第104話 刻まれる歴史の出発点らしいです

 パパラッチを壊滅してから2週間が過ぎた。


 学校建設も進み、子供達を受け入れる為の寮が完成した。


 雄一は、勉強するのは外でも雨さえ凌げはできるという判断からアレクに寮の完成を優先して急かした結果である。


 今日はその完成当日で、それまでも青空教室に通ってた子は勿論、それ以外の子達も食事と雨露を凌げるとあって、10歳以下のほぼ全員のストリートチルドレンが集まった。


 門のところで騒ぐ子供達に大声を張り上げて、ホーラとポプリが子供達を誘導していた。


「慌てなくても、みんな、ちゃんと入れるから順番を守るさ。そこっ! 小さい子を押し退けて前に行こうとするなっ!」


 ホーラが投擲した石は押し退けていた子の額に見事に当たり、引っ繰り返るガタイのいい子。


 きっとホーラならチョーク飛ばしの女王になるのは確定であろう。


 同じように叫ぶポプリは、ホーラと違った意味で大変であった。


「こらっ! 待ってるのが暇だからって、私のローブを引っ張るなっ! そこのスカートを捲ろうとしてる悪ガキ、本当に捲ったら黒コゲにすんぞっ!」


 がぁ――、と叫ぶポプリから笑いながら逃げる子供達を見渡して、自分を見ている雄一の存在に気付いたポプリは、「オホホホッ」と誤魔化し笑い始める。


 その門の端では、中学生ぐらいの集団が、ダン、トラン、ラルクを取り囲むようにして詰め寄る姿が見えた。


「10歳以上は利用できないってのはどういうことだよっ! お前らは鍛えて貰えるって話なのにっ!」


 3人より年上、雄一と変わらないぐらいの男に詰め寄られ、トランは若干怯えたようであるが落ち着いているラルクが答える。


「落ち着け、利用できないのは寮だけだ。学校に入る事はできるから、学びに通うのは問題ない。ただ、語学と四則演算入門の合格を貰わないと専門的なモノは学ばせてくれないがな」

「その語学と四則演算は教えて貰えるんだよな?」

「勿論さ、それを学んで合格貰えると選ばせて貰える」


 ラルクが説明してダンが締める。


 2人の言葉を聞いた者達は、両手を突き上げて喜ぶ少年少女。


 それを離れた所で見ていた雄一は、満足そうに笑みを浮かべる。


「シホーヌ、食器などの用意は済んでるか?」

「勿論なのですぅ。この倍の数が来てもドンとこいなのですぅ」

「そのうえ、子供達が食器を落としてもすぐに駄目にならないように木製の物に統一しておりますよ、主様」


 ドヤ顔するシホーヌとアクアは、褒めて、褒めてと目を爛々として雄一を見てくる。


「それですぐに使えるようにしてるんだよな?」


 雄一の言葉を聞いた2人は表情を硬くする。


「すぐ梱包を解いてくるのですぅ!」

「私は、それを洗ってきます~」


 まさに逃げるウサギの如く、両手を上げて走り去る2人の背中を見つめて、溜息を吐く。


「それで、師匠っ! 私達はどうしましょう?」

「今日はお昼はみんなで、がやがやと外で食べる事になるだろうから、おにぎり、豚汁で決まりだ。そう言う訳でアンナとガレットは食材の皮むき、特にゴボウは、ささがきにして水に浸してしっかりアク抜きをしろよ?」

「はい、頑張ります」


 やる気漲らせるアンナと雄一に微笑み返して返事をするガレットに雄一も微笑む。


 雄一はその隣にいるティファーニアに意地の悪い笑みを浮かべる。


 ティファーニアもだいぶ北川家に染まってきているので、雄一のあの顔はサラッと重責をかけてくるものと知っており、若干仰け反る。


「テファ、お前に初めての体験の重大任務を与える」


 雄一がそう言ってくるのを見たティファーニアは「やっぱりぃ!」と身を縮めるようにして自分を守ろうとする。


「俺とテツは備蓄の食材が乏しいから買い出しに出る。なので、アンナとガレットの指揮と米を炊く全権を与える」

「ムリムリムリッ! 一人でご飯を炊いた事もないですし、まして指揮なんて……」


 ティファーニアは上目遣いで目端に涙を浮かべて、「せめて、ご飯が炊けるところまで一緒にいて?」と言ってくるが雄一は口の端を上げて笑う。


「青いな、テファ。テツ相手なら瞬殺だが、俺にはまだ足らん。これは決定事項だ……テファ、おにぎりの美味しさは炊き上がりで8割決まる」


 雄一はサラッとプレッシャーをかける。


 隣にいるテツは、苦笑しながら頬を掻きながら、「ティファーニアさんならできます!」と根拠のない応援をしていた。


「先生のオニッ!」

「はっはは、聞こえんなぁ」


 最高にいい笑顔をして高らかに笑うオニと半泣きの少女がそこにいた。


 雄一はテツの反対側に目を向ける。


 釣られるようにテツも見つめるとルーニュの姿があり、驚いて飛び上がる。


 いくらティファーニアに意識を持って行かれているとはいえ、真横に来てもテツに悟らせないコイツは只者ではないな、と雄一は苦笑いを浮かべる。


「もしかして、私にも何かしろと?」

「当たり前だろ?」


 溜めもなく切り返されたルーニュは、「ムゥ……」と顔を顰めるが、すぐに表情を明るくする。


「なら、私は貴方のダッコちゃんになる」


 そう言うと雄一の左腕に飛び付くと四肢を使って抱きついてくる。


 それを冷めた目で見つめる雄一は、迷わずボウリングをするようにルーニュを地面に転がす。


 ルーニュは、「ああぁぁあ……」と声を上げながら前転を続けて、最後にはカエルが潰れたような体勢なる。


「馬鹿な事を言ってる暇があるならシホーヌ達の手伝いでもしてこい」


 そう言われたルーニュは、首だけ上げて雄一を見つめる。


「この扱いの酷さ忘れないっ! ちょっとクセになりそうになった責任は取って貰う!」

「ちょっ! マジか」


 ルーニュは、起き上がり、雄一に指を突き付けて叫ぶ。


「いつまでもDTでいれると思うな……おぼえてろ」


 そう捨てセリフを雄一に言うとシホーヌ達が向かった先へと走って行った。


 ルーニュを溜息で見送った雄一は、隣のテツに疲れ切った声で伝える。


「買い出しにでかけるぞ、大八車引いてこい」

「はい、すぐ取ってきます」


 苦笑いするテツが大八車を取ってくると2人は市場を目指して出発した。





 市場を廻り、何軒目かのハシゴをした頃、噴水広場を通りかかった時の話である。

 幼い子が泣きながら叫ぶような声を拾った雄一は立ち止まって辺りを見渡す。


「どうしたんですか? ユウイチさん」


 テツは雄一のシゴキで体力がだいぶついたようで、大八車に載せられた小山になりかけてる荷物を苦もなく引きながら雄一に質問する。


「近くで泣いてる子がいる……あっ、あそこだ」


 雄一が場所を特定するとそれを囲むようにしていた人達が、雄一の存在に気付いて道を空けていく。


 空けていく者の顔は、ホッとする者とバツ悪そうにする2通りに分かれ、眉を寄せながら向かうと雄一が拾った声が聞こえてくる。


「だ、誰か、スゥのお兄ちゃまとジイを助けて欲しいのっ!」


 手当たり次第に近くにいる大人に縋りつくが、辛そうに目を反らす者と、やんわりと手を外させて去っていく者を大きな目に溜めた涙越しに見つめる。


 真っ赤な髪は、本来ならフワフワしてそうな髪を思わせるが、今は土埃に塗れ、可愛らしいワンピースはボロボロになり、覗く肌には擦り傷ができており、そこから血が滲んでいた。


 アリア達と変わらない年頃の幼女があれだけ血を滲ませているのに痛みに泣き事を言わずに必死に助けを求める姿に心を打たれる。


 雄一は足を止めず、幼女、スゥの下へと向かうと目が合う。


 すると雄一に気付き、駆け寄ってくるとズボンを握り締めてくる。


「おじちゃん、スゥを助けてっ!」

「おうっ、おじちゃんが助けてやる。だから、ゆっくりと最初から話してみろ」


 小さな手が震えるほど力を込めて雄一のズボンを掴む手を優しく解いて両手で包んでやる。


 それと同時に回復魔法を行使する。


「おじちゃん、魔法が使えるのっ!」

「凄いだろ? おじちゃんが、スゥのお願いを叶えてやる」


 瞳を輝かし始めるスゥとそれを見つめる雄一。


 トトランタの歴史書で語られるスゥの逸話の出発点。


 それは、雄一と出会うダンガの広場から始まる。


 こうして歴史のページは開かれた。

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