第51話 月明かりに照らされてらしいです
気絶するテツを連れて戻った雄一はすぐにシホーヌとアクアを捜しテツを見せる。
テツの様子を見たシホーヌとアクアはすぐに引き取り、そして雄一とテツの部屋へと連れて行った。
テツを引き渡した雄一に涙目のレイアが詰め寄る。
「テツ兄は大丈夫なのか! なぁ、どうなんだよっ!」
雄一のズボンを引っ張るので屈んで目線を合わせる。
「大丈夫だ。命の心配はない。おまけに、今、アイツ等が見てくれる。じきに目を覚ます」
噛み砕くように伝える雄一の言葉にホッとしたような顔をするが、すぐに眉尻を上げる。
「なんで、アンタが傍にいながらテツ兄があんな事になってんだよっ! テツ兄はいつも言ってた! アンタがいるから、アンタを信じて着いていけば、僕は強くなれる。世界二位のお父さんになれるって!!!」
言っている途中で感情が溢れたレイアは、涙を流しながら雄一の顔を止まらぬ涙と同じように殴り続ける。
雄一は目を瞑り、ただ「スマン」とだけ呟き、黙って殴られ続ける。
「先生は、テツ君を……」
黙って殴られ続ける雄一を見てられなくなったティファーニアが擁護しようとするが雄一は手を上げる事で言葉を止めさせる。
泣きながら呼吸が乱れるのも無視して殴り続けていたレイアは、動きが緩慢になっていき、ついに腕を上げるのも困難になった情けない自分に更に悔し泣きをする。
そんなレイアを雄一は、そっと抱き締めて、また一言、「スマン」と呟く。
「やっぱり、アンタなんか大嫌いだぁ……」
そう言うとレイアは、電池が切れたかのように眠りに就く。
雄一はレイアの顔に残る涙跡を親指の腹で拭ってやる。
隣にやってきたホーラを見上げ、レイアを抱き抱えて立ち上がる。
「悪いが、レイアをよろしく頼む」
ホーラは、黙って頷くとレイアを受け取り、奥へと歩いていった。
アリアとミュウが雄一のズボンを引っ張って見上げる。
「ユーイ、大丈夫? ミュウがナデナデしてあげる」
ミュウは、雄一によじ登ると言葉通りに頭を撫でてくれる。
アリアは、ジッと雄一を見つめているだけだが、ごめんなさい、泣いているように見えた。
そんなアリアに雄一は、「大丈夫だぞ」と笑いかけて頭を撫でてやる。
撫でてくれているミュウを捕まえて、正面に持ってくると抱き締めて、「ありがとうな?」と笑う。
ミュウを下ろし、2人の目線に合わせて笑顔で伝える。
「今日は悪いけど、お部屋でおとなしくしておいてくれるか? まだ、お昼だから、お外で遊びたいとは思うけど」
素直に頷く良い子の2人に、「じゃ、ホーラの所に行っておいてくれ」と伝える。
おとなしく2人は仲良く手を繋ぐと奥の部屋へと歩いていった。
2人に手を振る雄一に、先程、黙らされたティファーニアが声をかけてくる。
「どうして、先生は悪くないのに悪者になるのですか?」
やや不満そうに眉を寄せるティファーニアを見つめ、出会った時にシホーヌにも同じような顔をさせたな、と苦笑いを浮かべる。
だが、雄一は考えを変えない。
これは必要だと信じているからである。
そして、それは今、必要とされているのはレイアだけでもない事を雄一は気付いていた。
「今のレイアには誰でもいいから行き場のない感情を吐き出す相手が必要だった。なら、それを受け止めてやるのが父親の仕事だろ?」
何でもないような顔をした雄一がティファーニアに近づき、頭に手を置く。
「ここには俺とお前と……あの頭を叩かないと周りの声も拾えないほどコップ磨きに忙しいミランダしかいない。お前も吐き出しておけ、俺が受け止めてやる」
ティファーニアは、カウンターの向こうにいるミランダを見る。
雄一が言うようにコップを磨き、こちらの言葉に反応する仕草を見せない。
だが、雄一はティファーニアから見えない位置の左目で器用に雄一に向かってウィンクするミランダを見て、ティファーニアに気付かれないように目礼する。
雄一を見つめるティファーニアの瞳に涙が浮かび上がる。
「私……私、偉そうな事を言って……コミュニティーを立ち上げて、みんなを守るとか言ってたのにコミュニティーの維持も出来てない! 今日も子供達を守る事もできず……」
雄一の胸の辺りを掴むようにして項垂れるようにしてくる。
雄一は黙って差し出されるようにする頭を撫でてやる。
「テツ君に助けられたのに……炎に包まれたテツ君を見て恐れで足が動かなかった……駆け寄る事すら出来なかったのです。先生ぇ……私、嫌なんです! 弱くて、何もできない自分がぁ……先生、私、テツ君になんて謝れば……」
涙に濡れる顔を雄一に向けてくる。
そんなティファーニアに雄一は笑いかける。
「謝る? そんな事したらテツがきっと泣くぞ? だから言うべき言葉は、『助けようとしてくれてありがとう、でも、今度は最後までしっかり助けてね?』でいいんだよ」
「そんな……」
おそらく、図々しいとか言いたいのだろうと理解するが笑みを浮かべ雄一は被せる。
「テツは、お前に悲しそうな顔して泣くような事を望んでいない。ただ……笑ってるお前でいて欲しいと願っていると俺は信じている」
先生、と声を震わせるティファーニア。一度は引っ込みかけた涙であったが決壊間際まで目前といった様子を見せる。
「だから……起きた時、テツを見て笑顔でいれるように……今、泣けるだけ泣いておけ」
そう言うと雄一はティファーニアの顔を自分の胸に押し付けるように抱き締める。
声を殺すようにして泣く子、ティファーニアの頭を撫でながら思う。
なんて不器用な子だろうかと……
こういう子をほっとく事はできないと思うと同時に迷いに迷っていた出口への道標を見つけたような気がした。
しばらく声を殺して泣き続けるティファーニアだったが奥から歩いてくる足音に気付き、雄一から離れて目元を拭う。
そのタイミングを見て離れたのかと思うぐらいのタイミングでシホーヌとアクアが現れる。
「先生、私も子供達を見てきますね?」
笑顔で何事もなかったかのように離れていくティファーニア。
だが、目が赤くなっているのは、どうやっても誤魔化しはきかなかったで目を伏せ気味にしてシホーヌ達とすれ違い、部屋ではなく裏口のほうに歩いていく。
おそらく、井戸で顔洗ってから向かうのであろう。
ティファーニアとすれ違って雄一の下へやってきた2人はジト目で見つめてくる。
「女の子を泣かせるなんて、さいてぇーですね。主様?」
「おいおい、人聞きの悪い事を言うなよ」
困った顔を向ける雄一に2人は肩を竦める。
「冗談なのですぅ。ユウイチが最低なのは今に始まった事ではないのですぅ」
思わず、「そっちかよっ!」とシホーヌに突っ込む雄一にアクアは我慢の限界と言わんばかりにクスっと笑いを洩らす。
「とりあえず3人とも座ったら?」
ミランダは雄一達の様子を苦笑しつつ、「飲み物も出すから」と席を勧める。
雄一達は、ミランダの言葉に甘え、カウンターに座る事にする。
雄一は2人に挟まれるように席に着く。
「テツの容体はどうだ?」
雄一は、早速とばかりに右隣にいるシホーヌに聞く。
「大丈夫なのですぅ。傷はユウイチが塞いでいたのが良かったのですぅ。体力が消耗してただけで夜には目を覚ますはずなのですぅ」
なんでもなさそうに言うシホーヌの言葉に安堵の溜息を吐く。
大丈夫だと思っていても、多少は不安を感じていた雄一はシホーヌの言葉で安心する。
安堵する雄一達の前に飲み物を置かれる。
シホーヌには、オレンジジュース、雄一には、コーヒー、アクアには紅茶を置かれ、虚を突かれた3人はミランダを見る。
3人に同時に見られたミランダは、あっ! と驚いたような顔をした後、照れた表情を俺達に向けると謝ってくる。
「オーダーも聞かずに癖で出しちゃったわ。ごめんね、取りかえるわ」
下げようとするミランダを止める。
「いや、いい。驚いて見たのは、何も言ってないのに俺達の好みを知ってるみたいに出してきた事に驚いただけだから」
「そう、同じ、いえ、1人だけは違うみたいだけど結果オーライで助かるわ」
雄一達を懐かしそう、いや、誰かと被せて見るような視線を向けるミランダに首を傾げる。
苦笑しながら、「気にしないで」と言ってくるミランダの言葉を汲んで雄一はコーヒーに口をつける。
「美味い……」
「ありがとう、コーヒーには拘りがあるのよ?」
ミランダは、ウィンクをして礼を述べてくる。
ミチルダと違って悪寒が走らないのは何故だろうと思うが、悪い事じゃないと気にしない事にする。
2人も、とても美味しそうに飲み物に口をつけていた。
しばらく黙って飲んでいた3人であったがアクアが口火を切る。
「それで……主様は、この後どうされるのですか?」
カップを持っていた手を下ろし、雄一は口を開く。
「ティファーニアのコミュニティーの件、とことん付き合うと決めた。確かにテツの慢心が今回の件を大きくしたのは間違いはないが……家族に牙を剥いた奴らをタダで済ませる気はない」
ティファーニアに状況を聞いた訳ではないが、間違いなくテツの慢心から敗北したと雄一は確信していた。
そこまでは男らしく言っていたのにも関わらず、躊躇するように頬を掻きながら言葉を繋ぐ雄一は目を泳がせながら2人を見つめる。
「とカッコイイ事を言ってはいるが……お前達に頼みたい事がある。俺が大会に出るとアリア達を守る穴が出てくる……うがぁ」
シホーヌはどこから取り出したか分からないがフライパンを雄一の頭に叩きつける。
「前にも言ったのですぅ。ユウイチが1人でやろうとしたら怒る、と言った事を忘れたユウイチにお仕置きしてみましたっ!」
「そうです、私達は貴方と共に歩くと決めた者です。遠慮せずに頼ってください」
そう言いつつ、雄一の二の腕に触れて悲しそうに見つめるアクアと雄一にお仕置きができたと胸を張るアホ毛女神がいた。
雄一は、叩かれた頭を撫でながら、「頼らせてくれ」と2人に頭を下げる。
そんな3人を微笑ましく見ていたミランダが口を開く。
「ユウイチ、貴方はそれだけの力を持ちながらも慢心しないのね?」
雄一越しに遠くを見つめるように言ってくる。
それに少し飲まれそうになりつつも素直に答える。
「もう慢心で家族を失うのはコリゴリなんでね」
「そう……貴方もその痛みを知る者なのね……」
頬に手を当てるミランダの瞳に母性の光が宿る。
「私も協力するわ。この宿で寝起きする者に何人も害させたり……させないわ。私の持ちうる力を全てを使ってもね?」
ミランダは、会心の笑みと共に毎度見惚れるウィンクを決めてくる。
その笑みに釣られるように雄一は笑みを返す。
「ありがとう、助かる」
そう言う雄一を見つめながら雄一の内心を見透かすような笑みを浮かべるミランダは言ってくる。
「でも……これって保険の保険なんでしょ?」
クスクス笑うミランダは雄一をからかうように下から覗きこむように見る。
雄一は敵わないとばかりに苦笑をすると頭をバリバリと掻く。
「どういう事なのですぅ? ユウイチ?」
ガン首揃えてシホーヌとアクアに詰め寄られるが、説明するのを拒否するように視線を逃がす。
更に詰め寄ってくる2人の顔を手で抑えて押しやると立ち上がる。
「しばらく出てくる」
「いってらっしゃい」
逃げるように出ていく雄一を見送るミランダ。
雄一に逃げられた以上、訳知り顔のミランダに聞くしかないと思った2人は詰め寄る。
そんな2人に苦笑するミランダは仕方がないとばかりに口を開く。
「男は、男の子の想いを汲む、という事かしら?」
クエスチョンマークを乱立させる2人に笑みを浮かべて、「貴方達もまだまだ女の磨きが足らないわね」と言うミランダは厨房の奥へと消え、茫然と顔を見合わせる2人が残された。
▼
雄一達のやり取りがなされてから数時間後、雄一とテツの部屋で眠るテツが身じろぎをして一瞬の硬直をみせると閉じられてた目が開く。
目を覚ましたテツは、自分にかけられていたシーツを跳ねのけるようにして飛び起きる。
落ち着きなく辺りを見渡すテツは、ここはどうやら『マッチョの集い亭』のベッドの上だと気付く。
「そうか……僕は負けたのか……」
気を失う前の事を思い出したテツが、そう言うと静かにベットから降りる。
そして窓に近づき、空を見ると星空が見え、通りには酔客が騒ぎながら歩くのを見て、それなりに遅い時間と知る。
自分のベットの隣を見るが乱れもないベットメイキングがされたままで雄一は戻っていないようである。
「喉が渇いたな……」
そう言葉を洩らすが、実のところ、それほど喉は乾いていない。
1人でいるのが耐えれなくなり、人恋しくなった自分が部屋を出ていく理由を作りたかっただけである。
扉を開いて廊下に出るが、人の気配はなく、自分が思っているより遅い時間でみんなは既に寝ているのかもと思いつつ食堂へと歩いていく。
食堂に着くと客はなく、ミランダだけがコップを磨いていた。
目を覚ました事に気付いたテツに、「おはよう」と笑みを見せてくる。
テーブルの椅子はテーブルに上げられているところから片付け中のようである。
邪魔になると思ったテツが踵を返そうとした時、ミランダに声をかけられる。
「良かったら私とお話しない? 飲み物も出すわよ?」
拒否する理由もないテツは、「はい」と頷くと右端のカウンターに座ろうとするがミランダに座る場所を指定される。
左隅の予約席の白い花瓶のある席の札を取って、「今日だけよ?」とウィンクしながら笑いかけられる。
テツは、いいのかな? と思いつつも座ると目の前にコーヒーを出される。
目の前のコーヒーを見た後、辺りを見渡し、困った顔をしてミランダを見つめて聞く。
「あのぅ……僕、コーヒーは砂糖がないと飲みにくいんですが?」
「ごめんね、今日は砂糖が出ちゃって切れてるのよ?」
イタズラ笑いをするミランダを見て、絶対嘘だと思うが、口でどうやっても勝てなさそうと諦め、「トホホ」と言いつつ口をつける。
「やっぱり、苦い……」
「駄目ね、コーヒーはブラックで飲める男にならないと?」
目を細めてテツを見つめ笑うミランダにドキマギしながらも、雄一もブラックで飲んでいたと思い、頑張って目を瞑って一気飲みをする。
苦そうに無理して飲む姿を見て、何かを思い出したようで、お腹を抱えて必死に笑うのを堪えるミランダを恨めしそうに見つめる。
ミランダは、そんなテツを誤魔化すように話しかけてくる。
「それで体の調子はどう?」
「えっ、はい、どこも悪くありません。いつも通りです……」
テツは歯切れ悪そうに言葉を切りつつ、聞きたいと思っている事を聞く事を決める。
「あの……僕が気を失ってからの事を御存知ですか?」
「そうね、詳しくは知らないけど……ユウイチがベルグノートだったかしら? を追い返してティファーニアを連れ帰ってきたわよ」
もう寝てると思うけど、この宿にいるわよ、と説明してくれる。
「そうですか……良かった……」
そう呟くテツにミランダは悲しそうに言ってくる。
「本当にそう思ってる? 今、自分がどんな顔をしてるか……気付いてる?」
テツは、拳を握り締め、歯を食い縛る。
「今にも悔しくて泣きそうな顔を貴方はしてるのよ?」
テツは、ミランダの指摘に何も言い返せない。言われている通りで悔しくてどうにかなりそうな自分を繋ぎとめるのに必死であった。
「僕は……負けました。対策を講じて再戦すれば、おそらく勝てると思います。ですが……勝ったところで僕がティファーニアさんに何をしてあげられるのだろうと気付いてしまったんです」
歯を食い縛るテツを見つめて溜息を吐いたミランダは、白い花瓶を見つめて話し始める。
「とあるところに1人の少年がいました。世界が恐れる存在を封じる為に人身御供されている人がいると知り、ただ自分が助けたいと願ったという身勝手と取れる理由で本当に助け出す為に行動しました」
「何をいきなり?」
ミランダは唐突もなく話し始める。混乱するテツを無視してミランダは続きを口にした。
「そこには世界が恐れるモノの分身がいました。それこそ国の軍ですら逃げ出すような存在です。しかし、それに挑み辛くも勝利を収めます」
とりあえずミランダの話に合わせようと思ったテツは聞き返す。
「そんな相手に勝つって事は……ユウイチさんみたいに強い人だったんですね?」
そんなテツを残念そうに見つめてミランダは首を横に振る。
「当時のその少年は貴方が鼻歌歌いながらでも1分あれば5度は切り殺せるほど弱い子だったわ」
嘘だ、と信じられないような顔を向けるが余りにもミランダの顔を本気だったので、「嘘ですよね?」不安になって聞き返す。
そんなテツに反応を返さずに続きを口にする。
「とても力の差があって命懸けの攻防をし、紙一重の戦いを繰り広げたそうよ。そんな力の差を見せつけられても少年は諦めなかった。そして僅かな……クモの糸のような可能性を手繰り寄せて勝ちをもぎ取ってきたわ」
「例え、勝ちを拾ったところで世界を滅ぼすような存在を解放するような事をして……どうしようというんです。そんな……」
今の自分と比べるのが悔し過ぎる偉業を果たした少年に嫉妬したテツが珍しい事に、「無駄の事を」と愚痴を洩らすが、ミランダの静かな視線に黙らされる。
「そうね……人身御供にされた子を助けて、『はい、終わり』なら、ここで美談で終われる。でも世界を滅ぼすモノを放置する訳にはいかない。その少年は、どうするんだ、と問いかけられて……こう答えたわ」
テツは、ミランダの言葉の続きを待つように身を乗り出す。
「人身御供で維持される世界なら滅べばいい。だが、自分は滅びを座して待つ気はない。自分が今までになかった解答を生み出す。世界は自分がなんとかしてみせる、と」
「そんな弱い人が何が世界を救うというんです! ただの自己陶酔じゃないですか!!」
目を閉じるミランダであったが目を細めて開き、テツを見つめる。
「確かに弱い子だったわ。でも、1度負けたからといって尻尾を巻いて逃げるような心が弱い子じゃなかった。例え、自分の体を自分の血で染めても何度だって立ち上がった。勝った後、自分には何もできないと情けない事を言うような子じゃなかったわ」
その言葉にテツは絶句する。
「その子は自分にできない事を恥じたりはしなかった。みんなで協力する事を知っていたから。そんな子だったから周りは自然と手を差し伸べた。テツ、貴方はどうなの? 何を恐れるの? 貴方の周りにはこんなにも頼りになる人達がいる」
「ぼ、僕は……」
自分の中から答えが生まれそうになっているのに苦しむ少年にミランダは背中を押してやる。
「貴方の周りは貴方に手を差し出す手が沢山ある。その中で最初からずっと貴方が気付くのを待ち続ける逞しい手があるでしょ?」
俯いて聞いていたテツは顔を上げる。
溢れる涙を止める術も知らないかのように泣き続けるテツは、あの大きな背中を捜すように辺りを見る。
それを見たミランダは優しげに微笑むとテツに伝える。
「彼なら外に出たきり戻ってきてないわ。きっと……貴方なら分かる場所で待ってるわ」
テツはカウンターに立てかけられているツーハンデッドソードに気付き背負うとミランダに「ありがとう」と伝えるとマッチョの集い亭を飛び出す。
その背中を見つめるミランダは、頑張って、と声にせずに見送る。
ミランダが見つめた後ろ姿は目の前のテツか、それとも同じような黒い服を身に纏う黒髪の少年の幻視なのかはミランダのみ知る事であった。
▼
テツは、外に飛び出すと迷いを見せずに北へと進路を取った。
きっと自分が求める人は、あそこにいると信じて。
外へと続く門は閉まっていたが、それを気にした様子を見せないテツは身軽に壁を走るように出っ張りを利用して城壁を超える。
そして、ティファーニアと再会した場所の草原を目指して走る。
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草原に辿りついたテツの視線の先には1人の男がいた。
青竜刀を地面に突き刺し、腕を組み、目を瞑る男が不動という言葉を体現するかのように。
月明かりに照らされる男を知ってる人なのに、まるで別人のように見え、自分でも理解できない感情に晒され震える体を叱咤するテツは、ゆっくりと地面を踏みしめながら近づいていった。
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