第107話 無事に溶け込めてるようです

 やった事には後悔はなかったが、力加減をミスり血を流させた事を悔やみ、回復魔法を行使した雄一であったが、ゼクスが叩かれた恐怖の影もなく嬉しそうにしており、ホッと胸を撫で下ろすと同時に何がそんなに嬉しいのだろう、と首を傾げる。


 その後、まるで生まれたヒナが最初に見た擦り込み現象かと疑いたくなるほど雄一の後ろを嬉しそうに着いてくる。


 お昼になっても給仕をする雄一を手伝いたがり、勿論、雄一はやりたいと思う気持ちを阻害する気など毛頭にないので好きにさせる。


 初めてやったらしいが、どうみてもテツより手際が良く、見てたテツも同じ事を思ったようでへこませるという一面を見せた。


 スゥはアリア達と仲良くなったようで一緒に楽しそうに食事を取っていた。


 それを微笑ましく見つめていると気疲れと思われるティファーニアが机に突っ伏してるのに気付き声をかける。


「しんどいかもしれないが、食わないともっとしんどくなるぞ? 何しろ今日の夜だけじゃなく、これからこれが日常になるんだからな?」

「分かってた事ですけど先生がいないとこんなに大変なんですね……」


 涙目で見つめるティファーニアの頭をポンポンと叩く。


「俺が毎日いれたらいいんだが、何かと家にいない事が増えるだろう。頼むぞ、相棒」


 雄一にそう言われたティファーニアは、ガバァと置き上がると瞳を輝かすと「任せてくださいっ!」と嬉しそうに返事をしてくる。


 どうやら、頼られた事が嬉しいらしい。


 そんなティファーニアを楽しそうに見つめるアンナとガレットに目を向ける雄一は2人にも告げる。


「2人もしっかり食っとけよ。今日は枝豆が安く手に入ったから、枝豆でチリビーンズにする。茹でた後に皮むき作業があるからな」


 元気良く返事するアンナと頬笑みながら頷くガレットを優しい目で見つめる雄一の隣にいるゼクスが声をかける。


「ユウイチ父さん、僕も皮むきに参加してもいいですか?」

「おう、いいぞ。だが、結構大変だぞ?」


 ゼクスは「頑張ります」と笑みを返してくる。


 そんなゼクスを見て、アンナが先輩風を吹かせて、「大変なんだぞ? 泣き事は聞かないからねっ!」と言い、それにも嬉しそうに返事ずるゼクスを見て、アンナがゼクスが王子と知ったらどういう反応するか見てみたいが、本人が勝手に気付くまで放置する事にする。


 楽しく調理チームで団欒をしているとこちらに近づいてくるダン達を発見した雄一は呼び付ける。


 3人は小走りで雄一の下へやってくると、「どうかされましたか?」と聞かれて頷く。


 話を始めようとするとお昼の豚汁の匂いに釣られた馬鹿がやってくる。


「いい匂いですね、アニキ。良かったら一杯ご相伴願えませんか?」


 雄一は、腹の内でカモがネギ背負ってきたと底意地の悪い笑みを浮かべると豚汁を掬ってリホウに手渡す。


「ズズッズ、うひゃ、これは美味いっすね。これは子供達も大喜びでしょうね」

「気に入って貰えて何よりだ、丁度、ダン達に話す内容にお前も絡む話をしようとしたとこで現れて、お前は持ってるな?」


 雄一にそう言われたリホウは口を付けていた器を下ろすと心底嫌そうな顔をする。


「アニキがその言い方する時ってすこぶる嫌な話な気がするんですが……」


 雄一は、ニヤッと笑うだけで返事を返さない。


 それを見てリホウは大袈裟に溜息を吐いて項垂れる。


「それで、ユウイチさん、何の話なんですか?」


 ダンに再び聞かれた雄一は、「スマン」と謝ると話を始める。


「実はな、西の街道に山賊が現れるようになった。そこで、お前達に行って貰おうかと思って声をかけた」

「ええっ! どれくらいの規模か分かりませんけど俺達には無理ですよ」

「そうですよ、アニキ。それにまだそれは冒険者ギルドの依頼にはなってませんよ?」


 リホウは慈善事業はどうかと、と遠回しに言ってくる。


「ああ、まだダン達には無理だとは思うが経験は積んでおいて貰おうというのが俺の考えだ。勿論、お前ら3人だけに行かせないから安心しろ。で、リホウの話だが、まさにお前の言う通りだ。だがな、アイツ等は俺の家族の仲間入りした奴らを襲った。色んな意味でケジメはつけないとな」


 雄一の顔と物言いにリホウは諦めの溜息を吐くが妙に嬉しそうにしていた。


 雄一の言葉が一段落したのを見計らったトランが聞いてくる。


「あの……ユウイチさん。それで、敵の規模と誰が着いてきてくれるか教えてもらえませんか?」

「敵の規模は100はいないだろうが、少なくとも20はいる」

「ちょっと、待ってくれ。さすがにそれだけの数となるとこちらもそれ以上の数を用意しないと難しいと思うんだが」


 雄一の話に危険を嗅ぎつけたと思われるラルクが頬の傷をなぞりながら言ってくる。


「ん? お前達に着いていくのは2名だ。ちなみに俺は含まれてない」


 それにダン達は悲鳴を上げる。


 それは2名しか来ない事なのか、雄一が来ない事なのかだが、きっと両方であろう。


 ダン達の隣にいるリホウの額に汗が浮かぶのを見逃さなかった雄一が、「逃げるなよ」と声をかけると全てが終わったとばかりに項垂れる。


「おい、テツ。昼からはお前は空いてるよな?」

「えっ、はい、空いてますが僕が行ってきていいんですか?」


 テツは自分を指差して聞いてくるのを頷いてみせる。


「ああ、3人のフォローを頼む。あくまでフォローで無闇にお前が倒すなよ? これは子供達の冒険者になりたいという子を指導する時の予行練習だ。気合い入れていけ」


 それを聞いて気合いが入ったようで、「はいっ」と元気良く返事するとゼクスに「テツ兄様、頑張ってください」と応援されてテツは拳を上げて応えた。


 ダンが情けなさそうに雄一を窺って言ってくる。


「さすがにテツがきてくれると言っても、僕達には早過ぎませんか?」

「大丈夫だ、今回、お前達に望むモノは、首が繋がった状態で息して帰ってこいだ。腕ぐらい両断されてても持って帰ってきたら繋いでやるから」


 雄一のスパルタをゲッソリとした顔をして聞く3人。


 その3人より、うわぁ、と言いたげなリホウに笑顔を向ける。


「お待たせ、リホウ」

「いえ、そのまま忘れて貰っても結構でしたよ?」


 雄一は両手を広げて大袈裟に首を振ってリホウに近づくと肩に手を置くとリホウにだけ聞こえるように話し始める。


「お前の仕事は、3人を死なせないのは当然で、尚且つ、色んな意味で再起不能にしないように気配りすることだ」

「はぁ、やっぱりそういう話ですか……最悪、俺が全部始末する事になってもいいですか?」


 疲れたサラリーマンのような笑みで笑うリホウに笑みを返して言う。


「最悪はな、でもお前が手抜きと知った場合と仕事を全うできなかった場合だが、分かってるよな?」

「あぃ! 頑張りますっ!」


 声を裏返して返事するリホウを廻りに居る者達が注目してくるが、雄一は何でもないような顔をして手を振ってくる。


「心配するな、気合いが入り過ぎてるだけだ」


 そう言うと皆はそうなの? と言いたげに首を傾げる。


 考えても分からない事は棚上げにするように踏ん切りをつけたダンは雄一に言ってくる。


「よく分からないけど、俺達は出発の準備をしてくるよ」

「普段ならその適当なところを指摘すべきなんだろうだがな」

「ん、そうだね。でも今回は突っ込まないほうが良い様な気がするよ」


 トランとラルクは顔を見合わせると溜息を吐くとダンに急かされて自分達が寝泊まりする安宿を目指して出ていった。


「じゃ、僕も用意してきますね」


 そう言うとテツは席を立つ時にティファーニアに「ご馳走様でした」と笑みを浮かべると微笑み返されて、鼻の下を伸ばして自分の部屋へと帰っていくのを見つめる雄一の目は、「俺がご馳走様だ」と言いたげな光を宿していた。


「じゃ、俺も用意に戻りますね、アニキ、ご馳走様でした」


 豚汁を掻っ込むとリホウもこの場を後にした。




 ダン達を再び、集合して出発するのを見送った雄一は、料理チーム集合で台所で夕飯の仕込みに入っていた。


 雄一とティファーニアはパン作りに勤しみ、アンナとガレットとゼクスは枝豆の茹でる。


 台所の勝手口の向こうではスゥとアリア達が楽しそうに遊んでいるのが見える。


 ここからは見えないが、学校の敷地のほうでは寮生活する子達が駆けて遊んでいた。


 勝手口からスゥが飛び込んでくる。


「ねぇ、ユウパパ。やっぱりスゥも何かやるの」

「うーん、やっぱり駄目。料理ができて食器運びとかならいいが、調理はもうちょっと大きくなってから」


 雄一の事をユウパパと呼ぶようになったスゥは、ゼクスがユウイチ父さんと言うので同じように言おうとするが長いようで、そこに落ち着いた。


 スゥは指を咥えて、拗ねるようにゼクスを見つめて言う。


「でも、お兄ちゃま楽しそうでスゥもしたいの」

「うん、楽しいよ」


 弾ける笑みを浮かべるゼクスを見て、ついに駄々っ子モードに入るスゥ。


「スゥも何かしたいの、したいっ!」


 地団太を踏むスゥは可愛いからもう少し見ていたいが、本気で泣きそうだから仕方がないので妥協案を伝える。


「じゃ、お使いを頼めるか?」

「お使い?」


 雄一の言葉を聞いて、ピタッと地団太を止めるスゥが面白くて笑みを零しながら頷く。


「ああ、シホーヌかアクアに声をかけて、市場に行ってレーズンを買ってきてくれないか?」

「えっ? レーズン!」


 スゥの話を離れて聞いていた3人が身を乗り出してくる。


「ユウさん、私も行く。ね、クロ」


 ピーピーと羽根を広げて任せておけ、とばかり元気良く鳴く。


 ミュウもレイアも、自分も! と手を上げてアピールしてくるのを半眼で見つめる。


「ツマミ食いする気か?」


 そう言うと一斉に3人が目を反らすのを見て、溜息を零そうとすると良く見るとクロも明後日の方向に目を向けている。


「お前もなのか、クロ……」


 と呟くとクロが挙動不審になり、ピィピィ~と元気が失速したかのように弱々しく鳴く。


 はぁ、と溜息を吐く雄一は色々諦めて言う。


「ちゃんとシホーヌ達と行ってくるんだぞ?」


 雄一の許しが出ると現金にも3人と+1が元気良く反応を示す。


 そして、良く分かってないスゥの手をレイアが引っ張ってシホーヌ達を捜す為に台所から出ていくのを見送る。


 見送った雄一にゼクスが聞く。


「レーズン使うんですか?」

「あ――、明日の朝のパンに使うとするわ」


 困った顔をする雄一に笑みを浮かべるゼクスと一緒にいる少女3人にも笑われる。


 雄一は憮然そうな顔をするが、余計にツボに入ったようで笑い声が大きくなり、4人は楽しそうに調理を続けた。



 料理がだいぶ進んで夕飯が近づいた頃、アクアに老人の容体を確認行って貰うとアクアの悲鳴が聞こえてきて、雄一が飛んで向かうと目が点になる。


 中に入ると半泣きで必死に逃げようとするアクアに抱き着いて捕まえるジイさんの姿があった。


「お主は誰だっ!」


 この年齢だから出せる凄味を雄一に叩きつけてくるが、今の雄一にはまったく効果がなかった。


 いや、例え雄一でなくてもアリア達ですら怖がらせられるか怪しいほどである。


 なぜなら……


「とりあえず、ジイさん。アクアの尻から顔を離して、手も解け」


 老人は、決め顔をしながらアクアの尻を頬ずりをしていた。


 本人も今、気付きましたっ! といった顔をした後、雄一を再び、決め顔をして見つめて声を大にして叫ぶ。


「だが、断るっ!」


 そう叫んだと同時に雄一の拳を脳天に入れて、老人をベットに叩きつけた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る