お別れの意味
「カムイ、クロウ、タマキ…ありがとう…ヒミコ様にもよろしく伝えて…」
「もう何も心配はいらなそうだな。一木先輩にはちゃんと伝えといてやるから安心しろ」
「クーネちゃん、元気でなっ!」
「またねっ!クーネちゃん!」
街の教会の前で手を振るクーネ。
その傍には初老の司祭が立ち、俺達との別れを惜しむクーネを見守っている。
結論から言って、あの後は全てスムーズに事が運んだ。
スムーズ過ぎて俺達の出番は全く無かったくらいだ。
あの夜、クーネに『
残った俺達はクーネに《
目の前で見る間に怪我が治っていくと言う奇跡を見せられたおっさん達は、それまでの悪魔崇拝をあっさりと捨て去り、クーネを新しい聖女として敬い始めたのだ。
中にはクーネの身元を引き受けたいと言い出すおっさんも居たが、それはクーネが丁重にお断りしていた。
とにかく、最初からそうしてれば問題は全て片付いていたのだが、気を利かせたメリーが教会の司祭の夢枕に立って神様の振りをして『黒服の男女に連れられた聖女』のお告げを授けていた為、街に戻るなりクーネは教会に保護された。
そこで実際に教会を訪れていた病人を治癒して見せたから、これはいよいよ新しい聖女様だと信じられ、教会に住み込みで傷病者の手当てをする事になったのだ。
これならもう心配する必要は無いと判断した俺達は現代に戻る事にして今に至る。
今のクーネは子供用の修道服を着て立派なシスター姿だ。
つい昨夜、奴隷として殺されかけていた少女とは思えないクーネの姿を見ると、俺達がここに来た意味が少しは有ったのだと実感できる。
「さて、俺達はそろそろ帰るとするか」
「もうっ!?神威、冷たいぞっ!」
「神威先輩、もう少しだけっ!!」
「いつまでもグダグダしてたってしょうがねぇだろ?メリーの簡易魔法陣があるんだから、またそのうち会うことになるんだし」
「そうだけど…」
グズる乾の首根っこを捕まえてクーネのそばから引き剥がすと、鍋島も渋々着いてくる。
いくらなんでもここで魔法陣を展開させたら、また悪魔呼ばわりされかねないからな。
そうなった場合、残されるクーネの立場が悪くなる。
「クーネ、またな?」
「「クーネちゃん!バイバイ!!」」
短い別れの言葉を告げ、立ち去ろうと背を向けた俺達の後ろにパタパタと足音が近付いてくる。
振り向くと、そこにはクーネの姿。
「あのなぁ…いつまでも…」
「カムイ!私の命を助けてくれたお礼…ちゃんとしてなかったから…」
「…クーネ…」
「私、頑張っていっぱい人助けするよっ!…カムイは私以外の奴隷のみんなを助けられない事を悪い事だと思っていたみたいだから…私がみんなを助ける!」
クーネの言葉で、俺の中に
それは、最初にクーネの口から奴隷と言う言葉を聞いた時からずっと気になっていた事だった。
この世界にたくさん居るだろう奴隷の一人を助ける事しか出来ない自分への憤り。
それをクーネには見抜かれていたようだ。
「…ありがとうな、クーネ…」
「違うよっ!ありがとうはこっちだよ!私と…これから私が助ける人達はみんなカムイが助けた事になるんだよっ!」
くそっ!人のツボを的確に突いて来やがって!
ここで泣いたら後で乾達に何を言われるか…
「うわぁぁ!クーネちゃん良い子だなぁぁ!」
「ぐすっ!先輩っ!私、この子持って帰るぅぅ!!」
二人ともこっちがひくくらい号泣していた。
…そのおかげで少し冷静になれたぞ。
俺は感謝の言葉の代わりにクーネの頭を撫でてやる。
ついでにプレゼントも『譲渡』してやろう。
「…わかった、それじゃ俺の為にも頑張ってくれよ?」
「うんっ!」
「それと、呼び捨てじゃなくて「お兄さん」を付けろ」
「あ、それ俺もっ!!九郎兄ちゃんでっ!」
「ぐすっ!私はタマキお姉さんっ!!」
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、さよならっ!」
今度こそ、クーネと別れる。
クーネは俺達の姿が見えなくなるまで手を振り続けていてくれたみたいだ。
「クーネちゃん、すっごく良い子でしたねぇ…ぐすっ」
「だなぁ…次に会う時には立派な聖女様になってると良いなぁ…」
乾と鍋島がいつまでもクーネの事を引きずっているみたいだが…二人とも気付いてないのか…?
確かに二人とも肉体労働専門の体育会系ではあるけど…
まぁ、気付いてないならわざわざ教えなくても良いか、どうせ戻った時点で気付くだろうし。
「それじゃ、さっさと帰るぞ?」
「へーい…」
「神威先輩、あっさりし過ぎー!」
◇◆◇◆◇
『タマちゃんおっかえりー!』
「メリーちゃんただいまっ!!」
部室に帰ってきた俺達を迎えたのはいつも通りのメリーの声だった。
向こうの世界では夜を明かした筈なのにこっちでは出発してから一時間程した経って居ない。
異世界に居る間の時間が止まる訳では無いが、出発した時間にまた転送をし直す感じだろうか?
難しい事はともかく、メリーの《
ちなみに、異世界に居る間は歳をとる事も無い。
あくまでも時間の流れは元の世界に準じているらしいのだ。
なんつーチート能力。
そして、時間の流れの中を自在に行き来できるという事は…
「で?クーネからの再召喚はもう来てるんだろ?」
「「えっ!?」」
『お?さっすがカムイ!察しが良いねっ!』
「わざわざメリーが
「おっ…おう、できるわっ…!」
「そ、そうよねー!あはは…」
…絶対二人とも気付いてなかっただろ。
その証拠に二人とも俺と目を合わせようとしない。
『まぁ、二人は放っておいて…どうする?今すぐ行っちゃう?』
「メリーちゃん酷いっ!」
「んー…俺としては明日以降にしておきたい所だな…向こうで一晩過ごして来たし、連続は流石にきつい」
「俺は全然行けるけど?…まぁ、神威が行かないならまた今度でも良いかな?」
「そっかぁ…それじゃ、また明日にしようっ!」
『了解。…っと、こころちゃん達も終わったみたいだね。…魔法陣転送っと…』
俺達より先に行ってたのにこの時間になるってことは、思ったより時間がかかったのか、逆に時間がかからなかったから時間軸を弄らずにそのまま帰ってきたかのどちらかだろう。
「いつもの」ってことはそんなに時間がかかりはしないだろうから、おそらく後者の方か。
『こころちゃん、くくるちゃん、くるりちゃんおかえりーっ!
「メリーちゃんたっだいま!」
「…疲れた」
「た、ただいま…」
「はぁ、相変わらず僕も七不思議の一つ扱いなんだね…」
花房達と一緒に戻ってきたショートボブの女子が溜息を吐きながらぼやき、その後に出てきた看護婦姿の幽霊が宥めようとオロオロしている。
彼女は
かの有名なトイレの花子さんだ。
と、言っても彼女は幽霊ではなくちゃんと生きた人間だ。
その『能力』こそが《トイレの花子さん》。
トイレのみと言う限定的な『空間転移』と、『水流操作』の『
学園中等部の三年生でありながら、何故か
ちなみに、七人衆と言いながら華を合わせて全部で六人しかいない。
「おや?神威に
「いや、俺達も今戻ったばっかりだぞ?」
「いや、こころ待って!?今何気に酷いルビ振ってなかった!?
神威もそこは流さないでちゃんと訂正しようぜ!な?」
「乾君はバカ…と」
「くくるー!?」
部室内の人口密度が増えたおかげで一気に騒がしさが増した。
鍋島とくるりと華は三人で何か話しているみたいだが…
「…ね、ねぇ華ちゃん?もしかしてまた胸大きくなってない…?」
「いや、普通ですが?」
「いいなぁ…」
「まぁ、僕はまだ成長期ですから。タマ先輩もくるり先輩もそのうち成長しますよ。多分」
「「……」」
…あっちは聞いちゃいけない会話をしているみたいだ。
客観的に見れば、華が凶悪なだけでくるりはまだ望み有り。鍋島は絶望的って所か…?
ちなみに、トップはメンタムさんだ。
「タマちゃん。神威が絶望的だって」
「ちょっ!くくる!?」
「…神威先輩…酷いっ!!」
「…わ、私の評価は…?」
「くるりは望み有り。華ちゃんは凶悪だって」
「…穂高先輩…変態さん?」
「違うっ!!」
くそっ…くくるの所為で部内での俺の評価がガタ落ちだ…
まぁ、せめてこの場に一木先輩が居なかった事だけが救いか…
『はいはーい!皆さん、キャッキャウフフも良いですけど、ちょっとちゅうもーく!』
ん?メリーの奴いきなりなんだ?
いつもは一緒になって騒ぎ倒すのに、珍しく顧問っぽい事してるな。
『あ、今失礼な事考えた神威と九郎は後でお仕置きするとして…』
「「なぜわかった!?」」
乾、お前もか…
『明日はここにいるみんなで今日神威達が行った世界に行ってもらいます!あ、欠席の場合は事前に私に言ってくださいねー?』
「みんなって…それって相当な戦力だぞ?」
正直な所、あれくらいの世界なら獣人コンビだけでも過剰戦力なくらいだ。
それなのに、今日の三人に加えて三姉妹と七不思議だなんて…嫌な予感しかしないんだが…
『クーネったら頑張り過ぎてギリギリまで簡易魔法陣使わないんだもの。だからちょっと面倒なことになってるみたいなのよー』
「面倒なことって…」
『それはまた明日作戦と一緒に説明するよ。って事で今日は解散っ!』
メリーの一声で解散させられる異召部メンバー。
それぞれが家路につく中、俺の頭の中は明日の事でいっぱいだった…
…一体、クーネの身に何が起きてるって言うんだ…
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