保健室のメンタムさん

「スケさんはいったい何考えてんのっ!!」

「仕方ない。脳味噌無いし」

「…くくるちゃんそれはちょっと…」


 私達は少し離れた所からあの子達の様子を観察している最中だ。

 私の予定では、今頃あの子達は泣きながら自分達のした『儀式』を後悔している筈…だった。それが…

 あの子達を怖がらせる為の完璧な計画が一番最初の段階で躓いてるしっ!

 しかも、小学生の胸に抱かれてヘラヘラしちゃって!あのロリコンスケルトン!

 だいたい、最近の小学生は何食べてるのか知らないけど無駄に発育良いしっ!


「あの子が発育良いんじゃなくてこころが薄っぺらいだけ」

「るっさい!あんた達もほとんど同じでしょうがっ!」

「こないだ1cm成長してた」

「…私、3cm…」

「ぐぬぬ…」


 思いもかけず妹達の裏切りが発覚してしまったけど、それはまた後で話し合う事にしておこう。

 ってか、各務かがみは各務でやる気無いしっ!

 各務の能力、《鏡迷宮ミラー・ラビリンス》は鏡に映る世界を繋いだり隔離したりする事ができる能力だ。

 今回は踊り場に置いてある鏡を利用して階段をループさせていたのに、勝手に解除しちゃってるし!


「…あ、次はジュウさんの出番みたいだよ?各務ちゃんがちゃんと階段数えるようにアドバイスしてあげたみたい?」

「ジュウさん、しっかりやってよね!」

「了解。あんまり気乗りはしねぇが、ちょっとばかり脅かして来てやるぜ」


 壁にもたれ掛かって煙草を吸いながら私達のやり取りを聞いていたジュウさんが、妙にカッコつけたポーズを決める。

 …うわあ。

 ジュウさんは元々はただの怪奇現象…と言って良いのかわからないくらいの些細な現象だったのだが、神威がそれに名前を付けた事によって人格を持ってしまった珍しい例だ。

 各務や響ちゃんの名前も神威が付けたのだけど、その二人は元からある程度の自我を持っていたからあまり問題はなかった。

 それに対して元々自我を持っていなかったジュウさんは、人格を獲得するにあたって名付け親の神威の影響を多大に受けてしまっている。

 つまり、ジュウさんの妙な言動は全て神威の「カッコイイ大人」のイメージなのだ…


「それじゃ、ちょっくら行ってくらぁ」


 私達に背中を向けたまま、手だけをひらひらさせて現場に向かうジュウさんにそこはかとない不安を感じる…



 ◇◆◇◆◇


 結果は惨敗だった。

 勝敗なんて無いだろうって?

 確かにスケさんの場合はただのハプニングの結果だし、各務は怠慢の結果だったから勝ち負けの問題ではないだろう。

 けど、今回は更に酷かった。


 ジュウさんの出自でもある怪談『十三階段の怪』は、その学校により元の段数の差異はあるものの、夜に階段の数を数えると普段の段数と違って十三段になっているというものだ。

 十三階段ってのは死刑台の階段の段数が十三段だったという話から不吉な数という事で怪談になった。


 今回、ジュウさんはそれを再現しようとして《認識阻害ジャミング》の応用で十三階段を作り出したんだけど…

 今回、彼女達はのだ。


 階段の段数を数える時に歩数で数えようとすると上りの時は正しく数えられるが、下りは最後の一段目に立った所から踏み出す事になるので一段少なく数え間違える事が多い。

 元々は上りと下りで段数が違うと言う勘違いが派生して『十三階段の怪』になったと思われるのだが、今回はそれが裏目に出た。


 ジュウさんが作り出した十三階段を三人が三人とも数え間違えたのだ…


「…よっと。十二段!」

「私も十二段だった」

「…私も。さっきの子に言われた通りに数えてみたけど、これって何か意味あるのかな…?」


 それを聞いたジュウさんは何も言わずにその場に崩れ落ちた。

 廊下に両手を付いて項垂れるジュウさんに気付く事もなく、彼女達は階段を下りて行ってしまう。

 …これを完敗と言わずに何と言おう…


 こうして『十三階段の怪』は気づかれる事も無いまま幕を閉じた。


 …何やってんだかっ!!



 ◇◆◇◆◇


「…次は保健室だねぇ…」

「メンタムさんは怖がらせるのには向いてないからなぁ…」

「色んな意味で癒し担当だし」


 一時的にではあるが怪我を即座に回復させ戦闘可能な状態に持っていく事ができる《衛生兵メディック》に、精神的に平静を保たせる《平静化メンタルケア》と言う、肉体ハード面とわ精神ソフト面両方の回復能力を備えた召喚部の回復担当。

 それがメンタムさんこと『保健室のナイチンゲール』だ。

 メンタムさんってのは正式名称ではないし、神威が付けた名前って訳でもない。

 昔の看護婦さんが着てたような看護服を着ている事から、誰からともなく自然に呼ぶようになったあだ名だ。

 そんな彼女が小学生の女の子達を怖がらせることなんて出来るはずがないだろう…

 メンタムさんには次の音楽室への誘導だけしてもらう事にしよう。



 ◇◆◇◆◇


「あらあら、スケちゃんまたバラバラになっちゃったんですねぇ?」


 保健室には看護師さんがいた。

 どっちかって言ったら看護婦さんって呼ぶ方が良いかも。

 だって、その人は今みたいな白い看護師の制服じゃなくて、昔の西洋の服に白いエプロンを着けた様な格好をしているからだ。

 丁度、絵本で見たナイチンゲールみたいに。


「こんにちは、お嬢さん達。スケさんをここまで連れて来てくれてありがとうございます」

「えっと…貴女は…」

「私は…決まった名前が無いのですが、お仲間の皆さんは「メンタム」とお呼びくださいますわ」


 あぁ!それだっ!

 道理で見覚えがあると思ったら、メン○レータムのあの子だ!

 リップスティックとかで見た事のあるあの子が成長したらこんな感じだろう。


「あの…メンタムさんは幽霊なんですか?」


 茜ちゃんがメンタムさんに質問する。

 そうだ、私が聞きたかったのもそっちだった!

 だって、メンタムさんの身体は薄っすらと透けていて向こう側が見えているんだから。


「どうなんでしょうねぇ?私は人間として生きた記憶がありませんので。気付いたらでしたからねぇ?」

「そ、そうなんですか…」


 確かにそう考えると難しい問題なのかもしれない。

 でも、そもそも幽霊ってのが何なのかはっきりとわかっていないから私達にも判断は出来ない。

 ここに居てこうやって会話出来ているって事実だけで良いのかな…


「あ、あのっ!メンタムさんならホネ夫くんを直せるって聞いて来たんですけどっ!」

「ホネ夫くん…?あぁ、スケさんの事ですね?大丈夫ですよ、すぐに治りますよ」


 良かった。いつまでも人の骨を手に持って学校内を歩いていたくないし。

 茜ちゃんも同じ気持ちだったみたいで、ほっとした顔で手に持った骨を床に置こうとして…


「茜ちゃん!凉子ちゃん!そこに置いちゃダメだよっ!こっちこっち!」


 すでにベッドに頭蓋骨を置いたみのりちゃんに怒られた。

 ご丁寧にちゃんと枕の上に乗せてあるのがなんともシュールな感じになっている。

 私達も渋々それに習ってベッドの上にのせてあげる。もちろん正しい配置の仕方なんてわからないから適当に並べて置いてあるだけだけど。


「あらあら、ちゃんとベッドに横にしてあげるなんて優しいのですね。スケさん…ホネ夫くんも喜んでますよ?」


 カタカタッ


 メンタムさんの言葉に合わせてホネ夫くんが口をパクパクと動かす。きっと、その通りだとでも言ってくれているのだろう。


「それじゃいきますよー?《衛生兵メディック》!!」


 メンタムさんがホネ夫くんの頭蓋骨に手をかざすと、その身体がぼんやりとした緑色の光に包まれる。やがてそれはメンタムさんの手のひらに集まり、そこからじわじわとホネ夫くんの頭蓋骨を頭とした人の形を形作っていく。

 それに合わせて身体のパーツがひとりでに動き出し、みるみるうちに正しい位置に収まっていった。


「ふわぁ…すごい…」


 茜ちゃんの声だ。

 うん。私もそう思うよ。

 だって、そうやって驚いている間に、もう元の形に戻ってしまってるんだもの。


 最後の一片の骨が骨と骨の隙間に嵌ると同時に緑色の光はメンタムさんの身体に戻っていく。


「ふぅ。終わりました。スケさ…ホネ夫さん、どこかおかしなところはありませんか?」


 メンタムさんはひと仕事終えた様に額の汗を拭う仕草をするとホネ夫くんを気遣う声をかける。

 すごく簡単に直した様に見えたけど本当は疲れたりするのだろうか?

 私がメンタムさんの心配をしていると、横になっていたホネ夫くんが身体を起こしてベッドの上に正座をし、私達に向かって土下座をし始めた。

 いや、両手を前に投げ出してるから土下座じゃなくてひれ伏してるのかな?

 と言うか、主にみのりちゃんに対してだ。これ。


「ちょ、ちょっとホネ夫くん…そんなに感謝してもらわなくてもいいよぅ…」


 あ、やっぱり感謝なんだ。あれ。

 私にはごめんなさいなのかありがとうなのか全然区別がつかないや。

 なんでみのりちゃんにはわかるのか不思議でしょうがない。


「メンタムさん。それでこの後はどこに行けばいいんですか?」

「うーんと…あとは音楽室と女子トイレみたいですねぇ…」


 うわぁ。学校の怪談の定番スポットが二箇所も残っているのか…

 どっちもなんとなく想像ついちゃうんだよなぁ…


「…あ。そう言えば、その二箇所が済んだら最初の教室に戻って来て欲しいって言ってましたね」

「教室に?」

「はい、何か大事なお話があるそうですよ?…っと、これ以上言ったら怒られちゃいますね」


 お話…?いったい、誰が?

 ホネ夫くんやメンタムさんの上司みたいな人がいるんだろうか…?


「あの〜?」

「はい?なんでしょう?」

「ホネ夫くんに付いてきてもらって良いですか…?」


 みのりちゃんがメンタムさんに尋ねる。

 うーん。確かに私達だけじゃ心細いから誰か付いてきて貰えたら嬉しいんだけど…。どうせならメンタムさんの方が良いなぁ。

 ホネ夫くん、頼りないし。

 でも、そんな事は口には出せない。メンタムさんに迷惑かもしれないし、なによりみのりちゃんがホネ夫くんを気に入ってるみたいだから。


「そうですねぇ。いくら私の能力ちからで怖さが薄れてるとはいえ、大人が付いていた方が安心ですし…」


 カタカタッ


「ホネ夫さんもその気みたいですから、連れて行っちゃってください」


 そう言うと、メンタムさんはにっこりと微笑む。

 メンタムさんマジ天使。


「それでは、次の女子トイレまで送ってもらいましょうか」

「え?送るって?」

「各務ちゃん〜?お願い出来ますか〜?」


 メンタムさんはそう言うと洗面台の鏡に向かって手を振った。

 鏡。…ってことは。


「あー?気づいてたのかよ…」

「勿論ですよ。さっきからチラチラ顔を出して様子を見てたじゃないですか?この子達が心配でついてきてたんでしょう?」

「バッ!バッカ!ちげぇしっ!暇だから眺めてたぢけだしっ!」


 おお、これが本物のツンデレさんってやつか。

 まさか自分の目で見る日が来るとは思ってなかったけど、これは可愛い。

 茜ちゃんもみのりちゃんもそんな各務さんを見てニヤニヤしている。


「お、お前ら!ウチをそんな目で見るなあっ!!」

「えー?」

「だって可愛いんだもん」

「ねぇ?」

「う、うっせぇ!いいから鏡に映るところに早く並べっ!」


 ニヤニヤ。

 私達三人+ホネ夫くんはニヤニヤしながらも言われた通りに鏡の前に並ぶ。


「くそっ!その顔やめろっ!行くぞっ!花子の居るトイレに送れば良いんだなっ!《鏡迷宮ミラー・ラビリンス》!!」


 各務さんの声と同時に、周囲の世界が反転した。

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