Episode:1-2

絶望と希望

 私はどこで間違ってしまったのだろう…?


 あの日、異世界から来たと言う黒衣の男カムイ達に命を救われてから、必死になってその気持ちに応えて来たつもりだ。

 ただ、それだけ。

 怪我や病にに苦しむ者が居れば、例え治安の悪いスラム街であろうとこちらから出向き無償で治療した。

 もちろん、救えずに零れていく命もたくさんあったが、それでも私の手の届く範囲の命だけでもと、救って来たつもりだ。

 貧富の差に関わらず、貴族であろうが奴隷であろうが私には関係が無かった。

 私は私に向けられる救いの手を握り返し続けてきただけだ。


 いつしか私は『聖女』として敬われ崇められる様になっていたが、私はそんな肩書きなんかどうでもよかった。

 私は私のできる事をする。

 それが、私を助けてくれた人達への恩返しになると信じて。


 しかし、そんな私を心良く思わない者達も大勢居たのだ。

 私のせいでいつしか『聖女』の座を奪われ教会を出て行った先代『聖女』であるナディア様や、目の前の奴隷の少女を救う為に後回しにされたと憤慨していた領主のラムス伯爵などが私に対して敵意と言ってもいい程の感情を抱いていた事は知っていた。

 知ってはいたが放置していたのだ。


 風の噂でナディア様がこの国の王様に見初められて側室に入った事を聞いた時は、嬉しかった。

 自分が追い出してしまったも同然という罪悪感が晴れた気がした。

 しかし、ナディア様の恨みは晴れてはいなかった。

 彼女は私への復讐として、私に魔女の汚名を着せたのだ。

 この街の教会に潜む聖女は偽物で、本当は黒衣の悪魔に力を授けられた魔女であると。


 それを受けて真っ先に動き出したのはラムス伯爵だった。

 彼は、この街に使者を寄越して私の身柄を差し出すように言ってきたのだ。

 …だけど、街の人達は私を庇った。


 庇ってしまった。


 使者を追い返されて激怒した伯爵は兵を率いてこの街にやって来て、無理やり私を教会から連れ出したのだ。

 その際に私を庇った人達は、私の目の前で何の容赦もなく斬り捨てられた。



 そして今、私は街の中央の広場に準備された処刑場で罪人の魔女として処刑されようとしている。

 罪状は、悪魔と姦淫を交わし邪悪な力を以って民衆を惑わした罪。

 処刑方法は火刑だそうだ。

 広場に打ち込まれた太い木の杭に縛り付けられ、足元に薪や枯れ枝が集められていく。

 街の人達はみんな広場に集められ、私の処刑を見ることを強要されているみたいだ。

 耐え切れず広場を離れようとした人がまた一人兵士に斬られてしまった…

 …もうやめて…私の為に命を奪うのは…

 私が自分に課した使命は人の命を救う事だ…

 そんな私の為に命が散っていく。

 …その度に、私の中にドス黒い何かが芽生えてくるのがわかる。


 また一人。

 やめて。


 思わず目を伏せてしまう。

 私の為に命を落とす人に対して申し訳ないとは思いながらも、目を逸らしてしまった…


 もうダメだ。

 私が築き上げて来た『私』が壊れていく。


「魔女よ、無様だなぁ?今の気分はどうだ?」


 死んでいく心を感じながら、処刑終わりの時を待つ私に、今一番聞きたくない人物の声がかけられた。


「…ラムス…」

「あぁ?ラムス伯爵様だろうが!罪人の魔女風情が私の名を穢すんじゃない!」


 鞭が振るわれ私の頬が裂ける。

 これくらいの傷、痛くも痒くもない。

 私の中に芽生えたドス黒い物がハッキリと形を持って私の心を塗り潰していく。

 その形は憤怒。


「…いいわね。魔女。貴方をズタズタに引き裂く力をくれるなら、悪魔にこの心臓を捧げても良いと思えるわ」

「きっ…貴様っ!」


 私は強がりで微笑んだつもりだったんだけど、それを見たラムスは鼻白んでしまった。

 どれだけ壮絶な笑みを浮かべてしまったんだろう…


「早くっ!早くこの魔女に火をかけろっ!」

「し、しかしまだ十分な薪が…」

「そんな物は後から足せば良いっ!少しでも長くこの魔女を苦しめる事が出来るなら好都合だっ!」

「はっ!」


 怒鳴られた兵士が慌てて松明を篝火に翳す。

 赤く揺らめく火が松明に燃え移り、まるで生き物のようにうねりをあげる。

 それは、私を殺す不吉な炎。

 そして、魔女を浄化する聖なる炎。


「これより!忌まわしき悪魔の下僕しもべにして人心を惑わす悪しき魔女、クーネリア・リーヴェルンの処刑を行う!悪魔に魂を売った者の末路、しかと目に焼き付けよ!!」


 集まった民衆に向かってラムスが高らかに宣言する。

 …私の大切な名前を…


「その下衆な口で私の名前を呼ばないで。穢れるわ」

「なんだと!?」

「その名前は私の大事な人からもらった名前。貴方なんかが軽々しく口にするなんて、侮辱も良いところね」


 心からの言葉だ。

 あの時、私を生贄にしようとした男性…ドエル・リーヴェルン。

 彼は私に命を救われ、感謝と謝罪の意を込めて私を養子に迎え入れ名前をくれた。

 それからもずっと彼は私を援助し続けて来てくれたのだ。

 私がずっと無償で動いてこれたのは、教会の力よりも彼に依るところの方が大きいだろう。

 一度は恨みもしたけれど、今はもうとっくに許した大事な人。

 …一度もお義父さんって呼んであげられなかった事だけが心残りかな…


「これ以上貴方の醜い顔を見ているのは拷問だわ。さっさと焼いてくれないかしら?」

「きっ…貴様あぁっ!!」


 私の挑発がよっぽど効いたのか、その端整な顔を怒りに歪めて怒鳴り声をあげるラムス。

 その手が振るわれ、同時に持っていた鞭が私の身体を打擲する。

 私の身体に激しい痛みが走る…けど、絶対に悲鳴なんてあげてやらないっ!

 奥歯が砕けそうな程噛み締めながら、それでもラムスを睨みつける。


「くそっ!このっ!生意気な魔女めっ!!さっさと音をあげろっ!!」


 ラムスの鞭が振るわれる度に私の纏う服が肌と共に裂け、破れた皮膚からは血飛沫が舞う。

 だが、こんな傷なんていくら付けようと私には無意味だ。

 ラムスが息を整える間にも傷は見る間に塞がり、傷跡ひとつ残さずに消えてしまう。

 その奇跡のような光景は見守る民衆に動揺を与え、次第にざわめきが起こり始める。


「ラムス様!これ以上はおやめくださいっ!民の間からやはり聖女なのだとの声が上がり始めていますっ!暴動になれば大規模な武力衝突になりかねません!」

「くそっ!忌々しいっ!もう良い!早く火を放てっ!!」


 手を止めたラムスの命令で、私の足元に火が放たれる直前。ラムスの鞭によって裂かれた私の服の胸元から、一枚の紙が舞い落ちる。

 あれはっ!

 私に宿る能力との他にただ一つ残された彼らカムイ達との『繋がり』。

 常に肌身離さず持ち歩いていたその紙片が、風に流されよりにもよってラムスの足元に落ちてしまった…


「ん?なんだこれは?」

「お願い!返して!それは私の大切な物なのっ!!」

「ほう…。さっきまでの威勢は何処に行った。そんなに大事な物なら、それなりの頼み方があるんじゃないのか?」


 …くっ!

 私の弱味を握った事を知ったラムスはここぞとばかりにそれを利用してくる。

 嫌らしい笑みを浮かべて私を見上げるラムスに屈するのは我慢がならない。

 …けど、あれはそんな私の矜持なんかよりも大切な物だ…


「…ラムス…様。…お願いします、どうかそれを私にお返しください…」


 やっとの事で絞り出す。

 これから処刑される私に、追い討ちのように屈辱を与えてくるなんて…本当に最悪な男。

 それでも、例えここで死ぬとしても紙片あれだけは返してもらわなくちゃいけない。

 …これでいいんだ…


 だけど、ラムスの下衆っぷりは私の考えている以上だったようだ…


「嫌だね」

「…え?」

「嫌だと言ったのだ。貴様がそこまでして返して欲しがるような物だ、それなりの理由があるのだろう?…見たところ、すでに古びてはいるが、元はかなり上質の紙であるようだし…」

「…ラムス…貴様ああぁぁぁぁぁっ!!!」

「吠えろ吠えろ。悔しさに塗れて死んで行くがいい。…火を放て!」


 殺すっ!殺してやるっ!

 この男だけは必ず殺すっ!

 火炙りの炎が私を縛る縄を燃やす尽くした瞬間にこの男だけは道連れにしてやる!

 さぁ!早くその火を放て!

 その炎こそ私の怒りを具現化させる炎だ!

 例えこの身が焼かれようと、奴を道連れにするまでは絶対に生き延びてやるっ!


「おおおおおおぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 獣のような私の咆哮が響き渡る中、ラムスは紙片を広げ、その中に描かれていた物を見てニヤリと笑い、それを高々と掲げる。


「見ろっ!これは魔法陣だっ!悪魔との契約の証だっ!間違いないっ!やはりこの女は魔女だったのだっ!!!」

「うるせぇよ」

「え?」


 …え?

 私の咆哮が途切れる。

 ラムスも不意にかけられた声に間の抜けた顔をして呆然としている。

 それは、周囲を取り囲む兵士や成り行きを見守っている民衆も同じだった。

 無理もない。

 その人はたくさんの目が見ている中、淡い燐光と共に突然現れたのだから。


 その身に纏わりつく燐光を振り払いながら、キョロキョロと周囲を見回す黒衣の男性。

 ラムスが魔法陣を掲げた直後なだけに、その姿はまるで悪魔の様にも見える。


「あー…っと?どんな状況だ?これ」

「か…」

「ん?」

「カムイお兄さんっ!!!」

「…は?…もしかして、あんたがクーネかっ!?」

「うんっ!」


 に見るカムイお兄さんの姿は、昔と全く変わっていなかった。

 私の心の中を暴れまわっていた怒りの感情はすっかり消え去り、カムイお兄さんと再び出会えた喜びで気が狂ってしまいそうになっている。


「き、貴様っ!その姿は…あ、悪魔なのかっ!?」

「あ?」

「ちょ、ちょうど良い!衆人環視の中でこの私が悪魔を葬ってやべぶぅっ!!」


 何かを言おうとしていたラムスが、口上の途中で吹き飛んで兵士たちの中に突っ込んで行く。


「あ、悪りぃ。なんかイケメンが居たからとりあえず殴っちまった」

「おいおい…。俺には殴りかかるなよ?」

「神威は平気」


 ラムスを殴り飛ばしたのはもう一人の黒衣の男性。

 もちろん私には見覚えがある。


「クロウお兄ちゃんっ!!」

「お?…って、えええっ!?なんかエロい格好のお姉さんが縛られてるっ!?」

「…え?…キャアアアアッ!!!」


 クロウお兄ちゃんの言葉に、自分の身体を見ると、ラムスの鞭でズタズタになった服のせいでとんでもないことになってた。

 さっきまでは怒りでいっぱいになってて気が付かなかったけど、安堵と共に羞恥心が湧き上がってくる。

 …と。私を縛る縄が緩むのを感じた。

 戒めを解かれ、ふらつく足を踏ん張りながら振り向くと、そこには紺色の衣服の女性。


「タマキお姉ちゃん…」

「こんにちは、クーネちゃん。随分大人になっちゃったんだねぇ?…と、九郎先輩!服っ!」

「お、おう!って、また俺かよっ!」


 タマキお姉ちゃんはニコニコと笑いながらクロウお兄ちゃんの服を受け取り、私の肩に被せてくれる。

 あの時と同じだ。

 あの時も私の危機に現れてくれた三人。

 三人とも全然変わってないなぁ…

 私の目に涙が溢れる。


「さて、感動の再会はこの辺にして…どうする?ここにいる奴らみんなぶっ飛ばせば良いのか?」

「…あ、いえ、街の人達は強制的に連れてこられただけなので…」

「それは…面倒だな。とりあえずズラかるか」

「え?…どうやって…?」

「ジュウさん、よろしく」

「OK」


 カムイお兄さんの呼びかけに、いつの間にか私の後ろに立っていた壮年の男性が応える。

 ジュウと呼ばれた男性は、特に何をするでもなく小さな声で何かを呟いた。

 それだけ。

 たったのそれだけで周囲の状況が一変する。


「ま、魔女が消えただとっ!」

「何処に姿を隠したっ!!探せっ!!」


 私達を取り囲んでいる兵士達が大きな声を上げる。

 え?私はここにいるけど…?


「さて、行こうか」

「え…?何処に…?」

「…どっかいい所無いか?」


 私達が一時的にでも隠れられる場所…

 あそこしか無いだろう。

 久し振りに行くけど、多分大丈夫な筈だ。

 うん、行こう!カムイお兄さん達と初めて出会ったあの小屋へ!

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