第206話 家に帰りたくなったらしいです

 宿を押さえて、アリア達に自由時間を与えた後、雄一とホーラ、ポプリ、テツの4人はザガンの冒険者ギルドを目指してメインストリートを歩いていた。


 場所は無愛想な宿の親父に聞いていたので、ノンビリと街並みを見ながら歩く。


 やはり、冒険者の街と言われるだけあって、カタギじゃないと思われる者がちらほらレベルではなく、普通の通行人のように歩いている。


 そのせいか、通りを歩いている者達は大半が男であった。


 この面子で顔割れしてない場所を歩いていると決まって、ホーラが男に挨拶のように口説かれる光景を目にする。


 だが、ザガンに来てから、ホーラはまだ数人にしか声をかけられてなく、数人しか叩きのめしていない。


 しかも、今回はポプリも一緒にいて、ポプリにも同じぐらいの人数に声をかけられて、同じ数の火だるまを生んだ。


 この2人は、11歳の時点でも声をかけられるレベルの少女達であった。なのに、ザガンに着いてから、余りに声をかけてくる相手が少ない。


 テツも正直、声をかけられ過ぎてイラついた2人にヤツ当たりされるのを恐れていたので、不思議そうに首を傾げる。


「冒険者の街というはダテじゃないようさ」

「そうみたいですわね、お馬鹿さんが少ない事はとても良い事です」


 周りを男共を薄い笑みを浮かべて見つめる2人は、この街の男達の評価を少し上げる。


「無闇に喧嘩売るなよ。こいつらの中にはパーティで挑まれたら、お前達1人ずつなら短い時間は互角に戦える相手が混じってる。油断すると不覚を取るぞ」


 そう、ホーラ達に声をかけてこないのは相手との力量を計れる一定の水準を超えた者達。

 ダンガなどでいうなら、ダン達に匹敵する冒険者達がそれなりに混じっている。


 念の為に雄一が2人にそう警告すると拗ねた顔をする2人を見て、嘆息する。


 身内以外で力量が近い相手と戦う機会が少ないので、いつもと違って声をかけられるのを待っていたようだ。


「人相手は難しいだろうが、このレベルの冒険者がゴロゴロしてる冒険者ギルドでは、ダンガにはないような高レベルの依頼があると言ってたからな」


 2人は顔を見合わせると、同じタイミングで溜息を吐く。


 どうやら、ダンガに居る時は家の子供達のお姉さんとしての模範であろうとする事に意識してるらしいホーラのと、女王業から解放されてる間に好き勝手やろうという思いが爆発した結果らしい。


 雄一は、そんな2人の思いが透けて見えるのを眺めながら、普段でも結構やりたい放題してる、と思うがおくびにも出さない。


 実際に雄一が言うようにザガンには高レベルの依頼が多いらしい。


 その情報源がミラーである事が雄一には納得したくない気持ちにさせるが、この手の事では嘘を言わないだろうとも渋々、信用していた。


 だが、いつもなら焦らしながらも喜んで事細かく説明してくるミラーであったが、この話をした時は少しおかしかった。


 あの時のミラーは……



「と、言った感じで未開拓な場所だけあって、ドラゴンのようなモンスターも多く存在し、それだけにザガンには腕の立つ冒険者達が集っています」

「ほう、少し楽しそうなとこだな?」


 ザガンの情報をミラー聞きに来ていた雄一は腕を組んで眉を寄せながら、考え込む。


 最近のホーラ達の訓練も自分ぐらいしか相手をしてやれてないから、色々、鬱憤が溜まっているのが分かっていた。


 自分達がどの程度、成長できているか計りかねているようだと雄一は判断していた。


 そう言う意味では今回の展開はホーラ達には丁度良かったかもしれない。


 子供達が勝手した時のドラゴンと決着をつけれなかったのが、だいぶ心残りだったようで、特にホーラが機嫌が悪かった。

 特に機嫌の悪かったホーラの理由はドラゴンだけではなかったようだが、雄一は気付かなかった事にした。


 そう思うと、トトランタに来た頃、雄一が思い描いていたような場所かもしれないと苦笑する。


 苦笑する雄一を見ていたミラーが繰り返してくる。


「先程も言いましたが、ザガンは力がモノを言う場所です。だからと言ってその場にいる者達を蹂躙すれば良いという話ではありませんよ?」

「俺を何だと思ってるんだ?」


 そう疲れた声で返す雄一に「聞きたいですか?」と言われて、丁寧に固辞した。


 話を逸らすようボヤく雄一。


「多少、後ろ髪を引かれる思いだが、土の精霊の眷属探索が急務だから諦めかな」

「いえいえ、そうとも言えないんですよ」


 ドヤ顔するミラーに話を進めろ、と目で訴えるが気付かないフリをされる。


 嫌そうな顔をする雄一を見つめるミラーは満足そうに頷く。


「やはり、ユウイチ様の嫌そうな顔、羞恥する表情、魂が抜けそうな溜息、御馳走ですね!」

「知ってたけど、やっぱり、お前って最低だな」

「あっ、すいません、罵倒も大好きでした」


 肺にある空気を吐き出そうとするが飲み込む、変態ミラーが喜ぶだけある事に気付いた為であった。


 というか、変態ではなく、負のエネルギーを食事にするタイプの悪魔じゃないだろうかと真剣に悩み始めるが、悪魔に訴えられそうだから保留とした。


「で、そうでもない、とはどういう意味だ?」

「それは、ザガンで情報を集めようとしたら、その中心がザガンの冒険者ギルドだからです。そこで信を得ようと思ったら?」


 つまり、依頼を受けて、貢献度を上げていけ、ということらしい。


 残念な話、雄一がダンガなどでの貢献度は参考にはされないとのこと。あくまで現地での評価のみの実力の世界と言われる。


「実力の心配はユウイチ様にはしてませんが、念の為に言っておきます。相手もユウイチ様達の実力に気付く者が出てくるでしょう」


 ふむ、と頷く雄一はミラーに先を促す。


「中には手っ取り早く情報を得る為に、掛け持ちで良いからコミュニティに入ってくれという打診をする者がいるかもしれませんが、相手にせずに冒険者ギルドにむかってください」

「どういう事だ?」


 そう聞く雄一に笑みを浮かべたミラーは、「行けば、分かります」と答えてそれ以上は情報を洩らさなかった。



 という事を思い出しながら、今も雄一に下手に出て対応する男にやんわりと断って通り過ぎていた。


 ホーラ達に声をかけてくる数より、雄一のほうが多いという異例の事態が起こっていた。


 かけてくる相手が男ばかりで嬉しくもない状態であった。


 勿論、中には色仕掛けをするつもりの胸元をはだけた男好きするタイプの女も近寄っては来た。


 だが、全て、ホーラとポプリの殺気に充てられて逃亡するという、溜息しか出ない状態の雄一であった。







 しばらく歩くとザガン冒険者ギルドに到着する。


 外観の大きさが半端ないな、と思いながら中に入るとダンガの冒険者ギルドが3つぐらい入りそう広さがあった。


 余りの広さにどこに行ったらいいかと辺りを見ていると入った正面に案内カウンターと書かれているのを発見して雄一は近寄って受付嬢に声をかける。


「すまない、ダンガからきた冒険者の雄一という。初めてきた……」


 初めてきたから、まずはどこから行ったらいいか、と聞こうとしたが喜色を浮かべた受付嬢が遮って話しかけてくる。


「ああ、お待ちしておりました! 4番カウンターに行って貰って、お名前を告げて頂けたら話が進みますので、そちらに向かわれてください」


 そういう受付嬢は4番カウンターがある方を笑みを浮かべて指し示す。


「あ、ありがとう」


 余りに予想外の反応が返ってきて少しびっくりした雄一がどもりながら礼を述べ、言われた場所を目指して歩き始める。


 同じように驚いた顔をしているテツが向かいながら、


「どうして、ユウイチさんの名前を知ってたんでしょう?」

「あれじゃないかな? ユウイチさんが狩ったシーサーペントがもう届いてるとかじゃ?」


 テツの疑問の声にポプリが答える。


 その解答にテツは納得したようだが、雄一はイマイチしっくりこない顔をしながら、4番カウンターに着くと受付嬢に名を告げる。


「少々、お待ちください」


 そう言うと奥に引っ込むと入れ替わりのようにして、金髪で長い耳をしたエルフ、そして、死んだ魚のような目をする男が無表情でこちらに向かってくる。


 雄一はそれを見た瞬間から眉間を揉んだりして、何度も確認しても変わらぬ現実を呪う。


 4番カウンターに座る男を見つめたホーラが呆れを隠さずに聞く。


「なんで、アンタがここにいるさ?」


 そうホーラに声をかけられて初めて、僅かに口の端が上がる。


 ついに現実を認めた雄一は震える指を突き付けて、声を掠らせながら聞く。


「なっ、ここで何をしてるんだ……ボケエルフ!」


 雄一に罵倒されながらも笑みを浮かべながら、見上げてくる。


「マイ ねーむ~ イズ……ミラー!!」


 ミラーは自分の胸にある名札を指差し、最高のドヤ顔を決める。


「ユウイチ様の専属受付のミラーですよ。貴方の為に出張しました!」


 そんなミラーを見つめる雄一は少しホームシックになったようだ。

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