第133話 お前達は成長しているらしいです

「お願い、ホーラ、テツ君。そこをどいて!」


 絞り出すようにポプリがいきなり懇願してくる。


 それにホーラは虚を突かれたような顔をする。


 てっきり、自分達を排除する為に送られてきたのだと思い込んでいた為である。


 だが、隣に居るテツは、奥歯を噛み締めて歯が欠けたんじゃないかという音を鳴らし、2人の注目を浴びる。


 ツーハンデッドソートを斜めに構えて、前傾姿勢になると問答無用にポプリ目掛けて飛び出す。


 問答無用に来られると思ってなかったポプリは、一気に詰められ、テツの間合いに入ってしまう。


 テツの躊躇いを感じさせない薙ぎ払いにギリギリ反応して後ろに全力で飛ぶとポプリは、逃げる事で手一杯だった為、躓いて転がる。


 慌てて起き上がるとローブの腹の所に切れ目が入っており、テツは本気だった事を知る。


「テツ君、躊躇もなく本気なんだね……」

「当然です。僕はポプリさんにどんな事情があろうと全力でぶつかると決めてます。僕達に何の相談もなく、ユウイチさんにはしたようですけど、それで僕達、いえ、僕は決して納得しません!」


 ポプリはテツが睨んでくる目を見て、ベルグノートとやってる時と同じ目をしてるところから本気だと理解する。


 目を見なくても、テツは演技や腹芸は到底出来る子じゃないのはポプリも良く分かってた。


「ユウイチさんは何も言ってくれませんでしたが、貴方は、間違いなく相談に行ったはずだ。強要した事は言わなかったかもしれませんが、優しく受け止めて、『行くな』という言葉にしない想いをきっとぶつけられたはずです」


 いつものテツなら空気の読めない所があるから、こういう事を言葉にされない限り、気付く事は少ない。


 そんなテツだから、いつもなら自信なさげに語るが、今回は迷いも感じさせず言い切る。


 そして、その通りだった為、ポプリは何も言い返せなかった。


「ユウイチさんは泣いていた。ええ、表面上は泣いたかは知りませんが、間違いなく心で泣いていた。同じ男の僕は分かる。そして、ホーラ姉さんが、僕が、ポプリさんとぶつかる事にも心を痛めている」


 テツの威圧に殺気が混じっているように感じたポプリは後ずさる。


「ホーラ姉さんもだ。思ってた理由と違う出会い方しただけで、自分の覚悟をブレさせているんです! ホーラ姉さんにとってポプリさんはその程度の人ですかっ!」


 テツが自分にも言ってくるとは思ってなかったホーラは絶句する。


 ホーラの様子も確認せず、ポプリだけ見つめたテツが言い切る。


「ポプリさん、手足を切り落としてでも連れて帰ります。僕はユウイチさんのように優しく説得なんてしません。生きてさえいれば、ユウイチさん達ならなんとかしてくれるでしょうから」


 再び、前傾姿勢になるテツを横目に呆れるように溜息を吐くホーラ。


 いつもは頼りないテツなのに、ここぞ、という時は男の子だと思わせてくれる弟を誇りに感じると同時に、いつもは強気なのに土壇場で弱くなる自分が情けなくなる。


 気持ちを切り替えたホーラは、後頭部を晒しているテツの頭を平手打ちする。


「馬鹿言うんじゃないさ。思わず、いつもの癖で脳天をカチ割ろうと考えて、さすがにそれは不味いと戸惑っただけさ」


 ホーラの長女としてのプライドが本音と違う事を言わせるがそれを汲み取ったテツが「それでこそ、ホーラ姉さんです」と口元に笑みを浮かべる。


 そんな2人を焦った顔をしてポプリは懇願する。


「お願い、どいて、時間がないの!」

「いいえ、絶対にどきません。何をしようとしてるか知る気もありませんが、ポプリさんがやろうとしてる事は、二度とユウイチさんに会えなくなる事になる事ぐらいは僕にも分かる。ポプリさんはそれでいいんですか!」


 テツに説き伏せられて、何も言い返せないポプリを見つめていたホーラがテツに語りかける。


「もうこれぐらいでいいさ。あの我儘娘はいつも、いつも、自分が悪くても認める事もできない馬鹿さ。そんなアイツに言い聞かせようと思ったら叩き伏せて、動けないところを踏みつけて言わないと分からないさ」


 本調子を取り戻したホーラを横目にテツは、「別に踏む必要性はないと思いますが……」と呟いたのを聞かれて、一睨みされただけで目を反らす。


 ホーラが「いくよっ!」と呼び掛け、テツが「はいっ!」と答えて、先程よりも弓を限界まで引き絞るように前傾姿勢になる。


 ポプリも迎撃態勢になり、魔法を詠唱を始める。


 テツが、「いきます」と宣言すると溜めた力を爆発させて飛び出す。


 風を纏うように今までの速度の比じゃない突進をしてくるテツに目を剥いたポプリは、無数の火球をテツ目掛けて打ち放ちながら叫ぶ。


「いつの間にそんな芸当できるようになったの!」

「ポプリさんが周りを見るのを止めて自分の中に引き込んだあたりですよっ!」


 テツがやった事は原理的には雄一が空に飛び上がる時に使っている生活魔法の風を使っている。


 だが、テツはまだ細かい調整ができなかった。


 そんな時、ホーラと一緒に『マッチョの社交場』に着いていった時にホーラが銃のメンテの為ミチルダと席を外した時、待ってる間にサリナと今後の武具の相談をしてる最中に雑談で一般的な銃の話をしていた。


「ホーラが打ってる銃は魔法だから打つ者のイメージがキーになるけど、本当の銃は弾丸を筒を通過させる時に回転を加える事で真っ直ぐに飛ばすのよ。弾丸の場合だと貫通力を上げる狙いのほうが高い事もあるんだけどね」


 その後も物作りの話になると止まらないサリナの話に相槌を打ちながらもテツは考えていた。


 自分を弾丸に見立てて飛ばす事はできないだろうかと。


 始めは空気を回転させようと思って廻すイメージをすると自分を巻き込み一緒に回転してしまい、何度、気持ち悪くなって吐いたか分からない。


 洗濯機に放り込まれたボールのようにテツは翻弄され続けた。


 何度も失敗を繰り返し、風の膜を2層にする事に行き当たり、外の膜を回転させ、自分を覆う風を無風にした。


 それでやっと姿勢を安定させる事に成功する。


 それができるのは1秒維持するのがやっとで雄一のように上空に飛び上がるまで持続させられなかった。


 だが、使いようである。


 懐に飛び込みたい時にこれほど使える手法がないとテツは気付いた。


 風を纏って襲いかかるテツに被弾させるべく放った火球は、テツがツーハンデッドソードを旋回させ、大雑把に払うと残る火球を無視して突っ込む。


 無視した火球はテツに直撃するかと思われたが覆われた風に弾かれて明後日の方向に飛ぶのを見てポプリが絶句する。


「いつまで、初めて会った時の僕のままだと思ってるんですかっ! 舐めないでください!!」


 テツの言葉に舌打ちしたポプリが後方に飛ぶがテツの方が早く剣の腹をポプリに叩きつけようとするがポプリに直撃する時に炎の揺らめきみたいなのが見えたと思ったら固い衝撃が手に伝わって弾かれる。


 テツから距離を取る事に成功したポプリは、真剣な顔をして言ってくる。


「私だって手の内を全部晒してた訳じゃない。大会の時もあの爆風が起きてなかったら、テツ君の剣は弾かれて私の勝ちだったのよ」


 再び、魔法の詠唱に入ったポプリに「やらせません」と飛びかかるテツだが、またもや、炎の揺らめきに阻まれて拮抗させた状態で踏ん張る。


「剣でしか戦えないテツ君では私に届かないわ。諦めて」

「もう勝った気ですか? いつから、僕とタイマンしてるつもりだったんですか?」


 炎の揺らめきから発せられる圧力に耐えながら笑みを浮かべるテツを見て、思い出したポプリを辺りを慌てて見渡す。


 すると、風斬り音がすると右腕に痛みが走る。


 右腕を見るとローブを切り裂き、腕から一筋の血が流れていた。


「もしかして、捜してるのはアタイ?」


 振り返った先ではホーラが弓をつがえていた。


 ポプリは掠った腕を抑えて、回復魔法を行使する。痛みで詠唱が疎かになるのを嫌った為である。


「今の感じだと、アンタが意識してないと防げないのか、防げるのが1か所なのかどうか分からないさ、実験さ、今から正面から打つさ」


 斬りかかっていたテツは、ホーラの言葉を聞いて恐怖に顔を歪めて逃げる。


「生み出すのは、分身、強化するのは、仮初の実体」


 ポプリ目掛けて打ち放ったホーラの弓矢は分身するように数百本の矢になると雨のように襲いかかる。


「きゃああああ」


 ポプリは悲鳴を上げるように矢に手を翳すようにして身を縮こまらせる。


 大半の矢はポプリが生み出したモノに弾かれて消えるが、それでも防ぎきれない矢がポプリを削るように斬りつける。

 ポプリのローブがボロボロになるのを見て、ホーラはつまらなさそうに言う。


「なんだ、思ってたより、ちゃっちいさ。大きめの盾、騎士盾を炎で生み出してる感じで自動防御する訳でもないし、只の盾さ」


 ポプリは自分に回復魔法を行使しながらホーラを睨みつける。


 睨んでるポプリの耳元でテツの声がする。


「つまり、ポプリさんの反射を超える速度で波状攻撃すればいいってことですね!」


 振り返った視線の先では既に振りかぶったテツが斬り下ろすところであった。


 ポプリが斬られる、と思った瞬間、


「ヒャァハァ――! 会いたかったぜぇ、テェーツゥー!!」


 突然の乱入者にポプリだけではなく、テツもホーラも硬直するとその隙を狙ったかのようにテツに斬りかかる。


 テツは咄嗟に緑髪の乱入者の剣を防ぐが、蹴り飛ばされて草むらに突っこみ、突っ込んだ先が山の斜面で悲鳴を上げながら転がり落ちる。


「貴方、セシル!」

「よう、姫さん。さすがに2人が相手だと分が悪いだろ? あのアルビノエルフは俺が貰ってやらぁ」


 セシルは、そう言うとテツを追いかけるように草むらに飛び込んでいく。


 それを黙って見送った2人は視線をぶつける。


「そう、アンタ、パラメキ国のお姫様だったという事? 道理で我儘娘だと思ったさ」

「私は、第5王女、ポプリ。引き下がれない理由もある。お願い、ホーラ、そこをどいてっ!」


 懇願するように言ってくるポプリに、力みのない表情でホーラは首を横に振る。


「それは聞けない相談さぁ」


 そして、2人の少女は再び、対峙した。

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