幕間 命の使い道

 パラメキ国の王都セーヨォを出発して4日目、ロゼア達、エルフ軍はエルフ国、そこに住んでる者達はユグドラシルの里と呼んでいる場所に到着する。


 ロゼアとカシアが乗っている馬車にはドレス姿の少女2名も乗っていた。


 パラメキ国、第3王女コレットと第4王女シルフィであった。


 2人の前にいる王女2人は若干疲れからかぐったりしているがおとなしくしていた。


 それもそのはず、初日に降ろして欲しいや、助けてと散々泣いたり、癇癪を起したが誰にも相手にもされなかった。その相手にされなさぶりが逃げようとしない限り、完全に放置という始末で2人はとても戸惑った。


 今までなら、難色を示すだけで周りが気を使ってこちらの思惑に沿った動きをしてくれた。


 だが、難色を通り過ぎて、泣き叫んだり、癇癪を起しても放置された事がない2人は自分の言い分を聞いて貰えるまで頑張って騒いだ。


 根気と根性のない2人しては頑張った。


 しかし、体力と気力が尽きて騒げなくなった時にかけられたカシアの言葉を機に騒ぐ気を失う。


 疲れてグッタリしている2人に読んでいた本から顔を上げたカシアが話しかける。


「おや? もう騒ぐのは止めたのかい。泣きたいだけ、騒ぎたいだけしてくれていいんだよ? なんだったら逃亡を計ってくれてもいいんだよ」


 短い金髪ツインテールの幼女の姿のカシアは優しげな笑みを浮かべる。


 カシアの反応に驚く2人。


 そして、シルフィはカシアに疑問を投げかける。


「あのぉ、逃亡を計ってもいいというのは本当なのでしょう……か?」

「うん、勿論さ。逃げれると思うなら好きに逃げるといいよ。逃亡を計った事、実行した事について君達を罰しない。当然、体罰もしないと誓ってもいい」


 カシアの言葉で更に混乱が深まった2人は黙ったままのロゼアに視線を向ける。


 その視線に気付いたカシアがロゼアに、「ロゼアも罰しないよね?」と笑いかけると頷く事で同意を示す。


 話がウマ過ぎると感じたコレットが訝しげに見つめて聞く。


「逃がしてくれるの?」

「まさか、逃がしてあげたりはしないよ。でも、いいのかい? 生きる努力、生きていた証を自分なりにしなくても? まして、君達は生まれてこの方、1度もしてこなかったはずだ。1度ぐらいしないと心残りだと思ってね」


 ただの老婆心だと言いたげに言う幼女のカシアに違和感を感じない2人は身を固くする。


 カシアの言う通り、今までそんな事をしてきていない2人は顔を見合わせると見下されたと顔を顰めている事を知る。


 激昂するようにコレットがヒステリックに叫ぶ。


「私達をいたぶって楽しもうって事でしょ! ふざけないで」

「ふざけてなんかいませんよ? 貴方達をいたぶったり、苛めたいのなら貴方達の首に巻かれているモノを使えば簡単だ。貴方達が嫌がろうが命令1つでできる。僕達、エルフは無駄な事をするのは好まないからね」


 その首輪の事は君達が良く知ってるだろ? と言われたように思ったコレットは沈黙する。


 コレットがだんまりを決め込んだのを見たシルフィも黙り込む。


 2人の様子を見たカシアは呆れから溜息を零す。


「もう君達は王女扱いして貰えないんだよ? 不満を前面に出すように黙っても何もないのを早く理解しないと足掻く事すらできないよ」


 カシアにそう言われてもガンと聞かない2人はだんまりを続けた。


 それに呆れたカシアが本を読み始めるまで数分も時間を要しなかった。




 などといった、やり取りがなされて到着した今の今まで、だんまりを続けていたコレットが口を開く。


「お願い、死にたくない。助けて……」

「里に着いて、やっと口を開いたと思ったら、今更、それかい?」


 馬車からエルダ―エルフであるロゼアとカシアの帰還を喜ぶ里の者達に手を振っていたカシアが呆れた顔を向ける。


 懇願するようにシルフィが祈るようにして涙する。


「どんな形でもいいから生きていたい!」

「ふ――ん、どんな形でも? 聞きたいんだけど、君達の生きるというは、君達が君達である事なのか、生命活動をしている事のどっちなんだい?」


 息が合っているとしか思えない2人は同時に顔を見合わせると二言ほど言葉を交わすと頷き合う。


「理想は、私達が私達であることですが、死なずに済むなら我慢しますからお願い」


 2人が言葉を交わし合った内容を聞き逃さなかったカシアは、なるほどねぇ、と思う。


 生きていれば、助かる可能性はきっと生まれる、と励まし合ったのである。


 それを知ってた上でカシアは答える。


「うん、分かった。不慮の事故がない限り、寿命を全うさせてあげるよ」


 カシアの言葉に喜びを見せる2人を眺めていると馬車が止まる。どうやら目的地についたようである。


 馬車の扉を開けられて、先に出たロゼアとカシアは振り返る。


「ここが君達が行くべき場所だよ」


 恐る恐ると出てきた2人は眼前にあるモノに驚く。


 なぜなら、自分達が住んでいたような城のように大きい樹がそこにあった為である。


「ここは?」

「万能薬の材料が取れる場所だ。世界でここでしか材料が取れない」


 問いかけるシルフィにロゼアは答えた。


 一応は王族であったようで、万能薬の存在は知っていたようで感嘆の声を洩らして樹を見つめる。


 着いてこいというロゼアに素直に着いていく2人。


「お前達にして貰うのは、その材料を作る手伝いだ」


 キョロキョロする2人にそう説明を始める。


 手伝うだけで良いと思ったらしく、表情に明るさが戻る2人を後ろで見ていたカシアは嘆息をする。


「人の臓器には無駄なモノは存在しないが、なくても生きていけるモノがある。この樹にもなくても枯れたりはしないが、ないと実を作らないモノがある」


 人間の臓器で要らないモノと勘違いされている代表格は盲腸がある。


 今、読んだ人達ですら、いらないんじゃ? と思った方も多いはず。


 だが、盲腸というのは体の成長期、つまり成人するぐらいまでがピークで体の免疫機能を高める役割がある。


 若い内に失うと病気にかかりやすくなったりする。


 そう説明しながら歩くロゼアは、樹の傍に来ると土の色の替わり目、直前で足を止めると振り返る。


「2人にはそれを助ける役割をして貰う」

「具体的に何をしたら?」

「別に何もする必要はないよ?」


 ロゼアに質問を投げかけるコレットにカシアが答えると後ろから全力で押し出す。それに合わせて、ロゼアがシルフィを土の色が変わる向こうへと押し出す。


 不意を打たれた2人は抵抗らしい抵抗もできずに土色の違う場所に尻モチを着いてしまう。


「いきなり、何を……!」


 そう言われるがロゼア達が答える前に2人の足元からツルが飛び出してくる。するとすぐに四肢に巻き付くと抵抗をする間もなく樹へと引っ張られていく。


 2人の叫び声を聞きながら樹に縫い止められるようにされる王女見つめた。


 我を取り戻したコレットが暴れるようにして叫ぶ。


「嘘吐き! 命は取らないって言ったのに!」

「嘘は言ってませんよ? 本当に寿命は全うさせて貰えますから。でも、その時間の流れを感じる事はできなくなるでしょうけどね」


 冷笑を浮かべるカシアが王女2人を見つめる。


 どういう事かさっぱり分からない2人の理解力のなさに呆れるカシアが続ける。


「つまりですね。貴方達はその樹の一部になるんです。そろそろ、手が動かせなくなってきてませんか?」


 そう言われて動かなくなってる事に気付いた2人は自分の手を見て悲鳴を上げる。


 手の甲がマスクメロンのように網目が入っていたからである。


 悲鳴と涙、鼻水を垂れ流す王女にカシアは安心するように伝える。


「怖いのも悲しいのもすぐに収まります。だって、何も考える事ができなくなりますから、それまでの辛抱ですよ」


 勿論、カシアの声など届く事もなく泣き続ける2人の手の甲の生まれた網目はどんどん広がっていく。


 それを確認したカシアは、ロゼアと共に王女2人の声を聞き流しながら来た道を歩き始める。


 冷笑を浮かべていたカシアであったが、溜息と共に冷笑が削げ落ち、疲れた顔を覗かせる。


 カシアの心中を察するロゼアが慰めの言葉をかける。


「囚われた同胞を助ける事はできなかったが、これで助かる同胞も生まれる。しかもだ、その同胞を助ける為に樹の一部になると志願してくる者が少なくとも数十年は必要なくなる、それだけでも喜ぼうではないか?」

「そうだね」


 こうする為にサラやネリートを引き取って、その期間を少しでも伸ばしたかったという思いが2人はあった。


 死んだ同胞は取り返す事はできないが、万能薬さえあれば助かる同胞の為に。


 勿論、ナイファ国の事情も分かっている。戦争責任を取らせる為に王族を処刑するのは、もっとも簡単な方法で浸透させやすい。


 お互い、自分の気持ちに折り合いをつけながら馬車に戻ると兵士が2人を待っていた。


 近くに寄ると報告してくる。


「ゴードンの捕縛が完了しました」

「おお、やっとユウイチ殿が引き渡す気になってくれたか? どんな感じだ?」


 雄一に追い詰められてどんな感じになっているか分からないロゼアは兵に訪ねると困った顔をしてから返事する。


「そのぉ、完全に人間不信になってまして、この樹の事も知ってたようで、さっさと一部になって何も考えたくないと騒いでおります」


 質問した事は答えられる事は何でも答えてくれたので取り調べはスムーズに進んだが……と複雑そうな顔を見せる兵士。


 罪の意識をこちらで植え付けた後、樹の一部にと考えていたロゼアは頭を抱える。


 それを苦笑して見ていたカシアは、ロゼアに言われたように返す。


「同胞の命が救われるだけでも良しとしようよ?」


 色々諦めたロゼアが無理矢理咀嚼するようにしてみせる。


 そして、兵に事情聴取をしっかり済ませたら、本人の希望通りに樹に捧げるように伝えると馬車の乗り込み、自分達の住居へと戻っていった。

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