幕間 最高のパートナー

 真っ暗な空間に立つ、金髪にアホ毛を揺らす空色の瞳の少女が2人の女性と対面するように立っていた。


 いつもの巫女が着ていそうな装いの少女は名はシホーヌである。


 その格好に眉を寄せる対面の眼鏡をかけた女性の年長の者がお小言を口にする。


「毎回言ってますが、こういう公式の場では普段着は止めなさいと言っているでしょ?」


 シホーヌが着ているような巫女のような服装は神界では普段着で、人が女神に抱くイメージでこういう格好をしていると思っているので人の前に神として出る時は受け入れやすくする為に取り入れられている。


 だが、神同士となると人は神を模写したという一説があるように、スーツのようなモノや、職業が分かるような服装が公式の場に取り入れられていた。


 なので、本来は対面にいる2人のように事務服といった格好が求められていたが、面倒臭がりのシホーヌはそのままの格好でやってきていた。


「さっき、洗濯したところなのですぅ」

「その言い訳、1万と飛んで32回目です。もう少し納得したくなる言い訳ぐらい考えなさい」


 呆れから溜息を洩らす眼鏡のかけた女性はシホーヌの上司にあたる女神長であった。


 更にお小言を言おうとする女神長を隣に居る一房だけ長い髪をいじる少女が止めに入り、シホーヌを見つめる。


「アンタ、今回の話を反らす為にワザとでしょ?」

「……そこは友達として黙って見逃してくれるところなのですぅ。ホルンはイジワルなのですぅ」


 シホーヌは、この場に呼ばれると分かった段階でツルツルの脳味噌をフル活動させて必死に考えた結果であり、女神長は誤魔化せる勢いであったようであるが、長い付き合いでシホーヌをよく知るホルンには通用しなかった。


 ホルンの言葉を受けた女神長が納得がいったとばかりに頷く。


「なるほど、珍しい事ですが、彼女は事前から色々考えて行動していたのですか」


 誤魔化そうと考えた事は問題だが、あのシホーヌが考えて行動した事を評価するように頷いていた。


 だが、隣にいるホルンは首を振って否定する。


「いえ、来る途中で服装に問題がある事に気付いて、それを利用しようと土壇場で思い付いただけだと思います」


 見事にシホーヌを把握するホルンによってこの場の真実を赤裸々に語られる。


 ホルンの見立てが正しいと証明するように柔らかい頬をプクッと膨らませるシホーヌの行動が教えていた。


 凄まじい脱力感に襲われる女神長であるが、必死に自分の心をコントロールすると話の軌道修正を計る。


「少なくとも、何の話をするかは分かっているようですね。本題に入りましょう。あの双子と貴方のパートナーについてです」


 その言葉を聞いたシホーヌは眉を寄せて身構える。


 そんな行動をする事自体、神界に居た頃では、どんなに激しい怒りをぶつけても見せる事がなかった行動でシホーヌの成長を見た2人は心の中で笑みを見せる。


「貴方のパートナーを見つける時に1万を超える候補を用意しましたが、それにも目も向けずに見つけた少年、雄一と言いましたか? とても素晴らしい少年を自分で見つけた貴方を皆は評価してます」


 女神長に褒め倒されているが、一切、油断する様子を見せないシホーヌ。この後、続けられる言葉を予想しているからであろう。


 そんなシホーヌを辛そうに見つめるホルンの胸中は張り裂けんばかりである。


 シホーヌの態度が硬いままである事にやり辛く感じた女神長が続ける。


「彼がトトランタに来てからの報告を全て読ませて頂きました。はっきり言って神のよう、いえ、神より人を救っていると言ってもいい程の偉業を果たしています。本当に情に厚い少年です」


 女神長の隣にいるホルンは今の女神長の心情を痛いほど理解している。


 できれば、この役をしたくないと感じているはずである。今、目の前で必死に何かを守るように身構える、あのシホーヌの姿を見て心を痛めているはずである。


 だから、本題に入ると言っているのに廻り道をしていた。


 意を決するように唇を一噛みした女神長は瞳に力を込めて反応らしい反応をしないシホーヌを見つめて本題に入る。


「ですが、彼に求められた役割はトトランタを救う事ではありません。時が来るまで双子を育てる事のみです。彼はその役割を超えて、してはいけない事までしてしまう。彼は情に厚過ぎる。そして、それを成すだけの予想を超える力まで手にしてしまった」


 シホーヌが見初めた相手は神ですら正面から挑むのを恐れるほど強くなり過ぎてしまっている、と付け加えてくる。


 だが、一番恐れているのは、それではないと隣にいるホルンは胸中で語る。


 雄一について一番困らされているのは、彼が持つ求心力である。


 彼の庇護を求めて近寄ってくる者より、彼に惹かれてやってくる者が後が立たない。それもその世界で力がある者ほど如実にその傾向が出ていた。


 1人で出来る事など、どれだけ強かろうが限度が存在する。


 でも、雄一にはそれが適用されない。そう、雄一の替わりに動ける者が沢山いる為である。


 雄一に集った者達は、雄一に頼まれたら首を横に振る事なく、喜んで受けるであろう。そうなると実現不可能と思われる事すら簡単に引っ繰り返してしまう。


 腹に力を入れるように腹式呼吸する女神長は目の前で敵視するように見るシホーヌに告げる。


「最悪の場合、我々、神々が介入して彼を……」

「ナメないで欲しいのですぅ!」


 本題が始まってから口を開かなかったシホーヌが啖呵を切るように口を開く。


 シホーヌの強い口調を初めて聞いた女神長は驚きで口を閉ざす。


 隣にいるホルンですら、そんなシホーヌに心当たりはなかった。


「予想を超える? ふざけないで欲しいのですぅ。ユウイチを理解したような口を叩いて欲しくないのですぅ。全然、ユウイチというモノを理解できてない。そんな理解が及んでない者達が何人挑もうとユウイチに蹴散らされて終わりなのですぅ」


 迷いもない強い瞳をさせるシホーヌに驚き、場違いながら感動を覚える2人であったが、女神長はそれを押し殺して伝える。


「しかし、彼がしてはいけない事がある事は貴方も知ってるはずです。彼がそれをするのを止める事が貴方にできるのですか?」

「……ユウイチはきっと分かってくれる、自分の心を殺してもアリアとレイアの幸せの為に飲み込んでくれるのですぅ!」


 初めて辛そうに顔を歪ませるシホーヌは、空色の瞳を濡らして揺らす。


 泣くのを必死に堪えるシホーヌが震える声で「ユウイチを見縊らないで欲しいのですぅ!」と訴える。


 その訴えを受けて、胸を締めつけられる思いをする2人は目を伏せる。


 シホーヌの雄一を信じる強い気持ちを受け取った女神長は、シホーヌを見つめる。


「分かりました。貴方が信じるパートナーを私達も信じましょう。ですが、ギリギリまで待って、駄目だと分かった時は……持てる力、術を行使してでも彼を止めます。最悪、殺す事になったとしても……」

「その心配は杞憂に終わるのですぅ!」


 そう言うとシホーヌは踵を返すとその場から姿を消す。


 それを見送った女神長とホルンはいなくなったシホーヌを思う。


「あの駄目な子にあそこまで真剣な目をさせる彼は素晴らしいですね。今回の件がなければ、全力で祝福したいところですが……」

「そうですね、でも私はシホーヌの目を信じてますよ」


 女神長に柔らかい笑みを浮かべるホルンは親友のシホーヌを信頼する気持ちを吐露する。


「あの子の直感のようなものが外れる所を私は見た事がありません。なんたって運命の女神ですから」

「そうですね……運命を司るのは並大抵の神にはできません。あの子の潜在能力は計り知れないモノがあるのは、分かっていたはずなんですが」


 ホルンの言葉に苦笑する女神長は、普段のシホーヌを見ているとついつい忘れると零す。


 そう零す女神長にホルンは、それは仕方がないとばかりに同じように苦笑してみせる。


「では、口にした以上、これから彼を見守り、シホーヌの言葉を信じましょう」


 そう言う女神長に頷いてみせるホルンと2人もシホーヌのように踵を返すとその場から姿を消した。







 陽が山間に沈む頃にトトランタに帰ってきたシホーヌの背に声をかける者がいた。


「どうでしたか?」


 そう声をかけてきたのは、トトランタに来てからできたシホーヌの親友のアクアであった。


 振り返ったシホーヌの瞳が濡れているのに気付いたアクアは「そうですか……」と呟くと優しくシホーヌを抱き締める。


 声を殺して泣くシホーヌにアクアも心、同じくして頬に涙を伝わせる。


「きっと、きっと……主様なら受け止めてくれます。私達が心を捧げた最高の人なのですから」


 頷くシホーヌを日が完全に沈み切り、夜の帳が2人を包むまで何も言わずにお互いを抱き締め合った。

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