第124話 してやったり、らしいです

 パラメキ国の侵入部隊は険しい山道を歩いていた。


 山歩きになる事は分かっていた事なので比較的、兵達は軽装ではあるが、強行軍、本当に寝る事もなく休憩すら取らずにここまでやってきて兵達は疲労困憊で体を引きずるように歩いていた。


 ブロッソ将軍の考えでは、本来なら少しはこの辺りで休憩を挟むつもりであった。


 だが、斥候に出していた兵から橋の前でナイファ国は既に陣を張り出しているという連絡があった。


 こちらが考えてたより、1手、早い動きに舌打ちしたい衝動を抑える。


 パラメキ国の本軍が到着するのは早くても明日の昼の予定である。


 既に先手を取られている以上、なんとしても向こう側に潜み、本軍と連携を取って戦況を一気に決めてしまわないと勝っても消耗が激し過ぎるとブロッソ将軍は考えていた。


 この侵入隊の副長をするものが体を引きずるように歩く兵を叱咤する。


「ここを昇って向こう岸に行けば、休む場所を見つければ、休憩を取れる。もう一踏ん張りだ!」


 それを聞いているブロッソ将軍ですら、たら、れば、かと思えるような激励しかできない副長の残念さに溜息を零しそうになる。


 勿論、兵の中には副長の死角を狙って唾を吐き出してる者もいたりする。


「向こう岸に渡ると10分ほどの距離に泉がある。そこで休憩が取れる。貴様らの奮闘を期待する」


 見てられなくなったブロッソ将軍が口を挟むと兵達の気力が少し持ち直す。こういう激励は具体的で想像しやすい事を伝えてやるのがセオリーである。


 副長は、ヤレヤレといった顔をしながらブロッソ将軍の隣にやってくる。


「まったく兵たるもの体力がなくては話にならんというのに、もう、へばってるとは情けない限りですな? ブロッソ将軍」


 ブロッソ将軍は、残念なのは、お前もだ、と思いつつも顔に出さずに前を歩き、兵達を先導する。


 正直、この作戦の生還率は高くない。


 1割、無事なら成功であろうというモノであった為、どうしても兵の面子が能力が乏しい者、素行が悪い者で統一されていた。


 副長も体力馬鹿で、今まで一兵卒しかしてこなかったが、臨時とはいえ、副長に拝命されてやる気が空廻りさせている。ブロッソ将軍でなくても相手にするのが疲れを感じるほどであった。


 とはいえ、今は少しでも急ぎたいところであったので兵に奮闘して貰わないと困ったでは済まないので急ごうとしたところで、草むらから飛び出す存在に気付き、腰にある長剣に手を添える。


 飛び出してきたのは金髪の髪を後ろに撫でつけるようにした軽そうではあるが男前な顔をした20代の男で、安物の皮鎧にこれもまた安物の片手剣を腰に下げていた。


 向こうもこちらに気付いたようで、ゲッ! という顔をして逃げようとするが、諦めたようにその場にしゃがみ込む。


「いくらなんでも大袈裟過ぎませんかね! いくら俺が国境を越えたり戻ったりしてたからって軍まで引っ張り出してくるほど、ナイファ国の軍人さんは暇なのかよっ!」


 やけっぱちになった様子のおそらく冒険者は悪態を吐いてくる。それに副長が食い付く。


「我らはナイファのような弱小軍とは違う。パラメキ国の精鋭だ!」


 そう胸を張って叫ぶ副長をぶん殴って埋めてやりたいと思ったブロッソ将軍であったが、堪えると目の前の冒険者に質問する。


「我らはナイファ国の者ではない。話次第ではこちらも暇ではないから見逃してやる」

「本当ですかい? それは有難い。知ってる事であれば何でもお答えしますよ」


 さすが冒険者だけあって、くだらないプライドを持ち歩いてないようで素直な対応をしてくる。


「先程の言い方を聞く限り、ナイファの軍人に追われてたと言ってたが、それは間違いないのか?」

「ええ、ナイファ国の紋章を付けた兵士に追われてたんで間違いないです」


 あっさり頷く男に更に質問を続ける。


「ナイファの軍人はどこで見たのだ?」

「対岸の街道の橋から少し離れたところで遭遇しました。話の流れで説明しなくちゃならなくなる話なんでお話しますが、街道の橋や、つり橋を渡らなくても向こう岸にいけるルートがあるんですよ」


 そういう男に詰め寄り、胸倉を掴んで揺する副長。


「それはどこだ。さあ、話せ!」

「旦那、この人を止めてくださいな。話がまともにできねぇですよ」


 揺すられながら必死に言う男の言葉を受けて、ブロッソ将軍は副長を止める。


 男は、揺すられたせいで首が締まったようで首を押さえるようにして呼吸を安定させる。


「ここから、少し行った所に洞窟がありましてね。そこから川の下を抜けて向こう側にいけるんですよ。そこから逃げてきましたけど、追手が来てないところをみると、まだ気付かれてないようですね」


 男の言葉を聞いて、ブロッソ将軍は顎に手を添えて考え始める。


 もし、この男が言うようなルートがあるなら、この作戦の成功率が飛躍的に上がると判断する。


「一度見て見たい。案内を頼めるか?」

「いいですけど案内さえすれば、しばらくパラメキ国のほうでおとなしくしてますから、見逃してくれますかね?」


 男が伺ってくるように言ってくる言葉にブロッソ将軍は頷いてみせる。


 ブロッソ将軍の了承を得れた男は、ホッとした顔をすると、「こちらです」と道案内を始める。


 案内する男の背中を見ながら歩いていると副長が暇になったのか、男に話しかけ始める。


「しかし、我らの軍装を見て、パラメキ国の軍人と気付かなかったところをみるとナイファ国の冒険者のようだが、こんなところで何をしてたのだ?」

「えぇ――! それは飯のタネなんで、勘弁してくれませんか?」


 副長が調子に乗って、「話さなかったら、約束はなしだぞ!」と言うが、いつからそんな権限を得たのかと思ったが、ややこしくなりそうなら口を出そうと決め、今は放置する事にする。


「しょうがないですね。聞いても横取りとか考えないでくださいよ? 数か月前にダンガにドラゴンが飛来した話は知ってらっしゃいますか?」


 副長は、知らないようで首を傾げるが、強きモノの話だったので少し興味が出たブロッソ将軍が食い付く。


「街の名前までは知らんが、ナイファ国にドラゴンが飛来した話はあったな。確か討伐されたと聞いたが?」


 ブロッソ将軍がそう言うと男は、「きっと、その話です」と言ってくる。


「そのドラゴンの巣がこの辺りにあるという情報があるんですよ」


 男の話では、ここから北側の海に渡り、廻り込むようにしてダンガに飛来したという目撃情報などがあると言ってきた。


「で、討伐されて主のいない巣を捜せば、お宝が……って話なんですよ。鱗1枚でもそれなりの利益がありますからね」


 ブロッソ将軍は、成程と思うと同時に引っかかりも感じる。


 この小骨が喉に引っかかる感じが凄まじく気持ち悪いと思っていると緊張感が元々、薄かった副長と男が話していた。


「それはそうと、差支えがなければ、そちらは何をなさっているのです?」

「察しの悪い男だな。今は両国で戦争状態だ。冒険者なんだから、情報に疎いのは死活問題であろう?」


 男は、うわぁ、と驚いた顔をするが目的地が見えてきたので、洞窟の場所を指差して、あそこが言ってた場所であると伝えると困ったような顔をして先程の内容の返答をする。


「それは不味いですね。お宝を見つけても売る先を探すのが大変そうだ。早めに終わらせてくださいね? こちらも、飯を食えなければ生きていけませんので」

「本当に知らないのか? どれくらいこの辺りをうろうろしてたんだ?」


 副長の言葉に男は、1カ月ぐらいと答えるのを聞いた瞬間、ブロッソ将軍は腰に下げている剣に手を添える。


 その様子に気付いた男は、逃げ腰全開な体勢になると裏切られた顔をして言ってくる。


「目的地に案内したから口封じですかい? それは酷くないですかね」


 そう言いつつ、距離を取ろうとするが同じだけブロッソ将軍も前に出る。


「いや、本当に案内されたら解放する予定だった。だが、ここまで良い演技をしていたが、最後でボロを出したな」

「……どういう事ですかね?」


 間合いを計り合う2人とその展開に着いて行けない副長を始め、兵達。


「確かに1カ月も山に籠っていれば、戦争が起きた事を知らなくてもおかしくはない。だが、1カ月も山に籠ってた割に、お前は小奇麗過ぎる」


 ブロッソ将軍に指摘された男は、目を鋭くさせて見つめてくる。


「国境付近で探索している以上、最初に出会った時の説明にあったように役人に追われる事もあるかもしれない状態で、そこまで身嗜みを整えるマメな奴もそうそういないだろう?」

「それは、どこで運命の出会いがあるか分かりませんので……って、もう誤魔化すのは無理ですよね」


 開き直ったように笑う男は更に笑みを強めるとブロッソ将軍を小馬鹿にする。


「ちょ――っとばっかり気付くのが遅かったですぜ? 旦那」


 男がそう言うとブロッソ将軍の背後から兵達の悲鳴が聞こえてくる。


 振り返ると弓で射られたモノがもがき苦しむ姿があり、草むらから5名程の男達が飛び出してくると混乱する兵の中を駆けて、手当たり次第に斬りかかると結果を気にせず、踵を返して山を走って昇っていく。


 ざっと見た限りでも、半数の兵が行動不能に追い込まれて腹立たしさを隠さずに舌打ちをすると男を睨みつける。


「してやられたっ! 名を聞いておこうか!」


 並の人間であれば、ショック死もありそうな殺気をぶつけてくるブロッソ将軍であったが、男は涼しい顔をしながら慇懃無礼さを隠さずに丁寧に挨拶をしてくる。


「私は、ダンガの冒険者コミュニティ、北川コミュニティ代表代理、リホウと申します。以後お見知りおきを」


 リホウは、会心の笑みを浮かべた。

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