第141話 将として誇りらしいです

 雄一を先頭に北川家が引き連れる形で軍が随行する。


 パラメキ軍が目視で普通に見える距離までやってきたが、ここに来るまでに2発も魔道砲は撃たれた。


 だが、全て、雄一によって空へと受け流された。


 その2発目が近くに巣があったと思われるワイバーンが上空に現れて、不幸にも直撃してしまった。


 それを見た北川家一同も、思わずと言った感じに、あっ、と呟き、レアな感じで焦げたワイバーンが墜落していくのを眺めるなか、リホウは呟く。


「あら、適当に言ってたら本当にドラゴンの巣があったみたいですねぇ」


 正確に言うと亜竜に分類されるワイバーンであるが竜には違いはない。


 まさに瓢箪から駒である。


 気を取り直した一同が前を見つめると魔道砲の砲身から火花が散っているのが目に映る。


 素人目で見ても、暴発間際で次弾は撃てるようには見えなかった。


 先程までの間隔でなら、もう撃っていてもおかしくはないのに撃っていないのが現場の者達も同じ判断を下しているのであろう。


 雄一達が急ぐ訳でもなく、一定のペースで歩き続けると声が届く距離に来るとパラメキ軍は恐怖に駆られたように武器を構える。


 だが、それでも雄一の歩みが止まる様子がない事に目を見開き、斬りかかる訳でもなく、その場を死守する訳でもなく、雄一と同じペースで後ろに下がり続ける。


「戦う気がないのなら、武器を手放して道を開けろ」


 雄一は怒鳴ったりせずに淡々と語るが、妙に声が通り、辺りに居るモノに聞こえた。


 パラメキ軍は雄一と敵対したくなくてしょうがないようであるが、どうしたらいいかと伺うように一斉に後ろに居る者に目を向ける。


 その動作が結果的に道を開けるようにして開いた先には、ポプリと同じ赤い髪をした青年が酷く緊張して後ずさる姿が見える。


「お兄様……」


 雄一の後ろにいるポプリの言葉とその容姿からどうやらパラメキ王で間違いないようだと理解する。


 パラメキ王は雄一にロックオンされた事を生存本能の訴えで理解したようで、目の前の兵士達に「あの男を討ち取れ! 褒美は思うがままだ」と叫ぶが動こうとする兵士は皆無であった。


 魔道砲を脅威としない男を倒せるなんて夢にも思わないし、自国の王が敵を一網打尽にする為に自国の兵をエサにした。


 それで成功していたら残酷な計算をする王として違う意味でカリスマを感じられたであろうが、失敗したような王のいう事を聞く事とこの国に忠誠を誓う意味に揺らぎが生まれていた。


 雄一はそんな事お構いなしに進み続けて、パラメキ軍は、自然に雄一が通る道を開けていく。


 その様子を見ていたパラメキ王は、目を血走らせながら唾を飛ばして叫ぶ。


「自国の王へ刃を向ける者を通すとは何事だっ! お前らは死んでも私を護れっ!」


 そんな不条理な言葉を吐かれた兵士達は視線を下に向けて、舌打ちする者も現れる。


 その態度に苛立ったパラメキ王がまた何かを叫ぼうとしたところを被せるように良く通る威厳のある声が響く。


「もう良い。武装解除して道を開けろ。我らの負けだ、ナイファ国に降伏して下れ」


 そう被せたのは、黒い甲冑に身を包む青年であった。


「ブロッソ! 勝手に命令を覆すなっ!」


 癇癪を起したように叫ぶパラメキ王と辛そうに見た後、雄一達側に目を向ける。


「旦那……まさか……」

「また、会ったな。再戦を約束しておったがどうやら取り付けた俺が破る事になった。スマンな。この男がお前が着いて行こうと決めた男か……威風堂々という言葉を体現したような男だな」


 リホウはブロッソの瞳から何かを感じとったようで声をかけた。


 ブロッソはリホウから雄一に視線を切り替える。


「本当に良い目をしておる。我が王もお主の1割でもその志があれば、良き王と言われたのであろうな……」


 そんなものがあれば、戦争になどなってないか、と悲しげに目を細める。


 そして、いきなり静かに頭を下げ始めたブロッソにパラメキ軍の兵がどよめきを上げる。


 それはそうであろう。


 パラメキ国にこの人ありと言われるほどの剛の者であるブロッソが戦わずして頭を下げたのである。


「恥を忍んで2つ聞いて頂きたい話があります」

「言ってみな」


 雄一は、ブロッソの人柄に敵ながら好感を抱いた。


 だから、その先の言葉に興味を覚え、先を促す。


 リホウとのやり取りからしても、リホウも何かしら敬意を払ってる様子から一角の者であろうと感じた為である。


「この国への忠義は俺、1人が背負って戦う。兵達には武装解除させるから、人道的な対応をお願いしたい」

「ああ、この場は俺が責任を持って、それに沿おう。その後も口添えは必ずすると約束する」


 雄一の言葉に「有難い」と噛み締めるように告げると兵達に武装解除の命令を告げる。


 ブロッソの言葉に従い、武器を手放し始める兵達をチラッと見た雄一は再び、前を見つめる。


「2つ目は?」

「どうか、我が王に生きるチャンスを与えては貰えないだろうか? 王もあの魔道砲を火の精霊の加護を受けし者から受け取るまでは、あんな王ではなかったのだ。聡明な王ではなかったが、周りの意見を取り入れる事ができる王だったのだ」


 人というのは大き過ぎる力を得ると人が変わる事が多くある。雄一とて、自分を戒める事を常に意識している。


 だが、これも周りにいる者達がいなかったらできたかと問われたらできなかったように思う。


 自分を見つめる幼い子達の目がなければ、自分の力に酔わずにいれたかと問われて、否、と言える自信など露ほどにもなかったのである。


 後ろを振り返ると縋るように見つめるポプリを見て、こんなに家族として見つめてくれる存在がいて、手元に戻って来てくれるという奇跡が起きていながらも、それを活かせてない馬鹿野郎をぶん殴りたい衝動に駆られるが飲み込む。


「ああ、分かった。だが、そのチャンスをあの馬鹿が活かせるかは別の問題だぞ?」


 雄一は後ろの方で未だにキャンキャンと騒ぐパラメキ王を見つめる。


 ポプリと血筋が同じだけあって、目鼻が整った男前であるが、口から泡を吐きながら叫び続ける姿で全てが台無しになっていた。


 同じように振り返って沈痛そうな表情をみせるブロッソは、目を伏せて静かに頭を下げる。


 そして、静かに腰にある剣の柄に手を添えるブロッソに雄一は声をかける。


「他人の為のお前の願いは聞いた。お前自身の願い、残したい言葉はないのか?」

「妻子はおらん、が、きかん坊の悪ガキが1人いる」

「それはセシル……ですか?」


 雄一の後ろで黙っていたテツがブロッソに語りかける。


 少し驚いたような顔をするブロッソを見て、合ってると自覚したテツが語る。


「僕は彼と戦いました。引き分け……なんでしょうね。彼はまた僕の前に必ず現れると言って去りました」

「そうか、あのセシルと戦ってアイツに引き下がらせたという事は、その勝負は君の勝ちだろう。決して、アイツは引き分けで満足したりはしない。なら、伝言を頼まれてくれるか?」


 ブロッソの言葉にテツは頷く。


「もう俺に拘らず、自分の道を行け、と……俺は武人として逝くが、お前には人として生きて欲しいと願っている、と伝えてくれるだろうか?」


 テツは「承りました」と頭を下げる。


 それを満足そうに頷いたブロッソは雨雲の切れ目から見える空を見つめて、晴れ晴れとした表情を浮かべる。


「もう俺に迷いはない。我が名は、ブロッソ! パラメキ国、最強を自負する者なり!」


 綺麗な動作で抜かれる長剣は、シャランと楽器のように澄んだ音をさせて抜かれる。


 正眼に構えるブロッソは裂帛の気合を込めて自分を奮い立たせる為に叫ぶ。


「良い気合だ。俺は北川 雄一。子供達の前で最強を謳う者、来い!」


 雄一が吐く気合に周囲の者達は、思わず、身を縮こまらせる。


 ブロッソも雄一の気迫に押され、仰け反るが奥歯を噛み締めて耐える。


 足腰に力を溜めるように姿勢を低くしたブロッソが雄一目掛けて飛び出す。


 飛び出したブロッソは雄一に斬りかかる。


 だが、雄一に前に出るようにして避けられて背後に立たれる。


「なんて鋭い剣戟」


 それを見ていたテツがそう慄いて言うが、テツには一閃したようにしか見えてないが十は超える数の剣戟が放たれていた。


「素晴らしい連撃。加護を持たない者でこれだけできるという事を胸に刻ませて貰おう。驕る事なく俺も成長していってみせる」


 そう敬意を払った目をした雄一は巴で袈裟斬りする。


 正面を向いたブロッソがまともに受ける。


「見事……感謝する」


 そう言うと肩から斜めに滑るように体が真っ二つになる。


 ブロッソが感謝を告げたのが、雄一が正面を向くまで待った事に対する言葉なのか、弄ばすに仕留める一撃を放った事なのかは雄一にも分からないが、もう話す事もないブロッソの表情は穏やかな表情で息を引き取っていた。


 ブロッソの最後を悼むパラメキ軍の兵達の漏れる嗚咽の中、ブロッソの傍らに立つ雄一の隣にリホウがやってくる。


「旦那との再戦はまたどこかで致しましょう」


 リホウは、いつかの約束をブロッソとすると天に向かって右手の人差指を躍らせる。


 まるで指揮をする指揮者のように踊るようにするリホウの指から発される光は天と繋げる階段を描く。


「ブロッソが迷わず、天に行けるようにか?」


 リホウにそう問いかける雄一であったが、リホウは首を横に振ってみせる。


「英霊を迎えに来る者が迷わないようにです」


 そう言いながらリホウが階段の先を見つめる。


 それに倣うように雄一も見つめながら、「そうか」と呟く。


 雨雲の切れ目から覗く太陽が、やさしくブロッソを照らすのを見て、本当にそうあって欲しいと切に願った。

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