第214話 それなら構わないらしいです

 日が沈んだ頃、雄一は冒険者ギルドを後にしていた。


 本日の依頼達成をミラーに報告して、エイビスに解体屋の手配を頼んできた帰りであった。




 本日の狩りの相手は陸魚であった。


 陸魚と言っても地面や地中を泳ぐモンスターではなく、何故か空中を遊泳する不思議魚であった。


 空魚じゃないんだ、と雄一も思ったそうだが、空魚は別にいるらしい。


 それなのに何故、陸魚と呼ばれているかは、今回の依頼を済ませた時に雄一達は自分の目で理解させられた。


「改めて、思い出しても陸魚って変な魚だったな? 渓谷から出たら呼吸ができなくなって死ぬのだから」


 呆れてるのか、驚いているのか分からない顔をする雄一の言葉に3人は苦笑いをする。


 空中を遊泳する陸魚は、かなりの速さで動く為、ホーラ達は最初、苦戦を強いられていた。


 だが、徐々に目が慣れ出した3人は協力プレイで陸魚の行動範囲を制限して追い詰めていった。


 追い詰めていくと渓谷の出口にまで行ってしまい、今まで渓谷が壁になっていて行動範囲を抑えられてたのができなくなるとホーラが舌打ちをした。


 しかし、後ろに広がる大きな空間があるのに陸魚は、渓谷より向こうには行こうとしない。

 無意味に威嚇するように口を開いたりして酷く落ち着いていない様子を見せた。


 それを見て閃いたポプリがテツに、なんとかして渓谷の向こうに叩きつけるように指示を出す。ホーラ達のフォローを受けながらも渓谷の向こうに叩き出す事に成功する。


 すると、陸に上げられた普通の魚のようにピチピチと地面の上で跳ね続けて、しばらくすると動かなくなる。


 ホーラ達は、この事実を知るや、あっさりと攻略法を掴んだようでテキパキと陸魚を追い詰めて渓谷の向こうに追いやり続けた。


 しばらく狩り続けて、10匹目を狩った頃、時間も良い感じになっていたので切り上げて帰ってきた。




「そうですよね? 何故、渓谷だけは平気なんでしょう?」

「さあね、そういうのは学者の本分さ。興味ないさ」


 テツが不思議そうに首を傾げるのを見て、ホーラが考えるだけ無駄とばかりに言い切る。


「それより、私は生きてる時ですら、あの何考えてるか分からない目が嫌でした!」

「ああ、ミラーと同じ目してたな」


 ポプリが陸魚の目を思い出しながら身震いをするのを、見つめる雄一がそう言う。


 ホーラ達も陸魚を思い出しながら、2つを並べてみる。


 思わず、噴き出す3人を見つめる雄一が楽しげに


「やっぱり、お前らもそう思うか?」


 3人は否定しなくてはと思うが感情が言う事を聞いてくれないようで、必死に頷きそうになるのを耐える。


 特にホーラが一番ウケたようで、雄一の背中を平手で叩き、笑うのを抑えようとするが、こういう時は笑うだけ笑ってしまったほうが、落ち着くのが早い。

 だが、経験の浅いホーラ達には、力ずくで抑えようとしてしまい、余計に時間をかけていた。


 その必死な様子を見ていた雄一は悪戯心が刺激され、3人に向かって睨めっこの時にするような変顔を披露して爆笑を誘う。


「くっ、必死に耐えようとしてたのに、プッ」


 一気に笑った事でだいぶ落ち着いたホーラであったが、目尻には涙を浮かべている。


「俺の一思いに楽にしてやろうという優しさをだな?」

「余計なお世話さ!」


 雄一の返事にたいして、ホーラがそう叫ぶとポプリとテツに声をかけると逃げ始めた雄一を追いかける。


 宿に着くまで楽しげな声を上げながら、雄一達は追いかけっこを楽しんだ。





 雄一達が宿に帰ってくると甲高い声で出迎えられる。


「ああっ! やっと帰ってきた」


 そうテーブルで肘を着いて掌に頬を載せる格好だったレイアが雄一を発見して全力疾走してやってくる。


「レイア、出迎えしてくれるのか? 俺は嬉しいぞ」


 そう言う雄一は両手を広げて出迎えるが、レイアは迷いも感じさせない蹴りを雄一の顔面を狙って放つ。


 にこにこ笑った雄一は首を傾げるだけでそれを避ける。


 空を切って、舌打ちするレイアの肩に左手を、右手をレイアの膝にあてて、空中で1回転させる。


 目を白黒させたレイアが気付けば雄一は食堂の椅子に座っており、レイアのその膝の上に座らされていた。


「本当にレイアに出迎えられる日が来るとは、嬉し過ぎて泣きそうだ。次のステップは、俺の事をパパ、お父さんと呼ぼうな? レイアだったらオヤジと言いたいか? 俺はそれでも……」


 泣きそうだと言いながら、既に泣いている雄一をキッと睨むレイアがその体勢から雄一を殴る為に拳を放つ。


「誰が、そんな事言うか! アンタを出迎えたんじゃなくて、話があったから待ってたんだ!」


 泣きながらも首を曲げたり、レイアの体勢をずらす事で避け続ける雄一。


 うんうん、と頷く雄一は目尻に浮かんだ涙を指で拭う。


「そうか、最近、依頼でばかりで、お話する時間がなかったもんな? やっぱりコミニケーションは大事だからな!」


 感動と申し訳ないという気持ちに挟まれた雄一は、レイアを抱き締めて「レイアが眠くなるまで、一杯、お話しような!」とガッシリと抱き締める。


 抱かれて嫌がるネコのように暴れるレイアの様子にも気付かない親馬鹿っぷりを発揮している雄一の後頭部をホーラが投げナイフの柄で遠慮なしに殴打する。


 それで我に返る雄一。


「何するんだ、ホーラ?」

「何するんだじゃないさ。ちゃんとレイアの言ってる言葉をしっかり聞いてやるさ。抱き締められてるレイアの顔を見てみる。これ以上はアタイでもフォロー不可能になるさ!」


 そう言われた雄一は、えっ? という顔をして腕の中のレイアを見ると目尻に涙を浮かべて泣くのを耐えてる姿がある事に気付く。


 慌てて手を離すとレイアは雄一の下から飛んで逃げるようにしてテツの後ろに隠れてしまう。


 確かに力強く抱き締めてはいたが、決して痛いような抱き方はしてないから痛みからではないのは分かる。

 だが、何故泣いてるか分からない雄一は困惑していた。


 ホーラが小声で雄一にだけ聞こえる声で伝える。


「あれでもレイアは自分が全力で抗えれば、ユウ相手でも一矢報う事はできると思ってたさ。それが全力で逃げようとしてるのに、ふざけてるようにしか見えないユウにまったく歯が立たない事がショックだったのさ」


 勿論、最初は、レイアの話を碌に聞かない事で腹を立てたのは間違いないだろうけど、ともホーラに言われて愕然とする雄一。


 つまり、今のレイアの態度はショックもあるだろうが、怖がられている事に行き着いた為であった。


「すまん、レイア。悪乗りが過ぎた……なっ?」


 手を合わせて謝る雄一をレイアはテツの後ろから威嚇するように、フゥーと唸る。

 まだ涙目な辺りが立ち直っていないようだ。


 溜息を吐いたアリアとスゥがレイアを宥めに行き、ミュウが雄一の前に行き、胸を張ってガゥと唸る。


「ユーイ、反省!」

「ごめんなさい」


 素直に頭を下げる雄一の頭をミュウがペシッと良い音をさせて叩いた。




 それから、いくらかレイアが落ち着いた頃、レイアがしたかった本題を聞く為にレイアは雄一の席から一番遠い対面に座りながらも警戒しながら話し始める。


「ザガンに来て、見るべき所は見て、退屈になってきたから『試練の洞窟』に入りたいんだ」

「『試練の洞窟』ってなんだ?」


 レイアに警戒されまくりで地味に傷ついている雄一であるが自業自得なので心を強く持つ。


「主に冒険者になる前の人が訓練する為に入る場所らしいの。現役の人もリハビリに来る事もあるらしいけど」


 スゥが説明を引き継いでくれて、なるほど、と頷く。


 退屈なところに自分達と同じこれから冒険者をする者が鍛える場所があるという話を聞きつけて、いても経ってもいられなくなったのだろうと雄一はアタリをつける。


 話を聞いた雄一が悩んでいるとホーラがレイア達の援護射撃をしてくる。


「いいんじゃない? 黙って行かれるよりいいし、そこを禁止して外に出られるよりいいさ?」

「まあ、俺もレイア達に同じ年頃の者達と触れ合う機会を作る事で知っておいた方がいい事もあるから基本的には賛成なんだが……」


 雄一はレイア達を1人ずつ見つめていく。


 そして、不安そうに首を横に振る。


「確かに地力は、そこらの子達は勿論、モンスターにも勝てるだろう。だが、もうちょっと経験を積ませてから、と思ってたんでな」


 こんなことなら、シホーヌかアクアを連れてくるべきだった、と頭を掻く。


 睨むレイアが雄一に歯を剥いて吼える。


「いいだろ? 良いと言え! 言わないと一生恨む!」


 その一言一言が雄一のハートにビシバシ叩きつけられてTKO食らいそうな勢いでダメージを受ける。


「分かった。じゃ、俺が護衛として着いていく。ホーラ達は3人でも大丈夫だろう!」

「お前だけは、くんな!」


 レイアの言葉に撃沈する雄一にポプリが困った声で言ってくる。


「あの様子では、先程より酷い事になりかねませんね。それに私達としても未開の土地、見知らぬモンスターと戦います。しかも、ここの冒険者達が尻込みするレベルの依頼ばかり受けてる以上、遭遇するだけで危ない相手もいるかもしれないので一緒にいてくれると助かります」


 雄一が死ぬ時まで放置と言っていたが、それは意気込みである事をポプリは言質を既に取ってある。


 知ってるモンスターであれば、対応ができる事もあるが、キャパオーバーする可能性は付いて回る。


 仮に雄一の手助けがない状態であれば、どうしても安全マージンを持って進める必要が出てきて、結果的に時間の遅れが大きく出る事になるので本末転倒という話になってしまう。


 どうするべきか、と悩み続ける雄一に助け舟を出す者が現れる。


「じゃったら、わっちが面倒をみてやるのじゃ」

「おっ、行ってくれるのか? なら任せられるな、頼むぞ、巴」


 実体化した巴が雄一の膝の上で自信溢れる笑みを浮かべながら、レイア達を見つめた。

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