トイレの花子さんVSスケルトン

 気がつくと私達はトイレの鏡の前に立っていた。

 見慣れたトイレだけれどこれから確実に怪奇現象が起きるという状況では、さすがに不気味に感じる…


「っていうか、ホネ夫くんって女子なの?」

「「あ」」


 茜ちゃんの言葉に、私もみのりちゃんも一斉にホネ夫くんに視線を向ける。


 そう。ここは神聖なる女子達の聖域。

 いくら骨とは言え、男子が立ち入ることは許されないのだ。


 じーっ。


 私達の生温い視線に、ホネ夫くんが目に見えてキョドり始める。

 誰かに助けを求めるようにキョロキョロと辺りを見回し、誰も助けてくれない事を悟ると、急に内股になって両手を顔の前に持ってきて首を傾げる。


 …そんなポーズ、女子はまずしないから。

 テレビでオネェ系のタレントがたまにやってたりはするけど。


「やーっ!!ホネ夫くん可愛いっ!」

「…みのりちゃん…」


 どうやら、みのりちゃんのツボにはハマッたらしい。

 …ほんと、この数時間でみのりちゃんに対するイメージがすっかり変わっちゃったよ…


「…まぁ、私達の他には誰もいないみたいだし、別にいいけどさ」

「そうだね、骨だし」


 茜ちゃんの言葉に同意する。

 聖域?なにそれ?ここはただのトイレだし。

 あ、ホネ夫くんがびっくりし過ぎてマ○夫さんの「えぇー!?」みたいになってる。

 昔たまに見た芸人がやってたやつだ。

 ホネ夫くんの場合、素なのかネタなのかわからないのが難点だね。


「で?トイレって事はやっぱりアレよね?花子さん」

「うーん、赤い紙青い紙のやつとかもあるけど、一番有名なのはやっぱり花子かなぁ?」


 うん、学校のトイレの怪談と言えばやっぱり花子さんでしょ。

 と言うか、さっきから一番奥の個室の扉の下からじーっとこっちを見てる目があるのだ。

 茜ちゃんもみのりちゃんももう気付いてるっぽい。

 これが普段だったらかなり怖いんだろうけど、今はもう慣れてしまっていて全く怖くない。

 でも、私達がこれだけ騒いでいても出てこないって事は、『お約束』を待っているって事かな?

 あ。扉閉じた。これはやっぱり間違いなさそうだ。


 私達は目配せをして何も気付いていない風を装って一番奥の扉の前に立つ。

 きっと、この中では花子さんが呼ばれるのを待っているんだろうなぁ…。それを思うとなんとなく可愛く思えてきてしまう。

 そんな風に考えていたら、茜ちゃんが私を肘で突いてきた。

 これは私が言えって事かな?

 まぁ、別にいいけど。

 私はそっと個室の扉に近づき、軽くノックをし…


 コンコンッ

「はーなこさん!あっそびましょ!」


 大きな声で『お約束』の台詞を言う。

 …が、返事はない。

 あれ?聞こえなかったのかな…?


 もう一回試してみようかと思ったその時。


「やだよ。めんどくさい」


 バンッ!!!


 どこからかだるそうな声が聞こえ、その直後に隣の個室の扉が勢い良く開かれた。


「「「うわぁっ!!?」」」


 え!?え?なんで隣なの!?

 てっきり目の前の扉が開くと思っていた私達はまさかのフェイントに驚いてしまった。

 そんな私達を尻目に、開かれた扉から出て来たのはおかっぱ頭の女の子…ではなかった。

 その人はおかっぱと言うよりはショートボブで、紺色のセーラー服を着ている。

 しかも、制服を着ていても目立つ程大きな胸をしていて、どう見ても私達より年上だ。

 これが花子さん…?イメージと違いすぎる…。


「あー、君達が今回のターゲット?って…なんでスケさんまでいんのさ?」


 カタカタッ


「何言ってるかわかんない」

「あ、あの…」

「ん?」

「あなたが花子さん…?」

「そうだよ。僕が『トイレの花子さん』…って事になってる」


 花子さんは私達三人に全く興味無さそうな様子でやる気のない自己紹介をしてくれる。

 この花子さんもスケさん達の仲間なんだよね…?それにしては態度が冷たい気がするけど…


「あ。態度が悪いのは気にしないで。僕、子供が苦手なだけだから」


 私達のその思いはどうやら態度に出てたみたいで、何も言う前にやんわりと拒絶されてしまった。

 こんな時はどうしたら良いんだろう…?

 ここまでは各務さんもメンタムさんも何かしら話してくれたし、その後どうすればいいか教えてくれたけど、花子さんは私達と話すのも嫌なのかもしれない…

 そう考えると、急に心細くなってくる…

 茜ちゃんも何も言えなくなっちゃってるし、みのりちゃんは俯いて鼻をすすってる…


 私達が何も言えなくなって、今にも泣き出しそうになっていると、急にトイレの水を流す音が聞こえた。

 その音に。花子さんも含めた四人が音のした方、つまりトイレの個室の中を見ると、いつの間に入ったのかホネ夫くんが便器に座って水を流していた。


「「「「は?」」」」


 四人の声が綺麗にハモる。

 何をしてるんだ?あの骨格標本ガイコツは。


「スケさん…なにしてんの?」

「ホネ夫くん…?」


 花子さんとみのりちゃんの声に、ホネ夫くんは立ち上がると、まるで恥ずかしい所を見られた後のように頭を掻くような動きをする。


 カツッ


 そんなホネ夫くんの動きに合わせて乾いた音。手が頭蓋骨に当たったみたいだ。

 そして、その拍子に頭蓋骨が便器の中へと落っこちる。


 ガポッ


「ちょっ!スケさん!頭!頭!」

「ホネ夫くんっ!?」


 ガシャッ!ガシャッ!


 慌てる花子さんとみのりちゃん。

 二人とも、いくらホネ夫くんのためとは言え、便器の中に手を入れて頭蓋骨を取り出すのは、乙女のプライドが許さないらしい。

 頭が無くなって周りが見えていないのか、個室の中を無闇に動き回って身体をあちこちにぶつけるホネ夫くん(体)。

 …なにこの混沌カオス


「…どうしよう」

「ちょっとモップ取って来る!」

「なるほど、頭良いな君!…って。あ。やっぱり持ってこなくていいわ。大丈夫。それよりそこに雑巾が入ってるからそれを用意して」

「えっ?」


 掃除用具入れにモップを取りに行こうとした茜ちゃんは、花子さんの指示で雑巾を持って来る。

 でも、それじゃ頭蓋骨これは誰が取るの…?


「任せろ」


 花子さんが短くそう言うとトイレの水を流す。

 あああ。頭蓋骨ホネ夫くんが溺れちゃいそう…。まぁ、息してないだろうから平気だよね?

 …あれ?水が増えてる…?…もしかして詰まった!?


 花子さんが流した水は、トイレの中に流れて行かずにその嵩を増して今にも溢れ出しそうになっている。

 そして決壊。


 …はしなかった。

 溢れ出そうとしていた水が盛り上がり、頭蓋骨を浮かせると、その水がうにょーんと伸びてホネ夫くんの頭に頭蓋骨を乗っけたのだ。

 前に男子が持ってきて遊んでたスライムみたいな感じに。違うのは無色透明な所くらいだ。

 その透明スライムは、役目を終えるとすぐに水に戻り、トイレの中に流れていく。


「よし。これでいい。後は拭いてあげて」

「…今の、花子さんがやったんですか?」

「そうだよ。僕の能力ちから

「すごいっ!花子さんありがとうっ!!」


 ホネ夫くんが助かって安心したのか、みのりちゃんが花子さんに抱きつく。

 身長差が有るから、みのりちゃんは花子さんの胸に顔を埋める形になるが、花子さんも突き放したりはしないからまんざらではないのかもしれない。

 …もしかして、花子さんって子供嫌いじゃなくてどうやって接して良いかわからないだけなのかな…?

 各務さんみたくツンデレなだけかもしれないけど。いや、どっちかと言ったらクーデレか。


「さ、さて。僕と会った事だし、ここはもう良いから、早く次の保健室に行きなよ」

「えっ?私達特に何もしてないですけど…」

「大丈夫。僕と出会った事でここのフラグは回収したはず」

「…フラグ?」


 ゲームみたいなものなのかな?

 花子さんの表情を見てみるけど、無表情。

 …でもないか。みのりちゃんが抱きついたままなので、少し困ったような表情が浮かんでいる。


「そう。この学校に張った結界を解くにはフラグ回収しなきゃダメ」

「結界…ですか?」


 結界ってなんだろう…?

 もっと詳しく聞いてみたかったけれど、自称子供嫌いの花子さんが不機嫌になったら嫌だし、言われた通りに早く音楽室に向かうのが良いかもしれない。


「…それじゃ、私達はもう行きますね?」

「ん。気を付けて」

「みのり!いつまで抱きついてるのっ!次行くよっ!それと花子さん」

「ん?」

「ホネ夫くんやみのりの事、ありがとうございました!」

「…うん。また」


 茜ちゃんがお礼を言うと花子さんはちょっと照れ臭そうに鼻の頭を掻きながらトイレの個室に戻って行く。

 やっぱ、子供嫌いってのは嘘っぽいな。

 さて、それじゃ音楽室に向かおうか。



 ◇◆◇◆◇


「華ちゃんにしては珍しくよく喋ったじゃん?」

「あれはスケさんのせい。いきなりの事でびっくりしたから」

「そうだねぇ〜?スケさんもなかなかやるじゃん」


 今回はスケさんのファインプレーってとこだろう。

 メンタムさんのおかげで恐怖心が薄れてはいるけれど、さっきみたいな気まずい空気ってのは互いの性格の問題だから簡単にどうにかなるもんじゃない。

 あそこでスケさんが一気に空気を入れ替えたおかげで、華ちゃんもあの子達も喋るきっかけが作れたんだろう。


「それよりくくる先輩」

「なに?華ちゃん」

「あの子達の記憶とかって読めませんか?」

「記憶はちょっと無理。今考えてる事がわかるくらい」

「…そうですか」

「なに?どうしたの?」

「いえ…あの子達、なんで一番奥の個室に向かったのかなぁ…って」


 確かにそれは私も引っかかった。

 彼女達の様子を見る限り、この学校に七不思議の噂は無いか、あっても彼女達は知らないのだろう。

 もし七不思議について知ってたりした場合、もう少し察しが良いのが普通なのだ。

 つまり、『花子さん』は知っていても、学校特有のローカルルールまでは知らないだろうと思われる。

 そのローカルルールの中には時間を制限したり、呼ぶ回数や何番目の個室かを指定したりする場合がある。

 そのローカルルールを知らない筈の三人がなんの迷いもなく、揃って一番奥を選択した事に少しだけ不自然さを感じたのだ。


 …まぁ、たまたま三人が知っていた花子さんの話の中に、そのローカルルールが含まれていたって可能性もあるのだけれど。


「…まぁ、たまたまじゃない?」

「それなら良いんですけど」


 とりあえずはここでいつまでも考えていてもも仕方が無い。

 最後の音楽室に向かおう。

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