幕間 子供達の初めてのお使い 後編
「へぇ、この人、回復魔法と防御魔法だけは一級品なんだねぇ」
「それは、光魔法を教わってる以上、認めざる得ない。多分、それだけは世界一。でも、普段は只のボンクラ」
馬車が出発したと同時にシホーヌは寝息を立てて寝始めていた。
子供達が戻ってきて安心したのか、泣き疲れたのかは分からないが、今はもう夢の国の人となり、鼻提灯を膨らませていた。
こんな間抜けを晒している人物を女神だと伝えてもアンに鼻で笑われるだけと判断して黙っている。
腕が立つ理由を説明するならこの一言が一番簡単だが、女神である事を信じさせるのが一番大変という皮肉さであった。
「でもまあ、出来る人が多いって話だし、こういう子も1人はいても……」
「残念なお報せですけど、1人じゃないの」
えっ? と固まるアンに申し訳なさそうにするスゥ。
そう、シホーヌには魂の相方が存在する。時折、3人目が加わる事もある事を告げるとアンは苦笑いを零す。
「その相方、アクアって言うんだけど、見た目はできるお姉さんなのに、中身がそこのシホーヌと同レベルなんだよな。まあ、2人ともやる事がショボイから実害はほとんどないけど」
「そんな人が僕にとって、魔法の先生でもあるんで、もうちょっと優しく言ってくれません?」
溜息を吐きながら、きっと水の精霊と伝えても実物を見たら否定されるんだろうな、と思いながら、正面に現れたイノシシにウォータボール叩きつける。
倒れたイノシシを見たミュウが「ニク――!」と叫ぶと馬車から飛び降りてテキパキと捌き始める。
感心そうに見つめるアンは子供達を褒める。
「それにしても君達、本当に凄いねぇ。今のイノシシをあっさり仕留めたのもそうだけど、さっきの戦闘でも凄く余裕があったし」
「当然です。ユウ様に鍛えられてますから。ゴブリンや獣に遅れはとりませんの」
誇らしげに胸を張るスゥとアリア。
調子に乗ったレイアが話を盛り始める。
「アタシ達にかかれば、ゴブリンキングもヨユーよヨユー!」
「いや、ゴブリンキングはかなりギリギリの戦いしたからね?」
レイアを諫めるようにダンテが駄目出しすると機嫌を損ねたレイアに背中にやくざ蹴りを入れられる。
馬車で騒ぐ余所でミュウは捌き終えた。
「ニク捌けた。みんな、運ぶの手伝う!」
騒ぐミュウに子供達は苦笑すると馬車から降りて運ぶのを手伝う。
和気あいあいと楽しそうにする子供達を見つめて微笑む。
「心配症のロットにしては子供を迎えに出すのは珍しいと思ってたけど、これは安心するわねぇ」
下手な冒険者に任せるより、旅路の安全も貞操という意味合いの安全も確保されるロットが好みそうな展開だと苦笑いを浮かべた。
「今夜、ニク祭っ!!」
楽しそうにする子供達を見つめて、アンも楽しい旅路になりそうだと微笑んだ。
▼
それから、馬車を走らせて3日目、お昼にはダンガに着けるという距離まで来た時、ダンテがアンに話しかけた。
「そういえば、アンさん、お住まいはどうされます? 家に空き部屋はまだあったはずなんで、そこを借りれるとは思いますけど?」
「あ~、もしかしたら最初はお世話になるかもしれないけど、できれば近くに家を見つけたいかな? 自分専用の作業場も欲しいし」
仕事第一のアンらしい返答にダンテは苦笑する。
少し考え込む顔をしたアリアが頷くと口を開く。
「だったら、商人ギルドに行ったほうがいい。アレクさんは仕事だけは大丈夫な人」
「それ以外は無価値のおっさんだけどな」
双子が同じタイミングで頷くから、一瞬、鏡かと思わされてアンは苦笑する。
「少なくとも仕事はできると信頼してる割にボロクソだねぇ?」
「うーん、でも、お腹が減ってても一緒にご飯食べに行きたくはないのですぅ。なんとなく」
「まあ、会って話をしたら似たような感想に落ち着くの」
シホーヌにすら、駄目だしされ、スゥに呆れられたアレクとはどんな男か逆に興味を覚えたアンであった。
▼
到着すると休憩と騒ぎ、甘いモノを要求するシホーヌを黙らせた子供達とアンは商人ギルドに直行する。
中に入った子供達は迷いもなく並ぶ者がいないカウンターに近寄る。
カウンターに行くと疲れた中年が暇そうにしていた。
「よぉ! おっさん」
「なんだ? ああ、ユウイチのとこのガキンチョか。2~3年後に誘いに来てくれや」
そう言われたレイアが、「そんな未来ねぇ!」と叫ぶのを欠伸でかわす。
何気なく周りを見渡した時、アレクの視界にシホーヌとアンを捉えると手櫛で髪を整えるとキリっとした表情になり、男前な顔をして話しかける。
「ついにシホーヌちゃん、俺とお食事に行ってくれる気に? その隣のお嬢さんとご一緒でもこちらは何ら問題ありませんよ?」
「まったく行く気にならないのですぅ」
何でもない様にサラッと言うシホーヌ。
めげないおっさんは、まるで別人のような顔をする。
「美しい赤毛のお嬢さん、私はアレクサンダー、アレクとお呼びください。早速ですが、お好みの食べ物などお聞きしてよろしいでしょうか?」
「アタシは、アン。お好みは、この子達の家の近くで、作業場を兼ねられる家を希望」
ハートの強いアレクは笑顔で、「なるほど、なるほど」と呟きながら、資料を漁りだし、一枚の紙をカウンターに置く。
どうやら、家の間取り図のようであった。
それを見たアンは、嬉しそうな声を上げる。
「こちらの物件、今ならこのお値段でオプションでアレクサンダーが付いてくる物件ですよ。まさにお買い得品になっております!」
間取り図を見ながら、アンさんは嬉しそうに言ってくる。
「値引きに期待しないから、オプションは外しておいて」
今まで耐えていたアレクだったが喀血する。
しかし、これぐらいでへこたれるような弱いハートの持ち主ではなかった。
「オプションは切って離せない仕様に……」
「アレクさん、いい加減に諦めたらどうですか?」
隣に座るケイトがアレクに話しかけるのを子供達も見つめる。
逆上したアレクがケイトさんに噛みつこうとするが、ケイトの逆襲を食らう。
「えいっ!」
「ぎゃぁぁ!!」
ケイトが掲げた手の薬指に輝く指輪を見せつけた瞬間、アレクは煙を上げて突っ伏す。
それを見た、アリアとスゥが喜色を見せる。
「ケイト、結婚する?」
「今年の冬にね。だから、受付業務も今年一杯なの」
「おめでとうなの!」
嬉しそうに薬指の指輪を見せるケイトを見て、アリアとスゥは羨ましそうに見つめる。
ダンテも遅れて、おめでとう、と伝え、レイアとミュウはピンときてないようだが、流れで祝う。
この2人には、殴る時に邪魔だな、とか、指輪より肉、と思っていそうであった。
ケイトは近くにいるアリアにカギを渡す。
「場所は貴方達が住んでる場所の隣にある空き家が一件あるでしょ? あそこだから見てらっしゃい」
「ありがとう!」
子供達とアンとシホーヌがそう言うと商人ギルドを後にした。
残されたおっさん、こと、アレクは涙を流しながら机で、『の』の字を書きながら本気の思いが籠った声を洩らす。
「おじさんだって恋したいのぉ……」
魂からの慟哭であったが誰にも相手にされず、営業時間ギリギリにカギを返しに来たアリア達が来るまで放置され続けたそうである。
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