幕間 子供達の初めてのお使い 前編

 パラメキ国の首都セーヨォの外れを目指して歩く少年少女の姿があった。


 テツ経由でロットの依頼を受けたアリア達であった。


 ロットの話では、外れにある少し小高くなった場所に1件だけある家が婚約者、アンの家らしい。


 本当なら、シホーヌも一緒に来ているのだが、鼻提灯を膨らませて起きないので出発する時に忘れないように馬車の荷台に転がしておいたから出発する時に忘れない。


「がぅ、木の横に家ある」


 そう言うミュウは遠くに見える大きな木がある方向に指を指す。


 アリア達も目を凝らして見つめるが、木があるのは勿論分かるが家などあるかどうか分からなかった。


「ミュウが見えてるって言うんだから、きっとあるよ」


 まったく嘘と疑いもしてない顔をしてみんなに笑いかけるダンテ。


 言われて3人も、それもそうかと納得したようだ。


「まあ、ミュウが嘘付いたら肉が食える状況じゃないしな」


 レイアがそう言うと、アリアとスゥが力強く頷き、ダンテは苦笑する。


 あるキーワードに反応を示したミュウが涎を垂らしながらレイアの肩を掴む。


「ニク! ミュウ、お腹減った、ニク食べたい!」

「はぁ? 肉なんてねぇーよ。それにさっき屋台でみんな食べ……そういや、みんなで買い食いしてる時、姿を見なかったけど、どこにいた?」


 レイアは後ろの3人に「知ってる?」と聞くと3人共「言われてみれば」と言って首を横に振る。


 前を見ると目を彷徨わせるミュウの姿があった。


 レイアに半眼で見つめられて、「どこにいた?」と追及され、ガゥゥ、と困ったように唸る。


「井戸……水飲んでた……」


 ミュウの言葉に呆れた4人は事情を聞き出す。


 どうやら、出発する時点では既にお小遣いは使い果たしていたようだ。


 だから、宿で食べる時や、移動中の食事は問題はないが、先程の屋台で済ませようという話になり、本人もかなり慌てたらしい。


 溜息を吐いたダンテがカバンから干し肉を取り出すとミュウに差し出したら奪われる。


 それを美味しそうに食べるミュウを見つめるアリアが眉間に皺を寄せる。


「さすがに学習能力がシホーヌレベルは不味い。これは管理の必要性を感じる。スゥ、頼める?」

「ふぅ、帰ったらユウ様と相談して、私が預かるようにするの。さすがに独り立ちした後、生活していくのが無理なの」

「がぅぅ! 困る。『アイ ラブ みーと』のポイントカード溜まる」


 アリア、スゥに順番に縋るミュウが、涙目でお願いする。


 2人は、知らないとばかりに明後日の方向に顔を背ける。


「アリア、スゥ。ミュウ、頑張って溜めた。締め切り来月、後、チョット!」


 必死にポイントカードのハンコの状況を2人に見せて力説するミュウ。


 確かに、来月貰えるお小遣いを使えば、なんとか溜まりそうであった。


 溜まった特典が、1カ月食べ放題と書かれていた。


「うわぁ、本当にミュウ溜めたのかよ。アタシは溜めれるかよ、と思って諦めたのに」


 レイアもミュウほどではないが肉好きだから、たまに食べに行く店だが、そのポイントカードの険しい道程に断念していた。


 ミュウはお願いポーズを取りながら、アリアとスゥを見つめる。


 そんなミュウの肩の片方ずつ手を置いていくアリアとスゥの瞳を見て、ミュウは希望の光を見る。

 2人の瞳に優しさが宿っていた為である。


「ユウ様が言ってるでしょ? お肉ばかりじゃなくて、野菜も食べなさいって?」

「ミュウの為に駄目なモノはやっぱり駄目」


 違う優しさであった。


 地面に転がってダダを捏ね始めるミュウの両手をアリアとスゥが握ると引きずりながらロットの婚約者のアンの家を目指して歩き出した。


 ミュウの悲しげな遠吠えが響き渡る。


 余りに胸を打つ遠吠えをするミュウに涙を誘われたレイアとダンテは通り道にあった串焼きの屋台で折半してミュウに串焼きをプレゼントするとミュウはだいぶ持ち直したようで鳴くのを止めた。





 アンの家に到着した5人は早速ドアをノックする。


 ノックして反応があるのを待つ間に家の外観を見て、余り良い感想が出てこない。


「なあ? アタシ達、畑か何かの物置き小屋に間違ってきてないか?」


 相変わらず、オブラートを包む事をしないレイアがそう言ってくる。


 確かにアリア達も似たような事を考えて、辺りを見渡しても建物があるのは、ここだけであった。


 念の為、もう一度ノックをしようと思ったアリアであったが、同じタイミングにゆっくりとドアが開く。


「んっ? 誰ぇ?」


 今まで寝てたといった様相のホーラより年上に見える少女というより、女性と表現したくなる美人がヒョッコリ顔を出していた。


 けだるそうにくすんだ赤い髪を掻きあげる女性は、先頭にいるアリアを見つめる。


「貴方がロットさんの婚約者のアンさん?」

「えっ? そうだけど、アイツに何かあったの?」


 眠そうにしてた目が、キリっとした瞳に変わる。


 切れ長な瞳で美人が突然そういう顔をすると少し怖い。ダンテなんて本気にびっくりした顔をしていた。


「慌てないで欲しいの。私達はロットさんの手紙を預かってきただけなの」

「なぁんだ、そう簡単に死ぬようなヤツじゃないと思ってたから、これっぽっちも心配してなかったけどね」


 少し慌てたように言う言葉はどこかチグハグでアリアとスゥが顔を見合わせて、イヤラシイ笑みを浮かべる。


 ここに来るまではロットの独り相撲のような展開かと思っていたが意外な展開が見えてきたからだ。


 幼くともやはり女の子であった。


 まだそういう意味で女の子になれてないレイアと串を舐めてるミュウは2人を見て首を傾げる。


「スゥ、アンさんに手紙を渡さなきゃ?」

「そうだったの。これがロットさんの手紙ですの」


 目的を忘れかけているスゥにダンテが小声で教える。


 受け取ったアンが無造作に封を切り、取り出して読み始める。読み進める程、眉が寄って行くところからアンにとっては余り宜しくない話のようだ。


「あちゃぁ、ダンガで住む事になるかもとは言ってたけど、ほぼ本決まりか」

「まあね、ポプリ姉も特別大変な事が起こらない限り、ダンガで住んでても仕事できるって言ってたしな」


 レイアが完全に他人事と態度で隠さずに答える。


 実際な話、エリーゼのお散歩ついでに手紙のやり取りをすれば問題はほとんどなく執務は北川家で済ませる事が出来る為であった。


「それで、このアタイにダンガに来いってことね……ちょっと、今、あんまり動きたくないのよねぇ」

「何か問題でも抱えたらっしゃるんですか?」


 お人好しのダンテがアンに聞く。


 アンも少し考え込むような顔をすると踏ん切りがついたようで頷くとドアを開けて招き入れる為に下がる。


「見せた方が早いね。アタイも自分以外の目で見た感想を聞きたいと思ってたところだから」


 なんだろう? と5人は首を傾げながら中に入ると仰け反る。


 足の踏み場も困る部屋の散らかり様にミュウですら目を丸くした。


「ごめんねぇ、ロットが来ないから掃除するヤツがいなくて」


 やっぱりそういう立ち位置なんだ、と納得する子供達。


「アタイはね、細工師を生業にしてるんだよ。まあ食うに困らない程度には売れる物が作れてるんだけどね……もうちょっと自分らしい物を作りたいと頑張ってるんだけど」


 アンに奥の部屋から手招きされて、なるべく余計なモノを踏まないようにしてやっとの思いで辿りつくと、とても隣と同じ人が使ってる部屋とは思えない。


 整理整頓はされ、ゴミ一つ落ちていなくて使ってる道具に錆などは一切見えない。


 良くいる仕事はマメだが私生活が駄目な人のようだ。


 戸棚に置いていた銀細工の花のブローチを持って子供達のところに来ると手渡す。


 スゥが受け取り、みんなが覗き込む、レイアとミュウはすぐに興味を失ったようで部屋に置いているモノを見て廻り始める。


 アリア、スゥ、ダンテが難しい顔をして見つめながら、スゥがアンに問う。


「忌憚のない感想言ってもいいの?」

「いいよ、思ってる事を言われないと意味ないからね」


 そう言うアンを見つめたスゥが咳払いをすると話し始める。


「良くできてると思うの」

「そうかい、ありがとうねぇ」


 どこか肩透かしを食らっているような顔をするアンにスゥは言葉を続ける。


「でも、私ならこれを買うなら鋳造品の安い方を買うの」


 そこで初めて、スゥをまともに見つめる。


 良く見るとその場にいる5人の子供達も同じ事を思っている事をアンは感じ取る。


「確かに鋳造品と並べて置いたら、大抵の人はアンさんの作ったブローチが出来が良いと答えるの。でも、このブローチは手作りしてる手間賃が嵩む分、値段を見て比べると……」

「ほんと、ズケズケ言ってくれるね。でも、その通りなんだろうね。店に置いて貰おうと頼みに行ったいくつかの店でも同じように言われたよ」


 スゥからブローチを受け取ったアリアが話しかける。


「アンさん、もしかして、独学?」

「そうさ、技術は秘匿される。知りたいと思っても自分で切り開かないと……」


 悔しそうにするアンを見つめて、子供達は顔を見合わせると笑みを浮かべる。


 アリアは懐からアンのとは違うブローチを取り出し、アンに手渡す。


「これは凄いねぇ! 高かったんじゃないのかい?」

「タダで貰った」


 えっ? と固まるアンだが、誰かに買って貰ったという意味と解釈して苦笑する。


「アンさん、誰かに買って貰った訳でもないですよ? これは家の学校であった実習で作った物を貰ったんです」

「学校?」


 ダンテにそう言われて、一旦落ち着きかけたのに混乱し始める。


 そう言われて頷いたダンテは、


「学校では、冒険者として生き残る力を学ぶ者、学者になる為に勉学に励む者、勿論、商業に携わり、そのなかには細工師もあります。それらのものを学べる場所です」

「学校と言ったわね? 何歳まで入れるの? 私、何歳と言ったら信じて貰える!?」


 ダンテの両肩を掴んで激しく揺さぶってくるアン。


 そのせいでダンテが目を廻し始めていた。


「落ち着くの! 基本は10歳までだけど、仕事しながら10歳以上の子達も通ってるの。一応、条件はあるけど、アンさんは、ロットさんの婚約者だから、みんなに挨拶したら通えると思うの」


 そう言われたアンはパッと手を離す。


 突然離されて目を廻してたダンテは引っ繰り返る。


 アンは仕事道具は綺麗な布に丁寧にテキパキと仕舞って行き、カバンにそっと入れる。


 仕事道具を粗方仕舞い終えると着替えを違うカバンに適当に押し込み始める。服もそうだが下着も無造作に詰め込み。カバンからブラジャーがはみ出してるが気にする素振りも見せない。


「さあ、行こう! ダンガだったかな? すぐに行こう!」


 瞳をキラキラさせたアンにレイアが呆れた声を出しながら言ってくる。


「一応、ロットが今、パラメキ国にいるから後から一緒に来るという選択肢も一応はあるけど?」

「えっ? アタイには今すぐに行く以外の選択肢なんかないねぇ。ロットはほっといても来るんだ。問題ない」


 なんとなく分かっていたがロットの事は男としては意識はしてるが、仕事よりは下扱いにしているようだ。


 そんなロットの婚約者に苦笑しか浮かばない子供達であるが、アンが急かすので馬車がある場所に向かって歩き出した。





 馬車を預けてた所にやってくると、そこの主人が肩を竦めると馬車のほうを指差す。


 そちらを見ると涙を流すナイトキャップを着けたシホーヌがいた。


 シホーヌがアリア達に気付くと荷台から飛び降り、駆けよってくる。


「私、す、捨てられたかと思ったのですぅ!!」


 アリアに縋って、安堵したらしく、涙を増量させる。


 アンがシホーヌを指差しながら、困った顔をする。


「あぁー、一応、役には立つ……時もあるから!」

「残念ながら、これでも私達の引率者」


 レイアが珍しく頑張ってフォローして、アリアが現実を叩きつける。


 少し、早まったかな? と後悔し始めたアンは溜息を零した。

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