第123話 2組の招かざる客のようです

 会議があった次の日の早朝、予定通りに川の前の橋を押さえる事に成功したナイファ混合軍は駐屯できるように設営した後、会議の時の擦り合わせをし、特に変更点はなく終わる。


 リホウが、軍議を行っていたテントから出てくると冒険者、北川コミュニティに所属する者が、丸太を半分に強引に割ったと思われるモノを担いで現れる。


「リホウさん、坊っちゃんとホーラ嬢ちゃんからの伝言のようです」


 北川コミュニティ内では、テツの事を坊っちゃんと呼び、ホーラとポプリの名前の後ろに嬢ちゃんと付けるのが慣例化していた。


 ちなみに、アリア達には『お嬢様』と呼称されている。


 勿論、特にアリア達に不興を買うと恐ろしい目に遭うと冒険者達の暗黙の認識であるが、実のところ、誰も被害を受けた事はないが意外と的外れではないとリホウは思っていた。


 リホウは、割られたところに書かれている文字を見る前に、これと同じ事をした人の事を思い出して噴き出す。


 不思議そうに見つめる冒険者に苦笑しながら目を走らせて文字を読む。


 それにはこう書かれていた。



『早く着き過ぎたようで、僕達しかいなかったので伝言を残させて貰います。僕達は予定通り、向こう側に渡り、始まるまで身を潜めつつ、いないとは思いますが、僕達の通ったルートを利用する者がいないか監視しておきます。これを読まれた方、ダンガの冒険者にリホウさんに読んで貰えるようにお伝えください。それでは、後をお願いします。


 テツ  ホーラ』



 読み終えても笑いが収まらないリホウに冒険者は問いかける。


「リホウさん、何か暗号のようなモノがあったのですか?」


 冒険者も自分で一度目を通していたので内容が笑えるようなモノじゃない事を知っていたので隠れた意味があるのかと問う。


 リホウは必死に笑いを収めると「すまない」と謝った後、雄一が王都で行われた冒険者ギルド主催の大会で場所取りをした時に取った手法を説明する。


 それを聞いた冒険者は呆れると同時に笑い出す。


「あの師にして、この弟子あり、というべきか、親の背中を見て育つと言っていいかわかりませんが、笑わずにはいられませんな」

「そうなんですよ。おまけに決めたら即行動というところまで同じなのが面白くてね。後続が来るまで待っても良かったと思うんですがね」


 リホウと冒険者は顔を見合わせて笑うとリホウが何やら思い出したような顔をする。


「そういえば、君も息子がいたんじゃ……」

「おっと、いけねぇ! すぐに冒険者と傭兵を出られるように集めてきます。あ―忙し、忙しい」


 リホウに突っ込まれそうになった冒険者は、機転を利かせて仕事を理由にリホウの下を辞して去っていく。


 どうやら、他人事であれば楽しいが、自分に降りかかるかもしれない話は耳を塞ぎたいようである。


 逃げるように去っていく冒険者を見つめて、苦笑するとリホウも後を追うように集合場所へと向かった。


 向かう最中に女王の一団がやってくるのに気付いたリホウは近づいて、頭を下げて顔を上げた先の女王の表情は優れない事に気付き、「ご加減でもよろしくありませんか?」と問いかけた。


 女王は一瞬、迷ったような顔をするが、何か諦めたかのようにリホウを手招きして呼び付けると馬車の扉を少し開き、中を見せる。


 中を見たリホウは絶句する。


 中の様子と女王を交互に見つめて、漏れだすように「どうして、こういう事に?」と聞いてしまう。


 それに溜息を吐いた女王は、色々諦めた顔をして素直に話し出す。


「どうやら、荷物に紛れこんで隠れてたようで……」


 もう一度覗きこむとリホウと目を合わせないようにする、ちっちゃい4人組がそこにいた。


 リホウも困った顔して手前にいるアリアに精一杯優しげに質問してみる。


「あの、アリアちゃん? 着いてきたら駄目って分かってたよね? だから隠れて着いてきたんだから?」


 アリアは分からないフリをするが、リホウは、特にアリアとレイアに関しては年齢以上に思考が大人寄りだと見抜いていた為、可愛らしく首を傾げているがあれは演技と見抜く。


「そんな分からないフリしても俺には通用しませんよ? アニキなら困った顔をしながらも許しそうな気がしますがね」

「ダメ……?」


 リホウは、「駄目です」と頑として譲らない。


 それを横で見てたレイアが迷いもない右ストレートをリホウの右頬にねじ込む。


 ねじ込まれたリホウは油断してたのはいえ、クリーンヒットしてしまい、屈みこんで悶絶する。


 荒い息を吐きながら耐えるリホウが馬車に縋りつくようにして立ち上がりレイアに泣き事を言う。


「あ、あのね、レイアちゃん。君はよくアニキをボンボン殴ったり、蹴ったりしてるけど、あれはアニキだから平気なんだからね? レイアちゃんの拳や蹴りのキレは大人顔負けだから、間違っても普通の人や、子供相手にやったら怪我じゃ済まないから覚えておいてね」


 リホウが涙目で頬を摩りながら言ってくるのを聞いていたレイアは、驚いたように目を見開き「ウソ……」と呟く。


 隣に居るアリアが、「本当みたい」とレイアに伝える。


 アリア達は良い意味でも悪い意味でも普通じゃない者達に囲まれて生きている為、そういった常識が欠如していた。


 リホウは頬を押さえながらアリア達に、「おとなしく帰ってくれない?」と言うと仲良く4人に同時に横を向かれる。


 困り果てるリホウに助け舟を出す者が現れる。


「ねぇ、アリア、レイア、ミュウ、そして、スゥ。君達が残りたいという強い気持ちは理解したよ。でも、今の4人をユウイチ父さんが見たらなんて言うかな?」


 ここのところ、母親である女王に着いて行動はしてるが、出しゃばらずに沈黙を守っていたゼクスが4人に話しかける。


 ゼクスの言葉を聞いてバツ悪そうにする双子と困ったように唸るミュウ、どうしたらいいか分からなくなって涙目になるスゥにゼクスは笑いかける。


「まったくその事を考えてなかった訳じゃないみたいだね。だったら、僕と2つだけ約束してくれるなら僕がリホウさんにお願いしてあげるよ」


 リホウは、ここに4人を置いたという事を雄一に知られたら恐ろしいとばかりにゼクスを止めようとするが、リホウにウィンクして任せてと言わんばかりの顔をする。


 アリア達は、何でも聞くと言わんばかりに嬉しそうに頷く。


「1つ、お母様がいる場所にずっといること。勝手にどこかに行ったりしたら強制的に帰って貰うからね?」


 うんうん、頷くちっちゃい4人組。


「2つ、お母様が避難する時は、必ず一緒に逃げる事」


 その言葉にアリアとレイアは渋い顔をするが、ゼクスが「いいよね?」と言葉は優しいが拒否させないとばかりに威圧を感じる笑みを浮かべると渋々、頷く。


 ゼクスは4人に「いい子だね」と笑みを振り撒くとリホウの下へと近寄る。


 近寄ってきたゼクスに困った顔するリホウが小声で泣き事を言う。


「上手く纏めました、って空気を出してらっしゃいますが、アニキがそれで納得するとは思えないんですが?」


 リホウは、暗にこれで引き下がったら折檻受けるのは俺だっ! と目で訴えていた。


 ゼクスは天使の笑顔かと言わんばかりに良い笑顔をする。


「大丈夫です。ユウイチ父さんにこう言えば納得してくれます。お母様は、ギリギリまで何があっても避難してくれなさそうと悩んでるところに着いてきた4人をダシに避難を促し易くする為に僕に頼みこまれた、と言えば、渋々でしょうけど許してくれますから」


 リホウはゼクスの豪快な言い訳に呆れる。


 呆れはしたが、確かに雄一であれば顰め面しながらも許しそうだと思わされてしまった。


 ゼクスにやられぱなしも面白くなかったリホウは一矢報いる。


「王子もアニキにだいぶ毒されてきてますねぇ」

「えっ、そうですか? それは凄く嬉しいです」


 本当に喜ばれてしまい、頭を掻きながら溜息を吐く。


 リホウは、雄一の怒りが自分に向きませんように、と信じる神がいないのに都合良く神に祈る。


 ゼクスと女王にリホウは頭を下げる。


「家のところの嬢ちゃん達をお願いします」


 笑顔で2人に頷かれるとリホウはその場を後にした。




 集合場所にやってきたリホウの目の前には既に集まって待っていた冒険者と傭兵に、「遅れてすまない」と詫びる。


「各自、自分のやるべき事は分かっているか? 分からない事があれば今の内に聞いてくれ」


 リホウはその集団の前にやってくると声を張り上げる。


 周りを見渡すが、誰も目を反らさずにリホウを見つめ、口を開く者はいない。分からない者はいないと判断したリホウは、号令をかける。


「では、目的地は下流にあるつり橋だ。出発っ!」


 そう言うと先頭を歩きだしたリホウに着いていくように冒険者と傭兵の混合軍500名は下流に向かって歩きだした。



 歩き出して1時間ぐらい経った頃、つり橋が見えてくる。


 つり橋の前には少し拓けた場所があるが、とてもじゃないが500名の人間がいるような大きさではなかった。


 なので、つり橋の前には50名ほど、そこに至る前にある場所に残りのメンバーに陣を張らせた。


「警戒にあたるのは50名ほどでいい。みんな強行軍で疲れがあるはずだ。交代しながら休憩を取ってくれ」


 リホウは陣を張り出したメンバーの冒険者側と傭兵側のまとめ役にそう伝えると近くにいた者を10名ほど選んで、つり橋の向こうを簡単に調査をする為に出発する。


 偵察に出たリホウ達がつり橋を渡ると渡った先には小さな森といった感じになっており、見通しが悪かった。


 その為、警戒して進むように指示を出すが冷静に頷かれる。


 さすがは冒険者と傭兵で任務より命を最優先させる判断の切り替え方である。


 これが兵だと職務に忠実すぎて、手痛い思いをさせられたであろう。


 何事もケースバイケースと言う事である。



 しばらく、ゆっくりと調べて廻っているとリホウと反対側のほうから、ハンドサインで呼ぶのに気付いて静かに急いで近づく。


 呼んでいた男の隣にやってくると指を差され、そちらに目を向ける。


 差された場所を見ると遠くて顔が判別が難しいが、先頭を黒の甲冑を着こんだ30代ぐらいの男が歩き、その後ろに兵隊を20名ほど連れた集団を発見する。


 リホウ達が居る辺りまで、だいぶ急な道で足場が悪そうなので上がってくるまで30分はかかりそうだと目算する。


「あらぁ~、本当にせっかちさんがいるとは思わなかったねぇ」


 嫌な予感ほど良く当たると唸りたいのを我慢しながら、もう1つの嫌な予感は当たらない事を切実に祈る。


 リホウは、1人に本隊に連絡する為に連絡役を任せる。


 その場から走り去る者を見送ると周りを見渡す。


「来るのが分かってるのに馬鹿正直に前に出るのは礼儀知らずだよな?」


 リホウの言葉を聞いて、残る面子は笑みを浮かべて頷く。


「では、冒険者風の歓迎の準備をしようではないか、なぁ? 諸君」


 気取って言うリホウの言葉が合図になって散開する。


 それを見守ったリホウも森の奥へと姿を消した。

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