そんな雄一を眺めるポプリが楽しそうにテツに話しかける。
「ダンガに帰ってから魔法でなんとかならない、という事態になったらユウイチさんが飛んでいきそうだから問題ないよね?」
「あ~、本当にしそうで怖いですね」
それを聞いたホーラ、ミラー、エイビスは笑い、雄一は憮然な表情をする。
明日の話が終わると宿の主人が食事の時間と伝えてくる。
テツにアリア達を呼びに行かせ、雄一達の食事が運ばれる席に当然のように座るミラーとエイビスの襟首を掴むと宿の外へとポイする。
そして、雄一達のザガン初日の夜が更けていった。
▼
次の日の早朝、バジリスク捕獲に向かう為に宿の外に出ると3頭のラクダに似た生き物にソリを付けたモノが用意されていた。
ソリを番していた少年が雄一の姿を認めると近寄ってくる。
「ユウイチ様ですね? 私はエイビス様の指示でソリを手配させて頂いた者です。これをお使いください、とのことです」
「へぇ、てっきり馬車だと思い込んでいたが、考えてみれば車輪が砂に埋もれて使い物にならないだろうな」
納得する雄一の視界には興味深そうに見送りに来ていた子供達の中で好奇心の塊のミュウが近づいていく。
すると、ラクダのようなヤツの目の前に行くと不意打ちで鼻水を飛ばされる。
「がぅ!! く、臭い!!!」
モロに顔に被ってしまい、顔を歪めて飛び上がると宿の裏にある井戸の方へと走り去る。
それを見て噴き出す北川家の面子。
「説明するのが遅れましたが、正面から近寄ると威嚇のつもりで鼻水を飛ばす事がありますので気を付けてください」
「ああ、今、目の前でミュウが体を張ってくれたから気を付ける」
笑いを噛み殺しながら答える雄一。
話を聞くと象のような生き物に引っ張らせるモノもあるらしいが、扱いが難しいそうなので、馬の扱いに似ていて、ポピュラーなコイツにしたらしい。
ソリの上を確認すると食糧なども積み込まれており、本当に武具さえ忘れてなければ出発完了という隙のない準備ぷりであった。
さすが、仕事だけは頼りになるエイビスだ。
「朝早くから済まなかったな。エイビスには手配には感謝するが、もう余計な事はするなよ、と伝言を頼む」
「はい、感謝していたとお伝えしておきます」
そう言うと、にっこりと笑う少年を見て、雄一はエイビスの部下の教育は徹底しているようだと舌打ちする。
いずれ、自分の手で引導を渡すと心に決め、「ホーラ達に乗り込め」、と伝える。
自分達のの荷物をソリに載せるホーラ達を一瞥した後、シャーロットに向き直る。
「じゃ、俺達は夜までには戻ると思うが、アリア達を頼む。そうは言っても昼ご飯の面倒ぐらいだがな」
そう言うと雄一は小さい財布をシャーロットに手渡す。
「細かい事はシャーロットの裁量で好きな物を食べさせてやってくれ。できるならバランス良くな? 特にレイアとミュウには野菜をしっかり取らせてやってくれ。アイツ等が何を避けようとするかはアリア達に聞けば分かる」
「主、お任せを。食べないとデザートは与えない事にします」
鼻息荒く、任された事が嬉しいシャーロットは、気合いが入っている。その横で良く分かってないだろうにシャーロットの真似をするメリーが愛らしい。
愛らしいが、シャーロットの残念な所は似ないように切実に祈る雄一であった。
「馬鹿野郎! 何て事を言うんだ! シャロ姉、あの馬鹿の言う事なんて無視していいんだからな?」
「シャロ、レイアの言う事は無視していいさ。最近は、ユウが手間暇かけて誤魔化されて食べるようになったけど、気付いた時はダンテとかに押し付けてるから、そろそろ折檻が必要と思ってた所さ」
勿論、ミュウの戯言も、と言うホーラは今頃、井戸で必死に顔を洗うミュウが後で騒ぐだろうな、と溜息を吐く。
レイアはレイアで、全部避けて食べてるつもりだったのに、気付かぬ間に食べさせられていた事実に戦慄しているようだ。
「勿論だ、主からの指示は絶対遵守! 全うしてみせる!」
意気込むシャーロットに雄一は嘆息しながら、シャーロットの頭に手を置いて、言い聞かすように見つめる。
「お前の貫く意思は買うが、もっと緩急を付ける、緩める所は緩めて、締めるべき所は締める。これが一番、お前に求める未来のシャーロットだ、分かるか?」
そう言われたシャーロットは、叱られたと思ったようでシュンとするが、次の雄一の言葉を聞いて目が輝く。
「俺はお前に期待している」
「はいっ! 粉骨砕身の覚悟でそのご期待にお応えします!」
何やら、とても嬉しげにするシャーロットを見て、良かったと満足そうに頷く雄一にポプリが苦笑しながら告げる。
「ユウイチさん、今のは逆効果じゃないかと?」
「ん? どういう事だ?」
雄一も勘違いをしているようだと理解したポプリであったが、ほっといても実害はなさそうなので、肩を竦めるだけに留める。
失敗は何も生み出さない訳ではない。
ポプリはそれを身を持って、良く知っていた。
今回のシャーロットが受けるリスクも後で赤面するだけで済む話なので、失敗を許す上司、雄一の下にいる限り、シャーロットは成長し続けていける。
どうやら自分も何かをやらかしたようだとは雄一も気付いたようだが、ポプリの様子を見る限り、放置しても問題なさそうなので静観する事にする。
ホーラ達の様子を見ると準備完了のようなので声をかける。
「もう出れるか?」
そう言う雄一に頷いて見せるホーラ達。
雄一はシャーロットを始め、見送りに来てくれている子供達、ミュウはまだ帰ってきてないが、見つめる。
「ちゃんとシャーロットの言う事を聞くんだぞ? では、行ってくる」
笑顔を向けて言う雄一を子供達は見送る。
レイアだけは鼻を鳴らすと、拗ねて明後日に顔を向けていた。
早速、やる気スイッチの入っているシャーロットが、「行ってらっしゃい、は?」とレイアを諭し始める。
きかん坊になってるレイアの後頭部をホーラが手加減少なめの拳骨で殴り、レイアは頭を抑えて屈みながら涙目でホーラを見上げる。
そんなレイアの耳元に口を寄せるホーラ。
「いい加減、ユウにする態度を他の人が見たらどう見えるか、自覚するさ?」
眉間に皺を寄せながら、レイアを睨むホーラは嘆息するとソリに向かう。
ポプリはホーラから、それとなく聞かされていて、同じように思っていたので今の会話は聞こえなかったが2人の表情を見て察した。
唇を尖らせて拗ねるレイアが渋々、「行ってらっしゃい」と告げると再び視線を明後日に向ける。
雄一も察したようで、横を通り抜けようとするホーラに「有難う」と告げると照れたらしく、フンッと鼻を鳴らして、乗り込んで座る。
どうやら、姉も意地っ張りな所があるようだ。
全員、乗り込むと皆に手を振り、振り返されながら雄一はソリを走らせて地図に示された印の場所を目指して出発した。
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