七不思議のネタばらし
花子さんのトイレから出ると、そこはご丁寧にも音楽室のある五階だった。
相変わらず人の気配の無い廊下に、ハッキリとピアノの音が聞こえてきている。…んだけど。
…これは…
「…ねぇ、このピアノの音…」
「うん、間違いなく音楽室だね」
「…いや、そうじゃなくて…」
「え?」
「すっごい下手じゃない?」
「「そっち!?」」
茜ちゃんとみのりちゃんが声を揃えてツッコンできた。
だって、どうせピアノを弾いているのはスケさんの仲間の人達だってわかっているんだから、怖いはずがない。
だから、さっさと音楽室でフラグを回収すれば良いだけなんだけど、それだけ余裕があるとピアノの腕まで気になってしまうのだ。
と言うか、弾いてるのは多分、小学生が適当にピアノをいじる時の定番曲の「ねこふんじゃった」なんだろうけど、あまりにも酷くてそれが曲だと気付くのに時間がかかってしまったのだ。
普通、誰もいない音楽室から聞こえて来るピアノなんてのは『美しい音色』だってのが定番だろうに、これは小学校低学年男子並だ。
もちろん、ピアノを触ったことがない男子ね。
これでもし、音楽室に居るのが綺麗な女の人とかだったら文句言ってやる。
ピアノが弾けないのなら、音楽室担当とか辞めて配置変更をしてもらうべきだ。
私は一人憤慨しながら早足で音楽室へと向かう。
茜ちゃんとみのりちゃんも私を追いかけるように付いて来る。もちろんホネ夫くんも。
「ちょっと、みのり。凉子どうしちゃったの…?」
「凉子ちゃん、音楽好きで将来は音楽の先生になりたいって言ってたからこの下手なピアノが許せないんじゃないかな…?」
「あー、そう言えばそうだったねぇ」
後ろから茜ちゃんとみのりちゃんが話す声が聞こえる。
そう。私は音楽の先生になりたくて、親に頼み込んでピアノ教室に通わせてもらってるのだ。
だからと言う訳でもないけれど、音楽室担当の怪奇現象ならせめてもう少し上手に弾いて欲しいと思ってしまう。
そんな思いで音楽室の前に立った私は、なんて文句を言おうかと考えながらその扉に手を掛け、そして勢い良く開く。
「ちょっと!いくら何でも下手…」
私の言葉はそこで途切れてしまった。
お約束通りに綺麗な女の子の幽霊がピアノを弾いているのを想像していたのだが、扉を開けた私の目に映った光景は予想の遥か外にあるものだったからだ。
ピアノの前には、ボロボロの制服を着て、ボサボサの髪の毛を垂らした女の子が俯いて立っている。
その周りには楽譜や楽器、机や椅子などがひとりでに浮かんで飛び交っている。
問題のピアノも、女の子が弾いてる訳じゃなく、鍵盤が勝手に動いて音を鳴らしているみたいだ。
「なに…これ…」
「どうしたの、凉子ちゃ…ひっ!!」
少し遅れて来た茜ちゃんとみのりちゃんも、音楽室の中の様子を見て言葉を失う。
これだけの怪奇現象を目にしたのだから当たり前と言えば当たり前の反応なんだろう。
ここまで、いろんな怪奇現象を巡ってきたけれど、そのどれもがなんとなく親しみやすいものばかりだった。
だけど、今回は違う。
ピアノの前に立っている子は明らかに私達生きている人間とは異質な者だ。
…怖い。
ここまで忘れかけていた恐怖心が再び湧き上がってくる。
そして、そんな私達の恐怖心を更に煽るかのように、ピアノの前の少女が体ごとゆっくりとこちらを向く。俯いたままだから顔は見えないけれど、確実に私達に気付いているみたいだ。
「…やだ…ごめんなさい…」
私の口からか細い声が漏れ出る。
いや、漏れ出たと思ってはいるけれど、ちゃんと言葉にできていたかどうかもわからない。
私の頭の中はそれくらい混乱していて、ただ早くあの女の子が消えて欲しいと願っているばかりだったからだ。
しかし、私の願いも虚しく、その子は音も立てずに私達に近付いてくる。
置かれたままの机や、飛び交う机や椅子をすり抜けて、体を全く動かさずにすすーっと私達の前に立ったその女の子は、ゆっくりと頭を上げその顔を私達に向ける…
◇◆◇◆◇
「あーあ、気絶させちゃったよ」
「てへっ」
「「てへっ」じゃない。仕方ないからこのまま元の教室まで連れて行くよ?あ、響ちゃんが責任持って三人とも運ぶように」
「ええー!?か弱い女の子のする事じゃないよっ!」
「《
「はぁーい…」
ラストだからと、メンタムさんに頼んで《
てゆうか、順番がラストになったせいで響ちゃんのメイクや演出がやたらと気合入っちゃったってのもある。
…まぁ、最後の最後でやっと本来の予定通りのお仕置きが出来たと思えばいいか。
さて、それじゃ後は教室に戻ってカーテンコールだ。
途中、グダグダになっちゃったけど、最後くらいはきっちり締めなきゃね。
◇◆◇◆◇
「う…ん…」
ここは…?
周囲を見回してみると、そこは見慣れた教室だった。夢…じゃないよね。
だって、私達がここを逃げ出す直前に乱された机や椅子はご丁寧に教室の後ろに下げられていて、私達三人の机だけが教室の真ん中に並べてあるし。
私が目を覚ましたのは自分の机の上。
隣を見ると茜ちゃんもみのりちゃんもちょうど目を覚ましたばかりのようで、私と同じようにキョロキョロとしている。
「おっ?どうやら目が覚めたみたいだねっ!」
教壇の方から女の人の声が聞こえる。
私達三人が反射的に声のした方に顔を向けると、そこにはたくさんの人影が現れていた。
ホネ夫くんや花子さん、メンタムさんも居るところを見ると、この人達がホネ夫くんの仲間達なんだろうか…?
さっきまでは誰も居なかった筈なのに…
「とりあえずお疲れさん。どうだったかな?」
「どうって…」
「…何が何だか…」
「うーん…どこから説明したものかなぁ…?」
教壇の真ん中に立つ女の人が少し困った様な顔で考え込む。
この人がリーダーなのかな…?
その両脇に立っている二人も同じ顔をしてるせど、三つ子さん…?
「…こころちゃん。まずは私達がここにいる理由から…」
「おっ!そうだなっ!って、立ってるのも疲れるし座らせてもらうよ?」
リーダーっぽい人の名前はこころって言うのか…
こころさんは、教卓の上に座って私達に向き直る。教壇は一段高くなっている上に、教卓の上に座られているから、自然と私達が見下ろされる形になる。
「まず、一番大事なところは…私達を呼んだのはあんたらって事だ」
「…え?」
「私達…?」
私にはそんな覚えがないから、茜ちゃんかみのりちゃんが呼んだのだろうか…?
その二人を見ると、二人とも同じ様に考えているのだろう。
二人とも知らないのだとすると、心当たりは一つしかない。
「…えっと…もしかして、貴方がエンジェル様なんですか…?」
「うーん…半分正解。あんたらがやってた『エンジェル様』や『こっくりさん』ってのは、テーブルターニングって言う昔からある占いの一種なんだけどね。たまになんかの偶然で降霊術としての機能を持っちゃう時があるんだよ」
「降霊術…ですか…?」
「そう、多分あんたら三人のうちの誰かに本物の『霊能力』みたいな物があるんじゃないかな?…とにかく、そんな偶然が私達を呼び寄せた」
軽い気持ちで始めたエンジェル様が、たまたま霊を呼び寄せてしまったって事なのかな…?
そうだとしたら、目の前に並んでいる人達はみんな幽霊って事…?
そんな私の疑問とまったく同じ事をみのりちゃんが口にする。
「それじゃ、えっと…お姉さん達は幽霊なんですか?」
「いや、私達は幽霊じゃないよ。まぁ、中には幽霊みたいなのも何人かいるけど。少なくとも私ら姉妹と華ちゃ…花子さんはちゃんと生きている人間だ」
「花子さんも!?」
確かに三つ子の三人はメンタムさんとか、端っこでニコニコしているお団子頭の女の子に比べて存在感がしっかりしているから納得はできる。
でも、花子さんも生きてる人間だなんて思わなかった!
「…そうだよ。現にキミは僕に抱き付いていたじゃないか。幽霊に抱き付けると思うかい?」
「「「そう言えばっ!!!」」」
そうだ、花子さんの言う通り、女子トイレでみのりちゃんは花子さんに抱き付いてその胸に顔を埋めていた。
「でも、幽霊じゃないならなんで私達のエンジェル様に呼ばれて来たの?」
茜ちゃんがもっともな質問を口にする。
『降霊術』なのに人間を呼び出せるなんて、そもそも間違ってる。
「私達は別の世界の人間なんだよ。その世界ではいろんな超能力者が居るんだけど、私達が所属する部…組織は別の世界からの召喚に応じてトラブルを解決したりしてるんだ」
「別の世界…?召喚…?」
「そう。君達がやってた『エンジェル様』は『降霊術』…つまり、霊を召喚する儀式として働き、その召喚術を感知したのがうちのナビゲーターだったって訳」
「でも、私達別にトラブルなんて…」
「今回は『降霊術』にたまたま私達が割り込んだからトラブルにはならなかっただけだよ。もし、私達が来てなかったら、悪い霊を呼び込んで大きなトラブルになっていた筈だ」
こころさん達のおかげで無事だったって事…?
なんとなく納得いかない。
だって、私達は現にかなり怖い目に遭わされているのだ。それもトラブルなんじゃないの…?
「…なら、なんで私達を怖がらせるような事をしたんですか…?」
「本当なら、こんな風に話なんかする予定は無かったんだよ。怖い目に遭わせて、もう二度と『エンジェル様』なんてしたくないと思わせる予定だった。まぁ、軽いお仕置きだね」
「…どうして話をしてくれる気になったんですか…」
「メンタムさんの『能力』に、
そう言えば、あの時確かに急に恐怖心が薄れた瞬間があった。あの時にメンタムさんが『能力』を使ってくれたんだろうか…?
思えば、みのりちゃんが落ち着いたのも同じタイミングだった気がする…
「ついでに、どっかの間抜けなガイコツが余計に恐怖心を削ぐような真似をするから、早々に怖がらせる計画は失敗した訳だ」
カタッ
こころさんの言葉を聞いたホネ夫くんが申し訳なさそうに頭を掻く。
うん、ホネ夫くんのおかげで全然怖くなかった。
「でも、失敗したからって、最後にこうやって話をしてくれるなら、最初からちゃんと話してくれても…」
「そうしたら、また何か困ったことがあった時に同じように『エンジェル様』で私達を呼ぼうとするかもしれない。言ったでしょ?今回、私達が召喚に割り込めたのはたまたまなんだって」
そうか。全部、私達の為だったんだ…
私達が知らずに危ない事をしていて、それをしないようにする為にわざと怖い思いをさせる。しかも、それはちゃんと安全を確保した上で…
「わかってくれたかな…?」
「…はい」
「それじゃ、お説教はここでおしまい!最後に、怖がらせちゃったお詫びとして私達の自己紹介をさせていただきますっ!」
さっきまでの真剣な表情はどこへ行ったのか、こころさんはその顔に悪戯っ子みたいな笑みを浮かべて私達にウインクしてくれる。
自己紹介…?
この人は一体何をするつもりなんだろう…?
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