第62話 ヒントは意外なところから、らしいです

 冒険者ギルドから南門を抜けた先の試合会場を目指して歩き出す。


 昨日、場所取りした場所に着くが、正直、ロープで作っただけのモノだから無視する奴らがいると思っていた。


 だが、意外な事に着くと、いたのは見覚えのある1人の少女だけであった。


 黒のローブを羽織った少女は、雄一達に気付くとピョンピョンと跳んでアピールしてくる。


 少女に近づき、一つ頷くと雄一は意地悪な笑みを浮かべて少女と向き合い、ファイティングポーズ取る。


「文句のある奴はいるとは思ってたが、ちっこい女の子が1人だけか……勇気ある挑戦者を迎え討とう!」

「えっ、えっ、待ってくださいぃ! 私は、この場所に居座ろうとしてた人を追い払って守ってたんですよぉ? というか、もしかして忘れられてますぅ?」


 揺れない短いポニーテールを必死に揺らそうとするように首を振る少女に微笑みかけ雄一は謝る。


「悪い、悪い。ちゃんと覚えてるぞ、ポプリだったな? 場所取りを代行しててくれたみたいで助かる」


 つい自分の家の子にするようにポンポンと頭を撫でるように叩く。


 撫でられたポプリは虚を突かれ、驚きの表情を見せてくる。


 その表情を見て、やっと自分はやらかした事に気付いた雄一は頭を掻く。


「すまん、いつもの癖で思わずやってしまった」


 そう言ってくる雄一にポプリは俯いて、首を振ってくると踵を返すと走り去って行った。


 シホーヌ、アクア、ホーラ、ティファーニアの4人は、頬だけではなく耳まで赤くなって口がムニムニさせるポプリの姿をを目撃して嘆息する。


 雄一は、ポプリの気分を害したと勘違いしたようで周りにいる女性陣に目を向ける。


 すると、シホーヌ、アクア、ホーラ、レイアにジト目で見つめられおり、ティファーニアには苦笑いされて雄一は思わず仰け反ってしまう。


「おい、そんな眼で見られるほど悪い事を俺はしたのかよ、なぁ、シホーヌ……うがぁ」


 手近にいたシホーヌに手を伸ばそうとした雄一の横から肘で抉るように打つべし、という言葉が聞こえそうな職人技を発揮したホーラがいた。


「ユウ、いい加減、デリカシーを少しは学んで欲しいさ……」


 ホーラの冷たい視線に情けない声で、ヒッ、と悲鳴を上げる雄一はテツの肩を抱き、「助けてくれ」と情けなくも助けを請う。


「ユウイチさん、こっちにこないでくださいっ! 僕はこれでも試合を控えた身なんです。とばっちりが来たら、どうしてくれるんですか」


 冷たい事を言うテツに、


「つれない事言うなよ。俺達、いつでも苦楽を共した仲じゃないか!」

「王都にきてからだけでも、僕、結構見捨てられた記憶があるんですがぁ!」


 雄一は、指折り数えるテツを見つめて男前の顔をしながら、「それは気のせいだ、そんな事実は確認されない」と頷くがテツは雄一を白い目で見つめる。


 そんな悠長な事をしていたテツは逃げるタイミングを逃す。


「そう、テツはそちらに付くって事で?」


 冷めた目をしたホーラにそう言われて、ハッと我に返ったテツが慌てて口を開こうとする。


「いえ、僕は……」

「当然だろう、テツはいつでも俺の味方だぁ!」


 テツの言葉に被せて雄一が代弁をしてしまう。


 そんな雄一を信じられないモノを見るような目で見るテツを無視する。


「それじゃぁ、覚悟するのですぅ!」


 お玉を振り上げたシホーヌと拳を握り締めるホーラを見つめる雄一は、そっとテツを前に差し出す。


 慌てるテツの向こうでは頬笑みを称えるアクアの直径2mはあろうかという水球が目に入る。


 近くにいたギャラリーもそれに怯えて一目散に逃げ出す。


 それを見つめる雄一は覚悟を決めて、涙目になるテツの両肩を後ろから掴んで叫ぶ。


「もってっ! 俺のテツバリアぁ!!!」


 雄一は、襲いかかる水圧を覚悟して目を瞑って歯を食い縛る。


 しかし、テツのうろたえる声は聞こえど、水圧はいつまでもこないことに疑問を覚えて目を開こうとすると、コーンという音とガス、という音と共に目の前に火花が散る幻視を見る。


 ふらつきそうになるのを踏ん張ると、次は上空からバケツを引っ繰り返したような水にドボドボにされる。

 これにはテツも被害を受けたようで、「せっかく着替えたのに……」と呟くのが聞こえる。


 後ろを振り向くと水の被害を受けない距離に離れたシホーヌとホーラが楽しそうに見つめているので、せめてイヤミでも言わないと気が済まないと思う雄一が、「楽しんで貰えて何より」とぼやく。


 濡れた髪を掻き上げていると恨めしそうに見つめてくるテツに雄一は呟く。


「テツバリア使えねぇ……」

「謝罪ですらない!? 酷過ぎですよっ! ユウイチさん!」


 テツの嘆き声が響き渡った。



 冒険者ギルドから試合会場に移動して1時間程過ぎた頃、雄一は消化不良気味な顔をしながら頭を掻いていた。


 30分程前に遡る。


 人が集まり出したので開会式みたいなのがあるのかと思えば、王族らしい赤髪のテツぐらいの王子とアリアやミュウと同じぐらいの幼女が手を振って一言あっただけである。


 王子が、「皆さん、頑張ってください」と一言を述べた後、司会らしき者が「試合を始める準備ができたらドラを鳴らすので選手は選手待機場の来るように」と伝えるとそれで終わり、雄一は肩透かしを食らう。


「元の世界のが形式に拘り過ぎてただけかもしれないな」


 まだ元の世界の感覚が抜けきらないところがあると再認識する。


 テツは未だに、雄一に巻き込まれた事をプンプンと口にしつつ頬を緩ませる。


 文句言いながら頬が緩ませているカラクリはこうである。


 現在テツはハッピータイム中だったからである。


 ホーラが着替えを取りに行ってる間、ティファーニアに風邪を引かないようにと手拭で水気を取って貰っていた為である。


「テツ君、寒くない?」

「拭いて貰って、とってもポカポカしてきましたっ!」


 嬉しそうにするテツに舌打ちをしていると横手から手拭が放り投げられるのに気付いてキャッチするとその射線上にはレイアが視線をこちらに向けずにいた。


「レイア……」


 雄一はウルウルと乙女のように手拭を胸に抱きながら見つめると気持ち悪そうな顔をしたレイアが、


「テツ兄には必要じゃないから渡しただけだから! ううっ……そんな眼で見るなぁ!」


 雄一は目をキラキラさせて、「レイア、大好きだぁー」と両手を広げて飛び込もうとすると顔を足蹴にされてハグを阻止される。


「濡れた服で抱きつこうとするな! アタシまで濡れるだろうが!」


 雄一は、涙目になりながら丸太に座り、しょんぼりして拭きだす。


 丸太に登ってアリアとミュウも手拭で拭く為に来てくれて嬉しいが抱き締めるのを堪えて、「ありがとうな?」と頬笑みかける。


 それを見ていたシホーヌとアクアはアリアとミュウから手拭を借りる。


「私も拭いてあげるのですぅ」

「そう、これは妻としての責務です。主様」


 そう言って手拭を掲げてくるのを残念そうに見つめると雄一は、水魔法で衣服に沁み込んでいた水分を抜きだして乾燥させる。


「もう乾いたから、必要ない」


 雄一の身も蓋もない方法で服を乾かされた2人は、頬を膨らませながらダダッコパンチの連打を浴びせる。


 ポコポコ叩かれる雄一を眺めて、その場のみんなが微笑んでいると無粋な客がやってくる。


「羨ましいな、勝負を捨ててるからプレッシャーとか感じてなさそうで?」


 イヤミたらしい言い方で言ってくる小物臭する少年がテツとティファーニアを見つめた後、周りを見渡し雄一と目があった瞬間、全力で目を反らす。


「これこれ、本当の事だからと言って、はっきり言ったら可愛そうではないかな? 息子よ」


 2人揃うと笑いを誘うのが上手い親子の登場に雄一は心の中で拍手をする。


 子犬、もとい、ポメラニアンとベルグノートの2人である。


 その後ろに静かに敵意を雄一に向けるドランの姿があったが、この親子がどんな大根役者をしてくれるか楽しみになってきている雄一は、ドランという小物を無視して完全に観戦モードである。


 雄一と同じ心持ちを一緒する者達が見つめるなか、1人だけ目を細めて見ているものがいた。


 アクアである。


 アクアが見つめる先はベルグノートの持つ魔剣をジッとみているようで嫌悪感を隠さず顔を歪めていた。


「お前には、俺にあたるまで負けて貰ったら困るんだぞ? ティファーニアの心を綺麗に折る為のピエロに成って貰うのだから」


 本人は決まってると思っている流し目をティファーニアに向けるが、気持ち悪そうに目を反らされる。


 テツは残念なモノを見るような目を向けるが、雄一は面白くて腹が捩れそうである。


 そんなベルグノートを見て、このままやらせると恥の上塗りだと思ったドランが前に出てくる。


「初めまして、テツ君と言ったかな? 私がドランだ」


 テツは、「えーと」と呟き、トーナメント表を出して名前を見つけたらしくペコリと頭を下げる。


「お互い勝ち進んだら、決勝で戦う事になりますね。その時はよろしくお願いします」


 テツの反応が自分が思ってたものとだいぶ違った事に目を白黒させるドランを眺めて雄一はそのズレに気付く。


「テツ、お前の目の前にいるのが世界最強らしいぞ?」

「えっ? そうなんですか?」


 テツは、口をポカンと開けて上から下へと視線をやるが首を傾げる。


 またもや、テツの反応がお気に召さなかったようでドランが雄一にしたようにテツにも威圧をかける。


 テツは、その威圧に反応して身構える。


 それを見たドランが肩をピクっとさせるのに反応して頭上を守ろうとするテツだが、ドランは何でもないように頭を掻く。


 ドランの行動を見ていた雄一は、掌に手をポンとあてると、「その手があったかっ!」と唸る。


 雄一の反応を良い方向に勘違いしたドランがイヤラシイ笑みを浮かべてテツに近づくと今度は騙されないとばかりにドランを睨んでいると足を踏まれる。


「すまん、距離を見誤った」


 テツを小馬鹿にするようにしてくるのに激昂しかけたテツであったが、テツも雄一同様に何かに気付いた顔をする。


 何かを言葉にしようとしたテツの行動を邪魔するようにドラの鳴る音が響き渡る。


「集合時間になったみたいなんで行ってきます!」


 ドランを無視して、雄一に向き直るテツに頷いてみせる。


 そして、テツは家族とティファーニアに見送られて選手待機場へと走って行く途中で帰ってきたホーラに呼び止められ、着替えが入った風呂敷を受け取る。


 そして、ホーラに礼を伝えたようで会釈をすると再び、走って行った。


 興が削がれたドランと子犬一家はつまらなさそうな顔をしてテツを見送り、ドランも集合場所に向かおうと踵を返そうとする背に雄一は声を張り上げる。


「ドランっ! グッジョブ!」


 本当に感謝しているという感情を溢れさせた雄一に手を振られ、ドランは気持ち悪そうに視線を切るとドランも選手待機場へと歩いていくのを見送られた。


 子犬一家は、シナリオにない話になって纏め方が浮かばないようでズコズコと帰ろうとする。


 その前にティファーニアに振り返ったベルグノートであったが、雄一の肩の上にいるミュウに「ガゥ!」と威嚇され蹴る素振りを見せられて怯む。


 その情けない姿をティファーニアに見られ、失笑されると悔しげに顔を背けて逃げるように去って行った。


 ミュウを窘めながら、本当に面白い事になってきたと雄一は笑みを浮かべて第1試合が始まるのを心待ちにして試合会場を見つめ続けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る