第60話 伝説は生まれ、語られていくようです
雄一達が掲示板を見上げていると後ろから嫌味たらしい声で呼び掛けられる。
「おや? そこに居られるのはティファーニア嬢と雄一殿でしたかな?」
その声を聞いたティファーニアは弾けるように後ろを向く。
雄一も後ろを振り向くが、半眼でカール髭のおっさんと貧相なガキを見つめる。
その後ろの顎にチョビ髭を生やすチョイ悪系の30前ぐらいの男を引き連れてやってきてるのを興味がなさそうに見つめるが、その特徴と雰囲気からエイビスが言う世界最強さんと判断して、フーンと肩から力が抜けるような鼻息を洩らす。
「何か、御用ですか? ポメラニアン子爵」
敵を見つめるように見るティファーニアの言葉を聞いた雄一は、「そうそう、そんな子犬の名前のおっさんだった」と小声で呟く。
「いやいや、通りかかったので挨拶に伺っただけですよ」
「嘘コケ。さっきまで冒険者ギルドの窓ガラスにへばりついて俺達を捜してただろうが?」
掲示板を見る前に、このメンバーが窓ガラス越しで辺りを見ていた事に気付いていた雄一はポメラニアンがいた部屋を指を指して伝える。
ポメラニアンとベルグノートは、目を泳がせながら脂汗を掻いているが後ろの男は雄一を目を細めて威圧をかけてくる。
勿論、それに気付いた雄一が、ハッと鼻で笑い、「大会に出れなくしてやろうか? 自称、世界最強さん」と小馬鹿に伝える。
鼻で笑われる程度で威圧を弾かれた事に目を白黒させるが自称かどうかはともかく、世界最強と謳う人物であるらしく持ち直して腹に力を込めて雄一を静かに見つめてくる。
「それは……穏やかなセリフではありませんな? さすがにできる、できないは、さておいて、看過できないセリフですよ。最悪、貴方のところの出場選手が出れなくなるとご理解して頂きたいですね」
「心配するな。大会終わってから、こちらから出向いてやる。俺に威圧かけた後、ティファーニアにもかけようと思ってた屑野郎に大手を振って通りを歩けないようにする為に待つ事のできる辛抱強い男なんだぜ? 世界最強(仮)のドランさんよ」
雄一を言葉で脅迫する事に切り替えたチョビ髭、ドランは逆に掛け返され、雄一の威圧が含まれてない獰猛な笑みだけで怯んでしまう。
怯んだ自分に舌打ちをして目力を込め、雄一を睨むがあっさり受け止められて歯軋りをする。
「待ちなさい、ドラン。貴方は、私のコミュニティーの代表です。大会に出ない者といがみ合ってどうしようと言うのですか。その怒りはあちらの代表の……テツでしたか? それにぶつけるのがいいでしょう」
そう慌てて叱責風に伝えるが、雄一が自分が思ってるよりヤバい存在だと気付けたらしいポメラニアンはドランを諫める。
世界最強を謳うドランは、雄一の存在は看過できないモノであったがパトロンが必死な顔で言ってくる言葉を無碍にできずに黙り込み、ポメラニアンに目礼をすると後ろに下がる。
おとなしく引き下がってくれたドランにホッとしたポメラニアンは、雄一に向き合うとイヤラシイ笑みを浮かべて口を開いてくる。
「こちらは息子のコミュニティーとは別に私のコミュニティーもありましてね……その私のコミュニティーで参加するのがドランなのですが、そちらのテツ君と言いましたか? 出会うまで勝ち進んでこれればですが、お相手してあげてくださいね」
ポプリの名前を見上げて笑みを深めるポメラニアンを見てティファーニアは肩を震わせて睨む。
「まさか……!! この対戦表にも介入を……!」
「酷い事を? 証拠もないのに……」
心外だとばかりに大袈裟に振る舞う大根役者にウンザリする雄一は、ティファーニアの肩に手を置く。
置かれたティファーニアは、涙目で雄一を見上げてくるのを頷いてみせる。
「この程度の小細工しかできないって言ってるんだから相手にするな。組み合わせなど運次第でどうともなって勝ち進む限り、強い奴とは戦う運命だ」
ほっとけ、と言わんばかりに肩を竦めてティファーニアに「帰るぞ」と言って視野に入れる価値もない3人を横切ろうとする。
横切ろうとする時にベルグノートがティファーニアにイヤラシイ顔をして言ってくる。
「身綺麗にして俺に貰われる準備をしとけよ」
へっへへ、と笑うベルグノートを全力で気持ち悪いと引くティファーニアに気付かず悦に入るベルグノート。
すると雄一に肩車されていたミュウが肩の上に立つとベルグノートに向かって跳躍する。
着地点をベルグノートの顔にバッチリ決めたミュウは、蹴るように更にジャンプして雄一の肩へと戻ってくる。
眉をキリリとカッコ良く上げながら「ガゥ!」と戦隊モノのヒーローのような決めポーズしてみせる。
ちなみに、このポーズを教えたのは雄一である。
「何しやがるんだ! このクソガキがぁ!」
ベルグノートが鼻を押さえて真っ赤な顔を向けて怒鳴ってくる。
怒鳴られた当の本人は、「ガゥ!」と唸り、構えるとどっからでも来いというように睨みつける。
「駄目だろう! ミュウ。俺はいつも言ってるだろう?」
身構えるミュウに眉を寄せてミュウを見つめる雄一を見てミュウは、力弱く「ガゥ……」と鳴くと項垂れる。
雄一は、胸元をゴソゴソと漁り手拭を取り出すとアリアがそれを受け取る。
アリアが頷いてくるので任せるとミュウに向き合い続きを言葉にする。
「バッチイ物を踏んだりしてはいけません! って俺はいつも言ってるよな?」
「がぅぅ……ごめんなさい」
アリアが雄一の肩で座るミュウの足を手拭で拭いてあげるのを見ながら、「ちゃんと悪い事したら謝れるミュウは良い子だ」と親馬鹿全開の笑顔を浮かべる。
「何を言ってやがる! 怒るポイントが違うだろ……ん? そのガキはもしかして……ビーンズドックか?」
ベルグノートがミュウに注目してきたのに気付いた雄一は、悪鬼も裸足で逃げるような顔で覗きこむ。
「ティファーニアだけじゃ飽き足らず、まさかウチの可愛いミュウまで毒牙を伸ばそうと言うのか、コラァ? 調子くれてると野良犬のエサに調理すんぞ?」
雄一の威圧と顔を間近で受けたベルグノートは、声も上げる間もなく失禁するとその場で気を失う。
それを正面で見ていたポメラニアンは腰砕けになり、魔王を目の前にした人のように全身を震わせてベルグノートを見捨てて後ずさりする。
ドランは、2歩後ずさりするだけで耐えたようだが震える体はどうにもならず、「化け物だ」と恐怖から本音が漏れる。
その影響は、目の前の3人だけで収まらなかった。
辺りで掲示板に群がっていた冒険者や関係者達にも影響が及び、逃げ出す事も叶わず心弱い者はその場で気を失い、それ以外の者達は目を合わせたら殺されると思ったらしく平伏して目を合わせないように震えて雄一の怒りか、本人が去るのを固唾を飲んで耐えていた。
後ろで雄一の威圧の対象外になっていたはずのティファーニアですら周りの雰囲気に飲まれて背筋を伸ばしていた。
そんな怒りに染まる雄一という災害が起こる前触れを報せるカウントダウンを聞くような思いで震える者達の前に救世主が現れる。
雄一に抱かれていたアリアである。
アリアは、雄一の頬をペシペシと叩き、注意を自分に向けさせると頬を膨らませて雄一を可愛らしく睨んでくる。
雄一は、アリアの様子を見て威圧が霧散する。
先程と同一人物か疑われるレベルのオロオロした雄一が、アリアを見つめながら口を開く。
「えっ、俺が悪いの? 違う? 悪い顔をしてたから叩いたのか?」
アリアはプンプンと言いそうな顔を向けているだけだが、雄一はアリアの言葉を聞いているように話し出す。
そして、口をへの字にするアリアに指を指されると進退窮まった雄一は項垂れるように頭を下げる。
「ごめんなさい」
そう言うとアリアは頬の空気を抜くと雄一の頭をナデナデする。
そしてアリアに帰り道を指差され、雄一は抵抗もせずにミュウを担ぎ直すとティファーニアに再び、「帰るぞ」と告げると冒険者ギルド前から歩き去っていく。
置いていかれそうになったティファーニアも雄一を追いかけるように走り去る。
去る雄一の背中を安堵の溜息を吐いて見送った王都の冒険者達の間で語り継がれる伝説が生まれる。
悪鬼をも怯ませる『聖幼女、アリアちゃん』の爆誕の瞬間であった。
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雄一と一緒に帰り道を歩くティファーニアは、「あの、先生」と不安から雄一に声をかける。
声をかけられた雄一は、いつもの気の抜けたような表情で髪の毛をミュウに玩具にされながら振り返ってくる。
威圧や怒りを感じなくなっていたが、その表情からも名残も感じられず、いつも通りの雄一に戻っている事にホッとしたティファーニアは質問をする。
「ポプリさんもそうですがドランを見て……どう思われましたか?」
色々と抜けたセリフであったが、ティファーニアの言いたい言葉をしっかり理解した雄一は口を開く。
「そうだな、ポプリに関しては前に言ったようにホーラと同格で、テツが自分の実力を十全に発揮できれば……勝機は見えてくるだろう」
空を眺めるようにして語る雄一を横から見上げるティファーニア。
「しかし……ドラン相手だと十全に発揮したとしても5分5分だろうな」
「そんな……」
やや絶望を匂わせるティファーニアに優しい笑みを見せる雄一は語りかける。
「ティファーニア、『男子三日会わざれば刮目して見よ』という言葉がある。女が昨日の自分より今日の自分のほうが綺麗になってみせるというように、男は成長したいといつも思っている。その想いが成長を促し、3日、顔を会わせなかっただけで別人のように成長してみせるという言葉だ」
本来は三国志で語られる言葉の『士別れて三日なれば刮目して相待すべし』からきてる言葉である。
日々、鍛練をしてるテツを見つめている雄一は、テツの地力とその想いの強さを信じている。
三国志で語られるような男にきっとなると想いを込めて、ティファーニアを見つめる。
「そうですね、きっとテツ君はやってくれますよね?」
ティファーニアは、テツも信じると腹を決めたようである。
これが逆の立場のテツであれば、雄一にそう言われてもオロオロしてティファーニアを心配して雄一に叩き伏せられているであろう。
女とは男より度胸が据わっている、と雄一は苦笑する。
「もしかしたら語られる戦いをするかもしれない大会を俺達は、楽しみながら観戦しようぜ」
今も訓練に明け暮れていると思われるテツを思い、雄一達は帰路に着く。
そして、雄一達、いや、テツは大会当日を迎える。
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