第134話 投影する想いのようです

 テツは少年に蹴られ、斜面を転げ落ち続けて、やっと体勢を整えれたのは河原の傍であった。


 ホーラの事が心配で戻らないと思い、落ちてきた場所を見上げると奇声を発しながら滑り落ちてくる緑髪の少年を発見する。


 先程、蹴られた相手でもあるが、ゴードンの廃薬工場で出会った少年である事にも気付いていた。


 すぐにホーラの下へと戻りたいが、あの少年は無視できる相手じゃないと前回、今回ともに感じさせられていたのでツーハンデッドソートを構えて待ち構えた。


 そして降り立ったセシルを凝視する。


 装いはテツとよく似ているが、逆なのである。


 同じような軽装をしていて、派手な装飾はなし。ここまでは同じでテツのアンダーシャツ、ズボン共に黒に対して、少年は、白のアンダーシャツに白のズボン。軽装の色はテツが白で少年が黒。


 ボタンの掛け違いのように微妙な違いがあるのは服装だけじゃないように感じるテツはその正体を知るのが嫌で被り振る。


「よぉ、あん時ぶりぃ。手荒なエスコートになっちまったが、怪我はなさそうで良かったぜぇ? それで動きが鈍くなったら楽しめないからなぁ」


 ヘラヘラと笑いながら言ってくるが長い前髪から漏れる眼光は一歩近づく度に強くなっていく。


 テツは向こうの間合いを測るように歩くのを嫌い、変則的な歩幅を意識して距離を取る。


「どうして、僕の名前を知ってるんですか? ポプリさんから?」

「おう、そうそう、姫さんから聞いた。どうしても、お前とやり合いたかったんでなぁ」


 テツはそう聞いて、吐き捨てるように、「変態ですね」と言うと少年は心外だという顔をするがすぐに元の表情に戻す。


「あぁ―言われてみれば、俺、自己紹介してねぇ―わ。順番ちぐはぐだがよぉ、自己紹介。俺の名前はセシル、今日、お前を殺すもんさ」

「そうですか、カスさんと言われるのですね。申し訳ないのですが、上の状況が気になるので出直してください」


 本当に珍しくもテツが誰かに、こうもはっきりと悪態を吐くのは珍しい。少なくとも北川家に来てからは誰も目撃していない。


「上の2人が気になるのかよ? それはつれねぇ―よ。俺はずっとお前と会いたかったんだぜ? でも安心しろよ、俺がお前を殺しても姫さんの加勢にはいかねぇ―からよ」

「どうして?」


 テツは目を細めて、殺気を込めるとセシルは嬉しそうに笑う。


「あの姫さんはよぁ。なんて言ったらいいんだろうな? そう、道具なんだよ、パラメキ国の王族にとったらな?」

「嘘だっ! そんな状況だったらポプリさんが戻る理由なんてない! ポプリさんは出会って、家に来る時に言っていた「捨てられたようなモノ」と……」


 憤るテツであったが、自分の口から出た言葉で納得したくない何かに気付きそうになるのを拒否するように歯を食い縛る。


 それを見て楽しそうにするセシルが人差し指を振って笑いながら否定してくる。


「捨てられたようなモノ? ちげぇ―よ。捨てられたんじゃねぇ、いないモノとして扱われたんだよ。知ってっか? あの姫さんは自分から3年前に出ていっただぜぇ」

「……それなのに、何故、今頃になって戻ったりしたんだっ!」


 テツの怒号を肩を竦めるだけで受け流したセシル、面倒になってきたようで、どうでも良さそうに答えてくる。


「さあな、手紙1つ貰ってヒョコヒョコ戻ってきた理由なんて知らねぇ―よ。大方、もしかしたら、と思えるようなお花畑でも見たんじゃねぇーか?」


 それをキッカケにテツは、何故、ポプリが自分達を振り切る形で去っていったか分かった気がした。




 ポプリさんはきっと、ユウイチさんを調べてたと言ってた時から、ユウイチさんを取り巻く環境を憧れ、眩しく思ったんだな、と思う。


 そして、一緒に僕達と生活するようになってからのポプリさんはいつも笑っているように思えた。


 そんな幸せな時間を過ごしている時に、ふと、脳裏に過ったのだろうと思う。


 それぞれ、家の誰かをポプリさんの家族を投影して見てしまったのが分かった。

 僕だって、ユウイチさんの背中を見ていると時折、お父さんと被る事がある。勿論、お父さんはユウイチさんのように逞しくはない。


 でも、もう取り戻せない幸せを見てしまう事がある。


 僕やホーラ姉さんはまだいい。僕は、もう2度と会う事もできないし、振りきる事はできる。


 ホーラ姉さんも親が誰かも分からないし、分かったところで、「フーン、こんな親だったんだ」と言って、言われてみれば似てるな、とか思うぐらいだと思う。


 だが、ポプリさんはそうじゃない。会おうと思えば会える。


 そんななか、家族から手紙がくれば、どうする?


 同じ立場だった時に振りきれたか? と問われても答える自信などありはしない。


 でも、いや、だからこそ、そうじゃない立場の僕達が、ポプリさんの間違いを正してあげないといけない。


 戻れない、と泣き事を言うなら首根っこを捕まえてでも連れ戻す。


 家族愛を訴えてくるなら、僕は暴論でねじ伏せる。


 不幸になると分かっている、僕のもう一人の姉を僕は決して見捨てない。嫌われる事になろうとも、あの暖かいユウイチさんの下へと連れ戻す。


 僕はもう迷わない。




「あの姫さんはよ。戦争責任が発生した時の見せしめ用。囮や都合良く使う駒の目的で呼び出された傑作な女でよ……なんだ? さっきいい感じに辛そうに胸がスッとする顔してたのに、胸糞悪くなる覚悟きめました! って顔してんだ? もっと辛そうにしろよ。俺が面白くねぇ―だろうがよ」


 物思いに更けていたテツは、セシルの言葉に反応らしい反応を見せずにツーハンデッドソードを構えながら、まったく関係ない事を口にする。


「どうしてか、僕も分からないんですが、貴方を見てると……そう、胸糞が悪いという気持ちになるんですよ」


 テツは、今まで、汚い言葉だと思っていて、そんな感情になる事はないだろうと思って生きてきた。


 雄一に護られた優しい場所に居たせいという事もあるが、テツの本質がそういう感情を抱き難い性分な為、本当に珍しい事である。


 テツの言葉を聞いたセシルは唾を吐き捨てる。


「俺もよぉ、ぬくぬく幸せですよぉ―って顔してるヤツが、「俺、曲がった事、嫌いなんだぁ!」って顔してるヤツって飯マズ。やったな、こら? 俺達、両想いだぜぇ?」


 その言葉をキッカケに飛びかかり、上段から斬りつけるとセシルが二刀を交差させて防いでくる。


「いいねぇ、いいねぇ。お前という存在はうぜぇ―けどよ。剣の腕は悪くねぇ。スピードは互角、だがよ、なんてぇ―馬鹿力だ! 手が痺れただろうがよ」


 セシルはテツから飛んで距離を取る。


 二刀を地面に突き刺し、手から離してプラプラしてみせる。


 テツは前傾姿勢になり、剣を構える。


「僕は暇じゃないんだ。だから、口を閉ざして黙って斬られろ」

「じゃ、俺は、少しでも長引かせてお前に嫌がらせして楽しませてもらうわぁ」


 真剣な目をするテツと、人を舐めた目をするセシルは同時に斬りかかり、鍔迫り合いをしながら睨みあった。

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