Episode:2
こっくりさんと学校の七不思議
夕方の教室。
下校時刻もとっくに過ぎたこの時間に、三人の少女が一つの机を囲んで座っている。
机の上には一枚の紙切れ。
そこには女の子らしい字でYes No、鳥居のマーク、五十音、数字が書き連ねてある。
三人はその上に置いた10円玉に指を乗せて儀式を始める。
「「「エンジェル様エンジェル様、お越しください」」」
三人の少女の声が綺麗にハモる。
こんなにぴったりハモれるなんて、もしかして練習でもしたんだろうか…?
だとしたら呆れるを通り越して笑ってしまう。
「こころ。動かしてあげなよ」
「あー、はいはい」
少女達の間から手を伸ばして10円玉を適当に動かしてやる。
いつもの事ながら気が乗らない。
だいたい、こんな簡単な紙切れで呼び出されるってなんなの?
いくらなんでもお手軽過ぎやしませんか?
そんな不貞腐れた態度の私に気付きもしない少女達は急に動き出した10円玉に驚きの声をあげている。
「えっ!?動いたっ!」
「誰かわざと動かしてない!?」
「…もうやめようよ…」
そうそう。こんな不毛な遊びはさっさとやめたほうが良いよ。
せっかくの放課後なんだし、どうせなら外で遊んだ方が精神衛生上も良いかと思われる。
しかし、彼女達にやめる気配は無い。
「エンジェル様エンジェル様、翔太君の好きな人を教えてください」
あ、やっぱり続行するのね?
仕方ないなー。
「くくる。翔太君だってー」
「わかった…えっと、四之宮翔太。11歳。同じクラスみたいだからロッカーがある筈」
「あ、あったよ…ここ」
くくるが質問した女の子の心を《視て》対象の情報を引き出す。
くくるの『能力』、《
もちろん、くくるの意思でON・OFFの切り替えが出来るから、滅多な人の心の中を視る事はない。
昔からそれで人間関係苦労して来たもんね…
今では、くくるが「この人は安心だ」と心を許してる人達にだけ使ってるみたいだ。
あと、私の名前が「こころ」なのに心が見えるのはくくるってのがズルいってよく言われる。
主に敵さんに。
「四之宮翔太君…見つけたよ。公園で友達とサッカーしてる…」
くるりが対象を『
これで翔太君の現在の情報は把握できる。
くるりの『能力』は《
要は《
その為には相手を特定できる情報が必要なんだけど、今回は翔太君のロッカーにその持ち物があったから特定は簡単だったみたい。
こちらもプライバシー保護の観点から基本は使わないようにしている。
この能力を持ってるのがくるりで良かった。
九郎みたいな奴がこの能力を持っていたら真っ先に神威に言って『剥奪』させているだろう。
「あ、くくる。とりあえず今回はこの子達の名前教えてくれる?どうせ最後は忘れさせちゃうんだし、適当に答えとくから」
「えっと…今質問したリーダーっぽい子が日野茜ちゃん、そっちのツインテが藤川みのりちゃん、おとなしそうな子が氷川凉子ちゃんだね」
「ほい、了解」
とりあえず、質問した子が翔太君とやらを好きみたいだから、ここはこの子の名前でも答えとこうか。
『あ』『か』『ね』
っと。
さて、質問には適当に答えるとしてこれからのプランを簡単に決めておこうか。
この後、適当に脅かすとして、この子達がどうやって逃げるのかある程度は知っておく必要がある。
そして、それに最適なのが私の『能力』、《
これに関しては読んで字の如く。
対象と決めた相手の未来がある程度見える。
あんまり先のことまではわからないけど、知りたいことを絞れば一週間くらい先の事まで視る事ができるのだ。
勿論、その未来も不確定なものでちょっとした要因で簡単に変わってしまうのだけど。
こうして私達三姉妹の能力を見るとわかる通り、三人揃ったらどんな占い師よりも正確な事がわかってしまうのだ。
おかげでこうして、『儀式』を占いの延長くらいに考えて実行しちゃう女の子達の面倒を見る羽目になっているのだけど。
「翔太君今サッカーしてるんだって!ってことはあそこの公園だよね!」
「茜ちゃん!今から行って告白しちゃおうよっ!」
「えーっ!」
おっと、ここで終わりにされたらタイミングを逃すことになる。
それじゃ、味を占めてまた同じ事を繰り返すかもしれない。
私達の世界ならちゃんと『能力』に基いて似たような占いをする人はいるけど、この世界ではこの『儀式』自体が禁止されているらしい。
トランス状態だー集団パニックだーって言われて危ないんだってさ。
禁止なんてされたらやってみたくなっちゃうのが子供だろうに。
まぁ、その辺の事はこっちの人間の考える事。
私達は禁止されてる行為をやっちゃった子にちょっとしたお仕置きをするだけだ。
私の《
そんな事になったら面倒だし、それは回避しよう。
「メンタムさん。この子がちょっと精神的に脆そうだから校内指定で《
『はい、わかりました』
くるりの横に立っている看護婦さんの霊が返事をしてくれる。
彼女はメンタムさん。
『能力』は《
物理的、精神的両面の回復能力を持っている便利なお姉さんだ。
しかも巨乳。
ちっ!
「っと、ジュウさんは引き続き《
『…OK』
ジュウさんこと
元はただの怪奇現象だったんだけど、神威の『能力』で名前を付けられて人格を獲得したパターンだ。
十三階段だからって十三さんとか、センス無さ過ぎでしょ、あいつ。
神威の理想なのか、ダンディでナイスミドルなおじさま。
その能力は《
任意の事象に関する認識を阻害する効果…ってよくわからないけど、要は気付かなくさせたり間違わせたりする能力らしい。
この子達が同じ教室内にいる私達の存在に気が付いていないのはジュウさんの《
ってか、ただの段数の数え間違えから生まれた怪談をこんなチート能力にしちゃうなんて、神威の能力も大概デタラメ過ぎると思う。
さて、ちょっと話がずれちゃった。
ちゃんとお仕事しなきゃっ!
「
華ちゃん、スケさん、
「わかった」
「カタカタッ」
「はいはーい!いってきまーす!」
華ちゃんは相変わらずマイペースに返事をしてその場で姿を消してしまう。
持ち場である女子トイレに転移したのだろう。
《
ちゃんと迷わないで行けるのかな?
ボサボサ髪を振り乱した血塗れの女の子は
スケさんと同様に異世界からスカウトしてきた《
あ、普段はあんな怖い姿じゃなくて髪の毛をお団子にして纏めてる事が多い。
「それじゃ、そろそろ始めるよっ!みんな、よろしくっ!」
◇◆◇◆◇
私は何も言わずに勝手に動き出した10円玉を見つめる。
茜ちゃんもみのりちゃんも不思議な出来事に興奮しているみたいだけど、私はそんな気分じゃない…
だって、10円玉が勝手に動くなんてどう考えても普通じゃないもの…
…もしかしたら茜ちゃんかみのりちゃんが動かしているのかもしれないと思ったけど、二人の反応はそんな感じじゃないし、そんな事をする理由も無い。
…なにより、この『エンジェル様』を始めてから、私達以外の何かの気配がこの教室に集まって来ている気がする…。
「…ねぇ…そろそろ終わりにしない…?」
「待って!もうちょっと!」
「凉子も何か聞きたい事ないの?」
「…私はいいよ…」
できる事なら今すぐにでも家に帰りたい。
でも、やめる時にもちゃんとした手順が必要なのだ…それをしなかった場合、今も感じているこの気配はきっと、私達を許してくれないんじゃないだろうか…?
そう思うと、私の質問なんかするより早く終わりにしたい。
「それじゃ、次は…」
バンッ!
茜ちゃんが次の質問をしようとしたその時、突然大きな音が響いた。
つい音のした方を見てしまい、そして気づく…
全て閉め切っていたはずの窓の一枚が全開に開かれている事に。
「…え?誰かいるの…?」
「…私達しかいないはずだよ…?」
「……」
バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!
訝しむ私達の恐怖を煽るように窓が一枚ずつ開いていく!
「…なに!?なんなのっ!!?」
「やだやだやだやだっ!たたりだっ!エンジェル様のたたりだっ!!」
二人ともあまりの事に耳を抑えて蹲ってしまっている。
もしかしたらみのりちゃんの言う通り本当に祟りなのかもしれないけど、さっきまで私達のすぐ近くにいた気配はもう感じない。
…逃げるなら今しか無いかもしれない!
「茜ちゃん!みのりちゃん!逃げようっ!」
「で、でも…」
「大丈夫!今なら多分逃げられるよっ!!」
二人の手を持って引っ張る。
だけど、二人は立ってくれようとしない。
ガシャンッ!
窓の近くの机が何かに吹き飛ばされたみたいに勢い良く倒れる。
…やっぱりそうだ。
「二人とも!あれは見えない何かがいるだけ!だんだん近づいてくるから早くしないとこっちに来ちゃうよっ!!」
「やだっ!」
なんとか茜ちゃんが立ち上がってくれた。
こうしている間にもあの気配はゆっくりと近付いて来ている。
みのりちゃんはもう泣き出してしまっていてまったく動こうとしない。
「みのり!!早くっ!」
「みのりちゃんっ!!」
「でも…っ!」
気配はもう私達の目の前まで近付いて来ている。
ダメだ、捕まるっ!
そう思ったその時、なんだか怖さが薄れてきた。…これって、もう覚悟が決まっちゃったってことなのかな?
「みのりちゃんっ!!!」
「う、うん…」
見るとみのりちゃんも泣き止んでいた。
茜ちゃんが差し出す手を掴んで立ち上がる。
「大丈夫?走れる?」
「うん…二人ともごめんね?」
「そんなのは後!今は逃げようっ!」
「うんっ!」
茜ちゃんと一緒に、なんとか立ち直ったみのりちゃんの手を取って教室の出口に向かって走り出す。
教室から出たら、この非現実的な出来事が終わると信じて…
◇◆◇◆◇
「あの子、なかなかやる」
「だねぇ。途中でも私の気配にうっすら気付いてたみたいだし、たまにいるよね。ジュウさんの能力の効きが悪い子」
くくるの言葉に頷く。
さっきの凉子ちゃんみたく、ジュウさんの能力を超えて私達を知覚する子はそう珍しくは無い。
ああいう子は多分『霊感がある』ってヤツなんだろう。
私達の世界じゃ、幽霊は普通に存在しているから気にしないけれど、どうやらこっちの世界じゃ幽霊ってのは存在自体が明確なものではないみたいだ。
まぁ、だからこそこれから私達がする事が警告になるんだろうけど。
「でも、あの状況でみのりって子を見捨てないでちゃんと三人で逃げたのは気に入った!今回はソフトモードで行こうっ!」
手近な机に腰掛けてスマホを取り出すと、学校内に散らばった
こっちの世界にもスマホは普及していて、メリーを介さなくても互いに連絡が取れるのだ。
「よしっ!みんなに手加減するように言ったし、私達のお仕事はおしまいっ!あとは観戦するかなっ!」
「…それより、こころも机直すの手伝ってよぅ…」
「まったく。調子に乗って机蹴り飛ばしたのはこころなのに」
「あ!ごめんごめんっ!…よっと。あー…この椅子、足が曲がっちゃってるよ…」
「こころ、馬鹿力」
「なんだとっ!」
足の曲がった椅子の背を見ると『6年2組 四之宮翔太』ってシールが貼ってあった。
…許せ少年。
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