4章 DT、表舞台に立つ

第103話 満月は見ていたらしいです

 月明かりが眩しい深夜、シホーヌとアクアに挟まれるようにして寝ていた幼女がムクりと起きる。


 どうやらトイレに行きたくなって目を覚ましたようで、不安そうに外を眺めた後、左右で気持ち良さそうに眠る2人を起こそうかと悩む素振りを見せたが、被り振るとベットから降りる。


 おそるおそる、ドアから出たところで月明かりに照らされた人物はレイアであった。


 まあ、アリアもミュウも雄一の部屋で寝ているのでシホーヌとアクアと一緒に寝てるのはレイアしかいない訳であるが。


 トイレは外のお風呂の傍に設置されていて、月明かりが明るいといえ、いつも強がるレイアであったとしても怖いモノは怖いらしく、ビクビクしながら辺りを見渡しながらトイレに向かった。


 トイレを済ませて、色々落ち着いたレイアがトイレから出ると家を出ていく人影に気付き、身を竦める。


 月明かりに照らされた者の顔を見て、泥棒などではないと分かったが、レイアは首を傾げる。


「アイツ、こんな時間にどこに行こうっていうんだ?」


 レイアが目撃したのは雄一であった。


 雄一の姿を見つけて、何やら悩む様子を見せたレイアであったが、踏ん切りをつけるように、「もうっ!」と一度足を踏みならすと雄一が向かった先に走り出した。



 雄一の姿を捜してアチコチ見て廻るが見失ったようで困った顔をして立ち竦む。


 少し前のレイアであれば、先程、雄一を見つけたとしても欠伸を噛み締めて何も考えずにベットに戻ったであろう。


 先日、アリアと言い合いをしてからというもの、何かと一挙一動ですら気になって様子を窺う事が多くなっていた。


 勿論、その変化をレイアは自覚してはいなかったが、明らかに雄一への意識が変化が生まれつつあった。


「あの野郎、どこに行きやがったんだ?」


 辺りをキョロキョロするが見つからず、気付けば家からだいぶ離れている事にレイアは今更ながら気付いた。


 気付くと急に不安が押し寄せてくるが、雄一への興味と恐怖がせめぎ合い悩んでいると不意を突くように肩に手を置かれる。


「キャァァ――――!!!」


 普段のレイアからでは、なかなか聞けない可愛らしい悲鳴を上げる。


 恐怖に染まった目で振り返ると眠そうに目を擦るナイトキャップを被った金髪の少女とブランケットを肩から羽織る青髪の少女が嘆息してレイアを見つめていた。


「レイアが外に出るのが分かって飛び起きてきましたが、何をしてるのですか?」


 レイアの後ろに現れたのはシホーヌとアクアであった。


 アクアにそう言われたレイアであったが、なんて答えたら良いものやらと悩み始めるが面倒になり素直に答える。


「あの野郎がこんな時間に家を出ていくのが見えて、ちょっと興味が出て追いかけたら見失った」


 レイアの考えなしの行動を思い、アクアが溜息を吐くが隣のシホーヌがアクアに言う。


「これは丁度良い機会かもしれないのですぅ。こないだ、ミチルダに聞かされた事を考えれば悪くないのですぅ」


 アクアもその言葉を聞いて、「確かに丁度良い機会かもしれません」と頷いてくる。


 レイアは何の事か分からないので、アクアの袖を引っ張って「どういう事だよ」と聞き返す。


「ちゃんと話してあげます。でも、移動しながらね?」


 そう言うとアクアはレイアの手を掴むと街の南側に向かって歩き出す。





 しばらく歩いても話をしてくれない事に焦れたレイアが問うとアクアは苦笑してくる。


「レイアはアリアと比べて辛抱が足りませんね。もうちょっとお姉ちゃんを見習ったほうがいいですね」


 アクアのセリフを聞いてレイアは目を剥く。


「なんで、アリアが姉ちゃんだって知ってるんだ?」


 慌てるレイアをクスクスと笑うアクアは、それに答えずに最初の質問を答えだす。


「ミチルダさんから聞いたのだけど、主様がギフトを持ってる事を知ってるのよね?」


 はぐらかされた事には気付いていたが、聞きたい内容をやっと話してくれると分かり、棚上げにして頷く。


「そして、そのギフトは主様の意思により使えないようにしてる事をミチルダさんが伝えたと私達は聞いたわ」


 そう言いつつ、前方に視線をやるアクアの横顔をレイアは見つめる。


 月明かりに照らされる彼女は普段のお馬鹿さんと同一人物かと疑うほど神秘的に見えてレイアは見惚れる。


 城壁が見えてくるとシホーヌとアクアに両手を取られて、空を舞うように越えていく。


 飛んでる景色は素晴らしく月明かりに照らされたレイアの顔に笑みが広がる。


 フワリと羽根のように地面に降り立つと、再び、歩き始めて木々の隙間の先に草原が見える。


「なのに、テツ、ホーラよりも強く、負ける所が想像できないほど強い主様がギフトを封じてるという貴方は疑ってるのよね?」


 それに頷くレイアであったが、激しいぶつかり合う金属音が聞こえてきて身を竦める。


「これからギリギリまで近づきますが、大きな声を上げると主様に気付かれるので注意してください」


 静かに足音を殺して、木々を抜けて草原が一望できる位置にくるとレイアは目を見開いて固まる。


 レイアが見る先には雄一が上半身剥き出しで血を滴らせて倒れている姿がそこにあったからである。


 その正面には真っ黒な雄一とそっくりな背格好の影のようなモノが肩に長い棒のようなモノを担いで見下ろすように立っていた。


 雄一は、力を振り絞って巴を杖にするように立ち上がろうとするが、盛り上がる筋肉から血飛沫が噴水のように噴き出す。


 目の前で立っていた影が雄一が立ち上がると同時に棒を薙ぎ払うようにして雄一を上空に吹き飛ばす。


 落ちてくる雄一を迎撃するかのように構える影が連続突きをしてくる。


 それを雄一は空を駆けるようにして必死に避けるが、完全に避け切れず、小さい傷を量産していった。


「クソッタレがぁ!!!」


 空いてる左手を真横に振り抜く動作をすると雄一の前に無数の水でできた矢が現れ、「いけっ!」と叫んだと同時に放たれる。


 その無数の矢を見据えるように構える影は一瞬の溜めを作ると棒で薙ぎ払ってくる。


 一閃されただけなのに大半の矢は消失し、その余波が雄一に牙を剥く。


 雄一は必死に巴でその真空波を抑え込もうとするが失敗して遠くへと吹っ飛ばされると影は音もなく消える。


 それを見たレイアが叫ぼうとしたところをシホーヌに口を押さえられる。


「大丈夫なのです。ユウイチは無事なのですぅ」


 シホーヌが指差す方向に目を向けると弱々しく身を起こすと悔しげに地面を殴る雄一の姿があった。


 そして、自分の胸に手をあてると淡い光を放ち始める。


 すると血が逆流するように流れる血が無くなっていき、傷は塞がっていた。


 それを見ていたレイアは思い出す。


 一緒にお風呂に入った時にアリアが煩いので雄一の体を洗った時に傷痕が目に付いていた事を。


 雄一は、肺にある空気を全部吐き出すように溜息を吐くとカンフー服を肩に背負うと空いた手に巴を持って不機嫌そうに目を瞑って街のほうへと帰っていった。



 雄一の姿が見えなくなるとレイアの背後にいるシホーヌに向き合うと噛みつくように質問する。


「何がどうなってるんだ? アイツがボロボロにやられてたんだよ。あの影は何なんだよっ!」

「あの影は雄一そのものなのですぅ。しかもギフトを封印してない雄一なのですぅ」


 シホーヌの言葉を聞いて目を見開くレイアは、「えっ? どういう事?」とシホーヌとアクアを交互に見つめる。


「主様は、ギフトを封印する時に仰いました「ギフトなしでもテツ達に恥じない男になってみせる」と。そう仰った後、私達に偉そうな事を言った後で申し訳ないが、自分の訓練相手に今の影を出せないかと頭を下げてこられました」

「始めは本当に酷かったのですぅ。何度も死の淵を彷徨うような目に遭って私達が飛んでやってきて蘇生処置をしてたのですぅ」


 シホーヌは、頬を朱に染めつつ、目を細めて「本当にユウイチは馬鹿なのですぅ」と嬉しそうに呟く。


「影は常に主様の強さに合わせて強くなっていきます。その上にギフトの力が存在する。だから、勝てるはずなどありはしない。それでも主様はそれを超えるつもりで毎日のように挑まれてます」

「これを毎日?」


 レイアがそう問うと2人は静かに頷く。


 それを聞いたレイアの中の価値観にひび割れが起きる。


 ずっと雄一はギフトに胡坐を掻いて、高い所から見下ろす事であの余裕を持っていたのだと思っていた。自分達ですら、その余裕から生まれる余剰から可哀そうだからと思われて世話されていたと思っていた。


 それが蓋を開ければどうだ。


 普段の余裕は死に物狂いで自分を苛め抜いた強い精神からきていたと気付かされる。


 1つ気付き始めると今まで、そんな訳ないと否定していた事が全て引っ繰り返っていく。


「アイツは、ずっと死にそうな目を遭いながらも誰よりも遅くに寝て、誰よりも先に起きて、アタシ達に笑いかけてきたって言うのかよ」


 肩を震わせて地面を睨みながら泣くレイアをシホーヌはその小さな肩を両手を覆うように抱き締め、アクアは、レイアの涙を指で拭ってやりながら頭を撫でると微笑む。


「泣かないで、レイア。主様はレイアに泣いて欲しいなんて少しも思っておられません。悪態を吐こうが笑顔の貴方を見たいと思っておられます」

「でもアタシはアイツに酷い事ばかり……」

「いいのですぅ。ユウイチはまったく気にしてないのですぅ。ティファーニアが連れてきた子供達とレイア達が楽しそうに遊んでるのを本当に嬉しそうにしてたのですぅ」


 それでも、「でも……」と呟くレイアにアクアは頬笑みながら言う。


「それほど気になるなら、主様に抱き付いて「いつもありがとう」と言ってみると良いです。きっと嬉し過ぎて主様が気絶しそうな気がしますが」


 シホーヌとアクアはその状況を想像してしまい、噴き出し顔を見合わせるといつものお馬鹿な2人の空気が生まれる。


 レイアも想像してしまい、恥ずかしさで悶えそうになるが、小さな声で「考えておく」と呟くが2人はしっかりその言葉を拾ったようで笑みを浮かべる。


 シホーヌとアクアは再び、顔を見合わせて頷く。


「じゃ、そろそろ遅い時間になるのですぅ。できればユウイチより先に家に帰っておきたいから飛んで帰るのですぅ」


 そう言うとシホーヌとアクアはレイアの手を取って城壁を超えた時のように空を舞う。


 レイアは先程はあれほど心躍った空中であったが、今のレイアには、いかに自分が小さい存在かと思い知らされるような広い空を感じて悲しげに呟く。


「早く、大きくなりたいな……」


 その言葉に2人は、


「今の内にユウイチを沢山困らせてあげるといいのですぅ。それが許されるのも今の内なのですよぉ?」

「レイア、ゆっくりでいいのです。ゆっくりと大人になりましょう。焦って大人になると綻びがある大人になってしまいますからね」


 レイアはアクアの言葉を聞いた時、ミチルダに最後に言われた言葉の意味がなんとなく分かったような気がした。


「うん、ゆっくりとホーラ姉より良い女になるよ」

「あれれぇ? そこは私達より良い女になると言って、私達がそれは難しいのですぅ、と言うとこじゃないのですぅ?」


 シホーヌの言葉にウンウンと頷くアクア。


 その2人を見つめた後、目を反らしてレイアは言う。


「ん―、そんな低い目標で満足はしたくない……かな?」

「それはどういう意味なのですぅ!」


 楽しそうに騒ぐ3人が月明かりに照らされ夜間飛行を楽しんだそんな夜。


 街中へと消えていくのを満月が見つめていたという話。


 だから、満月は知っていた。


 明日の朝、寝坊した3人が雄一に叩き起こされるという未来を。


 せめてとばかりに家路に着くまで優しく満月は3人を照らし続けた。

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