第140話 架空の存在と思ってたモノが一杯らしいです

 雨雲を切り裂いて自分達を横切って行った水龍に乗った少年を見送った先頭を歩いていた金髪の青年は口の端を上げて振り返る。


 振り返った先にいる冒険者達も今、自分達が見たモノが何か理解して明るい表情をしている者が多かった。


 そのように楽しげにしているのは、冒険者サイドだけで、エルフ勢やナイファ軍は呆気に取られて口を開ける者や腰を抜かす者も続出する始末であった。


 雨雲を切り裂くなど見る機会など訪れるとは思ってもなかった面子であったし、魔法で色々できるエルフなどは、それをするという事が如何に難しい、いや、人の身で出来る事ではない事を理解していたので、その驚きは凄まじいものがあった。


 まして、それが移動の余波で行われているという事実が彼らの常識を破壊していった。


「えーと、今のが多分、ミラーが言っていた人間の男だよね?」


 カシアは雨雲を切り裂いて行った少年がナイファ国で会った人物と同じか不安になり降り立った方向を眺めながら、色々、整理できてない気持ちを持て余し、隣にいるロゼアに問う。


「そのようだな。アレが気に入る訳だ。話に聞いてなければ、神と言われたら信じて平伏しただろうな」


 ロゼアは唸りながら顎髭をしごくように撫でながら唸る。


 エルフの中では神と同義のエルダ―エルフから見ても、神や精霊と信じてしまいそうという話である。


 茫然自失から立ち直ったエルフ兵は、畏れ、祈る者や、精霊による天災の前触れと勘違いして慌てる者が出始める。


 エルフでこれだから、ナイファ国の混乱具合はそれを上回る酷さであった。


 それはもう、この場から逃亡を計ろうとするレベルであった。


 逃亡の流れが生まれそうな緊張感が広がり、沈黙が下りたところを狙ったかのように先頭を歩いていた金髪の青年が身長ぐらいありそうな大岩の上に乗り、手を叩いて注目を集める。


「はいはい、慌てない、慌てない」


 場違いな力が抜けそうな声を張り上げると一斉に視線を集める。その視線に臆した様子も見せずに青年はヘラヘラとした表情で語る。


「あれは敵でもないし、モンスターでもありませんよ」


 そう言われた兵士達が、「じゃ、アレは何なんだっ!」と叫ぶと、「やはり、神の類か?」などと騒ぎ始めるのを大きくなる前に声を張り上げる。


「スゥ王女が言ってたでしょ? 彼がそうです」


 金髪の青年の言葉の意味が分からなかったようで、目を点にする兵士達に笑いながら伝える。


「今の彼が、スゥ王女が言っていた、ドラゴンを倒した、『ノーヒットDT』です。このリホウが彼がそうであると保障します」


 雨で髪型が崩れた髪を手ぐしでオールバックにしながら楽しげにするリホウはみんなを見渡しながら語る。


 みんなもドラゴンを倒すような規格外という事は分かってはいたが、あれほどおかしい事ができる存在だとは思っていなかったようで、思考が止まったようで暴動が起きるような気配がナリを顰める。


「いやぁ~、あれですね、アニキ、かなり頭にキテますよ。アニキってああ見えて、強引な力押しより、完全勝利を求めるタイプだから、全てが後手に廻ってフラストレーションが溜まってますねぇ」


 うんうん、と頷くリホウを見た兵士達は、そのとばっちりが、くるのかと恐れたようであるがリホウは、今度は逆に、ないない、と手を振ってみせる。


「俺達のお仕事の終了の合図といったところでしょうかね。しいて言うならアニキが行く道を着いていくのがお仕事でしょうか?」

「いやいや、さすがにだいぶ敵兵も減ったとはいえ、1人で終わらせるとか無理でしょ?」


 カシアが常識的な事を言ってくるが、リホウは心外だとばかりに驚いてみせる。


「まさか、兵も魔道砲もですよ。だから、俺達は見晴らしの良い所でアニキがやってくるのを待ちましょう」


 そう言うと呑気な顔をしたリホウが岩から飛び降りて、前方にあるパラメキ国の前線基地になっていた場所を目指して歩き出す。


 冒険者を引き連れて歩くリホウを追いかけて、エルダ―エルフの2人が横に並ぶ。

 並ぶとロゼアがリホウに問いかけた。


「本当に良いのか? あのユウイチと言ったか? その人間が全てを潰せるとしても不用意に近づいたら魔道砲の餌食ではないか?」

「正確な時間は分からないけど、そろそろ次弾が打てる頃だよ?」


 ロゼアの言葉に補足するようにカシアが繋げる。


 2人のエルダ―エルフの言葉にリホウは、「そうですねぇ」と困った様子も悩んだ様子も見せずに気楽に答えてくる。


「もう視認できる距離にアニキはいますから、魔道砲、アレって発動する時に俺でも魔力を感じましたし、簡単に迎撃しますよ、きっと」


 全幅の信頼と言えば聞こえが良いが、雄一に出来ない事はないと言いきりそうなリホウに2人は絶句する。


 そして、ロゼアは思い出す。


 当初、自分はそんな相手が居る国と戦争を起こすつもりだった事を思い出して身震いをする。


 ミラーに馬鹿にされるように言われた事で、少しではあるが盾突くようにして戦争を強行しようとした自分の気持ちがあったが、意固地にならなくて良かったと胸を撫で下ろす。


 本当に全滅もあったと思うし、先手打たれて攻め込まれたら向こうは被害ないのにこちらが滅亡という未来も考えられた。


「パラメキ国は、アニキに敵と認識された時点で命運は尽きてたということですよ」


 まるでロゼアの心情を読んでいたかのようにリホウが言ってきたので、ミラー相手以外では珍しく動揺が顔に出た。


 それに対して、気付いた素振りを見せないリホウは、少し困った顔をする。


「ただねぇ、ゴードンの事を忘れてやり過ぎないといいな、とは思ってる次第で」

「そ、そうだ、こちらもその辺りの事を決める前に戦争に追われたから気になってはいたんだ。引き渡して貰えるのだろうな?」


 ロゼアの慌てようから明らかに忘れていた疑惑が浮上する。


 同じようにカシアも忘れてたようで、「立て続けに色々あったからね?」と誤魔化してくる。


「ええ、俺がアニキから聞いた時も同じように言ってられましたよ?」


 などと、ゴードンについてのやり取りを話しているとパラメキ国の前線基地だった場所に到着すると雄一が降りて行った辺りから水龍が上がるのに気付いた。


「アニキが、そろそろ来るようですから直接聞かれたらどうですか?」

「い、いや、いい。疑ってる訳じゃないのでな」


 挙動不審なロゼアに今度は、堪え切れずにリホウは噴き出す。


 恥ずかしげにするロゼアを放置すると、リホウは冒険者と一緒に雄一に向かって手を振ってみせた。


 その直後、パラメキ国側から物凄く強い魔力の動きを感じると魔道砲が放たれる。


 それに悲鳴や怒号が響き渡る中、魔道砲の砲撃に向かって雄一の魔法が放たれる。


 ナイファ軍は放たれた魔法の大きさに驚き、エルフ軍はあれが水魔法の初級魔法のウォータカッターであると理解するのを拒否する。


「想像以上に凄まじいな……神と精霊の加護を得し者、稀人の力というものは……」

「うん、しかも、あれだけの事をしてるのに、力を解放してない状態という規格外だよ。確かに僕達は着いていくのがお仕事になりそうだよ」


 ロゼアとカシアは理屈では知っていた事、知っていたからこそ、起こる事があると想像だにしていなかった存在を目当たりして呆けながら水龍に乗りながらこちらにやってくる雄一を茫然と見つめる。


 神や精霊に正しい加護を受けた者を半神半人と言われる。


 そう、半分だけ人でなくなるのである。


 だが、雄一は厳密に言うなら既に人である部分が見た目以外ではないと言っても過言ではない。


 言うなれば、半神半精霊である。


 本来、神と精霊の力は反発する。


 だが、それを融和させる事ができれば、そこから生まれる力は片方から加護を受けた者と力の差が大人と赤ん坊である。


 ロゼア達は現場は見ていないが、おそらく、火の加護を受けし者との戦い、いや、戦いにもならずに圧倒されたであろうと理解する。



 雄一が来るのを見ていた兵達の目の前にホーラとポプリを抱えて降り立つと、放ったウォータカッターで砲撃を切り裂いた後、雄一の魔法を相殺しきれなかったようで砲身に切り込みが入ったのを見て、雄一は眉を寄せる。


「だいぶ加減したのにまだ強かったか。できれば、あの魔道砲は破壊せずに沈黙させたかったが……」


 そうぼやく雄一の言葉は、注目していたナイファ軍、エルフ軍の両軍を代わりに沈黙させる。


 両軍は、初めて心が1つになった瞬間である。


「あれでも加減してたんかいっ!」


 と全力で突っ込めたら、どんなに気が楽になるかと全員が心で叫んでいた。


 雄一と同じように水龍に乗っていた少年、テツも降りながら雄一に問いかける。


「なんで、あのまま破壊してしまわなかったんですか?」

「テツは知らんだろうが、あの魔道砲の核になってるのが精霊獣なんでな」


 リホウ達の方へと歩きながら説明する言葉を聞いたテツは当然のように首を傾げて分からないようであるが、エルダ―エルフの2人が慌てる。


「「精霊獣!!」」


 精霊獣、各属性の精霊に絶対服従の獣達。


 だが、精霊より力があり、永遠の時を生きる獣である。その時の同属性の精霊に傅く。


 ロゼアとカシアは、気が遠くなるほど生きてきたが、これほど驚かされた事は今までになかったように思う。


 というより、知識として知っていた事ばかりが目の前に現れ過ぎていて、そろそろ、心が着いてこなくなりつつある。


 そんな雄一がリホウの前にやってくるとリホウは深く腰を折る。


「お待ちしておりました、アニキ」

「おう、しかし、思ったより進んでないんじゃないか?」


 雄一は、制圧が済んでてもいいんじゃないのか、と問いかけるが、リホウは「これでも頑張ったんですよ?」と言ってくる。


 リホウの言葉を聞き流して、後ろにいる冒険者達に問いかける。


「と、リホウは言ってるがどうなんだ?」

「へい、『皆さんがあれだけやる気でしたら、俺がいなくても変わらないような気がしますが……アニキにサボってたと知れたら怖いんで、一応、お仕事してきますね?』と仰っておりました」


 リホウはまさかの身内の裏切りに遭うとは思ってなく、「なんだと……」と慄く。


「ちょ、ちょっと待ってください。その前後の説明を省かれたら本当にサボってたみたいじゃないですかっ!」


 そんなリホウの肩をポンと雄一が叩く。


「ダンガに戻ったら1カ月休みなしな?」

「ま、待って! アニキ、本当に俺、頑張ったんですよ?」


 涙目のリホウがイヤイヤするように首を振ってくるが、雄一は面倒そうに「知らん、知らん」と答えるとパラメキ軍本陣を目指して歩き出す。


 項垂れるリホウの腰をホーラが景気付けするように叩く。


「シャンとするさ。ユウが本当にしそうだったら、アタイもアンタが頑張ってたとは言ってやるから胸を張るさ。まあ、1週間、短くなるかどうかだろうと思うけど?」

「ホーラちゃん、お願いね? お兄さん、1週間でも感涙で咽ぶ自信あるよ?」


 やや元気になったリホウにホーラが「ちゃん、言うなっ!」と裏膝を蹴ってリホウをこかすとホーラは雄一を追いかけて走り出す。


 それを見ていた兵達から笑いが生まれる。


 先程まで雄一の存在にガチガチに固まっていた彼らだったが、この2人のやり取りで心の余裕を取り戻す。


 リホウは締まらない顔をして冒険者達に雄一に着いていく指示を飛ばすと、それを見ていたロゼアとカシア、そして、団長も同じように指示を飛ばす。


 そして、全軍が雄一の背を追って前に歩き出した。

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