第125話 やっぱり曲者でした、らしいです

 笑みを浮かべるリホウを睨みつけて、腰にあった長剣を正眼に構えるブロッソ将軍。


 リホウも応じるかのように柄に手を添えると余裕の笑みを強めて、中腰になると飛び出す。


 真後ろの川がある方向、つまり、ブロッソ将軍を背にして走り出した。


 その行動にブロッソ将軍は虚を突かれた顔をする。


 先程までのリホウの顔はあきらかに決着を付けようか? といった武人のような顔をしていたとブロッソ将軍は思い、身構えていた。


 身構えて虚を突かれた事により、出遅れながらもリホウを追いかけ始める。


「おい、待たんかっ! 今の流れはあきらかに勝負する雰囲気出してただろう!」

「いやぁ、まったく出してないですって、アンタとまともにやりあって勝てるビジョンなんかないですから」


 凄く楽しそうな顔をしたリホウが必死に逃げる。


 前方ではリホウを待ってたらしい冒険者が、鬼の形相のブロッソ将軍にびっくりしてリホウの合流を待たずに逃げ出す。


 更に加速して冒険者達に並んだリホウに罵詈雑言を投げかける冒険者。


「リホウさん、なんて危険なモノをお持ち帰りしてんですかい! ちゃんとポイしてから来てくださいな! 俺達の命がいくつあっても足りやせんぜ」

「本当にねぇ、まさか、あんなクソ重そうな甲冑着てて俺達より早いとか有り得ないよね?」


 馬耳東風なリホウは、たいして困ってなさそうな顔をして後ろをチラッと見ると徐々に追い付いてくるブロッソ将軍を見つめる。


 どうしようかと考えながら走り続けるとつり橋が見えてきて、リホウは、「仕方がないですねぇ」と呟くと並走する冒険者に言う。


「あの旦那を足止めしますんで、ギリギリまでつり橋は落とさないでくださいね?」

「了解、リホウさんは立派に務めを果たして、殉職したとボスに伝えておきます」


 言葉と共に足を止めたリホウは、「ちょ、ちょっと待ってっ!」と手を伸ばして呼び止めようとするが、冒険者は神に祈る仕草をした後、「来世でも会いましょうっ!」と捨て台詞を言うと走り去られる。


 ちなみにボスとは雄一の事である。


 はぁ、と溜息を吐くと追い付いてきたブロッソ将軍も足を止めて剣を構える。


 そんなブロッソ将軍にリホウは呆れた顔をして声をかける。


「ねぇ、旦那。すでに作戦は失敗に終わってるところなんですから、生き残った兵だけでも連れて退却がセオリーでは?」

「確かにな、俺が取ってる行動は将としては下策も下策だ。だがな、お前みたいなのを野放しにしたら手に負えない。今、目が届く所にいるウチに仕留めておく」


 ブロッソ将軍の中でリホウの株がストップ高になったようで、逃がさないと言われてゲンナリする。


 リホウは胸元を弄るとボール状のモノをブロッソ将軍に何かと認識させる前に投げつける。


 投げつけられたブロッソ将軍は鍛えられた反射神経が考える前にそれを両断する。

 両断されたところから茶色の液体が溢れだし、全身に浴びる。


 ブロッソ将軍は鼻を引くつかせると眉を寄せる。


「油か? 何をしようと言うのだ」


 警戒色を示すブロッソ将軍の言葉を聞いてリホウは慌てる。


「油? しまった! こっちの匂い玉で臭さで悶絶してる隙に逃げようと思ったのに!」


 リホウは、間違った! と悔しがる動作からどさくさに紛れて投げるが、ブロッソ将軍に避けられて、ゲッ、と唸る。


 後ずさりするリホウに切れた様子のブロッソ将軍が「ふざけるなっ!」と叫びと共に斬りかかってくる。


 斬りかかられたリホウは、慌てて剣で受け止めようとするが、たたら踏まされて2撃目で片手剣をへし折られる。


「やっぱり、無理っ! アンタと剣でやりあって勝負にならないって」


 折れた剣をブロッソ将軍に投げつける事で生まれる隙を利用して後方に飛び、距離を取る。


 溜息を吐いたリホウは、「昼間はイマイチなんですが、仕方がないですね」とボヤきながらブロッソ将軍に指を突き付ける。


「このままだと殺されちゃうんで拙い芸をお見せしますぜ?」


 リホウは空中に指で文字を書くように走らせると指が過ぎた場所に光でできた線が生まれ、文字と言ったらいいのか、図形と言ったらいいか分からないものを描き始める。


 それに身構えるようにしていたブロッソ将軍は目を細めて問いかけてくる。


「光文字か、確かに珍しい芸だが、ここでやってどんな効果が……」


 ブロッソ将軍がそう言いかけたところで、リホウは「こうするんですよ」と言うと書かれた文字列を掌で叩きつける。


 叩かれた文字列は、1文字1文字が流星のようにブロッソ将軍に襲いかかる。


 それに目を剥き出しにしたブロッソ将軍は、身を捻ったり、剣で斬りつけたりして慌てて避ける。


「何が起こったっ!」

「なかなか面白い芸でしょ? 光文字の才能とある才能と閃きがあれば、誰だって使える魔法なんですよ。でもねぇ、色々、問題もあるし、秘匿情報なんで使いたくなかったんですがね」


 リホウはそう言うが、光文字が使える者が希少であるので誰だってと言っているがこんな事を世間の常識なら光文字が使える者は優遇処置を受ける生き方が約束されたであろう。


 勿論、ブロッソ将軍もその事に気付いていて舌打ちをする。


 この魔法にも欠点はある。


 昼間は持続時間が極端に短く、魔力消費も昼間だと半端ないうえに力加減が利かない不便さがある。

 直撃すれば、間違いなく命を奪うし、手加減が必要な場面や、試合には使えない。


 リホウの魔力ではフルに昼間に使おうとしたら5分も持たずに倒れる。


「まだまだ、行きますぜぇ?」


 時間をかけられないリホウは、空中に4本の線を描くとそのうち2本が意思を持ったかのようにブロッソ将軍に襲いかかる。


 それを見つめていたブロッソ将軍は笑みを浮かべて前傾姿勢になる。


「魔法といったな? 運が悪かったな。俺はお前にとってジョーカーだったようだ」


 そう言うと光のムチのようにしならせてブロッソ将軍に襲いかかるが、気に留めた様子も見せずにリホウ目掛けて突っ込んでくる。


 余裕の笑みを見せていたリホウの顔の眉間に皺が寄る。


 2本のうちの1本がブロッソ将軍に襲いかかり、直撃コースであるがそのまま突っ込んで避けようとも剣で弾こうともせずに直撃してしまう。


 だが、乾いた音と共に光のムチは消える。


 もう1本で再び攻撃するが結果は同じで、リホウに詰め寄ると斬りかかりにくる。


 リホウは残る2本で後方の木に縛り付けると伸縮させて、再び、ブロッソ将軍と距離を取る。


「びっくりしましたよ。魔法を切り裂いたり、避けられる考えはありましたが無効化ですか?」


 本当に驚いた顔をするリホウを見て、一矢報いたと笑みを浮かべるブロッソ将軍は剣を構え直して答える。


「少し違うが似たようなものだ」


 間合いを計り合う2人。


 リホウは光のムチで近くにあった岩を巻き取るとブロッソ将軍に投げつけると慌てて回避するのを見て、笑みを浮かべる。


「魔法による直接的な接触は無効化できても、魔法が作用して起こった物理攻撃までは無効化できないようですね」

「ちぃ! 時間を与えれば、与えるほど不利になっていくな。早めに勝負を付けさせて貰う」


 突撃しようとするブロッソ将軍を尻目に再び、胸元に手を突っ込むと上空に目掛けて何かを投げる。


 それを警戒してブロッソ将軍は足を止めると後方に下がる。


 ブロッソ将軍の上空にはヒラヒラと舞う雪のように思えるモノがゆるやかな風に舞っていた。


 近くにきた白いモノを掴むブロッソ将軍は、「紙だと?」と訝しく呟く。


「御名答! この紙吹雪を生活魔法の風で舞わせます。そして、このように生活魔法の火で発火させると炎が舞う幻想的な景色が生まれます」

「馬鹿にするな! こんなものではヤケドすら……」


 そこまで言ったブロッソ将軍は驚愕の表情で言葉を失う。


「そうです。俺が最初に貴方に投げつけて被ったモノはなんでしたか?」


 最初に投げつけてブロッソ将軍が被ったモノは油である。こんな小さな火種でも体に当たれば、火ダルマになってしまう。


「クソッタレがぁ! またペテンにかけやがったなっ!」

「これは試合じゃないんですぜ? 生きるか死ぬかの戦場でクリーンな勝負を求めるほうがどうかしてますよ」


 そういって三下風の笑みを浮かべて肩を竦めるリホウは小走りをしながら、つり橋に向かう。


 それに怒り心頭になったブロッソ将軍は、長剣を鞘に戻すと居合抜きをするような仕草から抜刀すると舞う火の粉を吹き飛ばす。


 それをつり橋の近くから見ていたリホウが、「ウソっ!」と唸る。


 驚きから硬直するリホウを目掛けて走り、ブロッソ将軍は叫ぶ。


「このペテン師がそこを動くなっ!」


 リホウとブロッソ将軍との距離が10m程になった時、驚愕の表情をしていたリホウが会心の笑みに変わる。


「これで詰みです」


 リホウは、2人の間の地面に生活魔法で生んだ火種を放る。


 放り込まれた火種から一気に火が燃え上がり、リホウとブロッソ将軍を隔てる炎の壁が生まれる。


 炎の壁の直前で止まれたブロッソ将軍を見て、「ちょっと早かったですねぇ」と残念そうにリホウが呟く。


 炎の向こうでは、先程まで激情に流されていたような顔をしていたブロッソ将軍の表情は穏やかなモノに変わっていた。


 そして、溜息を吐くとリホウを見て話しかける。


「最後まで予定通りということか?」

「いえいえ、まさか光文字が決定打にならないとは思いませんでしたよ。一応のつもりの保険を使うハメになりましたしね」


 リホウは肩を竦める。


「初めに匂い玉と間違って使って初手から躓いたように見せて、火の粉を舞わせて、これで足止めをするつもりで使ったペテンと思わせる。だが、実際は、最初に言った匂い玉の役割で俺に鼻を利かないようにして、油を撒いて仕掛けている罠に気付かせない為の事前準備だったのか」


 自分の体に同種の油が付着していると周りに撒かれていても、匂いでは分からなくし、目でも気付かせないように意識をリホウに集中させ、全ての手札を切ったと思わせた思考誘導の為のブラフであった。


 1度騙された話でもう1度騙されるとなかなか思えないところを突いたリホウの手口にブロッソ将軍は心から敬意を払う。


「俺はお前を格下と見下していたようだ。だが、次は決して慢心せずにお前に挑む。主戦場で会おう」


 そう言うとブロッソ将軍は、踵を返すと山を下っていく。


 リホウはその後ろ姿を見つめて魂からの溜息を吐くと、つり橋に向かって歩きだす。


 つり橋のところで冒険者達がリホウの無事を確認して、リホウの名を呼びながら手を振ってくる。


 リホウはそれに適当に手を振りながら、空いてる手で肩を揉みながらボヤく。


「いやぁ~、あんな恐ろしい人と2度目の対面なんで、ゾッとしませんねぇ。よし決めた。あの人の次の相手は、アニキか、テツ君達に任せよう。うん、それがいい」


 名案です、と言わんばかりの顔をしたリホウは冒険者達と合流する。



 そして、リホウは、橋の見張りに10名ほどの冒険者をここに残し、渡ろうとする者が居れば、問答無用に橋を落として逃げてくるように指示をすると残りの冒険者達を連れて本隊と合流する為に移動を開始した。

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