第106話 お前は俺の息子らしいです
雄一はスゥの馬車を使い、家に帰ってくると子供達の対応に追われる家の子達に手を振りながら、あの残念コンビ+1を捜しに家を目指して歩く。
まずはジイさんを寝かす場所を用意すべきか、と考えながらスゥ達を引き連れて中に入って行った。
とりあえず、あの2人の部屋に行くと梱包を外したと思われる梱包材などが散乱してるのを見て雄一の額に青筋が生まれる。
どこに行ったのやらと溜息を吐くと外から楽しそうな声が響いてくるのを聞いて勝手口に向かい、そこで見たものを見て再び溜息を吐く。
「つ、冷たいのですぅ!」
「1度しかかけてないのに連続とは鬼畜の所業です」
「……攻めれる時に攻めるのが常勝への道、なら私は進むのみ……」
井戸の近くに溜めた桶の水で水を掛け合う3馬鹿の姿がそこにあった。
よく見れば近くの桶でせっせと食器を洗うアリア、ミュウ、レイアの姿を確認した雄一の額に青筋が増える。
雄一はジイさんを地面に降ろすとゼクスとスゥに「ちょっと待ってろ」と伝えると大股で3人に近づく雄一に気付いたアリアとミュウは雄一に笑顔で手を振り、レイアは3馬鹿を見つめて、あーあ、と言いたげな顔を向ける。
雄一の接近に気付かない3馬鹿に拳骨を1発ずつ叩きこまれる。
キツメの拳骨を入れられた3人は目の前がチカチカさせられたようで、一瞬、何が起きたか分からないようで口々に文句を言い出す。
「何事なのですぅ。この女神シホーヌに暴挙に出るなんて、神を恐れぬ所業をする者はぁ!」
「本当にその通りです。ですが、どこか凄く覚えのある痛みに恐怖を覚えます」
「んっ、女の子に遠慮もなく、この仕打ちをしそうな人は1人しかいないような気がする。でも考えない」
シホーヌは憤りを隠さず、アクアは本能的な恐れを感じて身を縮め、ルーニュは戦略的撤退をこっそりとしようとするが、雄一に襟首を掴まれてネコのように持たれる。
「さて、洗い物をしてるはずのお前らが遊んでいて、なんで、アリア達が洗い物をしてるんだ?」
ルーニュを持ち運び、シホーヌとアクアの背後に廻る。
「……ユウイチの声を真似る魔物め、このシホーヌは惑わされないのですぅ!」
そういって、振り返らずに家に逃げようとするシホーヌと、
「あ、主様? 違うのですよ、私は真面目にお仕事をしようとしたのですが、2人に強引に遊びに誘われただけなんです」
ガタガタと震えるアクアもシホーヌに続けとばかりに後を追うようにして逃げだす2人に後ろからもう1発だと言わんばかりに脳天にチョップを入れていく。
チョップの痛みに蹲る2人を見下ろして雄一は言う。
「言い訳はきかんっ! さっさと洗い物を済ませろ。シホーヌは先に他の用事があるから連れていく」
そう言うと掴んでいたルーニュを放ると四肢を使ってスタッと着地を決める。
アクアとルーニュは、睨む雄一にガックンガックンと頷いてみせる。
「私だけ、お説教は嫌なのですぅ!」
「心配するな、それは後で時間を取って3人にしっかりしてやるから、今回はそれじゃない」
恐怖に震える3人を無視して雄一は説明を続ける。
勝手口に座らせている老人に指差し、シホーヌに伝える。
「あのジイさんの容態を見てくれ。傷口は塞いだが、体力と血は俺にはどうにもならん」
そういうとシホーヌはジイさんに近づくと手を翳して目を瞑る。
「あっ、確かにこれだけ血を失ってると回復に時間がかかって、後遺症が残るかもしれないのですぅ」
「なんとかなりませんか?」
ずっと黙っていたゼクスが心配そうに自分に縋りつくスゥの頭を撫でながら聞くとシホーヌはいつものユルイ笑顔を向ける。
「大丈夫なのですぅ。私にかかれば、おじいさんも今夜には目を覚ますのですぅ」
そう言うとシホーヌの掌から淡い光が生まれ、老人を優しく包む。
それを見守る兄妹に1つ頷くとシホーヌは笑いかける。
「これで大丈夫なのですぅ。夜には目を覚ますのでベットに寝かせておけば問題ないのですぅ」
「そうか、助かった。なら、洗い物に戻ってくれ」
雄一が素っ気なくそう言うがその場を動かないシホーヌに気付き、目を向けると目の前に頭の旋毛がアップであった。
「頑張ったのですぅ。褒めて欲しいのですぅ」
その嬉しそうな顔を見て、雄一は溜息を零し、寄せてくる頭に手を置くとグリグリとするようにしてつま先立ちしてくるのを押さえつける。
それに痛がり、「グリグリじゃなくて、ナデナデなのですぅ!」と煩いシホーヌの鼻先を人差し指を弾いて叩く。
「そうだな、帰った時に洗い物を頑張っていたら褒めたんだがな?」
弾いた指を突き付けて言う雄一を涙目で鼻を押さえるシホーヌが唇を尖がらせて言う。
「ユウイチのアホー、アホーって言ったらアホーなのですぅ」
シホーヌは、腕で目を覆い、アクア達の所へと逃げるように行くのを半眼で見つめる。
何故なら、チラチラと雄一の様子を窺うシホーヌの目論見が見えてしまっている為である。
肩を竦める雄一は、状況が良くなったのを自覚したゼクスが雄一とシホーヌのやり取りに笑みを浮かべるがスゥは状況が分かってないようで不安そうである。
そんな不安そうなスゥに目線を合わせて笑いかける。
「スゥ、もうジイさんは大丈夫だぞ。夜には目を覚ますから、そこにいるアリア達とお昼まで遊んでくるといい。ジイさんは俺とゼクスに任せておけばいいから」
雄一は、洗い物をしている3人を呼びつける。
アリアとミュウは素直にやってくるが、レイアが明後日の方向を見つめたままではあるが2人の後ろに着いてくる。
「洗い物は、あの馬鹿3人にもう任せていいから、この子、スゥって言うんだが、お昼まで遊んでおいで」
「んっ、分かった」
アリアが返事をして、ミュウが嬉しそうにスゥの手を引くが若干の抵抗を見せるスゥがゼクスを見つめる。
「行っておいで、スゥ。後の事は僕達だけでもう大丈夫だから」
「あっ、ありがとう、お兄ちゃま」
不安そうな顔から一転、弾けるような笑みを浮かべるスゥは、雄一にも笑顔を振り撒き、ペコリと頭を下げるとアリアとミュウに両手を取られて引っ張られていく。
取り残されたように3人を見つめるレイアに雄一は言う。
「レイアもスゥと仲良くしてくれな?」
「アタシもあの子と仲良くなりたいと思ってる。頼まれなくてもそうする」
唇を突き出すようにして言うレイアに苦笑しているとレイアが気付く。
気付いたレイアは頬を朱に染めると「バカヤロウ」と叫ぶと3人を追って走り出した。
4人を見送った雄一とゼクスは顔を見合わせる。
「すまんな、お前とスゥを引き離すような事をして」
「いえ、スゥに余り聞かせたくない話もありますので助かります。それに、スゥは年の近い子と触れ合った事がありません。同じぐらいの子と遊ぶ事に憧れを感じているのに気付いてましたから」
姿が見えなくなったスゥを見つめるように向かった先を見つめるゼクスを見て、雄一は頭をガシガシと掻きながら溜息を零す。
雄一は、老人を抱き抱えるとゼクスに着いてくるように言う。
「まあ、話はジイさんをベットに寝かせてからにしようか」
雄一の言葉にゼクスは頷く。
それを確認した雄一はゼクスを連れて、寮が出来た事で空き室になった部屋に向かった。
老人をベットに寝かすと雄一は備え付けの椅子をゼクスに勧めて、雄一は窓枠に腰を落ち着けるとゼクスに説明を求める。
「さて、早速、話を聞かせて貰おうか。スゥと行動してる時に思い出した事だが、ゼクス、お前達は王族だな?」
雄一にそう言われたゼクスは一瞬、目を見開いたが落ち着くと感嘆の溜息を零す。
「さすがはユウイチ様でしょうか? 僕達はほとんど人目に晒す機会はありませんし、王都の民にすら名前を知られてないほど知名度がないのに……あっ、もしや大会で僕が一言、挨拶した時に見られたのですか?」
「ああ、本当に形だけといった感じにすぐに舞台から追い出されたから、ほとんど顔は見れなかったが扱いが酷いなと思って覚えてた」
雄一の物言いに怒る事もせず、弱った笑みを浮かべる少し苛立ちを感じるが抑え込む。
「それが普通とされる状況が今の王族の姿です。母、女王は、既にユウイチ様もご存じかとは思いますが、何も権限もなく、ある者に牛耳られております」
「お前のとこの宰相だな?」
そう言うと頷いてくるゼクスは続けて説明をしてくる。
「宰相、ゴードンは僕は勿論、母が生まれる前から下準備を重ねて廻りの貴族達を味方に付けていきました。僕も自分で宰相が取った手法などや証拠集めをしましたが、本当にずさんなモノでした……どうして廻りの貴族はこんな手腕の者に着いていこうとしたのか、どうして、お爺様はこんな見え透いた手を放置なされたのかと……」
悔しそうにするゼクスを見つめる。
ゼクスの必死な姿を見て、雄一は、こんな年の子が背伸びしてまで何とかしなくてはと思える状況に追い込まれているのを嘆かずにはいられなかった。
1度目を瞑って、気持ちを切り替えたらしいゼクスが説明を続ける。
「それらを調べる過程で、ゴードンはどうやら、隣国と何やら連絡を取り合ってる事を知りました。ですが、どうやら相手を舐め過ぎて、強引な調べ方をしてしまい、気付かれたようで命の危機を感じるようになりました」
「ガキが無茶するからだ」
弱った笑みをするゼクスは、「仰る通りですが、いてもたっても居られなかったのです」と言う。
「そこで、母の勧めでユウイチ様の下へ行く流れになりました。母は、自分は簡単には殺されない、と言って残りました」
そう言うゼクスは雄一を見つめる。
その見つめる瞳を見て溜息を零す。
「何を言いたい? 母さんを助けてくれか?」
「ユウイチ様は、この国で唯一のゴードンの敵対勢力でそれを打倒できる可能性だと思っております。勿論、母を助けて欲しい、ですが、それ以上にこの国を救って欲しい」
目を細める雄一にゼクスは椅子から立ち上がり、拳を握り締めて訴える。
「その為であれば、僕はこの命すら惜しくはありませんっ!」
雄一はゼクスの言葉を聞いて思う。
ああ、素晴らしい想いと志だと……だが、雄一の腹の中はマグマが噴火を待つように激しく暴れる。
窓枠に座っていた雄一は、窓枠から降りてゼクスに近づく。
ゼクスの目の前に行き、見下ろすと平手打ちを入れるとゼクスは壁に叩きつけられる。
雄一に吹っ飛ばされて、口の端を切って血を流すゼクスが驚愕の目を雄一に向ける。
「命が惜しくないだと? 国を救って欲しいだと? そんなモノの為に親より先に逝くのが惜しくなんて10年も生きてないガキがほざくなっ!」
「で、でもっ……」
雄一はしゃがみ込むとゼクスの胸倉を掴む。
「でも、しかし、なんて関係ねぇ! お前は母親の勧めであれ、家に来た。そして俺はお前達を受け入れた。つまり、ゼクス、お前は俺の息子だ。だったら言う言葉は1つだろうが?」
そう言うと雄一はゼクスを抱き締める。
ゼクスは体をビクッとさせる瞳に涙を盛り上げていく。
「ゼクス、お前の望みはなんだ?」
「母、母さんを助けて、ユウイチ父さん」
零れる想いと共に溢れだすゼクスの涙を雄一は肩で受け止め、頭を撫でてやる。
「ああ、俺に任せておけ」
静かに、全てを抱えてた戦っていた幼い少年の泣き声だけがその部屋を支配した。
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