第64話 風と共に去るモノらしいです
テツは、その後の2試合目は無難にこなし、勝ち進めると昼休憩に入る事になる。
それを見越していた雄一は屋台へ行って昼飯の調達に向かっていた。
同行人にティファーニアのところの年長の男の子、バッツという子が一緒に屋台巡りをしている姿があった。
屋台の割高の商品に眉を寄せながらバッツに申し訳なさそうな声音で声をかける。
「残念だな、できれば一緒にみんなで食べたほうが楽しいんだろうが……」
「仕方ねぇーて、家にチビを一人置いて、こっちで観戦してても落ち着かないしさ」
バッツは、鼻の下を擦りながら少しも気にしてる様子を見せずに雄一に笑顔を向ける。
雄一に懐いていた幼女が風邪を引いたらしく、1人残すのは可愛そうだという事でティファーニア1人を見送る事にしたらしい。
ただ、食事を作れる者が誰もいない為、病人食はミランダに頼み、それ以外の者達には気分だけでも味わえるように屋台の食事を雄一が御馳走するという事でお持ち帰りさせる事になっていた。
雄一は苦行をさせるように、バッツに持てる限界の量を見極めたのかと言いたくなるほど食べ物を持たせる。
持つのに四苦八苦の様子ではあるが、その食べ物を嬉しげに見つめるバッツは、自分を笑みを浮かべて見つめる雄一に申し訳なさそうに聞いてくる。
「こんなに御馳走になっていいのか?」
「子供が、そんな下らない気の使い方をするんじゃない。少しでも温かい内に持って帰れ」
雄一に軽く頭を叩かれたバッツは笑みを爆発させるように、ニシシッと笑う。
「あんちゃん、ありがとうなっ」
ヨタヨタと歩くバッツを見送ると雄一は、屋台の影に隠れる者に声をかける。
「いい加減出てきたらどうだ? これ以上、隠れ続けるなら敵対行動と認識するぞ?」
「待ってくれ、いや、待ってくださいよ、アニキ!」
金髪の髪を撫でつけるように後ろに流す男、リホウが現れる。
雄一は、そのリホウの姿を下から上と眺めると残念そうに口を開く。
「えらく、みすぼらしい格好になったな?」
派手な白銀の鎧を着ていたリホウは、安物の叩き売りで買ってきたような皮鎧を纏い、同じく籠売りされてそうな片手剣を下げていた。
「そう言わないでくださいよ。俺はアニキと敵対しない為にパトロンのポメラニアンと縁を切ってきたんですから……」
本人曰く、財産のほとんどを違約金として持って行かれたらしい。明らかに多い金額だとリホウも分かっていたようであるが、ポメラニアン達が企む事を偶然知って早急に縁を切る為に散財する事を選んだらしい。
「俺は、本気でアニキと戦うぐらいなら貴族を敵に廻したほうがマシだと思ってるですよ?」
「アニキはやめろ、これでも俺は年下で16歳だ!」
リホウは、調子の良い顔をして、「年なんて関係ないですよ、アニキはアニキですよ」と言ってくるのに頭を抱える。
「それでですね? 俺は、本当に舎弟にして欲しいんですよ。アニキの敵は勿論いやですがね……なんとなく、アニキと一緒だと楽しそうだと思ったんですよ」
「でっかい奴を面倒見る気はない」
雄一は、つれなくあしらおうとするのを見たリホウは、目を細めてくる。
「さっき、俺がポメラニアンが何かしようとしてると知って、縁を切った、って言いましたよね? 興味はありませんか?」
そういうリホウを雄一も見つめる。
なかなか上手いカードの切り方をしてくると苦笑する。
とはいえ、リホウみたいな奴がいたところで……と思った時、雄一が考えている事にリホウの使い道、いや、適材適所の役どころがある事に気付く。
「さすが、その若さでパトロンを獲得してただけあって、最低限の交渉力はあるみたいだな。その情報とその後の働き次第で、ダンガに連れて帰ってコキ使ってやる」
「ありがたいっ! ただ……コキ使うのは程々でお願いしますね?」
弱った顔をするリホウに雄一は、「一応、覚えておく」と言葉だけと分かる言い方で伝えると、トホホ、と言いそうな顔で項垂れる。
そして、雄一はリホウからポメラニアン達が企む話に耳を傾ける。
リホウからもたらされた情報は、予想してた事と予想してなかった両方の情報であった。
予想していたほうも更に確度が上がる事になり、雄一は眉を寄せて考えに耽る。
「ふむ、どうやら徹底的に潰す必要があるようだな……」
「ひぇぇ、やっぱり縁を切ってきて正解だったですよ」
雄一の獰猛な笑みから漏れる怒気に恐れ戦くリホウは、額の汗を腕で拭う。
「お前から新たにもたらされた情報は、確かに少し、気がかりだな……」
「えっと、アニキ? アニキが予想を立ててたほうが明らかに大きな問題で、もう一つのは事実を冒険者ギルドに情報を上げれば解決なんですよ?」
ちょっと待って、とばかりに雄一に声をかけるリホウを見つめる。
「そっちのほうは、その倍の規模でも問題はない。ただ、冒険者ギルドには報告はしない。それごと、テツには打ち勝って貰うのが望ましいが……さすがにちょっとキツイかもな?」
サラッとテツに重責を背負わせる雄一。
顎に手をあてるながら唸る雄一を見つめるリホウは、「ちょっとだけ、選択を誤ったかもしれない」と汗を一滴流す。
雄一は、断腸の思いで捻りだすようにリホウに告げる。
「商人のエイビスと連絡を取ってくれ。アイツの事だから手ぐすね引いて待ってそうで怖いが、お前の情報を一応伝えてみてくれ。それだけでアイツは何をしたらいいか分かるはずだ……報酬は、王都での懇意にする商人と認識すると伝えて置いてくれ」
すこぶる嫌そうに雄一は、リホウに告げると、「アニキは既にあの大商人のエイビスと繋がりがあるのか」と驚かれる。
「しかし、いくらアニキといえ、大商人がそれで満足しますか?」
「多分な、それがアイツが一番欲しいと匂わせてきてる。明らかに隠す気がなかったからな。気が変わったとか、ごねたら、後で要相談と言っておいてくれ」
リホウが、雄一が言うようにエイビスに伝えた時、エイビスは世紀の取引を成功させたかのように普段は感情が漏れない男と同一人物かと疑う一面をリホウは見る事になる。
リホウは、雄一の言い付け通りにする為に雄一の下を離れようとする。
だが、話しながら屋台のモノを買っていた雄一がリホウに紙袋を突き出す。
「その装備を見ると、昼飯もケチりそうだから歩きながらでもいいから食っとけ」
そういうと雄一は、リホウに手渡した後、感謝を告げようとしているリホウに威圧を含んだ目で至近距離から見つめる。
「一応、自分の目とお前を信じてるつもりだが、俺の敵に廻る時は、覚悟を決めてからしろ、いいな?」
「はいっ、絶対に敵になりません!!」
びっしりと汗を顔に掻いたリホウは、背筋を伸ばすと駆け足をして王都へと戻る。
あの様子を見て、少々、疑い過ぎかとは思うが、最悪、家族に危険が及ぶ相手を思うと石橋を叩くつもりでやっといて損はないだろうと納得する。
「リホウが約束を守る男だったら、少し、ほんのちょっとだけ優しくしてやろう」
雄一基準の優しさを振る舞う事を本人がいないところで宣言して満足する事にした。
雄一は、話しこんでいた事でだいぶ時間が経っている事に気付き、腹を空かせている面子を思い、慌てて買い込み戻ってきた。
戻ってくると地面に寝そべるようにして涙するテツとホーラと肩を抱き合うように距離を取るティファーニアの姿があった。
他の面子はお腹が減ったようで丸太で寝そべり、特にシホーヌとアクアは人様の目を気にしろ、とお説教が必要なレベルであった。
良く見ると木の影からテツに向かって、「女の敵っ!」と叫ぶポプリの姿もあった。
とりあえず、雄一はポプリに手招きするとそれに気付いたポプリはスキップするように近づいてくる。
「すまんな、家の馬鹿がやらかして……恥ずかしい目に合わせて」
雄一の言葉が届いたようでテツはビクッと痙攣するように跳ねる。
「いえ、でも、でも、私は、もうお嫁にいけないかもしれません! いけなかったらユウイチさんが貰ってくれますか?」
「ん? ああ、大きくなって貰い手がないなら考えてやる」
雄一の言葉を自分の都合の良い言葉に変換したポプリは、「やったー」と喜ぶ。
喜ぶポプリを見ながら雄一は、「良かったら屋台の出来合いモンだが、一緒に昼飯食ってけ」と伝えるとポプリは嬉しそうに頷いてくる。
そして、ポプリにいくらかの紙袋を渡すと丸太のところで死体のようになってる面子を指差し、「アイツ等と先に食べ始めてくれ」と伝えると苦笑されながら頷かれる。
雄一は、ホーラとティファーニアの2人の下へと向かう。
腐臭がしそうな死体になりかけているテツを見つめて2人に問いかける。
「何があって、テツは、ああ、なってるんだ?」
困った顔をするホーラが、テツを見ながら嘆息すると説明を始める。
「ポプリとの1戦を追及されたテツが、必死に言い訳をしたわけさ。それをティファーニアに男らしくない、と言われたテツは撃沈したという、くだらない話」
呆れたホーラは、ご飯を食べるとティファーニアに告げる。ポプリと合流しよう雄一の隣にきたホーラは、雄一を半眼で見上げてくる。
「一応、確認さ。嫁に貰うとかは、あの場の流れで言った冗談だよね?」
ホーラの視線に込められるモノに震えがきそうな雄一は、ガックンガックンと頷く。
「そうだと思ったさ。アタイはユウをいつでも信じてるさ」
雄一は、嘘こけぇ! と叫べたらどれだけスッキリするだろうと思うが実行する気はなかった。
歩き去るホーラを見送っているとティファーニアが、雄一の背に隠れるようにピタッとくっついて顔だけ覗かすようにテツを見ながら一言漏らす。
「テツ君のえっち」
雄一の視界にある元テツだったものが、肥料になろうとしているのを眺め、ティファーニアの肩を叩いて、「腹が膨れたら、きっと、少しだけ優しい気持ちになれるから、大きな心でな?」と珍しくテツを擁護する雄一をジッと見つめる。
最後に一瞥と共に、再び、「テツ君のえっち」と言われたテツは、春の香りがする風に運ばれて空に舞った。
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