第207話 混ぜたら駄目な化学反応のようです

「来ちゃった♪」

「来ちゃった♪ じゃねぇ!! 確か、ダンガの貢献度はザガンでは無価値じゃなかったのか? それともギルド間には適合しないとでも言うのかよ」


 いつもの対応でミラーの胸倉を掴み上げる雄一だが、周りのギルド職員がびっくりしたような顔を向けるのに気付いて慌てて手を離す。


 ミラーが笑みを浮かべて周りのギルド職員達に、「只のじゃれ合いなので、お気になさらず」と何でもなさそうにするミラーの対応に安心したようで仕事に戻って行く。


 雄一はバツ悪そうな顔をしていると呆れたホーラが肘で脇を突いて、ジト目を向けてくる。


「ここはダンガじゃないさ。ユウもちょっとは考えて行動!」

「スマン、どうもアイツが苦手でペースを乱される」

「前から苦手そうでしたけど、今も同じなんですね」


 雄一に説教してくるホーラと、4年前の事を思い出しながら、この2人の関係性が変わらぬままである事が楽しげなポプリが笑う。


 テツが首を傾げながら、雄一を見つめるミラーに質問をする。


「もしかして、本当にユウイチさんをからかうだけの為に来られたのですか?」

「いえいえ、久しぶりにユウイチ様が冒険者として活動されるのに、その場に専属の私がいないのは締まらないでしょう?」


 ヘラヘラ笑いながら、どこまで本気か分かったものじゃないと雄一達は見つめるが、分厚い皮に覆われたミラーを怯ませることすらできない。


「勿論、ユウイチ様で遊びたかったという狙い、以前、商人ギルドの受付として登場する好機を逃していましたのでリベンジもありましたので」

「その話か……完全に忘れてたぞ。あの時、悔しそうにしてたが、本気で悔しがってたのか?」


 頭痛がしてきた雄一が頭を抱えながらぼやく。


「警戒されてる状態でやっても面白くないですからね。今回の事はまさに渡りに船で、長年培ってきたコネをフル活用して、やってきた次第でなのですよ」

「お前、前に職権乱用は駄目だみたいな事言ってなかったか?」


 雄一にそう言われたミラーは明後日の方向に顔を向けて、目に付いた女性職員に「飲み物お願いできますか?」と頼んでいた。


 女性に「分かりました」と返事を貰うと前を向くと、怒りを必死に抑えて拳を震わせる雄一に会心の笑みを浮かべる。


「まあ、聞いてください。ユウイチ様には、無駄にできる時間はそう多くありません。僅かにあるその時間は私のモノですからね?」

「お前なんかに使いたくないぞ!」


 身を乗り出して威嚇する雄一をテツが必死に抱き付いて止めにかかる。


「ユウイチさん、冷静になってください!」

「心配するな、俺は冷静だぁ!」


 雄一の呼吸音が気を練る呼吸法のリズムを刻み、イエローグリーンライトのオーラが漏れ出す。


 それを楽しそうに見つめるミラーが、話を逸らすように説明を始める。


「私も伊達に酔狂だけでやってきた訳ではありません。出発前にも説明しましたが、冒険者ギルドの力が強く、コミュニティの立ち位置もダンガとは比べ物にはなりません。その為、個とギルドの繋がりより、集団、コミュニティとのギルドの繋がりが重視されます」

「確か、そう言ってたな。じゃあ、何故、勧誘してくるコミュニティは断るように言った? 情報を早く得るには、それなりのコミュニティに臨時で入るのが近道じゃないのか?」


 無理矢理、気を沈めて話し合いに応じる雄一を見つめるミラーは頷いて見せる。


「確かに、最初のスタートラインは有利なのは認めます。ですが、ユウイチ様が求める情報はトップクラスの情報です。他のコミュニティもユウイチ様の力を欲して喜んで招き入れてくれるでしょう。ですが、得たい情報を得て、目的を完了させたら去ると分かっているユウイチ様に容易く情報を譲るでしょうか?」

「つまり、相手が満足する領域まで使うまで、手放すような行動を取らないという事? なんて言うか胸糞の悪い話さ」


 ホーラが唾棄するように言うセリフをミラーは否定してこない。


 雄一もまた、そう思ったが続きを促した。


「また、冒険者ギルド側でも、ユウイチ様にとって不利な話があります。私のように受付は専属とは言いませんが、複数の担当コミュニティを持っています。懇意に付き合いをする相手もどうしても出来る為、懇意にするコミュニティに脅かすようだと判断すると……」

「なるほど、だから、ミラーさんはこちらにやってきてユウイチさんのフォローをするつもりで?」


 納得したポプリがそう言うとミラーは嬉しそうに目を細める。


 確かに、そういう事情だとミラーがやってきた事は歓迎すべき事なのだろうが、どうしても素直に有難いと思わせて貰えない雄一がいた。


「もう1つ、ダンガでは考えられない変わったシステムがあります。周りを見渡して何かお気付きになられませんか?」


 そう言われて、雄一達が周りを見渡し始める。


 特別変わった所を発見できなかった雄一がミラーに吐かせようとした時、テツが間抜けな声を発する。


「あれぇ? これだけの冒険者がいるのに素材を持って来てる人がいない。どうしてだろう?」


 テツの言葉を聞いた雄一達は改めて、見渡してみるが確かに素材らしきモノを持ち歩いている者が皆無であった。


「正解ですよ、テツ君。良い着眼点をされてます。そう、ザガンの冒険者ギルドには買い取りカウンターは存在しません」

「じゃ、どうやって素材の取引はされている?」


 そう聞く雄一の後ろを指差すミラーを見て、そちらに視線を向けると冒険者が商人風の男からお金を受け取っている姿が見える。


「素材などの取引は、仲介人、『ブローカー』と呼ばれる人達が冒険者ギルド、もしくは、依頼人、商会などと交渉しています。こうする事で揉め事を減らす事には成功していますが……」

「仲介手数料が発生し、ブローカーの当たり外れなど、信用問題、そして、ギルド職員と時と同じように優先順位を付けられ、新規の私達には出だしから不利になるというこですね?」


 口許を隠すようにして目を細めるポプリは、「やり難い」と苦々しく呟く。


 ポプリの言葉にミラーは「仰る通りです」と頷いてみせた。


 雄一も金銭の受け渡しする者達を見ていて、眉を寄せる。


 正直な話、もっと力技でいけると楽観視していた


 勿論、伝説級のモンスターが現れて、それを雄一が狩ったという展開なら一発逆転だ。

 そんな都合の良い展開を期待などしていない。


 難度の高めの依頼を数をこなす事で貢献度を加速的に上げようと考えていた。


 だが、少なく見積もってもダンガと違って、冒険者ギルドに話が行くまでに1工程増える事になる。

 モノによったら、それが2、3工程となる事すらあるだろう。


 伝言ゲームというのを聞いた事はあるだろうか?


 お題を決めて、始めの人に伝えたのを次の人に正確に伝えられるか、という遊びである。


 そのゲームで、例えば、『東京で、きゃりーぱみゅぱみゅのグッズを買った』と10人集めて伝言したとしよう。


 そして、最後の人の言葉は『東京で、キャリーバックを買った』となるかもしれない。


 これを聞いて有り得ないと笑う者もいるだろう。確かに滑稽な話ではあるが、これが10代、20代であれば、グッズが抜けたりするぐらいはあっても、キャリーバックには成り得ないだろう。


 しかし、ここで60代、70代のお爺ちゃん、お婆ちゃんが混じればどうなるだろうか?


 そうなると有り得ない話ではない。


 でも、この人達は至ってに正しく情報を伝えようとしている。


 もうお気付きの頃だと思うが、に伝える気がない者が混じったらどうなるか、という話になる。


「これは想像以上に厄介な話だな、救いはこのクソエルフが冒険者ギルド側の窓口になってる事だけと言うのが救われない」


 どっちなんだ、と聞き返したくなる事を言う雄一を見上げるテツが質問する。


「えっと、何が厄介なんですか? 間に人を挟むから時間がかかる事ですか?」

「そういう時間じゃないさ。確かに少し時間はかかるけど、ユウが言ってるのは、アタイ達がした仕事の成果が正しく報告されない可能性が高い事を困ってるさ」


 そう、雄一と取引するブローカーが懇意にするコミュニティが霞むような結果を叩きだせば、そのコミュニティから不満が出る。

 これが、雄一が今後もザガンで活動する冒険者であれば、乗換を考えれば済む話だが、定着しないと早い段階で知るだろう。


 そうすると懇意にしてるコミュニティに遠慮した結果の報告をするようになるだろうし、結果を捏造というやり方をする者も出てくるかもしれない。


 当初は円滑な取引をする為のシステムだったかもしれないが……


「このシステムは、大手コミュニティが下剋上されない為に機能していると言わざる得ません」


 だから、このシステムに文句を付ける者は存在しない。少なくとも表立っては。


 街の治安、コミュニティ同士の争いなどで問題が起きてないのは、格付が既に済んでいる為なのだろう。


 頭を抱える雄一は悩む。


 この際、どこか大手のコミュニティに入るべきかと。


 だが、入ると簡単に抜けられないかもしれないし、しがらみもできるだろう。ミラーが言っていたように簡単に情報を公開しないだろう。


 ならば、ザガンの冒険者を全て敵に廻す覚悟を決める?


 それだけはできない。


 一緒に来てる子供達にそんな馬鹿な行動を見せる訳にもいかないし、雄一のポリシーに反する。

 勿論、牙を向いてきたら全員だろうが相手になる覚悟はあるが、それは今、考えるべき事ではない。


 苦悩する雄一を見つめるミラーが不敵な笑いを浮かべる。


「きっと、ユウイチ様がお困りになると思い、私のお眼鏡にかかった素晴らしいブローカーに声をかけておきました」


 雄一達は一斉にミラーを見つめる。


 見つめられたミラーは得意気な顔をして語り出す。


「ザガンにやってきて、まだ1月ほどですが、またたく間にトップ勢に並んだ新星! しかも、間違いなく、ユウイチ様の期待に応える仕事をやり切り、裏切る事は有り得ない素晴らしい人材を、こ・の・ミラーが!!」

「お前の紹介というのと、べた褒めなのが不安を誘うが、良いから紹介しろ」


 背に腹に替えられない雄一は苦虫を噛み締めたような顔をして促す。


 今日一番のドヤ顔をしているミラーが、雄一の後ろの方に向かって手招きをする。


 手招きするミラーが見つめる先に顔を向けた雄一は呟く。


「あれ? 俺、疲れてるのか? ミラーだけでも一杯一杯なのに、有り得ないヤツが見える気がする。あっ、そうか、ミラーがここにいる訳ないんだから、夢を見てるんだな……」

「ユウイチさん、気をしっかり持ってください!」


 必死に雄一を揺するテツが振り返って見つめる先には、テツですら、何故ここに? であった。


 雄一達の視線の先には、長身痩躯の糸目の40半ばの男が少なくとも雄一達が見た事がないぐらい楽しそうに笑う商人が近づいてくる。


「ユウ、現実だから心を強くして認めるさ?」


 ホーラが労わるような目を向けて、雄一の腰を軽く叩く。


 肩を震わせる雄一が涙目になりながら、震える指を突き付ける。


「な、なんで、お前がここにいる!」

「来ちゃった♪」


 どっかの誰かと同じように楽しげに言ってくる商人の男。


 雄一の反応を満足そうに頷くミラーは満を持して紹介する。


「この方がザガンで有数のブローカーであり、で裏切る事が有り得ない人材であり、それと同時に私の悪友しんゆうのエイビスです!」

「この1カ月の間、一日千秋の思いでユウイチ殿がやってくる日を待ってましたよ。任せてください、では文句を言わせたりしませんので」


 雄一は項垂れて、地面に両手を着く。


 それを見たミラーとエイビスは、最高の笑顔を振り撒き、ハイタッチをする。


「完璧にハマりましたね。この計画に声をかけられた時、興奮し過ぎて食事を3日も取るのを忘れて、必死にあれこれと頭を捻ってしまいました。感謝します、ミラー」

「いえいえ、今から考えると私が出した計画にも色々、穴がありました。それを埋めて最高の演出を考えた貴方の閃きが恐ろしいですよ、エイビス」


 それを見つめる雄一が魂から零れるような溜息をする。


 雄一の溜息に気付いた2人が喜色を見せる。


「これが見たかったのですよ!」

「ええ、これは私が見てきた中でも歴代1位かもしれませんね……」

「「まさに愉悦! 震えるほど快感だ!!」」


 声を揃えて笑う2人を見つめる雄一は、フラリと立ち上がる。見つめる瞳は深い闇のように暗かった。


 巴を握り締める雄一は薄い笑みを浮かべて呟く。


「うん、こいつらを殺そう。きっとそれがこの世の為だ」

「ま、待つさ! ザガンで行動する為には、この2人以上の適任な人材はいないさ。ちょ、ちょっとだけ我慢するさ」


 雄一の言葉が冗談に聞こえなかったホーラ達が慌てて、雄一を抑えかかる。


 そんな雄一に殺気を浴びせられているのにも関わらず、ニコニコ笑い続ける2人は化け物であった。


 雄一にとって、もっとも苦手とする男2人が手を携えて表舞台にやってきた瞬間であった。

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