第66話 どうやら、まともにやり合う気はないようです

 もう間もなく試合が行われる時間になろうかという時、テツは違和感を感じる。


 帰って来てから、ずっとニヤけて見つめるベルグノートの存在には気付いていたが、それはどうでもいい。


 敗退した出場選手だった者の一部がベルグノートを軽蔑の視線を向ける者と関わりを避ける者の2通りに分かれ、大会関係者らしきの若いメンバーは憤りを感じているように悔しげにする者がチラホラする。


 年配の者の一番偉そうな人は、テツと目が合うと深く頭を下げる姿を見て、さすがに鈍いテツでも状況がしっかりと飲み込めた。


 ベルグノートが裏から手を廻して何かをやり、自分に都合の良い状況を作りだしたのだと……


 テツは、睨むようにベルグノートを見つめるとテツが気付いたと理解したようで醜悪な笑みを浮かべる。


 思わず、ベルグノートの下へ向かおうとした時、選手を呼ぶ審判の男の声ががする。


 テツは、その審判を見て、虚を突かれた顔をする。


 あの度胸のある妙齢の女性じゃなくなっていることに気付き、ここまでやるのかと歯を食い縛る。


 憤っているとスタッフの控室があると思われる通路のところから手を振る者がいた。

 テツがそちらに顔を向けると相手が気付いてくれたとホッとした反応を見せる。


 手を振っていた人物は、審判をやっていた女性であった。


 テツが気付いた事を喜んだ後、手招きをして呼ばれたのでテツは素直にその女性の下へと向かう。


 傍に来ると申し訳ない顔をした審判をしていた女性がテツに頭を下げながら言ってくる。


「もしかしたら察してるかもしれないけど、あのドラ息子が主導で冒険者ギルドに圧力がかけられてるの。今、冒険者ギルドは真っ二つに分かれ、この大会を事務長一派が取り仕切ってる。ギルド長共々、中立の冒険者ギルドに戻る為に全力を尽くしてる……でも……」


 テツはその続きを理解して、自分から答えを伝える。


「どんなに頑張っても僕の試合には間に合わない、ですね?」


 下唇を噛み締めた女性は辛そうに頷く。


 そんな辛そうな女性を見て、こういう時、雄一ならどうするだろう、と考えるが、そんな事決まっていると苦笑する。


 テツは、頭を下げ続ける女性に声をかける。


「頭を上げてください。審判もあっち側でも誰の目から見ても、はっきりする勝敗を着けてしまえば何もできません」

「君が強いのは灼熱の魔女との戦いで分かるけど、あの馬鹿は魔剣を持ってるのよ? 不正を覆してまで……」


 テツを心配して言ってくる女性に笑顔を浮かべながら首を横に振る。


「負けません。僕は、この大会で優勝するのですから。世界一の男が見ている。無様な姿を見せられないんです、もうこれ以上は!」

「ドランの事を言ってるの? アイツもあちら側で今回の件でも一枚噛んでる男を意識してるなら止めなさい」


 テツは、女性の言葉を苦笑いをしながら、「世界の頂きはあんな低い者じゃないですよ」と笑うテツを見て女性は絶句する。


 それにティファーニアも見ているという言葉は飲み込む。


 さすがに、そこまでは開き直れなかったテツは照れが浮かぶ大きな笑みを女性に見せると背を向けて試合会場に足を進める。


「だから、僕の事は気にせず、冒険者ギルドの一刻も早い正常化に努めてください」


 そう言うとテツは女性の返事を聞かずに待機場所から出て行った。




 試合会場に着くと割れんばかりの観客の声に出迎えられる。


 テツは、1回戦の戦いで色んな意味でファンを得たようで、2回戦の時も応援されてたので、今回はちょっとだけ心の準備ができてたので緊張せずに済んでいる。


 2回戦の時は、それが原因で始まる前に足をもつれさせて転びそうになるという失態を晒してしまっていた。


「良く逃げなかったな? そこだけは褒めてやるぞ」


 いきなり上から目線の発言をしてくるのは、先に入場していたベルグノートであった。


 だが、テツはそれに構わず、ストレッチをしながら試合開始の合図を待つ。


 相手にされない事に苛立ったベルグノートは、目を血走らせて噛みついてくる。


「1度、負けた相手にえらく余裕だな、今回は更にお前に不利な状況が出来上がっている。逆立ちしても勝てる見込みはないぞっ!」

「分かった、分かった。逆立ちして駄目なら空中と飛び跳ねて勝つから、さっさと始めよう」


 テツは、面倒そうにベルグノートを見つめ、「キャンキャン、煩い」と溜息と共にテツには珍しく毒を吐き出す。


 そのテツの言い回しに血管を浮き上がらせて顔を真っ赤にするのを見ていたテツは、思わず、「面白い顔ですね」と言ってしまう。


 それに切れたベルグノートは叫ぼうとするが、観客が選手が揃ってるのになかなか始まらない試合にヤジを飛ばし始めた事に舌打ちすると審判に目配せすると審判は頷く。


「それでは、準決勝を始めます。両選手、試合を開始してください!」


 その言葉を聞いたテツは、やっと始まった、という顔をする。


 審判が手を振り下ろすのを見たテツは、アクアの言い付けを守るように、それと同時にベルグノートの懐へ一足飛びで入る。


 そして、ツーハンデッドソードで胴を薙ぎ払うように斬り払う。


 特攻してきたテツの動きの速さに顔を強張らせるベルグノート。


 テツの得物がベルグノートに届くと思われた瞬間、固いモノを叩いたような、カーン、という音と共に剣も弾かれる。


 眉を寄せて思考を一瞬で済ませるとテツはベルグノートに剣戟を入れる事で、原因は何か知る為に手数を増やして攻撃を集中する。


 結果、全て、同じように弾かれる。


 どうやら見えない何かが、ベルグノートを覆うように存在するようだ。


 テツの動きに一瞬、驚きと焦りを感じたベルグノートだったが、自分に攻撃が届かない状況にイヤラシイ笑みを浮かべる。


「だから、言ったろ? お前では俺には勝てない」

「そういうセリフは、実力で勝って言え!」


 ベルグノートは、「ドラゴンの一撃も防ぐという代物だ」と自分の左腕を見せてくる。


 どうやら、手首に付けている腕輪が、テツの攻撃が届かない理由のようだ。


「権力も財力も力。だから、俺は強く、お前は弱いんだよぉ」

「それが力というのは否定はしない。でも、それだけのお前が強いという話にはならない!」


 軽く跳躍するようにしてベルグノートに切りかかるテツは、目元に強い光を感じて空中で身を固くしてしまう。


 空中で動きを止めてしまったテツを、お返しだと言わんばかりに魔剣で薙ぎ払ってくる。


 かろうじて、条件反射で剣を挟む事に成功したテツは吹っ飛ばされる。


 吹っ飛ばされたテツではあるが、すぐに体勢を整えてベルグノートと向き合う。


 そして、光が届いた方向を見ると小さい鏡みたいなのでテツに狙いをつけている者を発見する。

 しかも、1人だけでなく、複数いるようである。


 テツは、強い怒りを感じる。


「どこまで、ゲスな事をする気だっ」

「何の事を言ってるんだ? 俺は、ルールに抵触はしてないぜぇ?」


 やっとテツの感情を引き出せたベルグノートは、気分良さそうに笑う。


 テツの体に光が当たっているのが見て分かるが審判もグルな為、見て見ぬフリをしてくる。


 やっぱり、こんな奴にティファーニアに色目を使われるだけでも許し難いとテツは、はっきりと認識をする。


 激しい怒りを通り過ぎて自分がどんどん冷静になって、年上の男がガキにしか見えなくなり、教育する必要があると腹を括る。


 テツは、ベルグノートに対して半身立ちしながら指を突き付ける。


「絶対、お前を泣かすっ!」

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