第50話 怒りと悔恨と護るべきモノらしいです

 雄一達が冒険者ギルドに向かうのを見送ったテツは、「じゃあ」と顎に可愛く指を当てて考えるようにしたティファーニアに用事を早速、頼まれる。


 ニッコリと笑ってテツに言ってくる。


「まずは屋根の雨漏りの修繕をお願いね? テツ君」

「はい、任せてください!」


 雄一の許可もあり、テツを使い倒そうと思っているようだ。まずは、と頭についているところがミソである。


 テツは、そんな事もお構いなしにティファーニアが笑顔で言ってくる事が嬉しくてしょうがないようで気にした風に一切見えない。


 元々、気の良いテツなうえに体を動かす事が大好きだったので遊んで貰えてると思っている犬のように嬉しげである。


 ウキウキ気分のテツは、廃材から使えそうな木材とまだ利用できそうなクギを選別すると板きれを肩に背負うと身軽に瓦礫を飛び越えて屋根へと移る。


 それを見ていたティファーニアは目を丸くする。


「テツ君、とっても身が軽いのね?」

「いや~、そんな事ないですよ~」


 ティファーニアに褒められてデレデレのテツは幸せ一杯の表情を浮かべる。


 そんなテツを可愛い弟を見つめるホーラに似た視線を送るティファーニア。


「じゃ、私は中の掃除をしてるから終わったら声かけてね?」


 そうティファーニアに言われたテツは元気良く、「ハーイ!」と返事をしつつ、大きく手を振って笑顔を振りまく。


 ティファーニアの姿が見えなくなるまで手を振っていたテツは、腕まくりをし、気合いを入れて雨漏りしてそうなところを捜し始めた。


 しばらく黙々と作業をしていたテツの耳に小さな子の悲鳴のような声がしたので慌てて辺りを見渡す。


 すると、教会の門があった辺りで荒くれ者を引き連れた茶髪の15,6歳ほどの少年がそこいた。


 その少年は近くにいる子供を蹴っ飛ばし、蹴られた子の仕返しとばかりに体当たりを敢行するのは雄一にタックルをした子だったが、鬱陶しそうにする少年に鞘を抜いてない剣で吹っ飛ばされる。


「やめて! ベルグ!」

「ああっ? ベルグノート様だろうが? ストリートチルドレンになったティファーニアちゃん?」


 ソバカスが浮かぶ頬を凶悪な笑顔で歪ませて、ごろつきに手を上げる。


 それに合わせて、ごろつき達が笑いだすのを見て笑う合図を送るアイツは気持ち悪いとテツは眺める。


 正直、ティファーニアの登場で飛び出そうとするが、昨日の馬車を預けた時に衝動で動いて雄一達に迷惑かけた事がテツの頭に過る。


 飛び出したいがティファーニアの立場を悪くしたらと思い、屋根の上で歯を食い縛って状況を見守る事にした。


「そろそろ、色好い返事を頂けるかな? テファ?」

「テファって呼ばないで! 貴方なんかに呼ばれたら寒気がするわっ!」


 テツは、事情が分からないがナンパするような少年を即答で断るティファーニアに心で喝采を送る。


「お前、馬鹿だろ? ここで生活するより俺の妾になったほうが良い生活できるってのによぉ?」


 そう言うベルグノートの言葉を聞いたテツは、無意識に相棒のツーハンデッドソートに手を触れる。


 はっ、と気付いたテツは、「自分に我慢だぞ?」我慢と言い聞かす。


「まあ、お前のそういう気の強い所も魅力だとは思ってはいるんだがよ……そろそろ、それに付き合うのも飽きてきたんでな?」


 後ろに控える、ごろつき達に目で合図を送る。


 それにニヤつき頷く、ごろつきは散開し出し、半分は子供達を捕まえようとする。残る半分は教会跡を破壊する為にハンマーを振り上げる。


 それを見たティファーニアはレイピアを抜いて、子供達を襲おうとする者に果敢にも挑もうとするがベルグノートが間に入り、鍔迫り合いをする。


「させねぇーよ。お前じゃ俺には勝てないって分かってるだろ?」


 くっ、と声を洩らしたティファーニアが距離を取って連続突きを放つ。


 それに目を見張ったベルグノートは仰け反るようにして、やっとの思いで避ける。


「1週間前と別人かと思える突き放つじゃねーか! 前は手を抜いてたのかよ!」


 それに答えないティファーニアは、再び、連続突きをするが、「あめぇ!」とベルグノートが叫び、横一線を書くように片手剣で弾く。


 その斬撃でレイピアを吹っ飛ばされて無手になったティファーニアは悔しそうに見つめる。


「少しはびっくりはしたが、お前じゃ、俺には勝てないっていい加減気付けよ。コミュニティーを立ち上げても、無駄、無駄。俺もその大会には出るんだぜ? どうやって勝とうと言うんだよ?」

「やってみないと分からないわっ!」


 そう言うティファーニアを馬鹿にするように見つめるベルグノート。


「そうやって、お前を叩いても折れるのは時間がかかりそうなんでな? お前の根本を折りに来たって訳だ」


 ティファーニアがベルグノートとやり合った事で手が止まってる、ごろつき達に「始めろ」と再び命令する。


「やめてぇ!!」


 ティファーニアの悲痛な悲鳴と同時に子供に襲いかかろうとしていた1人のごろつきが目を白くして突っ伏す。


 倒れた、ごろつきの向こうからツーハンデッドソードを肩に抱えたテツの姿が現れる。


「ティファーニアさん、ごめんなさい。出しゃばったら迷惑をかけるかもしれないと我慢しようとしてたのですが……もう我慢の限界です!!!」


 テツの気を吐く威圧にその場にいる者、等しく全員、金縛りに合うように身動きを封じられる。


 テツは揺らめくように歩き出す。赤い瞳を残光のテールランプのように描くように、ごろつき達に近づく。


 反応もできない、いや、距離感が分からなく、離れているのか、近くにいるのかも判別ができないテツに対応できず、1人、また1人とテツの剣により吹っ飛ばされていく。


 雄一に仕込まれている歩行がテツとの距離感を狂わせる。


 もっと功夫を積むと気付いたら目の前に現れたという事ができると雄一に言われているが今のテツにはこれが精一杯である。


「各個撃破される前に囲んでやっちまえ!!」


 ベルグノートは我に返ると、ごろつき達に命令を下す。


 ベルグノートの命令を受けた、ごろつき達は顔を見合わせるとテツを取り囲む。


 放心するように見ていたティファーニアも我に返り、テツに向かって叫ぶ。


「テツ君! 逃げてっ!!」


 ごろつき達に飛びかかられるなか、その言葉に、不敵な笑みを見せるテツは何でもなさそうに言葉を洩らす。


 特に大きな声ではなかったがティファーニアには良く聞こえた。


「僕は、世界二位のお父さんになる男です。こんなヤツらに負ける訳はありません」


 目を細めたテツは、相棒のツーハンデッドソードをごろつきの集団の真ん中に飛び込み、その場で旋回するように振ると、ごろつき達を一掃される。


 最後に残るベルグノートを静かに見つめながら肩にツーハンデッドソードを置いて近づくテツ。


 ベルグノートはテツから発されるモノに畏怖したようで無意識に後ずさる。


 そんなテツを驚きと共に見守っていたティファーニアは感嘆の溜息を零す。


 テツは、少し潤む瞳でティファーニアに見つめられていると気付いて、少し鼻の穴を大きくする。


 ツーハンデッドソードを突き付けてベルグノートを睨む。


「後はお前だけだ!」

「舐めやがって!! ガキの分際でぇ!」


 飛びかかるように斬りかかるベルグノートをあしらうように鍔迫り合いの状態から吹っ飛ばす。


「そんな体から、どうして俺を吹っ飛ばす力が出るんだよっ!」


 そんな雑魚臭するセリフを吐くベルグノートと、「凄い」と称えるティファーニアの言葉に鼻息が荒くなるテツ。


 10歳、そう、この年齢のテツには致し方がないのかもしれない。


 気のある少女に良い所を見せたいと少し欲の出たテツが、ベルグノートをあしらいながら追い詰めていく。


 壁際まで追い詰めたテツがトドメとばかりに無駄に高く飛び上がり、ツーハンデッドソードをベルグノート目掛けて振り下ろす。


「くっそたれが!!」


 そう叫んだベルグノートの剣に炎が纏われ、そこからテツを覆う程の大きさの火の球が飛び出す。


 油断していたテツは、それを避ける事叶わず、炎に包まれる。


 悲鳴を上げるティファーニア。


 熱を体内に入れてしまい、声なき悲鳴を上げながら地面を転がり、激しい痛みから気を失ってしまったテツは体から煙を上げる。


「クソガキの分際で貴族様に盾突くだけでなく、切り札まで使わせやがって!!」


 テツに近づくと気を失っているのも気にせずに蹴り飛ばす。


「止めて! もう気を失ってるのよ!! 勝負は着いてるじゃない!!」


 駆け寄ろうとするティファーニアの足下に火の礫を打ち込む。


「うるせぇ!! 俺を追い詰めたガキにしっかり報復して、きっちり、あの世に送らねぇーと気がすまねぇ!」


 近寄れないティファーニアは悔しそうに顔を歪ませる。


 その表情に満足そうに笑みを浮かべるベルグノートはテツに近寄っていく。


 その時、甲高い空気を斬る音が聞こえてくる。


 ベルグノートとテツの間を挟むように地面を割るように突き刺さる青竜刀。


 その衝撃、地面の振動か、風圧か、本人もどちらが原因か分かっていないようであるがベルグノートはその場で尻モチを着く。


 そして今度は音も衝撃も気配も感じさせずに、その青竜刀の上に降り立つ、カンフー服を纏う大男が現れてベルグノートは目を剥く。


「ど、どこから現れやがった……」


 震える声で見つめる先の大男に語りかけるが腕を組んでベルグノートを睥睨するのみである。


 王者の貫録からくるのか、言い知れない威圧に晒され、呼吸困難になるベルグノートは尻モチを着いたまま後ずさる。


「先生ぇ、テツ君が!」


 そう呼び掛けるティファーニアは、大男、雄一にテツを指差す。


「ああ、分かってる」


 やっと口を開いた雄一がそう言うとベルグノートに興味を失ったかのようで巴から降り、テツの様子を見る為に近づく。


 雄一がテツの首筋に指をあて、ティファーニアに振り返る。


「大丈夫だ、1時間放置したら、さすがにどうにもならないところだったがな」


 そういう雄一の言葉に、ホッとするティファーニア。


 雄一はテツの胸の上に手を置き、神経を集中するように目を瞑る。


 すると可視化できる魔力の奔流が雄一を中心に渦巻く。


 それを見つめるティファーニアは、もうこれしか言う言葉はなかった。


「凄い、こんな事ができる人がいるとは想像もした事もなかった……」


 そう、魔力の流れは感覚で知覚するのが一般的で目で分かるレベルの魔力を操る人物はそういない。


 勿論、ある一線を超えると目で見れるようになる。


 驚きながら見つめるティファーニアの目の前では、雄一から発される魔力はテツを包むように送り込まれ、火傷や傷が逆再生されるように巻き戻しが開始される。


 すぐに元のテツに戻り、雄一は汗を拭うように額を腕で擦る。


「良し、これで死ぬような事はないだろうが……後は帰って本職達に任せるか」


 そう言うとテツをお姫様抱っこする雄一。


「いつまで俺様を無視しやがるんだっ!!!」


 震える足で、やっと立つベルグノートは誰の目からも虚勢と誰でも分かる状態で剣に炎を纏わせて雄一を睨みつけていた。


 雄一は、ゴミを見るような瞳でベルグノートを見つめる。


「本当に相手にして欲しいのか? 噛みつく相手は選んだほうが身の為だぞ?」


 そう言う雄一は目を細める。


 すると剣に纏っていた炎が鎮火し、剣先が急に重くなって地面に落ちそうになって慌てて構え直すベルグノート。


「なんだ! 急に炎が出なくなったり、重くなるんだ?」


 慌てるベルグノートに向き直った雄一は、器用に巴を蹴り上げてテツに当たらないように肩に載せる。


 そのまま、ゆっくりとベルグノートに近づく。


「俺の基本方針として子供の喧嘩は止めても介入するのは良しとしないんだが……見た所、俺と年が変わらないように見えるお前は例外にしてやろうか?」


 そういった雄一の言葉にベルグノートだけじゃなく、ティファーニアもびっくりしたような声を上げる。


 2人共、もっと年上だと思っていたようである。


 気にしてない雄一が覗きこむように言ってくるのに目を反らして、慌てて踵を返すとベルグノートは、お約束の捨て台詞を吐いて逃げ出す。


「おぼえてろよっ!!」


 そう言われた雄一も最近の定番になりつつあるセリフで返事を返す。


「本当に覚えておくからなっ?」

「くっ……!」


 雄一の言葉に詰まる負け犬を見送るのも適当に切り上げ、ティファーニアに指示を出す。


「ホーラと合流したら、マッチョの集い亭へ行く。子供達を集めて連れていく用意を。酷い怪我の子がいるなら、俺が応急処置をするから連れてこい」


 はいっ! と返事をするとティファーニアは子供達の様子を見る為に走り出す。


 それを見送った雄一は、腕の中で悔しそうで今にも泣きそうな顔をしたテツを見つめ呟く。


「この馬鹿野郎が……」




 ホーラと合流を果たした雄一達は、子供達を連れてマッチョの集い亭へと足を向けた。

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