第52話 理解と覚悟らしいです

 テツは震える体を意思の力で抑えようとするが、余計に震えてくる自分に喝を入れる為に自分の拳を顔に叩きつける。


 強く叩き過ぎて火花な散ったような感覚に襲われ、鼻から血が流れているが自分の意思で抑えられるぐらいの震えまで落ち着き安堵する。


 腕で鼻血を拭い、前方にいる捜していた男、雄一を見つめる。


 深呼吸を1つすると覚悟を決めたテツが、雄一に向かって歩を進める。


 雄一の前までやってきて雄一を見上げるが、遠くから見たままの姿勢で目を瞑ったまま微動すらせずにいる雄一に普段とは違う凄みに尻込みしそうになる。


 テツは逡巡するように目を彷徨わせるが意を決して口を開いた。


「ユウイチさん、あの……」

「テツ、大会には俺が出る」


 テツの言葉を被せるようにして雄一は、大会の出場の意思を示してきた。


 未だに目を閉じて口を動かした以外は、変化を見せない雄一を見つめながらテツは唇を噛み締める。


「お前がベルグノートと再戦を望んで、ここに来てるという前提で話している。違うなら、さっさと帰れ」


 雄一の冷たく反論を許さない物言いにテツは怯む。


 一瞬、雄一の言う事に従って帰ろうと考える自分に気付き、唇を噛み締める。


 テツは考える。


 何の為に自分は雄一を捜して、ここまできたのかと……


「帰りません、ユウイチさんが大会に出ようとしてるのには驚きましたが、僕は大会に出たいという気持ちを伝える為にやってきました」


 雄一から発されるいつもとは違う畏怖に負けじと踏ん張るが、声が震えるのはどうしようもなかった。


「駄目だ、テツ。お前を大会に出す訳にはいかない……」

「僕は、どうしても出たいんです! 油断から負けたままではいられないんです!」


 テツがそう言った瞬間、突然、目を開いた雄一が鋭い視線でテツを貫く。


 呼吸がし辛くなったテツが、酸素を求めるように口をパクパクさせるようにする様を見ながら雄一は口を開く。


「テツ、お前はまだ気付かないのか? 油断をしようがしまいが、『負け』という結果は覆せない」


 脂汗を流すテツに一歩、また一歩と近づく雄一は、テツの一歩手前に来ると歩みを止めて見下す。


「ましてや、お前は負けてはいけない戦いで、勝てる勝負で負けたという事を俺に言って自分の要望をどうやって通すと言うんだ?」

「あ、あれは……相手が炎を生み出せる剣があった……から……」


 言ってる途中で尻すぼみになるテツを雄一は冷めた目で見つめる。


「なら、お前は魔法が得意なものが、遠距離から攻撃するように立ち回ったら卑怯者呼ばわりするのか? 逆にお前は近接が苦手の者に合わせて距離を取って戦ってやるのか?」


 雄一の言葉に反論を封じられ、拳を握り締める。


 そしてテツの肩に雄一は手を置くと突き離す言葉を口にする。


「お前の悔しさを晴らす為にティファーニアの未来をベットするには……大きすぎる。諦めろ……」


 そう言った雄一がテツを通り過ぎて、この場を離れようとした雄一だったが呼び掛けられたような気がして振り返る。


 振り返った先のテツは、肩を傍目からでもはっきり分かるほど震わせて再び、何かを呟く。


「言いたい事があるなら、さっさと言え。俺も暇じゃない」


 再び、突き離す雄一の言葉にテツは振り返る。

 

 歯を食い縛りながら泣くテツは、腹の底から声を出すように大きくはないが力強い声を出して雄一を睨む。


「イヤダッ! 僕が、ティファーニアさんの夢を……! 願いを叶えるんだ!!」


 テツの様子に嘆息する雄一は、腰に両手を当てて愚か者を見るような目でテツを見つめる。


「分かった。ならティファーニアに聞くとしよう。俺とテツ、どっちに大会に出て欲しいか……どういう答えが返ってくると思う?」

「関係ない! どんな答えが返ってこようと僕が出るっ!!」


 再び嘆息する雄一は、テツを見つめる。


「何故、そこまで拘る? 仮にお前が出て良い成績を上げたとしても、俺がしてもティファーニアの次に繋げる事には変わらないだろう?」

「違うんだ、違うんですよ、ユウイチさん……!」


 テツは、腕全体を震わせながら握り拳を作る。


「僕は、ずっと浮かれてました。何に浮かれてるかも考えもせずに……そして、衝動のままに動いて芯が定まらないまま戦い、負けました……」


 独白するテツを雄一は、黙って見つめる。


 テツは雄一を睨みつけるように見ているが、見てる相手は雄一ではなく、雄一の瞳に映る自分を射殺すように見ている。


「考えてない、考えなくても答えは出ていて……自分の前にありました。でも、それを認めるのが怖かった!」

「何が怖かったというんだ?」


 雄一がテツに答えを促す。


 テツは、深呼吸1発決めると声を大にして告白する。


「僕は、ティファーニアさんが好きだぁぁぁ!!!!」


 顔を真っ赤にし、肩で息をしながら雄一を睨む。


 雄一は目を点にして、思わず、「ハァ?」と声を洩らしてしまう。


 テツは、雄一の反応に気付く余裕もないようで口を開く。


「僕は、それをティファーニアさんに気付かれて拒絶されるのが怖かった。だから、自分に嘘を吐いて気付かないフリをしてました……だけど、イヤなんです……」


 テツは泣くのを堪えるように唇を噛み締めるが失敗する。


「ベルグノートと結ばれるなんて、論外だ! 例え、ユウイチさんがティファーニアさんの夢を叶えるとしても、その役を譲るのは……イヤなんだっ!!」


 テツは腕で涙を拭い、肩で息をする自分を呼吸を落ち着かせようとするが余計に乱れてしまう。


 それを見る雄一は口の端を上げて見つめる。


「この想いは届かないかもしれない……でも、あの人の前に立って未来を切り開く役は譲りません!」

「でも、ティファーニアは俺に大会に出てくれって言うと思うぞ?」


 先程までのテツであれば怯む言葉であったが、テツは瞳をビクともさせずに受け止める。


「なら僕は、ユウイチさんに勝ってティファーニアさんに認めて貰うまでです!!」


 テツは、負けそうな気持ちに発破をかけるように叫びながら、雄一に飛びかかってくる。


 迫りくるのテツを雄一は、上げた口の端を更に上げて眩しそうにテツを見つめる。


 テツは、雄一のそんな様子に気付く余裕もなく、振りかぶると雄一に拳を振り抜く。


 振り抜いた拳が雄一に当たった瞬間、テツは間の抜けた声で、「へっ?」と声を洩らす。


 地面に降り立ったテツは、自分の拳と雄一の口の端に流れる血を交互に見つめて間抜け面を晒す。


 まさか、当たるとは思ってもなかったのであろう。


「合格だ、テツ。良い気合いが入った拳だった。殴られてやったのは餞別だ」


 テツを見つめる雄一の瞳は、いつもの温かみのある視線に戻っている事に気付くテツ。


 だが、まだ状況が飲み込めてないテツに雄一は語りかける。


「守る戦いはな……何故、守りたいかをちゃんと理解と覚悟がキマってないとしちゃいけねーよ。それをキメてないない状態で戦うと……もう言わなくても分かるよな?」


 沈みゆく月を眺めながら雄一はテツを横目で見つめる。


 徐々に理解が追い付いてきたテツは、アワワッと声に出して、口を震わせる。


「確かに、その通りですけど……僕はユウイチさんに見捨てられたのか、と本気で思ったんですよ! 酷いですよ!」

「悪い、悪い。だがよ、あのまま大会に出たら、最悪、お前は失敗を引きずって負けたぞ?」


 雄一の言葉に絶句し、否定する言葉が用意できないテツは情けない顔をし頬を掻く。


 その様子に笑みを浮かべる雄一はテツの頭にポンと手を置く。


「だがな……もう、そんなヘマはしねぇーだろ? ティファーニアの夢を守ってやれ」

「はいっ! 僕がきっと叶えてみせます!!」


 目をキラキラさせるテツに雄一は、嬉しそうにウンウンと頷き肩に手を置く。


 テツを見つめてくる雄一の目が笑ってないのに気付いたテツは、生存本能が警戒レベルマックスをお知らせしてくるを自覚する。


「それはともかく、テツ。1発は1発ってことだ」


 雄一が、そう言う言葉が聞こえているのに脳が拒否したようで、「えっ?」と聞き返そうとする。


 そんなテツの心情を理解する気がないと思われる雄一は、腰を使わない腕だけで振り抜いた拳をテツの頬に綺麗に入れる。


 打ち抜かれたテツは、悲鳴も上げる余裕もなく地面を滑るように転がっていく。


「イタァ―――――!!! 気を失いそうな程、痛いです! そのうえ、骨が折れたかと思うような拳の入り方しましたよ!!」


 転がり終わると殴られた頬を押さえて、首だけでこちら見て文句を言ってくるテツに近づき笑いながら答える。


「よしっ! 狙い通りだ。気を失わないように骨が折れない限界で留める。もっとも長い間、痛みと友達になれる殴り方だ」

「最低ですよ! ユウイチさん!」


 テツの、半泣きの顔が面白くて、雄一は腹を抱えながら軽い感じに謝る。


 拗ねるテツを横目に笑いを収めた雄一は、テツに語りかける


「よく聞けよ? 大事な事を話す」


 雄一の言葉を聞いて表情を強張らせる。


 そんな様子のテツを眺めながら雄一は口を開く。


「テツ、俺はホーラとお前に口を酸っぱくして言ってる事に取り返しのつく無茶はしていいという事を言ってる。だから、取り返しがつかない無茶はしたら駄目だと」


 雄一がテツを見つめる真摯さに、テツは黙り続きを聞く。


「だが、取り返しのつかない無茶をしていい時がある。もう分かるな、テツ?」

「はい、守りたい理由を理解して覚悟をした時です」


 雄一は、テツの言葉に頷いてみせる。


「そうだ、お前の守りたい想い、『ティファーニアさんが好きだぁぁぁ!!!!』という想いをしっかり理解して覚悟を決めろよ?」


 顔を真っ赤にして口をパクパクと陸に上がった魚のようにしているテツに、雄一はイヤラシイ笑みを浮かべる。


「何も真似してまで言う事じゃないでしょう!!」


 復帰したテツが、顔が赤いまま雄一に噛みついてくるテツであるが、殴られたダメージの為か立ち上がれないようで歯痒い思いに歯を食い縛る。


 そんなテツを楽しそうに眺める雄一はテツを荷物のように肩に背負う。


 そして、何度もテツの真似をして悔しがらせて笑うという底意地の悪い事をしながらマッチョの集い亭に足を向けた。





 マッチョの集い亭に早朝と呼ぶには早い時間に戻るが、着いた早々、雄一とテツは食堂の板張りの上で正座させられていた。


 雄一の前には、シホーヌとアクアとレイアが仁王立ちしており、テツの前にはホーラとティファーニアがジト目で見つめていた。


 雄一は、治したテツをまた怪我させて帰ってきた事を怒られ正座させられていた。

 テツは、雄一に夜遊びをしてるところ見つかり、折檻を受けたと勘違いをホーラとティファーニアにされて疑いの目で見つめられていた。


 雄一とテツは、床に両手を着いて叫ぶ。


「「お願いですから、言い訳を聞いてくださいっ!!」」


 フィーリングがバッチリな師弟であった。

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