第135話 無粋の極みらしいです

 ホーラとテツがポプリと遭遇した頃、ナイファ陣営では士気が上がっていた。


「よし! 水が引き始めたぞ、敵は浮足立っている今が好機だ。突撃をかけるぞ! 着いてこいっ!!」


 ナイファ側に取り残された敵兵を打ち破ったナイファの将軍は、先陣を切って飛び出した。


 それに続けとばかりに怒号を上げてついてく兵を見て、誰の目からしても勝敗が見えたと思われた。


「これは僕達もノンビリしてる訳にはいかないよね?」

「今いる位置でいても立ってるだけで何もできんからな」


 嬉しそうにするカシアの言葉にロゼアも消極的な同意を示す。


 ロゼアの一応の了承を得れたカシアは、近くにいるエルフにその旨を伝えるとカシア達も出陣していった。


 それを見送った女王と子供達と一緒にいたリホウが、「皆さん、元気ですねぇ」とぼやきながら頭を掻く。


「皆さんがあれだけやる気でしたら、俺がいなくても変わらないような気がしますが……アニキにサボってたと知れたら怖いんで、一応、お仕事してきますね?」

「それは頑張らないと大変そうですね、ご活躍を期待しております」


 ぼやくリホウは、笑みを見せる女王に「敵いませんねぇ」とおどける。


 リホウは、ゼクスに目を向けると話しかける。


「ゼクス王子、アリアちゃん達をお願いしますね?」

「お任せください」


 ニッコリと笑みを浮かべるゼクスは、近くにあったスゥの頭を撫でる。


 その撫で方が雄一の撫で方に似ていて、リホウの顔にも笑みが浮かんだ。


 そして、リホウも飛び出して行って、女王を守る人以外の兵隊の姿が見えなくなった頃、女王が子供達に声をかける。


「雨が降りそうだから、天幕に戻りましょうか?」


 そう優しげに微笑んで伝えると、ゼクスが率先してみんなを連れていこうとするが、1人、まったく動こうとしない者がいた、レイアである。


 レイアは虚空を見つめて、微動だにせず、「レイアちゃん?」とゼクスが呼び掛けるが反応を示さない。


 周りのみんなもレイアの様子がおかしい事に気付き、近づくと虚空を見つめたままのレイアが、はっきりとした声で話し出す。


「駄目、このままだと、勝利者のいない戦争になる。それだけは絶対阻止しないといけない」


 声はレイアなのにレイアが話しているようには聞こえない話し方にみんなは足を止めて様子を窺う。


 そんな、みんなに振り返るレイアはいつもの活発な雰囲気がなりを顰めて、大人がしそうな心を痛めるような表情をしていた。


「レイア? ちょっと違う?」


 アリアがレイアを見つめて、よそよそしく見つめながら問いかけた。


 それにレイアは少し悲しそうにしながら答える。


「アリア姉さんが知らないレイアではあるけど、私もレイアよ」


 レイアはそういうと女王に目を向ける。


「女王、ミレーヌ。どうか良く聞いて欲しい。このまま突撃させたままにすると出陣した兵のほとんどが1撃で壊滅状態に追い込まれる。同じように対峙したパラメキ軍も道連れに」

「それはどういう事ですか?」


 レイアから発する空気もだが、話し方からも自分と対等、いや、格上の存在と話している感覚に陥り、見た目のギャップと戦いながらも必死に頭を回転させる。


 女王は、レイアの言葉の意味が分からない事もあるが、分かる範囲で、壊滅状態に追い込まれるという話が本当だったら手に負えない話である。


「今、パラメキ国の王は、火の精霊の使いから受け取った魔道砲の発射体勢が整います。自分の国の兵を撒き餌に主力部隊である突撃してる兵を一掃する考えです」


 魔道砲、という言葉に一瞬、絶句するミレーヌ。


 何故なら、おとぎ話に語られる精霊が人に授ける事が出来る禁忌の兵器だった為である。


「くっ……その前に自分の素性を伝えて信用を得るのが先ではありませんか? レイアちゃんじゃないのは、嫌でも分かります」


 仮にレイアらしい人物が言う通りにして、砲撃があれば難を逃れたと、ホッと胸を撫で下ろす話である。


 だが、違った場合、やっとここまで有利に進めた状況を破壊する事に等しい。


「はい、確かに貴方達が知ってるレイアではありません。でも、信じてください。もう本当に時間がないのです」


 必死に訴えるレイアを見ていたアリアが女王を悲しげに見つめる。


「お願い、この人が言う事を信じてあげて。上手く説明できないけど、この人もレイア」


 女王は判断するべき情報が少な過ぎて悩むが、自分の深い所では聞いた方が良いと叫ぶ。


 そんななか、アリアがそう懇願してきて思い出す。


 双子の共感現象という話を。


 説明のできない双子同士のテレパシーのような現象が確認されたという本を読んだ。


 読んだ時は、何を根拠にと笑ったものだが、今はその言葉を理由に自分の想いを汲む事にする。


「分かりました。どうしたら良いのです? すぐに兵を引けば?」


 女王の言葉にレイアは首を横に振る。


「それでは、もう間に合いません。伝えたい事を伝令を出しても間に合わないでしょう」

「それだったら、何もできないでしょう! 無意味に私達に不安を煽りに来たですかっ!」


 レイアの言葉に激怒した女王に、レイアは首を横に振る。


「まだ、打つ手はあります。スゥ、貴方の力を貸してくれませんか?」


 まさか話を振られると思ってなかったスゥは目を点にしてレイアを見つめ続けた。







 前線では両軍睨みあう状態で膠着していた。


 なぜなら、川の水がまだ危険水域であった事で、足が止まった為である。


 だが、そろそろ、行けるか? という様子が両軍自覚し出した時、両軍の間の中央上空に光で文字が描かれ始める。


 光文字である。



『私は、ナイファ国、王女スゥなの。みんな、パラメキ国の人もしっかり読んで欲しいの。今、パラメキ国の王様は、後ろからスッゴイ魔法の大砲を打とうとしてるの。ナイファ軍もパラメキ軍も関係なし……だから、急いで左右に散って、時間がないの』



 それを読んだ者達は戸惑う。


 だが、リホウ率いる冒険者達は、すぐに判断を下したリホウに従い、すぐに移動を始める。


「みなさん! 疑う気持ちは分かりますが、ない話じゃないですよ。追い込まれた状態のはずのパラメキ軍の増援の気配が一切しません。水攻めを受けて反撃があるのは分かるのに動かないのが答えですぜ」


 リホウは、パラメキ軍にも聞こえるように声を張り上げる。


 それを聞いたナイファの団長とエルフ軍のロゼアとカシアは急いで兵に指示を飛ばして、移動を開始する。


 それを見ていた、パラメキ軍の混乱具合は酷かった。


 状況から判断して同じようにない話ではないと移動を開始する部隊と念の為という部隊があったが、当然のように策略だと信じた部隊が橋の前で陣取る。


「敵軍の言葉に惑わされるとは何事だ……」


 先頭に立っていた身分が高そうな人物が叫んだと同時に激しい閃光が貫いた。







 スゥが光文字を使う為に高台に移動していた女王達は目の前で起きた光景に絶句する。


「レイアちゃんが言うように、打たれた事も驚きですが、本当に味方諸共、打つとは……」


 実際には、スゥの報せを受けて動いたナイファ側にはほとんど被害がなく、パラメキ側も冷静に判断した者達も動いたので、頭の固い部隊が犠牲になっただけではあるがパラメキ国だけが半壊といった感じである。


 兵達が無事だった事は嬉しいがこれでは、こちらもあの砲撃を恐れて動けない。


「これでは、動けないわ……」


 悔しげに唇を噛む女王にレイアは柔らかい笑みを浮かべる。


「大丈夫、次の砲撃には、あの人が間に合う。もう近くに来ている」


 レイアは雨がポツリポツリ降ってくる空を見つめながら告げる。


 誰も、あの人が誰とは聞かない。こんな状況を引っ繰り返せる人など2人と知らない。


「スゥ、疲れたかもしれないけど、もう一踏ん張りお願いね?」


 レイアの言葉に、「頑張るの!」と意気込んだスゥが頷いた。







 膠着状態に陥った現場では、再び、光文字が浮かび上がるのを見て、みんな見上げた。



『スゥなの。パラメキ国の王様を止めないと何をし出すか分からないの。みんな動いて欲しいの。次の砲撃は、ユウパパが間に合うから大丈夫なの』



 これを読んだリホウ率いる冒険者達は表情を明るくし、笑う者もいた。そして、迷いもなく射線上に向かうと堂々と歩き始める。


 パラメキ軍は、そのリホウ達を止めるべきか悩むが、上に見捨てられてまで忠義を通すのかと揺れていた。


「ねぇ、ねぇ、ロゼア。面白い事になってるよ。僕達も行こうよ」

「待て、動く根拠がユウパパ? というものがどの程度信用できるというのだ? 先程の砲撃を見た後では危険すぎる」


 カシアはロゼアにそう言われてつまらなさそうにする。


 ロゼアは慎重論を口にするが、カシアは大丈夫だと思っていた。


 あの頭が切れるリホウが迷いもない行動に移すだけでも信用する価値があると思っていた為である。


 団長も似たような判断をして頭を悩ましていると付け加えるように新しい光文字が描かれる。


 それを見たその場にいたパラメキ軍以外の者、全てが噴き出し、笑みを浮かべるとナイファ軍もエルフ軍も動き始めた。







 必死に光文字を操るスゥの隣で文字を見ていたゼクスが眉を寄せる。


「スゥ、ユウパパって言っても多分、リホウさん達しか分からないと思うよ?」


 ゼクスにそう言われて、ならなんて書けばいいのかと焦り出すスゥ。


 焦るスゥに助言をしようと口を開こうとした女王より先に、何かを閃いたらしいスゥの表情が明るくなる。


 すぐに迷いもなく、光文字を描き始めるスゥの文章を見た一同は目を点にすると我慢できずにちっちゃいアリア、ミュウ、スゥを除いて笑い出す。


「スゥ、それは余りに酷いよ。ユウイチ父さんが泣くかもしれないね」


 緊張してた糸が切れたらしく、ゼクスも我慢できずにお腹を抱えて笑い出す。


 女王は、膨大な精神力を用いて感情をコントロールするが、目端に浮かぶ涙までは誤魔化し切れてなかった。


 スゥの頭を撫でながら嘆息する。


「大きくなった時、スゥは自分のした事をどう思うのかしら」


 今回の出来事は、後世まで語り継がれる事になる。


 そして、5年も経たずにスゥは消したいと思える歴史になる。



『ドラゴンを倒した、『ノーヒットDT』がくるの!』



 と、雨音が少しづつ強くなる空に描かれていた。

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