奴隷少女は聖女様の夢を見るか?

 地下室から出ると、小さな小屋の中だった

 。

 家具の類が一切無い所を見ると、地下をメインにカモフラージュの為にわざわざ作られた感じか?

 小屋はちょっとした林の中に建てられていて、周囲に人の気配は無い。

 獣化した鍋島には、少し離れた所に街の明かりがあるのは見えたみたいだが俺には全く見えなかった。

 夜だし。

 普通の人間には月明かりしか無い林の中で何キロも先の街の明かりなんて見える訳がない。

 まぁ、都合が良いっちゃ良いからこの小屋で今後の事を話し合う事にした。


「さて、俺達はここで帰っても良いんだが…このままじゃせっかく助けた意味が無いな…」


 まだ怯えが残っているのか、小屋の隅で膝を抱えてこちらの様子を伺っている少女に目を落とす。

 あ、ちなみに今はさすがに全裸ではない。

 地下室したで縛って転がしてあるおっさんの一人を身包み剥いでその服を着せてある。

 一番小柄なおっさんを選んだつもりだったが、それでもかなり余っている。


「ねぇ君?ちょっと話を聞かせてくれないかな?

 私は鍋島環。いつもはタマって呼ばれてるんだ。

 君の名前も教えてくれない?」

「…クーネ」

「クーネちゃんかぁ。よろしくね?」


 クーネに向かって右手を差し出す鍋島。

 しかし、クーネはビクッと身体を震わせ、警戒の視線を鍋島に向ける。

 そっか、こっちには握手って言う習慣自体が無いのかもな。


「あっ!俺も俺も!クーネちゃん、俺は乾九郎!よろしくっ!」


 乾も便乗して握手を求めようとするが、反応は同じ。

 逆に警戒を強めてしまっている。

 乾の場合は獣化した姿も見られてるから余計に怖がられているのだろうけど。


「二人とも、こっちには握手の習慣が無いのかもしれないだろ?

 そうだとしたらいきなり手を出されたら怖がらせるだけだぞ?」

「「あっ」」

「あー…俺は穂高神威。俺達はお前に危害を加えるつもりは無い。

 このままお前を元の暮らしに戻してやりたいんだが、その為にこの世界の知識が欲しい。できれば協力してくれないか?」


 クーネの前にしゃがみ込んでできるだけ優しい口調で話しかける。

 後ろで乾が吹き出す声が聞こえたが今は無視。後でシバく。


「…元の暮らし…」


 俺の言葉を聞いたクーネの表情が沈む。

 ん?もしかしてまずかったか…?


「このまま俺達が帰ったんじゃ、地下室したの奴らを伸したのは君の所為にされかねないだろ?

 それどころか、後から逆恨みして君に復讐してくるかもしれねぇし…」

「ちょっ!それはまずいじゃん!」

「…あ…」

「「「あ?」」」

「…貴方達は悪魔じゃないの…?」


 あー、まずはそこからか。

 確かに、悪魔召喚の儀式で呼ばれて来たんだから悪魔にしか見えないよな。


「俺達は悪魔なんかじゃねーよ。

 別の世界から呼び出されて来たのは確かだが、これでも歴とした人間だ」


 若干二名程人間かどうか怪しいのはいるが。

 三人のうち二人が人間かどうか怪しい時点で信憑性は限りなく低いけどな。

 まぁ、そこをツッコまれたらちゃんと説明すれば良い。

 異世界人な時点でもうなんでもありなのだから。

 しかし、クーネの言葉はこちらの予想を裏切る。


「…私は人間じゃないの…」

「え?」

「…親に売られて奴隷になった時点で人間じゃなくて家畜なんだって…」

「あ…」


 ツッコまれる方がまだマシだった。

 勿論、奴隷制度がまだある世界にだって何度も行ったことはある。

 だけど、今迄はその奴隷達と言葉を交わしたことはなかった。

 おかげですっかり失念してた…

 くそっ!気軽に元の生活だなんて言うべきじゃなかった…


「悪い…さっきの言葉、別にお前を奴隷に戻そうって訳じゃないんだ…」

「…はい」

「な、なぁ?いっそのことこの子を俺達の世界に連れて来ちゃうってのはどうだっ!?あっちなら奴隷とか無いし…」

「それで誰が面倒を見るってんだ?生活費とかもバカにならねぇだろ…?」


 乾の言うことは俺も考えたが、まだ曲がりなりにも学生の俺達にはそんな甲斐性が有る筈も無い。

 なんとかしてこの世界で上手くやっていく方法を考える必要があるのだ。

 沈黙が流れる。


「…あの…」

「ん?」

「ところで、どうして私は生きているの…?」

「どうしてって…」

「…私、ナイフで刺された筈なのに…」


 あぁ、哲学的な意味じゃなくて実際に死を体験しかけたからこその疑問か。


「それは、俺がお前に『能力』を貸し与えたからだ」

「『能力』…?」

「実際に見せた方が早いな…ちょっとすまん…《超回復エクストラ・ヒール》『剥奪』」


 《命名権ネーミングライツ》で名付けた『能力』は俺の支配下になる為、何度でも『剥奪』や『譲渡』が出来る。

 それを利用して一度『譲渡』した《超回復エクストラ・ヒール》を自分に戻す。

 実演するにしても、その為にクーネを傷付けるというのは流石に気が引けるからな。


 自分の中に《超回復エクストラ・ヒール》が戻って来た感覚を感じながら、地下室から回収しておいたナイフを手に持って自分の指先を軽く傷付けて見せる。

 ほんの小さな傷だったから血が出る前に傷口が塞がるが、それを見たクーネはちゃんと理解できたのか目を丸くして驚いている。


「それって…聖女様と同じ力…」

「…聖女様?」

「教会に居られる聖女様はどんな傷もすぐに治ってしまうお身体を持っているって…」

「…ほう」


 なら、その聖女様とやらは能力者って事か…?

 ってか、この世界に魔法とかは存在しているのだろうか?

 それも一応聞いておこうか…


「それだっ!!!」

「ふぁっ!?」

「九郎先輩、どうしたの?とうとう頭おかしくなったの?」


 突然大声を出す乾。

 クーネがビックリしてるじゃないか。そして鍋島酷い。


「クーネに《超回復エクストラ・ヒール》を『譲渡』して、新しい聖女様として教会に売り込むんだよっ!それなら、教会で保護してもらえるんじゃないかっ!?」

「それいいよっ!それなら大事にしてもらえそうだし!」

「だろ!?あと、俺は頭おかしくなってねぇぞ!」


 乾にしてはかなり良い提案だと思う。

 多分、今ある選択肢の中では一番現実的だろう。

 ただ、いきなり教会にクーネを連れて行って、「聖女と同じ能力ちからがあります。保護してください」なんて言っても信じてもらえる訳が無い。

 その辺りを上手く詰める必要があるだろう。


「クーネ、一つ聞いておきたいんだが、この世界に魔法ってあるのか?」

「えっと…噂には聞いた事はあるけど、多分本当に一握りの人にしか使えない筈…」

「ふむ…じゃあ、その聖女様は自分以外の傷も治せるのか?」

「…わからないけど、自分の傷しか治せないって噂だったと思う…」

「神威、どうした?」

「いや、どうせならもっと確実にしようかとな…」

「確実?」

「あぁ、メンタムさんの《衛生兵メディック》迄とは言わないが、一木先輩の蔵書の中になら、回復魔法の一つや二つあると思わないか?」

「そりゃ、あるだろうな…って、なるほど!」


 乾も俺の狙いに気が付いたみたいだ。

 メンタムさんってのは、学校霊七人衆の一人で、「保健室のナイチンゲール」と呼ばれる幽霊だ。

 別に本物のナイチンゲールって訳じゃないが、古い看護婦の姿をしているためそう呼ばれ、そこから連想ゲーム的にメンタムさんと言うあだ名を付けられ親しまれている。

 その『能力』、《衛生兵メディック》は、自他問わず瀕死の状態の怪我でも一瞬にして完治させると言ったチート的な物だ。

 それはともかく。

 一木先輩の蔵書の中から回復系の『能力』を見繕ってクーネに『譲渡』すれば、クーネはこの世界では珍しい回復魔法を使える聖女になる事が出来るだろう。

 そうなれば、少なくとも奴隷の生活に戻ることはないだろう。


「ちょっとメリーちゃんに連絡して、姫巫女先輩に聞いてもらいますねっ!」

「あぁ、頼む」


 メリーの『能力』の一つ《どこでもメリーさん》は、圏外だろうが異世界だろうが問答無用でメリーさんと携帯端末を繋ぐ能力だ。

 ただし、必ず一度はメリーを経由しなくては端末同士の通信は出来ないので、会話の内容は全てメリーに筒抜けになってしまう。

 異世界での召喚を受信するのもこの能力の延長らしいのだが、詳しい原理はわからない。

 確実なのは、メリーのネーミングセンスは俺以下だという事だ。


「神威せんぱーい!姫巫女先輩、来てくれるそうですっ!」

「あ?一木先輩、今日はもう帰った筈じゃ…」


 俺の言葉が終わるより早く、目の前の床に光の粒が降り始めて魔法陣を形成していく。

 そこから現れたのは、家着なのか白いブラウスと淡いピンクのロングスカート姿の一木先輩だった。


「…女神様…?」


 目の前の光景に、クーネが呆然としながら呟く。

 無理もない。

 霧散していく光の粒に縁取られた一木先輩の姿は、面識のある俺達をして女神を思わせる姿だったのだから。


 一木姫巫女いちのき ひみこ先輩。

『異世界召喚部』の部長であり、百花繚乱学園トップクラスの才女。

 その見た目の美しさと均整のとれたスタイルで学園の男子達の憧れの的となって居り、裏では《姫巫女FAN倶楽部》と言う部活まで設立されていると言う噂もある。

 運動神経が壊滅的なのが唯一の欠点らしい欠点だ。


 召喚を終え、木の床にふわりと降り立った一木先輩はぐるりと俺達を見回すと、笑顔を浮かべて微笑んだ。


「こんばんは、みんな」


 破壊力たけぇ!

 乾はもちろんの事、同性の鍋島まで頬を赤くしてるぞ!

 クーネに至っては、床に身を投げ出して平服してしまっている。


「あら、貴女がクーネちゃんね?顔を上げて?

 メリーさんから話は聞いたわ。大変だったわね…」


 平服するクーネに気付いた一木先輩は、スカートが汚れるのも気にせずにクーネの前に座り込みクーネの顔を覗き込む。


「い、いえっ!そんなことっ!」

「いいのよ、無理しなくても。後は私達に任せて?必ず悪いようにはしないから」

「は、はいっ!ありがとうございますっ!ありがとうございます…」


 クーネは一木先輩の顔を見上げ、ついには泣き出してしまった。

 ここまで色々と張り詰めていたんだろうけど…最初から一木先輩連れて来てれば良かったんじゃね?

 なんとなく釈然としない物を感じる…


「それじゃ、早速クーネちゃんを聖女様に仕立て上げましょうか」

「…?」


 クーネは首を傾げながらも一木先輩から目を離さない。

 そりゃ、俺達みたいな怪しいヤツらが聖女にするって言ってたって何かの悪巧みにしか聞こえないだろうが、目の前の女神様いちのきせんぱいが同じ事を言ったら奇跡を期待するのは当然だろう。

 そんなクーネの視線を浴びながら、一木先輩は静かに目を閉じてその『能力』を発動させる。


「《猟書家ビブリオマニア》、『検索』…該当書籍を『転送』…」


 一木先輩の能力、《猟書家ビブリオマニア》は目的の本を探し出し、手元に引き寄せる能力だ。

 それ単独ならたいした能力ではないが、先輩の他の能力と組み合わせる事で恐るべき能力になる。

 今回は《魔道書家グリモワメイカー》の能力で『書籍化』されて部室に保管されていた蔵書をこの異世界に引き寄せたのだ。

 俺達が転送されてきた時と同様の燐光と共に、一木先輩の手の中に分厚い本が出現する。


「《光輝の祝福イルミナティ》の書。クーネちゃん、これを開いてみて?」

「…でも…私、字なんて読めません…」

「大丈夫だから。ね?」


 あー…あんな『能力』、前にどっかで『剥奪』しうばった覚えがあるなぁ…

 あのネーミングセンスは間違いなく俺の物だしな…

 軽く恥ずかしいぞ、これ。

 一木先輩の微笑に押される形でクーネが本を開くと、開かれた本から光で出来た文字が浮かび上がりクーネの胸に吸い込まれて行く。


「これって…」

「これでその『能力ちから』は貴女の物よ?神威君、説明お願い出来る?」

「あ、はい…」


 と言っても、《光輝の祝福イルミナティ》は単純に他者の傷や病気を癒す能力だ。

 《超回復エクストラ・ヒール》や《衛生兵メディック》に比べて回復力自体は低い物の、病気を治せると言う点ではそれらの能力よりも『聖女』の名に相応しい物だろう。

 その旨をクーネに伝える。


「そんな…私なんかにそんな力…」

「良いんじゃね?一木先輩がクーネに相応しい『能力』を選んだんだから文句は無いだろ?」

「…うん」


 先輩の名前を出したらすぐに納得した。

 大丈夫か?これ?

 これから教会で保護してもらうのに別の一木先輩めがみさま信奉しちゃってんぞ。


「あ、それとこれ。メリーちゃんから預かって来たの。

 何か困った事があったら、メリーちゃんに連絡とれるようにって」


 一木先輩が取り出したのは一枚の紙切れ。

 そこには俺達には馴染み深い魔法陣が書き込まれている。

『簡易召喚魔法陣』だ。

 あれを広げて願うだけでメリーが感知し、俺達を派遣する事が出来る便利アイテムだ。

 メリーがあれを渡すって事は、そう遠くない未来にまたここに来る事になるって事か。

 まぁ、その時はその時だ。

 今はクーネを教会に送り届ける事だけを考えればいいのだ。

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