第139話 家出娘を回収したようです

 地面に直撃間際だったホーラを抱きとめた雄一は、自分の胸で普段のお姉さんしているホーラらしからぬ、年相応の感情をむき出しにして泣くホーラを優しく抱き締めて頭を撫でてやる。


 泣いてはいるが、どこかホーラの顔に安堵の色があるのを見て、ホッとする。


 雄一の視界から見えるホーラの体、腕や背中を見ると小さな切り傷や、軽いヤケドが見て取れてポプリと出会って戦い、かなり無茶をしたのだろうと判断する。


 本当に無茶する、と呆れと少しの誇らしさを感じて苦笑する。




 ホーラはポプリの前では余裕を見せていたが、決してそんな余裕を見せられるような状態ではなかった。


 ポプリが言うように持久戦に持ち込まれたら、残弾の気にして戦うホーラには分が悪かった。


 だから、ホーラは勝負に出た。


 この駆け引きは、残弾が乏しくなってからするとブラフを疑われる。


 少なくとも、先程みたいにパチンコの鉄球を放り投げても、冷静に火球2~3発を放って吹き飛ばされて終わったであろう。


 だが、あの時点でポプリの頭の中でホーラが打てる手を幾通りも考えて、待ち構えていたら、予想だにもしないあんな大盤振る舞いするような行動に出られたポプリは激しく混乱した。


 しかも、事前にパチンコから放たれた鉄球で体験した後だから堪らない。


 テツがいれば、こんな賭けに出なくても良かったのだが、実力伯仲する2人だから本気でやり合えば、どちらかが死ぬという展開を嫌ったホーラだから賭けに出たのである。


 ポプリを無力化する為に……


 ホーラには分かっていた。


 ポプリは自分から引き下がれる子じゃない事を。


 自分が間違った行動を取ってしまった事など、とっくに気付いているのは、会わなくてもホーラは理解していた。


 あのまま、ホーラと出くわさなかったり、やり過ごしたとしてもポプリの未来は残酷な死であったはずである。


 ポプリがいくら強いと言っても雄一のように破格の強さがある訳ではない。


 物量に押されて負ける未来しかなかったであろう。最悪、先程の砲撃の餌食という未来もあったかもしれない。


 勿論、時間をかけて雄一が到着するまで粘れば、ポプリも雄一に盾突いてまで戦いを続行しようとはしなかったであろう。それは戦力的にも気持ち的にもポプリは戦えなくなったと理解していた。


 だが、ホーラはそんな未来を容認できなかった。どんなに無様だろうが卑怯と罵られようが止める事しか考えていなかった。


 1番の友達の未来を例え、雄一であっても委ねるのは嫌だったのである。


 ホーラはああいう性格な為、そういう事を口にするような娘ではない。でも、ホーラは自分に一言も相談すらなかったポプリが許せなかった。


 その憤りだけの為に命を賭けた行動を取る結果になったが、その後押しをしたのが雄一の言葉、『ポプリの我儘を超えろ』である事は勿論、雄一は気付いていない。




 雄一は、そんな事情をほとんど理解はしていなかった。ただ、ホーラが自分を全部捻り出して何かを成し遂げた事しか分からなかったが、優しく頭を抱き締める。


「良く頑張ったな」

「遅いよぉ、もうぅ……」


 グズるように雄一の胸板に擦り寄るホーラの顔に笑みが浮かぶのを見て、胸を撫で下ろす。


「遅くなってスマン」


 そう言うとホーラの背中に掌を当てて、回復魔法を行使する。ホーラに作られた傷がみるみると逆再生されて綺麗な肌に戻る。


 綺麗に癒えたのを確認した雄一が、「降ろすぞ?」と優しげに言うと少しグズるホーラに笑みを浮かべるが、そっと降ろす。

 すると、ホーラが今の自分の状況を思い出したようでホーラの珍しい悲鳴を上げると慌てて剥き出しになっている胸やパンツを隠す。


 その様子を見た雄一は、落ち着いた態度で上着のカンフー服を脱ぐ。


「悪い、悪い。小さくともホーラも女の子だもんな? 気が利かなくてスマン」


 そう謝りながら、雄一に背を向けてしゃがむホーラにカンフー服を羽織らせる。羽織ったホーラのコメカミに血管が浮き上がっていたが雄一の角度からは見えてはいなかった。


 黙って、いそいそと着替えるホーラに笑みを浮かべて話しかける。


「こうやって、自分の服をホーラに貸すのってアレ以来だよな? ホーラが、おも……」


 そう言いかけた瞬間、ホーラは神速の動きを発揮して雄一の鼻の下、人中を拳で打ち抜いた。


 不意打ちなうえ、油断をしていた雄一は、顔を押さえて痛みに呻いて屈みこむ。


「ああん? 何やら、ありもしない過去を話そうとしなかった、ユウ?」

「……スマン、何の話をしようとしてたか忘れてしまった」


 ガクブルする雄一は、涙目になりながら、再び、記憶を封印する。


 その様子を見ていたホーラが、「ユウはモノ分かりがいいから、助かるさ」と笑みを浮かべる顔は、若くして既に姐御の風格が生まれていた。


 そして、それと同時にホーラの乙女タイムは終了のお報せであった。



 気を取り直した雄一がホーラに問いかける。


「ホーラの様子を見る限り、ポプリとやり合ってたのか?」

「ああ、アタイがポプリをノシてやったさ」


 会心の笑みを浮かべるホーラを見つめて、雄一は苦笑いを浮かべる。


 そんな雄一に崖の上を指差して、「この上でポプリは気絶してるさ」と知らせてくるので、再び、ホーラを抱えると生活魔法の風を利用して崖の上に飛び上がる。


 崖の上に降り立つとホーラから雄一の腕から降りるとポプリがいる場所へと向かうと木の幹に叩きつけられて気絶をしたままのポプリの姿があった。


 雄一はポプリに近寄り、状態を調べると眉を寄せてホーラを見上げる。


「ホーラ……結構、ギリギリだぞ? この場に俺が来なかったら、ポプリはこのまま助からなかったかもしれない」

「そ、そう言われても、アタイも必死だったさ」


 ホーラも、改めて、近くで見るポプリの顔色の悪さと浅い呼吸を見て本当に危なくギリギリだと理解した。


 勿論、雄一も2人の実力を知るので、ホーラのこの結果は大金星と言って過言ではないのは分かってはいたが、もう少し早く着いて介入できなかった事を悔やんだ。


「まあ、結果として俺がいるから、傷一つない状態のポプリに戻れるから気にするな」


 そう言うとポプリを水で覆うと治療を開始する。


 すると、みるみると血色が良くなっていくポプリを見て、ホーラは安堵の溜息を吐く。


「ところでテツはどこだ?」


 ポプリの様子を見ながら、雄一はホーラに問いかける。


 ホーラは自分がいた崖の反対側の川があるほうに指差す。


「テツなら、パラメキ国の頭のおかしい男に蹴られて落ちて行ったさ」

「はぁ? まあ、テツの事だから死んではないだろうけど、馬鹿やらかして倒れてそうだから迎えに行くか……よし、こんなもんだな」


 そう言うとポプリを覆っていた水から解放する。


 解放されたポプリを抱え起こして、軽く頬を叩きながらポプリの名前を呼び続けると瞼が痙攣するのを確認すると目を開くのを待つ。


 目を開いて雄一の姿を間近で見て、バツ悪そうな顔をするポプリが雄一の名を呼ぶ。


「お目覚めか? 家出娘」

「あの、あの、私は……」


 雄一は、そっとポプリの唇に人差し指を当てて笑みを浮かべる。


「細かい事は後で聞く。とりあえずの折檻はホーラがしたようだしな」


 雄一の言葉に悔しげにホーラを見つめるポプリと逆にしてやったとばかりに笑みを浮かべるホーラに雄一は苦笑する。


「さっさとテツを回収して、この国の王を止めないとな。あの魔道砲は、1度目打った後、長いタイムラグが発生して打てなくなるが、2発目が打てるようになると割と短い時間で打てるようになるからな」


 雄一はポプリを立たせるとホーラに指差された方向へと歩き始める。


 そんな雄一の背中に言い難そうにしたポプリが声をかける。


「その王は私の兄なんです……」


 その言葉を聞いて、チラッと後ろを見たがすぐに前を向いた雄一が口の端を上げて口を開く。


「パラメキ王に会う理由が増えたな、急ごう」


 そう言うとテツが落ちたと思われる場所についてきた2人を小脇に抱えると雄一は空中に身を躍らせる。


 河原に降り立つと、すぐに白髪の少年が倒れているのを発見する。


 勿論、テツである。


 駆け寄る3人はテツの血だらけの様子に息を飲むが、雄一がすぐに生存確認をしようとするがすぐに動きを止める。


 止まった雄一に疑問に思った2人が、テツの容態を雄一に縋るように聞くが雄一が呆れた顔をして2人を見るので、虚を突かれた2人の耳にある音が聞こえてくる。


 聞こえていたのは寝息であった。


 それは気持ち良さそうな「スピピィ――」と緩んだ顔をで眠るテツの姿に3人は呆れる。


 いくら疲れて眠ったとはいえ、この雨の中でも眠るテツの胆力を呆れたらいいのか、笑えばいいのか分からない雄一であったが、怪我は本物だったので回復魔法を行使する。


 傷が癒えたテツが寝がえりをうちながら「えへへっ、僕、頑張ります……これぐらいの荷物なんか、へっちゃらですよ、ティファーニアさん……」と幸せそうに呟くをの聞いたホーラとポプリは無表情のまま近寄る。


 迷いのない動きで息の合った動きでホーラがテツの顔を足裏で踏み、ポプリが腹を踏むという打ち合わせなしで同時に決める。


 それにテツが四肢を上空に突き上げるようにして、バタリと下ろすとその衝撃で目を覚ましたようで目を擦りながらムクりと起き上がる。


「なんか顔とお腹が痛い……あっ!」


 そこでやっと雄一達に気付いたようで、ポプリも一緒にいるところを見て、終わった事を知る。


「もう終わってしまいました?」

「ああ、アタイの完勝さぁ」


 ない胸を張るホーラを見て、雄一のカンフー服を着てるところから、辛勝だったんだろうと理解するが怖いから気付かなかった事にしたようである。


 だが、テツは知らない。本来、ポプリを踏むはずだった足で自分が踏まれてた事実を……


 テツが自分の体を見て、傷が無くなっている事に気付いた様子を見ていた雄一は、水龍を生み出すとホーラとポプリを抱えて乗るとテツにも乗るように言う。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。傷は治っても流した血が多くてふらつくんです」

「大丈夫だ。失った血も回復できるようになったから」


 雄一にそう言われたテツは、えっ? という表情をして、掌を開いたり閉じたりする。

 そして、頷くと元気良く返事をする。


「言われてみれば、元気になった気がしますっ!」


 そういうと水龍に乗るテツを見ていたポプリがこっそり問いかける。


「あの、あの、テツ君に言った事は本当なのですか?」

「んっ? ああ、真っ赤な嘘だ」


 テツが、元気良く「出発しましょう!……どこにですか?」とテツ節を披露するのを見てポプリが呆れた顔をして「テツ君、単純」と呟く。


「馬鹿じゃなかったら、テツじゃないさ」


 肩を竦めるホーラに笑みを返すと雄一達は水龍を操作して上空の人になる。


「目指すは、最前線」


 そう雄一が呟くと水龍は上空を疾走を始めた。

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