第61話 大会当日の朝らしいです
大会当日の早朝、マッチョの集い亭の裏庭でテツを目撃する。
昨日の夜にそのまま訓練をしたいと騒ぐかと思えば神妙な顔をしたまま軽く食事を取ると床に着いたテツが、井戸の前で水を浴びているところに雄一は遭遇した。
見る人が見れば、精神集中や気合いを入れる為にやっているように見えるかもしれないが、雄一の目にはテツの迷い、恐れを洗い流そうとしてるように見えた。
雄一は、昨日、テツが食堂を出て行った後、ホーラと話した内容を思い出していた。
「テツはどうだった? あまり芳しくはないのは見てて分かるが、どんな感じだ?」
「お察しの通り、テツは苦戦してるさ。でも、テツもユウが言ってる意味はだいぶ理解してきてる。ただ……」
そこまで言ってホーラは言葉を濁してくる。
雄一もそうじゃないかと思いつつ問いかけたので、その先を促したりはしない。
「ユウのように空中を駆けるようにできるようにもなった。まだ完全ではないけど、姿を認識できなくなる事もある。それでも、どこにいるか分からないという事にならない」
ある一定の距離に来ると足音がしなくとも分かってしまうとホーラは顔を顰める。
ワザと気付かないフリをしようかと考えた事もあるそうだが、自分がされたら感情を爆発させると思い、やるのを思い留まる出来事が起きるほど訓練中のテツは見てて胸が痛くなる必死さだったらしい。
ホーラは自分の手を握り締めながら雄一を見つめて言葉を紡ぐ。
「テツもアタイも言葉にできないところまで理解が進んでると思うさ。だけど、その感覚的な部分、ううん、なんて言ったらいいさ……悔しいさ、言いたい事が言葉にできない感覚はっ!」
そう、これは技術や力の強さがモノを言う部分ではない。
これを雄一が理解したのはシホーヌと出会う前の元の世界にいた時の話である。
雄一もまた苦悩して、たまたまの偶然と諦めない気持ちがその領域に至らせた。
チートを得る前である事からテツとホーラが分からなくなっているのは、何も戦う事だけの話ではないという事である。
だから本当ならテツ達に手取り足とりと教えてやりたい。
だが、それは叶わない。
雄一の語学力が足らないというだけではなく、自分の中で生まれた言葉でしか理解できないのだから。
ホーラもテツもそこまでは理解が進んでいるから雄一に何も教えを請いにこない。
「主様、2人にそれを教えてあげてはあげないのですか?」
アクアが、言い辛そうに雄一を窺うように言ってくる。その横でシホーヌがウンウンと頷く姿があった。
「教えて、なんとかなる話なら……な。とっくの前に教えている」
雄一の言葉にホーラは頷く。
シホーヌとアクアが顔を見合わせて溜息を吐く姿に申し訳ない気持ちと情けない気持ちにさせられた。
という事が昨日の夜にあった事を思い出している間もずっとテツは延々と水浴びを続けていたので雄一は声をかける。
「テツ、そろそろ止めておけ。まだこの寒い時期にそれは体を悪くする」
テツは、水をかける手を止めて、「はい……」と消え入りそうな声で言うと立ち上がる。
立ち上がったテツに雄一は手拭を放る。
「それで体を拭いたら試合前のウォーミングアップをするか。少し手合わせに付き合ってやる」
雄一の言葉にも、ただ頷くだけのテツを見て雄一は眉を寄せる。
想像以上に思いつめているテツにしてやれる事があるかもしれないと昨日の夜に気付いた事を駄目元でしようかと悩んでた気持ちに踏ん切りがつく。
テツ同様、雄一も足掻くとしようと。
拭き終わったテツに構えろというと、テツは井戸の近くに置いてあったテツの得物のツーハンドレットソードを手に取り、構えるのを見た雄一は巴で横一線してくる。
明らかにいつもより遅い動きのテツですら雄一の攻撃を余裕を持ってかわせるほどの攻撃をしてくる事が理解できずにテツの眉間に皺ができる。
2合ほど打ち合うとテツは雄一の頭上に隙があると思うと反射で上段から斬りかかる。
完全に決まると思っていた攻撃は自然な動きで、たまたま頭上にきた巴の柄に当たり弾かれる。
弾かれたテツは、「えっ?」と呟いているような顔をするが流れるように攻撃をしてくる雄一はまるで演武を舞っているように見え、遊ばれているのかとムッとしてしまう。
そして、雄一に上段から叩きつけられるように打たれて滑らせるように巴を流す。
得物が流れた事で生まれたガラ空きの胴を横一線で切り払おうとするが、雄一は気付けばテツの隣に立っており、拳を脇腹に入れられて軽く吹っ飛ばされる。
この段階になるとテツも何かがおかしいと感じ始める。
流れを変える為にテツは、思いきって狙い易そうな雄一の左肩から袈裟切りをしようと突進しようとした時、雄一の行動を見てたたら踏む。
雄一は、テツが攻撃しようと考えた場所の左肩を庇うように巴の掲げていたのである。
テツは気付く。
隙がある、たまたま、ガラ空きの胴、狙い易そう、などとそんな良い条件が揃う訳がないと。
何かに気付いたテツの様子に雄一は、巴を下ろして近づきテツの肩に手を置く。
「これは技術を用いたものだ。まだ、お前にはできないだろうが、お前を苦しめる壁を乗り越えるキッカケに成る事を祈っている」
そう言ってテツを通り過ぎて食堂の方向に歩いていく雄一の背に向かって、いつもの元気を取り戻したテツが叫んでくる。
「ユウイチさん、有難うございましたっ!」
そんなテツを背中越しに見つめて笑みを浮かべる。
「濡れた服を着替えて朝飯にしよう。今日から大会が始まるからな」
雄一の言葉に、「はいっ!」と返事したテツは、雄一とテツに充てられた部屋に向かって走っていくのを見送った雄一は、再び、食堂へと歩いていった。
着替えて戻ってきたテツは、昨晩、食が進まなかった分も食べると言わんばかりにガツガツ食べる姿を家族に見せて微笑まれる。
テツを眺めながらシホーヌとアクアが雄一の傍へとやってくる。
「主様、テツに何をされたのですか?」
「別に? いつも通りに軽く手合わせしてやっただけだぞ?」
アクアは、ジト―と横目で雄一を見つめて、「本当ですか?」と聞いてくるが雄一は肩を竦めるだけでノーコメントを貫く。
訳知り顔のシホーヌが、雄一の二の腕を叩きながらサムズアップしてくる。
「私は、ユウイチならきっとやってくれると信じてたのですぅ!」
などと調子の良い事を言ってくる駄女神の可愛い鼻を摘むように人差し指と親指で挟むと持ちあげる。
「イタタッ、何をするのですぅ!!」
シホーヌはつま先立ちになりながら両手で雄一の手にしがみ付く。
「いや、可愛い鼻があったから食卓の色取りを華やかにしようかと?」
「鼻と花の違いがあるのですっ! 調子に乗って適当に言った事を怒ってるのですぅ? 許して欲しいのですぅ!」
ヒーンと泣くシホーヌは、我が身ならず、我が鼻を守る為に懺悔をする。
本来なら聞く側じゃないのかと思いつつも抓んでいた鼻を離してやる。
すると、雄一から距離を取り、鼻の先を真っ赤にしたシホーヌに涙目で睨まれる。
雄一から距離を取った事で強気になったシホーヌが、
「ユウイチのアホタレ~、ユウイチのでべそ……じゃなかったのですぅ?」
「おい、待て。いつ見た? この服を着た時は確か、俺は背を向けてたと思うんだが?」
雄一は、シホーヌの前で唯一着替えた覚えがある時の事を思い出しながら、ゆっくりとシホーヌに近づき、「お前、いらん事に力使ってないよな?」と問いかける。
シホーヌは元々から相性は良さそうだったが最近、やたらと仲が良いアクアに、「バレたのですぅ!」と声をかける。
かけられたアクアに視線を向けると、「んん??」と言った顔をしたまま汗を滝のように流す。
「アクア、お前も共犯か?」
「ち、違いますっ! 私は無関係です。だって、私は、主様がパンツを脱ぐ時は目を瞑りました! あっ……」
雄一は、どうやら心当たりの件は関係ないようだと理解したが、剣呑な空気を漂わせて、「ほっほう?」と目を細める。
「お前らに……生きてる事を後悔させてやらぁ――!」
悪鬼と化した雄一が2人を追いかけ始める。
その雄一に捕まったら終わると悟った2人も必死に逃げている割に、余裕があるようでお互いの事をアホーやらバカーと言いながら逃げる。
そんな久しぶりな北川家の雰囲気になり、テツやホーラに笑みが浮かぶ。
そして掴まった2人をみの虫のように縛り上げ吊るし上げ始める。
エグエグと泣くシホーヌとアクアが吊るし上げた雄一を見つめ、雄一が小脇に抱える壺に気付くと顔中にビッシリと汗を掻きながら口を貝のよう閉じる。
その様子に気付いた雄一が2人の傍に椅子を2個置き、アリアとミュウを立たせる。
吊るし上げられた2人が雄一がアリアとミュウに何をさせようか理解し、目尻に涙を浮かべて必死に被り振る。
そんな2人を無視して「先生、お願いします」と無情にアリアとミュウに依頼する。
任せろとばかりに快諾するように頷くアリアと「ガゥ!」と元気良く返事するミュウは椅子の上に立ち、吊るされたシホーヌとアクアを擽り始める。
シホーヌとアクアが擽られて大口を開けた瞬間に種をしっかり取ってやる優しさをみせる雄一が、壺から取り出した梅干しを放り込んでいく。
酸っぱさとこそばゆさに負けてマジ泣きして謝る10秒前の話。
それを離れて呆れた顔して見ていたレイアが溜息を吐く。
「大会当日もいつも通りとか、馬鹿なんじゃないの?」
「レイア、あれは強さというのよ?」
口をへの字にしてミランダを見上げる。
ミランダはニッコリと笑い、レイアが肘を使ってテツの席に小皿を押しやろうとしているモノを元の位置に戻す。
「レイア、ちゃんとトマトは食べましょうね?」
バッチリ好き嫌いを把握されてしまっているレイアは、負けず嫌いを発動させ、気合いを入れるとトマトを口に放り込む。
そして、レイアは青臭さとネチョとした触感に涙を流した。
朝食が済むと北川家総出で冒険者ギルドへやってくる。
本来なら試合会場の街の外に直行するところだが、対戦相手は決まっていても何試合目かなどの連絡事項を最終的な参加意思の確認をした後、本人に告知される仕組みに成っている為である。
冒険者ギルド前にはティファーニアが待っており、その姿を見つけるとテツは嬉しそうに手を振って近寄っていく。
「おはようございます。大会日和の良い天気になって良かったですねっ!」
テツは、空を見上げて突き抜けるような快晴な天気に笑みを浮かべる。
「おはよう、テツ君。そして、みなさんも、おはようございます。テツ君、とっても元気だけど先生のやってた事できるようになったの?」
「いえ、まだできませんっ!」
胸を張るように言ってくるテツに、「なのに、どうして、そんなに元気になってるの?」と苦笑しながら後ろにいる雄一を見るが笑みを浮かべ、肩を竦められるだけで何も言ってこない。
少し困った顔をしたティファーニアであったが、首を振って何かをふっ切る。
そして、テツの手を取ると激励を送る。
「もうグダグダ言わない。私はテツ君を信じると決めたの。だから、テツ君……私の期待に応えてね!」
見つめてくるティファーニアにテツは頬を紅潮させながら、「はいっ!」と力強い返事を返す。
そんな微笑ましいモノを見つめているとティファーニアの後ろから熟成された者が近づいてくる。
50年物の受付嬢ユリアであった。
ユリアは、テツの前に来るとテツの目を観察するように声をかけてくる。
「良く来たね。で、坊や、大会に参加する覚悟はあるかい?」
「勿論です。僕は、大会に出て勝つ為にやってきてます」
テツの瞳に迷いがないと判断したユリアが、元気の良い孫を見つめるように笑みを浮かべると封筒をテツに手渡す。
テツに手渡すとユリアはすれ違い際に「頑張りな」と告げ、その場から離れていく。
その背を見送ったテツが一礼した後、封筒を切るとトーナメント式の出場選手の名前が並んでいた。
そして、第一試合のところを見つめたテツが、みんなに向き直り、笑みを浮かべて言ってくる。
「僕の出番は、第一試合です」
気合いを漲らせるテツを雄一は見つめて楽しみは早い内に始まるようだと笑みを浮かべた。
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