第59話 テツは、苦悩するらしいです

 マッチョの集い亭で朝食を食べているとテツが、難しい顔をしながら雄一を見つめてくる。


 見つめてくるというか、ずっと食べながら見つめられていたので初めは放置していたが、どうにも鬱陶しいと思いながらもこちらから聞くつもりはないと頑張っていた。


 しかし、みんなが食べ終わっても、まだ見つめ続けるテツに雄一は巴の柄で頭を叩きつける。


「言いたい事があるなら、さっさと言え」


 叩かれた事でテーブルとテツのデコの事故が発生して、ゴンと良い音を響かせる。


「ユウイチ、店で暴れるのは止めてくれるかしら?」

「済まない。テーブルは傷つかないように意識して守ったから許してくれ」


 雄一の物言いを聞いたミランダは溜息を吐いて、「なら、いいわ」と苦笑いしてくる。


「テツの心配はしないでテーブルの心配はしたのですぅ?」

「あの……主様? テツのデコから血が流れてるようですが……」


 起き上がっても変わらぬ顔で雄一を見つめるテツを一瞥する。


「唾を付けとけば治る」

「治るかよっ!」


 いつも通りに雄一を蹴ってくるレイアの蹴る痛みを感じつつ、拳だけでなく蹴りの威力も上がってきてる事を喜ぶべきかどうか苦悩するパパ歴1ヶ月ちょっとの雄一はレイアの肩に手を置く。


「男って生き物はそういうモノなんだ」


 そう言われて反論しようと思うが、男じゃない自分では分からないのかと思い、誰かに確認を取ろうとするレイア。


 だが、辺りを見渡しても雄一は除外、テツも相変わらず雄一を見つめ続けている。

 女であるシホーヌ達に聞いていいものやらと最後にミランダに視線をやる。


 見つめられたミランダは、艶のある笑みを浮かべて、レイアを見つめ返してくる。


 それにレイアは、


「アレは、駄目な気がする……」


 目を合わせてたら駄目だと言わんばかりに視線を切る。


 とりあえず、雄一を最後に一蹴りするとそれで満足する事で終わる事にしたレイアは椅子に戻る。


 そんなレイアを苦笑いで見送った雄一は、再び、前を向くが相変わらずテツは口を真一文字にして難しい顔をして見ていた。


 いい加減テツの態度にウンザリしてきた雄一は、溜息を吐いて言葉を吐き出す。


「テツ、腹に溜まってるモノを出したらどうだ?」


 雄一の射抜くような目を受けて怯みそうになるが踏ん張ると、やっと口を開くテツ。


「僕は勝てますか?」

「さあな、だが、ポプリの事は昨日も言ったが、物理と魔法との違いはあれ、ホーラと同格と見ていい。ホーラに良い様にされてるままだと……勝機はないな」


 テツは悔しそうに唇を噛み締める。


 そんなテツを見つめて溜息を零す。そして、更に爆弾を投下する。


「これもエイビスが言ってた事だから断言は避けるが、もう1人いたのを覚えているか? そいつはポプリよりも強く、ポプリと同じように魔法使いらしいぞ。ただの自称かどうか知らんが、世界最強を謳ってるらしい」


 絶望するテツを一瞥すると雄一は言葉を繋げる。


「何を絶望している。お前の覚悟はそんなものだったのか?」


 雄一の言葉に顔を強張らせるテツ。


 握る拳の震えが、今のテツの心情をよく表している。


「ホーラ姉さんと同等とそれ以上の相手にどうやって勝てと……」


 悔しげに目を瞑るテツを静かな目で見つめる雄一が口を開く。


「できないなら早めにティファーニアに頭を下げてくるんだな? 今からなら抽選も始まってないから取り消せるだろう」


 何でもないように口にされたテツは歯を噛み締めて、「イヤです」と言葉を捻りだす。


「だったら、お前がすべき事は決まっている。出場して勝つ事だけだ。自信がないというなら足掻き続けるしかないだろう?」


 そう言うと俯くテツから視線を切って立ち上がる雄一は、アリアとミュウを連れて、マッチョの集い亭の出入り口を目指して歩き出す。


 雄一は、視線を後ろにいるテツに向ける。


「テツ、お前は強い。自分自身がそれを一番に信じてやれ。俺が見せたお手本は、お前の中にあるもので実現可能の事だ。そう、俺はお前を鍛え、お前はそれを血肉にしている」


 再び、視線を前に戻した雄一が、アリアとミュウの手を引いて扉を押し開けて出ていく間際に大きな声ではなく呟くように語るが、テツの耳にしっかりと届いた。


「覚悟を決めたんだろ? 男を下げるようなカッコ悪い事言うんじゃない」


 そして、マッチョの集い亭を出て行った雄一の背を見送ったテツは、自分の頬を力強く両手で平手打ちして良い音を響き渡らせる。


 叩いた頬が赤くなって涙目のテツは、ホーラに視線を向ける。


「ホーラ姉さん! 時間を許す限り、特訓に付き合ってください」


 身を乗り出すように言ってくるテツを、色々諦めた風のホーラが見つめて溜息を吐いてくる。


「付き合ってやるから、その暑苦しい顔を近づけるんじゃないさ」


 顔を近づけてきていたテツの顔に掌で押し退けようするホーラ。


 その押し退けようとした手を掴んで外に連れ出そうとするテツと食後休憩をもう少し取りたいホーラのせめぎ合いが始まる。


 退く気のないテツに根負けしたホーラは、色々諦めてテツに手を引かれて早朝の訓練した場所へと向かう事にする。


 そんな2人付いていくと決めたらしいレイアも後ろを一緒に歩いていった。





 朝食前までいた場所に戻ってきた3人は、見学するレイアは離れた所の木に凭れるように座る。


 残る2人は、早速と言わんばかりに朝と同じように向き合うとお互い構えた。


 間合いを計るようにテツは円を書くようにホーラの周りを廻る。


 目の前のホーラに威圧を仕掛け、生活魔法で空中を走るが威圧を受けた直後はホーラも一瞬、身を固くしたようにみせたが迷わぬ動きでテツを狙いを付けてパチンコを放ってきた。


 空中で上手く避けられなかったテツは、腹部に直撃して地面に叩き落とされる。


 立ち上がったテツは、「まだまだっ!」と叫ぶと再び、ホーラに威圧をかけ、空中と地面とを忙しなく行き来する。


 やはり、今回も最初に少し眉を寄せるが迷いもなくテツを目掛けて撃ってくる。


 テツは前回同様、直撃を食らい、激しい高低差を利用した移動によるペナルティを払うように地面に叩きつけられた。



 それから、2時間。同じやり取りを繰り返し、テツは大の字になりながら息切れをさせながらボヤく。


「どうして、ホーラ姉さんは、僕の立ち位置をそんな正確に分かるのですか?」

「そう言われても……なんとなくとしか……でも、アンタに距離感をおかしくされてるのはアタイも理解してるさ」


 雄一のように姿が分からなくする事はできてはいないようであるが、距離感を空中でも誤魔化せるようにはなれているらしい。


 大の字に寝るテツの傍にやってきたレイアが、何気ない感じに語ってくる。


「テツ兄は、空中を地面と同じように走ってるように見えるんだけど、アイツは、跳ねるように空中を雲の上を走るように足音がしないって感じだったんだよな?」


 それを聞いたホーラが思い出したかのように言葉を繋げる。


「なるほど、だから、ユウが背後に寄った時に空気の流れが普通だったのか……それに時々、ユウに足音をさせずに走ってこいとか言われたさ」


 テツは、2人の言葉で何やら閃いたらしく、ホーラに特訓の再開をお願いする。


「少し休憩が欲しいさ」


 と何やら乗り気のないホーラであったが律儀にパチンコを構えて見せる。


 そして、テツは再び、訓練を再開した。




 テツが第2ラウンドを始めた頃、雄一は教会跡でティファーニアを拾った後、アリアとミュウと4人で冒険者ギルドへとやってきていた。


 冒険者ギルド前の広場にやってくると既に掲示板が置かれている。


 どうやら既に抽選が済み、発表がされているようであった。


 雄一達は、対戦表が張られている掲示板の前が人でごった返ししているので人波を掻き分けるようにして前に進む。


 その掲示板に書かれている初戦の対戦を見て、雄一は微笑みを浮かべる。


「これが運命なのかねぇ」


 雄一の言葉に顔を強張らせ、対戦表を見つめるティファーニア。


 掲示板に書かれた、テツの初戦の対戦相手の名前を見つめる。


 『ポプリ』と書かれていた。

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