第49話 試験は簡単です。問題は終わった後らしいです

 先に冒険者ギルドに入ったホーラを見送った雄一は扉に手を置いた時にある事実に気付く。


「そうだ、ここはダンガじゃない……そう、つまり、ここにはヤツはいないんだっ!」


 扉に置いてない左手を握り締め、手を震わせる。


 ついに雄一は、夢にまで見た存在と出会う日がきたと歯を食い縛る。


 ニアミスすらせずに遠目に存在を確認したに留まるといった悲しみを乗り越えて今日まで生きてきた。


 そして雄一は、UMAかっ! 叫びたくなる気持ちと、今日『サヨウナラ』をする!


「俺、受付嬢に会いに行きます……」


 雄一は、天国への扉を万感の思いを込めて押し開いて入っていった。




 30秒後。


 雄一は、カウンターの前で四肢を着いて泣き崩れていた。


 勿論、ヤツ、ミラーがいたというオチは勿論なく、違う男が受付していた訳でもない。


 雄一が目撃したのは、確かに女である。


 可愛らしい! これぞ、受付嬢の格好と言わんばかり服装で、胸元を大きく開かれた服を着こなしていた。


 ただ、50年程、若返ってから出直してくださいと雄一は、心の中だけで泣いたつもりが本当に泣き崩れた。


「なんだい? でっかい図体でカウンターを占拠するんじゃないよ」


 受付嬢50年物は雄一にうんざりした表情を向ける。


「バアさん! 何、『張り切りさん』してんだよっ! 受付引退して裏方に廻れよ!」


 雄一も失礼な事を言っている自覚はあるが、どうしても抑えられなかったのである。


 もう……ここまで来ると、呪いか? と思いたくなってくる。


 これが運命だ、なんて、信じたくないと思った瞬間、恐ろしい可能性に気付く。


 金髪アホ毛は、何を司る女神だと言っただろうか……と


 まさかな……と呟く雄一をうっとおしそうに見つめる受付嬢50年物は溜息を吐きながら言ってくる。


「用がないんだったら帰ってくれないかね?」

「いや、用はあるんだが若い受付嬢とチェンジでお願いします」


 化粧が濃いというより、パテのように塗っていそうな50年物は心外だと言わんばかりの表情を雄一に向ける。


「他の子は休憩中さね。大丈夫、アタシもまだ2桁の受付嬢さ」

「ふざけんなよ! 限りなく3桁に近いのと限りなく1桁に近いでは雲泥の差があるんだぜ?」


 言ってる事は横暴で強気だが、雄一の表情は土下座でも何でもしますから、若い受付嬢と触れ合せてくださいと懇願しているようにしか見えない。


 ふむふむ、頷く50年物は、


「安心おし、アタシも十の桁を切り捨てたら、1桁さ」


 どうやっても押し切れないと感じさせられた雄一は、カウンターに突っ伏してシクシクと泣き始める。


 それまで黙って見ていたホーラは、溜息を吐きつつも口許は綻んでいるのを隠さずに50年物に語りかける。


「ユウは、この通り情緒不安定なんでアタイが替わりに応答させて貰うさ? アタイはホーラ」

「そうしてくれると助かるさね。アタシは、ユリア。ユリアお姉ちゃんと呼んでくれて構わないよ?」


 雄一は、泣きながらも、図々しいババアだと呆れる。


「それでアタイ達は、このキュエレーにある冒険者ギルド本部からの指示をダンガの冒険者ギルド経由で受けたからやって来たというのが、今日やってきた理由さ」


 さすがにホーラは女の子。


 男ならどう対応したらいいか悩む応答にもなかったかのように話を進める厚顔さを横目で見ている雄一は「クールだぜぇ……」と身震いをする。


 ホーラが送られてきた本部からの手紙を50年物、もとい、ユリアに渡す。


 受け取ったユリア、内容を一読すると1つ頷くと2人を見て話してくる。


「アンタ達が、あの噂の冒険者かい? 1人足らないようだけど? それと、ユリアお姉様でもいいんだよ?」

「テツは野暮用で来てないさ。今日は、試験日の確認にきただけなんで」


 諦める事を知らないのか? と問いかけそうになるが、突っ込み過ぎて疲れる未来予想図しか浮かばないユリアに戦慄を感じる雄一。


 だが、本当に恐れるべき相手は自分の隣にいる少女のスルースキルの高さかもしれない。


 雄一は、もしかしたら、アビリティの発現があるんじゃ? と思って覗こうとするが、あったらホーラと向き合えなくなりそうで見るのを止める。


「なるほどねぇ、日付をすぐに決めるのは難しいよ。試験を担当する相手の都合を確認しないといけないし……悪いけど、滞在している場所に連絡を寄こすから教えて置いてくれないかね?」


 そうユリアが言って紙を差し出してくるとホーラは目を向けてくる。


 雄一は、情報を開示する事に問題ないか? と問いかける意味の視線と理解して頷いて了承する。


 さすがは馬鹿な弟と違って念押しする出来る姉である。単純に男と女の個人情報の扱いの考え方の差かもしれないが、テツにも教育が必要だと雄一は心に留める。


 雄一から許可が下りたホーラは、書くモノを借りると宿、『マッチョの集い亭』の名前を書く姿を見つめる。


 ちゃんと勉強やってる成果が出てる事に雄一は微笑む。。


 見つめていると見つめられている事に気付いたホーラが、「何さ?」と若干頬を染めつつ睨んでくるので苦笑を返して誤魔化していると後ろから近づく者がいる事に気付く。


 雄一は、視線だけを後ろに向ける。


 向けた先には、装飾過多といった刺繍が派手に入れられた白銀の甲冑と業物らしき片手剣を下げた20代前半の軽薄そうな癖に無駄にプライドだけはあるといった厄介な匂いしかしない奴がいた。


「おい、ババァ。俺なら今なら空いてるぜ? そこの大男が俺の担当の木偶の坊だろ?」

「ん? そうなのか? 俺は雄一だ。アンタは誰なんだ?」


 雄一の、お前、誰だよ発言を受けた男は、信じられないといった顔をするがすぐに軽薄な顔に戻る。


「そういやダンカっていう、『ド田舎』から出てきたんだったな? さすがに俺の名声もそこまでは及んでないか?」


 高笑いする男と話をしてたら長そうだと思った雄一はユリアに向き合い、聞く相手を変える。


「で、誰なんだ?」

「1の冒険者のリホウ、誰が言い出したか知らないけど剣聖と誇張する愚か者さね。一応、実力はあるのは確かなんだけどねぇ」


 それと、アンタの試験官だと付け加えてくるユリアの言葉に嘆息をする。


「今からなら俺様の貴重な時間を割いてやる。有難く思えよ? 木偶の坊」

「どうするさね? ユウイチだったかね?」


 正直、コイツと触れ合いの機会は少ないほうが疲れなさそうだと思う雄一は、ホーラを見つめて肩を竦めると笑われる。


「じゃ、お願いするわ。一応、聞くが実技試験のほうだよな?」

「当たり前だろ? 学力のほうはギルドが適当にやるだろうよ」


 そういう面倒そうな事は器用に受け流しそうだしな、と雄一は腹で思うだけで留める。


 リホウは「着いてこい」と雄一に言うの背中を向けるのでホーラを連れだって向かう。


 何故か着いてくるユリアに受付はいいのか? と問うと、


「ん? 受付嬢は30人もいるさね。アタシが抜けてもすぐに替わりが来るから心配無用だね」

「じゃ、なんでチェンジしてくれなかったんだよっ!」


 目を剥いて威嚇する雄一の威圧も暖簾押しのように効果がないのかと思わせるほど涼しい顔をする。


 面の皮と化粧が厚いユリアは、フェフェフェ、と笑うと目を細めて言ってくる。


「そりゃ、そっちのほうが楽しそうだと思ったからさね」


 雄一は、自分にとって冒険者ギルドは鬼門なのかもしれないと、こっそりと涙した。




 リホウに連れられた場所は闘技場のような場所で、ユリアの話では訓練場らしい。


 そこに着くや否や、忙しないリホウは、「すぐに始める」と騒ぎ、雄一と訓練場の真ん中で向き合い、それぞれの得物を抜くと開始された。



 それから、5分ほど打ち合う。




「ふむ、坊や、ユウイチって子は想像以上にできる子のようだね……リホウをあしらう腕を持ってるようさね。完全にリホウ以上の実力はあるのに、それをやってる本人に気付かせない。まあ……リホウが馬鹿という可能性も否定できないけどねぇ」


 雄一を見つめる目を細めて冷静に判断して的確に見てくるユリアに、ホーラは目を白黒させる。


「よく分かるさ? ユウは上手い事、誤魔化しているように見えるのに」


 ユリアは年輪を重ねた者、特有の笑みを浮かべる。


「受付嬢が長いからさね。それに、あの坊やも気付いているようだね、リホウの持つ片手剣が只の剣じゃないという事に……」

「うわぁ、本当に怖いお婆ちゃんさ。そんな事まで気付くなんて……」


 ユリアお姉ちゃん! とビシッと指を差してくるユリアに口許を引き攣らせつつ、苦笑いを向ける。


 そして、2人は目の前の茶番劇を眺める。




「ふっ、田舎者にしては良い動きをするな? だが、その程度でドラゴンを倒したとは片腹痛いぞ!」


 汗を弾かせて、そこだけ切って見れば、男前が汗を流す絵として良いモノに見えるかもしれない。


 だが、実態を見ると完全なピエロなリホウが酔いに酔っているセリフが痛々しい。


 必死に顔に呆れが浮くのを耐える雄一に饒舌になるリホウは、ある言葉を口にする。


「そう言えば、お前、ティファーニア嬢に大会に出て欲しいと打診されたらしいな?」

「何故、知っている?」


 雄一は、目を細めて聞き返す。


 別に隠れて話してないし、人通りも多い所での会話だから知られている事は不思議ではないがその情報の速度と今、口にするという事に警鐘が鳴る。


「いや、なに? 私のパトロンの息子が、あの子に執心で妾にしようとしてるらしいが色よい返事が貰えないから希望の芽であるコミュニティーを潰そうとしてる」


 雄一の視線の温度が一気に下がる。


 さすがに調子に乗っていたリホウも異変を気付くが気のせいと流したようである。


「だから……受けても無駄だ。今、その息子が向かい、教会跡を破壊して心を折りに向かっている」


 今度は温度というレベルではなく殺気が漏れる。


 さすがに気のせいではないとリホウもそれに気付き、身構える。殺気に飲まれて動けなくなるほど弱くはないようであるが冷や汗は隠せない。


「そのクソガキは強いのか?」

「そ、それなりにはな? 勿論、俺よりは弱い」


 そう聞いた雄一は、殺気を収める。


 テツより弱いコイツより更に弱い相手にテツが後れを取るとは思わなかった為である。


 殺気が収まったせいか、調子を取り戻す為に強気に出てくるリホウは剣を構えて気合いを入れると剣に炎を纏う。


「だが、俺のように炎の加護を受けた魔剣を持っている。俺が持っている魔剣より各上のな?」


 そう聞いた雄一は、目を細めると同時に巴を手加減少なめの一撃をリホウの魔剣に叩きつける。


 叩きつけられた魔剣は乾いた音と共に折られ、リホウはそのまま壁に叩きつけられ気絶をする。


「万が一がある。俺は先にテツの下へ行く。ホーラは後から追いかけてこい!!」


 雄一の言葉に頷くホーラは、訓練所から飛び出す雄一を見送る。


 無事でいろよ、と心の中でテツの身を案じて雄一は冒険者ギルドを飛び出した。

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